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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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過去:バカの約束



■title:

■from:死にたがりの死に損ない


 俺は「勇敢なオーク」じゃない。


 だが、真に勇敢な軍人は知っている。


 だから……その人達の振るまいを真似ている。


 勇敢に死ねるように。


 立派な交国軍人らしく、立派に死んで、家族に恩給を残せるように。


 ちゃんと真似出来ているか、わからない。


 けど、「勇敢」でいられるよう努力しているつもりだ。


 あの人のように。


 グラフェン中尉のように――。


 中尉は今も昔も俺の目標だ。


 そして、俺の後悔の象徴でもある。


 交国軍で一番強いのは神器使いだろうけど、軍の主力はオークが担ってきた。


 オークは頑丈な身体を持ち、痛みを感じない。空間認識能力もそれなりに優れているようで、機兵乗りとしても向いているらしい。


 けど、グラフェン中尉はオークじゃなかった。


 オークじゃないけど、スゴく優秀な軍人だった。


 150センチあるか無いかの華奢な身体の持ち主。


 鳩の相を持つ鳥人の女性だった。


 鳥人とは、鳥のような特徴を持つ人で、華奢なグラフェン中尉は小鳥のような印象を抱く人だった。軍人らしくない可愛らしい人だった。


 鳥人だから髪の一部が羽毛みたいにフンワリしてて……一度こっそり触らせてくれた事あったけど、スゴく触り心地良かった。ホントに綺麗な人だった。


 中尉は本来、翼も生えていたらしい。


 けど、俺が中尉と出会った時にはもう、翼はなかった。綺麗な人だったから、翼が生えていたらもっと綺麗だったんだろうなー……。


 でも、見た目に騙されちゃダメだ。


 可愛くて綺麗なのは事実だけど、中尉は立派な軍人だった。


 あの人はどの訓練でも俺達(オーク)に負けない能力を発揮していた。


 機兵乗りとして優秀なうえに、指揮能力も巧み。機兵を下りたら見た目相応の女性になると思いきや、徒手空拳の訓練でも俺達を転がす腕っ節の持ち主だった。


 華奢な少女の見た目をしていたから、侮る人は多かったけど……一度、手合わせをしたら誰もがグラフェン中尉の事を認めていった。


 俺は憧れていた。


 中尉は本当に凄い人だった。


 最後まで……本当に、最後まで俺を導いてくれた人だった。


 ……グラフェン中尉は、歌も上手だった。


 透き通った歌声は、プロの歌手に劣らないものだった。初めて耳にした時、俺は夢中で聞き入ってしまった。


 ただ、中尉は歌が上手なのを隠していた。


 1人でこっそり歌っていた。


 俺は皆に教えた。中尉の歌、スゴく上手だったって。


 皆も中尉の歌を聴きたがった。


 中尉は自分の歌声を披露するの、「恥ずかしいよー」って言って笑っていたけど……必死に頼むと、結局は歌ってくれた。


『ド素人の歌唱だから、正直な感想は言わないでね』


 中尉はそう前置きしていたが、素人とは思えない見事な歌唱だった。


 機兵格納庫に作った即席のお立ち台に立ってくれた中尉は、格納庫中にふわりと響き渡る歌声を披露してくれた。


 最初は囃し立てていた先輩機兵乗り達も、直ぐに中尉の歌声に聞き入り始めた。いつもはやかましいオーク達が、じっと黙って聞き入っていた。


 歌声が止むと、大きな拍手がいくつも響いた。


 アンコールを求める声も、いくつも響いた。


 皆が中尉の歌声を認めていた。俺はそれが誇らしかった。


 ……グラフェン中尉には、後で怒られたけど……。


『ラート君さぁ……! 人が内緒にしていた秘密の趣味、勝手に皆に言っちゃうのはよくないな~……! 私はマジで怒ってるからねっ!』


『ご、ごめんなさいっ!』


 中尉は――俺よりずっと小柄な中尉は――小さな指で俺の胸板をグリグリとイジメた後、チクチクと怒ってきた。


 俺が皆に中尉の(こと)をバラしたから。


 怒られたけど、俺は正直嬉しかった。


 皆が中尉の歌声を認めてくれた事が……俺が「すごく良い!」と思ったことを認めてくれた事が嬉しくて、気持ちがフワフワしちゃってた。


 俺がニヤけているから、中尉はますます怒り、俺の足を「ゲシゲシ!」と蹴ってきたけど……最後は許してくれた。


『また歌ってください!』


『やだよ、もー……。恥ずかしいし……。私、素人だし……』


『中尉なら、直ぐにプロの歌手になれますよ!』


『あはは……。お世辞でも嬉しいよ』


『お世辞なんかじゃねえですっ!』


 俺は本気だった。


 興奮し、中尉の小さな手を取って熱弁した。


 中尉は本当にスゴいって。


 貧弱な語彙で、必死に中尉を褒めちぎった。


『…………』


 本心で褒めちぎったけど、中尉は曖昧な笑みを浮かべていた。


 笑っていたけど、悲しげな笑みだった。


『歌手なんてなれないよ。私の居場所は戦場(ここ)にしかない』


『そんなこと無いですよ!』


『そんなことあるんだよ』


 中尉は笑顔でそう言った。


 いつも以上の笑顔でそう言っていた。


 でも……その瞳の奥には、色んな感情が渦巻いているように見えた。


『…………。私はラート君よりお姉さんだからねっ! 人生の先輩だから、色んなことを知ってるの。だから「無理」だって知ってるんだよ。わかった?』


『……わかんねえです! 俺、バカだからっ!』


『んもぅ……』


『俺はバカですけど、中尉が歌手になれる実力を持ってるってことは、わかります! 中尉はマジでスゴい人ですよ! 自信持ってくださいっ!』


『ホント、無理なんだって』


 中尉は俺の手をやんわりと解いた。


 苦笑しつつ、俺を遠ざけた。


『まあ、でも……プレーローマを倒して……平和と自由な世界になれば……私も歌手になれるかもね。そんな日は、当分来ないだろうけどさ……』


『…………』


『……まあ! お互い、頑張ろう。頑張って戦っていたら、いつか平和になるよ。私達はその時代に辿り着けなくても、礎程度にはなれるはずだよ~』


 中尉はそんな素晴らしいことを言った。


 中尉も、誰かのために戦っている。


 人生の後輩のために戦っている。


 世界のために、礎になろうとしている。交国軍人の鏡だ。


 でも――。


『俺は嫌です』


『え?』


『俺、中尉の歌がいいんです! 中尉の歌を、もっとたくさんの人に聴いてほしいんですっ! 他の誰かじゃなくて、グラフェン中尉の歌を聴きたいんです』


 俺達の後に続く「誰か」じゃない。


 中尉がいいんだ。


 俺は、それぐらい中尉のことを――。


『プレーローマを倒せばいいんですよね!? 俺、もっと頑張ります! プレーローマを殲滅しちまえば、中尉も心置きなく歌手になれますよねっ!?』


『…………』


 俺達はきっと勝てる。


 正義は必ず勝つ。


 交国(おれたち)は正義だ。


 俺はそう信じていた。プレーローマなんかに負けないと信じていた。


 昔は、無邪気にそう信じることが出来た。


 …………。


 今だって、信じている……つもりだ。


『……ラート君は、やっぱりバカだねぇ』


 中尉はそう言って笑っていた。


 頬を掻きつつ、仕方なさそうに笑っていた。


『キミはバカだよ、ホント』


『自覚はありますっ!』


『ふっ……。まあ、でも……キミが想う未来は……悪くないものかもね』


『俺達の代で辿り着いてみせましょう! いつか、きっと!』


『……うん』


 交国はいつかきっと、プレーローマに勝つ。


 その「いつか」は、いつになるかわからない。


 ……中尉はその「いつか」に辿り着けなかった。


 中尉だけじゃない。


 他の先輩軍人の皆も、辿り着けなかった。


 俺だけが……俺なんかが、生き残ってしまった。




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