過去:バカの約束
■title:
■from:死にたがりの死に損ない
俺は「勇敢なオーク」じゃない。
だが、真に勇敢な軍人は知っている。
だから……その人達の振るまいを真似ている。
勇敢に死ねるように。
立派な交国軍人らしく、立派に死んで、家族に恩給を残せるように。
ちゃんと真似出来ているか、わからない。
けど、「勇敢」でいられるよう努力しているつもりだ。
あの人のように。
グラフェン中尉のように――。
中尉は今も昔も俺の目標だ。
そして、俺の後悔の象徴でもある。
交国軍で一番強いのは神器使いだろうけど、軍の主力はオークが担ってきた。
オークは頑丈な身体を持ち、痛みを感じない。空間認識能力もそれなりに優れているようで、機兵乗りとしても向いているらしい。
けど、グラフェン中尉はオークじゃなかった。
オークじゃないけど、スゴく優秀な軍人だった。
150センチあるか無いかの華奢な身体の持ち主。
鳩の相を持つ鳥人の女性だった。
鳥人とは、鳥のような特徴を持つ人で、華奢なグラフェン中尉は小鳥のような印象を抱く人だった。軍人らしくない可愛らしい人だった。
鳥人だから髪の一部が羽毛みたいにフンワリしてて……一度こっそり触らせてくれた事あったけど、スゴく触り心地良かった。ホントに綺麗な人だった。
中尉は本来、翼も生えていたらしい。
けど、俺が中尉と出会った時にはもう、翼はなかった。綺麗な人だったから、翼が生えていたらもっと綺麗だったんだろうなー……。
でも、見た目に騙されちゃダメだ。
可愛くて綺麗なのは事実だけど、中尉は立派な軍人だった。
あの人はどの訓練でも俺達に負けない能力を発揮していた。
機兵乗りとして優秀なうえに、指揮能力も巧み。機兵を下りたら見た目相応の女性になると思いきや、徒手空拳の訓練でも俺達を転がす腕っ節の持ち主だった。
華奢な少女の見た目をしていたから、侮る人は多かったけど……一度、手合わせをしたら誰もがグラフェン中尉の事を認めていった。
俺は憧れていた。
中尉は本当に凄い人だった。
最後まで……本当に、最後まで俺を導いてくれた人だった。
……グラフェン中尉は、歌も上手だった。
透き通った歌声は、プロの歌手に劣らないものだった。初めて耳にした時、俺は夢中で聞き入ってしまった。
ただ、中尉は歌が上手なのを隠していた。
1人でこっそり歌っていた。
俺は皆に教えた。中尉の歌、スゴく上手だったって。
皆も中尉の歌を聴きたがった。
中尉は自分の歌声を披露するの、「恥ずかしいよー」って言って笑っていたけど……必死に頼むと、結局は歌ってくれた。
『ド素人の歌唱だから、正直な感想は言わないでね』
中尉はそう前置きしていたが、素人とは思えない見事な歌唱だった。
機兵格納庫に作った即席のお立ち台に立ってくれた中尉は、格納庫中にふわりと響き渡る歌声を披露してくれた。
最初は囃し立てていた先輩機兵乗り達も、直ぐに中尉の歌声に聞き入り始めた。いつもはやかましいオーク達が、じっと黙って聞き入っていた。
歌声が止むと、大きな拍手がいくつも響いた。
アンコールを求める声も、いくつも響いた。
皆が中尉の歌声を認めていた。俺はそれが誇らしかった。
……グラフェン中尉には、後で怒られたけど……。
『ラート君さぁ……! 人が内緒にしていた秘密の趣味、勝手に皆に言っちゃうのはよくないな~……! 私はマジで怒ってるからねっ!』
『ご、ごめんなさいっ!』
中尉は――俺よりずっと小柄な中尉は――小さな指で俺の胸板をグリグリとイジメた後、チクチクと怒ってきた。
俺が皆に中尉の歌をバラしたから。
怒られたけど、俺は正直嬉しかった。
皆が中尉の歌声を認めてくれた事が……俺が「すごく良い!」と思ったことを認めてくれた事が嬉しくて、気持ちがフワフワしちゃってた。
俺がニヤけているから、中尉はますます怒り、俺の足を「ゲシゲシ!」と蹴ってきたけど……最後は許してくれた。
『また歌ってください!』
『やだよ、もー……。恥ずかしいし……。私、素人だし……』
『中尉なら、直ぐにプロの歌手になれますよ!』
『あはは……。お世辞でも嬉しいよ』
『お世辞なんかじゃねえですっ!』
俺は本気だった。
興奮し、中尉の小さな手を取って熱弁した。
中尉は本当にスゴいって。
貧弱な語彙で、必死に中尉を褒めちぎった。
『…………』
本心で褒めちぎったけど、中尉は曖昧な笑みを浮かべていた。
笑っていたけど、悲しげな笑みだった。
『歌手なんてなれないよ。私の居場所は戦場にしかない』
『そんなこと無いですよ!』
『そんなことあるんだよ』
中尉は笑顔でそう言った。
いつも以上の笑顔でそう言っていた。
でも……その瞳の奥には、色んな感情が渦巻いているように見えた。
『…………。私はラート君よりお姉さんだからねっ! 人生の先輩だから、色んなことを知ってるの。だから「無理」だって知ってるんだよ。わかった?』
『……わかんねえです! 俺、バカだからっ!』
『んもぅ……』
『俺はバカですけど、中尉が歌手になれる実力を持ってるってことは、わかります! 中尉はマジでスゴい人ですよ! 自信持ってくださいっ!』
『ホント、無理なんだって』
中尉は俺の手をやんわりと解いた。
苦笑しつつ、俺を遠ざけた。
『まあ、でも……プレーローマを倒して……平和と自由な世界になれば……私も歌手になれるかもね。そんな日は、当分来ないだろうけどさ……』
『…………』
『……まあ! お互い、頑張ろう。頑張って戦っていたら、いつか平和になるよ。私達はその時代に辿り着けなくても、礎程度にはなれるはずだよ~』
中尉はそんな素晴らしいことを言った。
中尉も、誰かのために戦っている。
人生の後輩のために戦っている。
世界のために、礎になろうとしている。交国軍人の鏡だ。
でも――。
『俺は嫌です』
『え?』
『俺、中尉の歌がいいんです! 中尉の歌を、もっとたくさんの人に聴いてほしいんですっ! 他の誰かじゃなくて、グラフェン中尉の歌を聴きたいんです』
俺達の後に続く「誰か」じゃない。
中尉がいいんだ。
俺は、それぐらい中尉のことを――。
『プレーローマを倒せばいいんですよね!? 俺、もっと頑張ります! プレーローマを殲滅しちまえば、中尉も心置きなく歌手になれますよねっ!?』
『…………』
俺達はきっと勝てる。
正義は必ず勝つ。
交国は正義だ。
俺はそう信じていた。プレーローマなんかに負けないと信じていた。
昔は、無邪気にそう信じることが出来た。
…………。
今だって、信じている……つもりだ。
『……ラート君は、やっぱりバカだねぇ』
中尉はそう言って笑っていた。
頬を掻きつつ、仕方なさそうに笑っていた。
『キミはバカだよ、ホント』
『自覚はありますっ!』
『ふっ……。まあ、でも……キミが想う未来は……悪くないものかもね』
『俺達の代で辿り着いてみせましょう! いつか、きっと!』
『……うん』
交国はいつかきっと、プレーローマに勝つ。
その「いつか」は、いつになるかわからない。
……中尉はその「いつか」に辿り着けなかった。
中尉だけじゃない。
他の先輩軍人の皆も、辿り着けなかった。
俺だけが……俺なんかが、生き残ってしまった。




