夢:少年の選択
□title:府月・遺都<サングリア>11丁目
□from:兄が大好きなスアルタウ
「あれ……?」
いつの間にか、寝ちゃってたみたい。
気づいたら、いつもみたいに夢の中に――府月にやってきていた。
ラートさんとお話したかったけど、眠気に勝てなかったみたいだ。
「…………。魔神のお姉さん、出てこないなぁ」
長椅子に座って待っていたけど、いつものお姉さんが来る様子はない。
さすがに毎回出てきたりしないか……と思っていると、赤い瞳のお姉さんが「ふわり」と飛んでやってきた。
「あ~ん! ごめんなさい、スアルタウ君! 待たせちゃってっ!」
「いや、待ってないですけど……」
今日は来ないんだな、と思ってただけ。
長椅子から立ち上がり、お姉さんをしげしげと眺める。
「今日はどうしたんですか? 何かちょっと忙しそう」
「いや、レオナール君が夢から半端に覚めちゃって。あの子、親御さんの件で交国に対して怒り狂っているから……危うく悪夢を見ちゃうところだったの」
「れおなーる?」
知らない人の名前を当たり前のように出されたので、首を傾げる。
ボクがわかっていないのが伝わったのか、夢葬の魔神さんはハッとした様子で口元を押さえ、恥ずかしそうに「今のは忘れて」と言った。
「失言だった。そっか、キミはレオナール君と知り合いじゃないものね」
「多分……。あれ、ひょっとして知り合いでもおかしくない人とか?」
「あ~……いえ、忘れて! そのうち知る事になるかもしれないけど、少なくとも今のキミ達には関係がないから。そこまで関係ないから」
お姉さんはあたふたと誤魔化した後、にっこり微笑んで問いかけてきた。
「それより、お話を聞きましょうか?」
「えっ?」
「ラート君達に、お父さんお母さんの件を話したのでしょう? その件で思い悩んでいる様子だから……私がお話、聞きましょうか?」
「…………」
やっぱり、この人はボクのやってることお見通しなんだ。
お父さん達の話は、ラートさんとヴィオラ姉ちゃんにしか話してない。
それなのに伝わってるってことは、「誰かから聞いている」とかじゃなくて、ボクの目や耳から「現実」の事を見通してるのかな。
魔神のお姉さんに打ち明けたわけではないのに、勝手に覗かないでよ――と怒ろうとしたけど、まあ、いいや……。
ここで怒ったところで、この人には勝てないだろうし……。
どうせお姉さんは夢の中の存在なんだから、別にいっか。
観念して、「ちょっと相談してもいい?」と言うと、お姉さんは手を「パチン」と叩いた後、「もちろん!」と応えてくれた。
手を叩いた拍子に現れたテーブルの上には、いつものように美味しそうなお茶菓子とお茶が並んでいる。
さすがにそれを食べる気分じゃないけど……相談には乗ってもらおう。そう思いながら席につき、お姉さんに聞いてみる事にした。
「ボクが家族のこと相談したの、迷惑に思われたかな……?」
「そんなわけないでしょう? あの2人は本当にキミの事を心配している。親身になってくれているのがわかっているから、キミも打ち明けたんでしょう?」
頷く。
ラートさんもヴィオラ姉ちゃんも頼りになる。
いつもボク達を助けてくれている。
だから、勇気を出して相談したんだけど――。
「でも、困らせたと思う。急にあんなこと言われたら……困るでしょ?」
ラートさんの言う通り、お父さんとお母さんはまだ生きているかもしれない。
魂が消えたように観えたのは、ボクの見間違いだったかもしれない。
きっとそうだ。
ラートさんはいつも正しい。
「この事を調べていたら、交国の人達に睨まれるかも。そしたらヴィオラ姉ちゃんもラートさんも危ないでしょ……?」
「まあ、いつかは向き合わなきゃいけない問題よ」
お姉さんはそう言い、お茶を少しだけ飲んだ。
飲んでカップを置いた後、言葉を続けてきた。
「キミが抱えていた秘密は、ラート君達も無関係じゃないから」
「えっ? そうなの?」
「直接的な関係はないけど……あの子達も、交国と深い繋がりがあるの。ラート君も『交国軍人』以上の繋がりがあるから、いずれは交国と向き合う必要があるの」
これは2人にとっても良い機会になる。
お姉さんはそう言った。……どうも、色んなことを知っているみたいだ。
「まあ……向き合わず、目をそらすのも1つの手だけどね。キミやラート君達がそうしても、誰も責める権利なんて持っていない」
「お姉さんはどこまで知っているんですか?」
この人は魔神。
夢の中にしか出てこないけど、多分、力を持っている魔神だと思う。
ボクの秘密だけじゃなくて、色んな事を知っている。
「お姉さんは、ボクのお父さんやお母さんの事も知っているんじゃ……!」
「…………」
問いかけたけど、お姉さんは微笑するだけだった。
この人は何か知っている。
知っているけど、何度聞いても答えてくれなかった。
ただ、お姉さんの笑みは、ボクを哀れんでいるように見えた。




