元テロリストの特佐
■title:繊三号にて
■from:星屑隊隊長
カトー特佐が無茶苦茶な人間なのは知っていた。
しかし、さすがにフェルグス特別行動兵にちょっかいを出してくるのは……予想外だった。本人達は楽しそうに戦っていたが……。
「す、すみません隊長……。フェルグスを止められなくて……」
「止められなかったのは私も同じだ。顔を上げろ、ラート軍曹」
深々と頭を下げていた軍曹に、そう促す。
カトー特佐に「第8巫術師実験部隊の巫術師」を見られたのは、かなりマズい。正確には「ヤドリギによる遠隔憑依」を見られたのがマズい。
特佐含め、余所の者達にその手のものを見られないよう気を遣っていたのだが、今回で少なくともカトー特佐にはアレを見られてしまった。
ただ、特佐は巫術がどういうものか、正確に把握していない様子だった。それだけは不幸中の幸いだった。
「だが、貴様も目を光らせておいてくれ。巫術師による機兵運用は、まだデータ収集が足りていない。余所の部隊に知られれば成果をかっさらわれるどころか、第8が散り散りになる可能性すらある」
「は、はいっ! 以後、気をつけます。必ず……!」
アレの存在が広まれば、知られたくない相手に伝わる可能性がある。
よりにもよって特佐に見られてしまうとは……。私が迂闊だった。あと数日で決着が着くと考え、気を抜いてしまっていたかもしれない。
「相手は特佐。それも神器使い。高い戦闘能力を持っているとはいえ、怪我をさせてしまったら大事だ。向こうから模擬戦に誘ってきたとしてもな」
「はい。ですよね……!」
「フェルグス特別行動兵は今後一切、カトー特佐と関わりを持たないでほしいところだが……。特佐側からちょっかいを出してくる以上、それは難しいだろう」
とにかく危険行為は控えさせる。
巫術師による機兵運用も隠匿する。
アレは交国を強くする重要技術だが、今は隠しておきたい。おおっぴらにしていくのは……もうしばらく先にしたい。
それが交国のために――いや、人類のためになる選択だ。
「けど、特佐って本当に強いですね」
「カトー特佐は神器使いだからな」
全ての特佐が、あれほど強いわけではない。
神器使いが異常な存在なのだ。
彼らは超人。常人とは身体構造が異なる。
「ただ、カトー特佐の身体能力はオマケ程度のものだ」
「本領を発揮するのは神器を用いた戦闘……。カトー特佐の場合、神器で超巨大機兵を生成して戦うのが大得意なんでしたっけ?」
そうだ、と言って頷く。
先日の繊三号での戦闘。敵残党を蹴散らしたのはカトー特佐だった。
彼は神器で巨大な機兵を作りだし、敵に奪われた船舶を玩具のようにひっくり返していた。タルタリカを蟻のように潰していた。
通常兵器ではそうそう歯が立たない超兵器。
それが神器。
カトー特佐も、その超兵器を使う神器使いだが……。
「…………」
「カトー特佐なら、羊飼いに正面から勝てましたかね?」
「さあ……どうだろうな」
羊飼いは相当強かった。
巫術の腕は、フェルグス特別行動兵達を遙かに凌いでいた。「最強の巫術師」と言っても過言では無い実力だったはずだ。
巫術以外にも、妙なものを使っていた。
神器に匹敵、あるいは準ずる破壊力の兵器を使っていた。
羊飼いは混沌の海に消えてしまったため、あの兵器の正体は正確にはわからなかったが……あれも神器だった可能性がある。
「特佐だけでは勝てなかったかもしれない。羊飼いはそれだけ強かった」
「俺はカトー特佐の戦闘、ほぼ見てないんですが……そこまでですか」
「そもそも、カトー特佐は弱体化しているからな」
ラート軍曹が「そうなんですか」と驚きの表情を見せた。
それなりに有名な話なのだが、知らないようだ。カトー特佐が交国軍に入る前、どこにいたのかすら知らないようだ。……念のため説明しておくか。
「<エデン>という組織を知っているか?」
「あぁ……軍学校の授業で、名前を聞いた覚えが……」
軍曹は頬を掻きつつ、「確か、テロリストですよね?」と言った。
概ね間違っていない答えだ。頷き、説明を続ける。
「貴様の言う通り、エデンとはテロ組織の名前だ。人類連盟や交国と敵対していた。カトー特佐はそのエデンに所属していた元テロリストだ」
「えっ……。テロリストなのに特佐になれるなんて……。いや、そうか……あの人が神器使いだから、ですか」
「そうだ」
神器使いは稀少な存在だ。
神器は、基本的に特定の使い手でなければ扱えない。苦労して神器を手に入れても、担い手がいなければ使えないのが神器だ。
正式な担い手無しでも神器を運用する実験は多方で行われているが、多くの神器に使える方法は未だ見つかっていない。
ゆえに、神器と神器使いはどの国家・組織でも重宝される。
人連と敵対していたテロリストだろうが、「神器使いだから利用価値がある」とし、全ての罪を許して特佐として迎え入れる事もある。
この手の判断は、交国に限らず行われているものだ。
「……あんまり、テロリストっぽく見えない方でしたね」
ラート軍曹はテロリストに対して思うところがあるのか、何とも言いがたい表情を浮かべつつ、包んだ意見を口にした。
言いたい事はわかる。
いくら神器を持っているとしても、「それが有用だから」という理由で免罪する事に抵抗感を覚えるのだろう。
「エデンは普通のテロリストとは違うからな」
「はあ……?」
「彼らの活動は過激なものだったが、彼らなりの『正義』があった」
カトー特佐本人は、ろくでもない人間だ。
ただ、エデンはエデンなりの正義のために戦っていた。
彼らに救われた者も多くいる。エデンは完全な「悪の組織」とは言いがたい。正確には「人類連盟の利益を害していた組織」というべきだろう。
「エデンは<流民>の保護活動などをしていた組織でな」
流民とは、様々な事情で多次元世界を放浪している民だ。
一種の難民である彼らの立場は、とても弱い。寄る辺や後ろ盾になってくれる国家すら無い者が多いので、人権さえ認められない事がある。
そんな流民を食い物にする国家や組織もあるが、エデンはそういった者達とも争っていた。見返りを求めず、弱者である流民のために戦っていた。
「ただ……その過程で人類連盟加盟国とやり合う事もあった。流民を養うために交国の船舶を襲い、物資を奪っていく事もあった」
「あぁ……そりゃ睨まれますね。理由はともかく、やってる事は犯罪だ」
「人連の味方として動く事もあった。彼らはプレーローマとも戦っていたからな」
一概に「悪」とは言いがたい存在だ。
腐った人類連盟が人類文明圏の「主導権」を握っているから、人連の利益を害するエデンは「テロ組織」と睨まれていた。
まあ……流民や他の弱者を守るために人連加盟国と敵対し、そこの軍人達を虐殺した事もあるので、一概に「正義」とも言いがたい組織だが――。
「一組織がプレーローマと戦えるもんなんですか?」
「昔のエデンは、多数の神器使いを抱えていたからな」
小規模な組織だが、少数精鋭の組織だった。
神器使いは、たった1人で戦況を変えられる存在だ。そんな者達が複数人所属している組織は、交国どころかプレーローマですら手を焼いていた。
所詮は「小規模な組織」だから、弱点を責められ弱っていったが……所属している神器使い達は猛者揃いだった。
「カトー特佐は、エデンに所属していた当時は『エデン最強の神器使い』として名を馳せていた。しかし、ある事件で大怪我を負ってな」
その事件で神器も破損した。
エデン最強の神器使い――と言われていた時より、大幅に弱体化した。
腐っても神器使いゆえに、それなりの利用価値はあるが――。
「エデン自体も、その時に壊滅的な打撃を受けた。組織の存続は不可能になった」
「それで、カトー特佐は交国に逃げてきたんですか? 神器使いとしての力を貸す代わりに、助けてくれ~って」
「そんなところだ。ただ、カトー特佐は『自分が交国軍で働く代わりに、エデンが保護していた流民を交国で受け入れてくれ』と交渉したそうだ」
「へぇ~……! 良い人じゃないですか」
その行動そのものはな。
カトー特佐は――いや、カトーは、確かに人助けをしていた。
だが、私は個人的に彼が嫌いだ。
抜け抜けと「カトー」の名を使っているのが気に入らない。
よくもまあ、恥ずかしげも無くあの名を使えるものだ。
「ともかく……元テロリストとはいえ、悪人では……無い」
「要は人助けしてた方ですもんね」
「…………。カトー特佐はプレーローマに対し、強い敵愾心を持っている」
カトー特佐は、おそらく今も流民を守るために戦っている。
流民が生まれ続けている現状は、プレーローマの影響も大きい。彼自身がプレーローマに苦しめられた事もあり、彼はプレーローマを憎んでいる。
「元テロリストといっても、対プレーローマなら共闘できる人だ。フェルグス特別行動兵の事も……純粋に可愛がっているのだろう」
だが、奴はカトーだ。
立派な人物といっていい功績があるが……しかし、私は認めたくない。
「現在のカトー特佐は、交国政府の仲介で交国以外の国とも和解しているとはいえ……元犯罪者なのは確かだ」
接する時は慎重に。
気を許しすぎるな。
そう言い、お人好しのラート軍曹の肩を叩いた。
■title:繊三号にて
■from:死にたがりのラート
「…………?」
隊長の言葉に、なんかちょっと違和感がある。
違和感というか、「トゲ」を感じる。
隊長、ひょっとして……カトー特佐が嫌いなのかな?
いつも平坦な声で喋る冷静な人なのに、カトー特佐について話している時は……少し、表情も険しくなっていた気がする。
……気のせいかな?
怪訝に思っていると、隊長が「どうした」と聞いてきた。言うか迷ったが、隊長にしては珍しい反応なので聞く事にした。
「隊長、ひょっとしてカトー特佐のこと嫌いなんですか?」
「何故、そう思う」
「いやぁ……隊長にしては珍しく、険のある様子でしたから……」
そう言うと、隊長は小さくため息をつき、「昔、少しな」と言った。
「今のカトー特佐は味方だ。しかし、エデン構成員として暴れている時は……交国軍人として対応せざるを得ない時があった」
「あー……なるほど。その時、やり合った経験があるんですか」
「そうだ」
隊長は目をつむり、そう言った。
そりゃあ、思うところがあるわけだ。
「だがそれは昔の話だ。今のカトー特佐は『交国軍の特佐』だ。過去の遺恨に囚われていては、プレーローマとやり合うのに邪魔だ」
「ですね……」
「ただ、特佐に悪気がなくても、特佐の行動で第8巫術師実験部隊に悪影響が及ぶ事もある。機密が漏れるとかな。だから気をつけてくれ」
「はい」
「特に、フェルグス特別行動兵は何かやらかす可能性が高い。彼の言動には特に気を配っておいてくれ」
「は、はいっ……!」
フェルグスは特佐に懐いていた。
けど、失礼を働く可能性がある。気をつけておくべきだな。
「それと、ラート軍曹。馬鹿な真似はやめておけ」
「へ?」
「貴様がヴァイオレット特別行動兵と結託し、何か調べようとしている事は把握している。……余計な行動は控えろ。特別行動兵に入れ込みすぎるな」
「――――」
隊長はそう言い、そのまま基地内の闇へと消えていった。
いまの忠告、どういう意味だ?
以前から子供達のために動いてきた件を、今更咎めてきたわけではないよな?
まさか、隊長……俺達がアル達の両親について調べていること察して……。
「……すみません、隊長」
そう言われても、もう止まれませんよ。
俺は守ると誓った。
単にアル達の命を守るだけじゃ駄目だ。
心にも寄り添い、アル達の不安を取り除いてやらないと駄目なんだ。
事実から目を背けて、アイツらを見捨てるなんて俺には出来ない。




