番外編:多次元世界のオーク史 後編
■ブロセリアンドの種が芽吹く
□ゲスト:玉帝
オークは基本的に「男」しかいません。
子孫を残すためには他種族の胎を借りなければならず、生まれてくる子孫もほぼ全員が「オーク」です。それだけ強い遺伝子を持っています。
この性質が「厄介」なんですよね。
「はい。オークの血が混じると、オークしか生まれない」
「そしてオークの源流はプレーローマにある。代表例として<ブロセリアンド帝国>という人類文明を荒らし回っていた巨大軍事国家がある」
「オークの子孫は、大抵、帝国の血筋を引いています」
ブロセリアンド帝国は人類文明を荒らし回りました。
人類にとって帝国は――オークは「人類の敵」でした。
「オークは『人類』の一種ですが、長くプレーローマ陣営で暴れていましたからね。プレーローマが弱体化しても、『憎しみ』は弱くならないのです」
種族がオークという時点で「差別」や「憎悪」の対象になってしまう。
プレーローマの支援を受けていたブロセリアンド帝国が崩壊した以上、オーク達にはまともな「後ろ盾」がなくなりました。
各地に散らばり暮らしているオークの一族は、他の人類種にとって「手頃な復讐対象」となりました。
「プレーローマは混乱期でも強力な存在ですが、プレーローマの支援を失ったオークは他の人類種でも倒そうと思えば倒せる相手ですからね」
「子孫のオーク達が和平を望んでも、先祖の罪を追及される」
「その追及は苛烈なものとなり、何人もの『罪無きオーク』が殺されました」
超世界規模のオーク狩りの時代ですね。
逆に虐げられるようになったオーク達の中には、抗うために武器を手にする者達も多くいました。ただ、抗えば抗うほど状況は悪くなっていきました。
プレーローマや帝国の後ろ盾もなく、多次元世界各地で孤立。周囲の人類種の眼は憎しみに染まっており、精強なオーク達も次々と殺されていきました。
世界によっては「オークの根切り」を完了したところもありますね。
「それは稀少な例ですね。さすがに全員殺すのは難しいですから」
「ただ、オークの数が全盛期より減ったのは確かです」
ブロセリアンド帝国から分裂した28のオーク国家。
これも多くが滅びましたが、いくつかは残りました。
残りはしたものの、未だ人類国家と戦い続けているところもありますけどね。
「愚かな事です」
「オークは人類。人類種同士争っても、プレーローマの思うつぼなのに……」
「オーク達も生き残りに必死です。彼らも必死に抗ってきました」
「オークの子がオークに限らなければ、血が薄まって溶け込んでいく事も出来たかもしれません。しかし、オークの血は非常に強い」
「オークの子は、末代に至るまでオーク」
「それが多次元世界のオークの常識です」
プレーローマはある意味、上手くやりましたね。
プレーローマの支援無しでも、オークという存在が人類圏に騒乱を起こし続けているのですから。一度撒いた憎しみは雑草の如く生き残り続けます。
「いやらしい者達ですよ。プレーローマの天使共は」
「奴らは必ず、絶滅させなければなりません」
でもですねぇ……天使達もオークの同類なのでは?
全てを始めたのは源の魔神です。
人類を虐げ始めたのは源の魔神で、多くの天使達はそれに従っていただけ。
源の魔神が死んだ後も、源の魔神の遺した遺恨が「人類と天使」の戦いを続けさせてしまっている。これってオーク達の歴史と似てませんか?
「オークと天使は別物です」
「天使達は人類を下に見ている。奴らは人類と『対等な和平』を結ぶ気などない。あの手この手で人類を害し続けています」
「天使と人類は相容れないのです」
「その関係を、オークと他の人類種と混合するなんて、オークに対する重大な差別ですよ。公平中立な組織のくせにそんな差別を平気な顔でするんですか?」
公平中立だからこそ、同一視するんですよ。
人間と天使の違いなんて、大してないんですから。
「見解の相違があるようですね。残念です」
「本日はこれで終了ですか?」
いえいえ! まだやりますよ!
せっかくなので「オーク差別に対する各国の取り組み」を紹介させてください!
これ、交国の得意分野でしょう?
「…………」
■オーク差別に対する各国の取り組み
□ゲスト:玉帝
オークは人類の一員です。
ブロセリアンド帝国が遺した禍根により、大きな騒乱が発生してきました。
しかし、この憎しみの連鎖を断たなければならない。
そう考え、動いている国家・組織もあるのです。
交国も「オーク差別根絶」のために、様々な活動を行っていますよね?
「そうですね。人類連盟を通じ、各国に働きかけています」
「人類文明の中には『オークは生まれながらの罪人』として、世に生まれた時点から奴隷とし、死ぬまで奴隷労働させている国家もあります」
「人権を無視し、全てのオークを捕まえ次第、去勢・処刑する国もあります」
「そういう国家に対し、交国は他国と連携して経済制裁を化し、対オーク政策の路線変更を求めています。時には武力を用い、オーク救出を行います」
オーク救出を大義名分とし、侵略戦争を起こす。
それによって交国の版図を広げるわけですね!
「どうとでも言いなさい。大義は交国にあります」
「未だオーク差別を続ける国家は、人類の足並みを乱す愚かな者達です」
「オーク達を同じ人類種として愛し、対等な仲間として扱う……。過去の憎しみに囚われて誤った判断を続けていれば、新たな憎しみを作るだけ」
「そんな事をするより、人類同士で手を取り合うべきなのですよ」
「平和的手段だけではそれが実現出来ないから、交国が仕方なく介入しているのです」
「オークの奴隷達を解放し、オークの人権を認めさせ、オーク達にも参政権を与える。古い価値観に縛られた愚か者達を文明化しているだけです。交国は」
交国にもオークの奴隷がいますよねー。
「いません」
「交国は国内外に働きかけ、オークに対する差別を根絶しようと奮闘しています」
まあ、交国の実態はともかく……。
交国の働きによって救われたオークさん達は、確かに存在しますね。
本当に救われたかどうかはともかく。
「オークに対する差別は、人類が一丸となって挑むべき問題です」
「いつまでも過去に囚われ、人類同士で戦うべきではない」
「いつまでも過去の印象に囚われるべきではないのです」
過去の印象、というと?
「例えば『オーク=強姦魔』という印象ですね」
「ブロセリアンド帝国のオーク達は、日常的に他種族の女を襲っていました」
「ただこれはプレーローマに命じられていた影響が大きかった。ろくな教育機関や法律のない帝国では、その手の犯罪行為が『犯罪』として扱われなかったという『不幸の土壌』が存在していました」
「それは事実です。ですが、もうブロセリアンド帝国は滅びました」
「それなのにエンターテイメント業界では、未だ古いオーク観が生きています」
「例えばアダルトビデオ、アダルト漫画にオークを『強姦魔』役として登場させています。オーク達を性的に消費し、大きな風評被害を作っているのです」
制作者側は大して悪気ないんですけどね。
ただ、そういう風潮があるから、そういう役回りを採用する。
オークの方々も他に仕事が選べない事情から、その手のアダルトビデオの男優役として活動せざるを得ない。そういう負の連鎖が確かに存在しました。
交国はそういうところにも切り込んでいってますよね。
単に政府として声明を出すだけではなく、交国の企業がスポンサーとなっている作品では、年齢制限の無い作品でもガッツリ干渉してますよね?
「必要なことです」
「オークの血は濃い。残念ながらレッテルが貼りやすい存在です」
「オーク自身が襟を正す必要もありますが、オーク達だけでは現状を打破できない。だから交国は政府としても声を上げています」
「オークに対するレッテル貼りや、憎しみの連鎖を続ける」
「それはプレーローマを利する行為ですからね」
素晴らしい……。まるで人格者のような言葉ですねぇ。
「何が言いたいんですか」
「女性の胸部を性的に消費する下劣畜生ソムリエさん」
私は鍛え上げられた男性の雄っぱいも好きですよ!
「????????」
フッ……。交国の最高指導者はオッパァイへの造詣が浅いようですね。
ソムリエとして、おっぱい講義をしてあげる必要があるようですね?
「セクハラで訴える必要があるようですね」
■交国の源流
□ゲスト:玉帝
そういえば交国も一応、ブロセリアンド帝国の血に連なる国家ですよね。
「ええ。まあ。一応」
「プレーローマの支援で生まれたブロセリアンド帝国」
「帝国は、新暦55年に『28のオーク国家』に分裂しました」
「交国はその1つではありませんが、その1つと手を取り合った国家です」
その国家というのが<大ブロセリアンド>ですね。
「ええ。私にとって懐かしく、身近な国の名です」
大ブロセリアンドは「帝国のやり方」を継承している国家でした。
ブロセリアンド帝国はプレーローマの支援を受け、人類文明圏を荒らしていた。
大ブロセリアンドも帝国のように、他の人類国家を襲っていました。
襲撃し、略奪する事で国家を存続させようとしていた。
「愚かな事です」
「ブロセリアンド帝国が巨大軍事国家として成立していたのは、プレーローマの支援ありきのこと」
「その支援すらない大ブロセリアンドが、全盛期の帝国のように振る舞えるわけがない。彼らには帝国時代の遺産がいくらかありましたが――」
他国もやられっぱなしではなかった。
大ブロセリアンドは結構負けていたようですね。
帝国の死骸から生まれた『28のオーク国家』にはよくある事です。中には国家として上手くやっていけるようになった国もありますが――。
「大ブロセリアンドは疲弊し、滅びの道を辿っていました」
「彼らのやり方は古く、支援者もいなかった」
「子供のまま国家になった以上、衰退は必然でした」
「ですが、交国は彼らに手を差し伸べました」
「大ブロセリアンドという国家は解体され、その臣民は交国の民として温かく迎え入れられていきました」
「人類と敵対していた彼らに贖罪の機会を与え、人類の味方として活躍していく道を紹介してあげたのです」
へー! ほー! ふーん!
それはそれは、とてもご立派なことですねぇ!
「何か言いたい事が?」
それ、半分ぐらい嘘ですよね?
交国は大ブロセリアンドを「平和的に」取り込んだわけではない。
暴力で支配したのでは?
「証拠は?」
ここに大ブロセリアンドの生き残りの手記があります。
この手記の主は、ある日突然やってきた武装集団に大ブロセリアンドを滅ぼされたと書き残しています。その武装集団は大人のオーク達を虐殺し、子供達に――。
「一時期、その手の創作物が流行りましたね」
「交国は寛大です。その手のフィクションに一々目くじらを立てたりしませんよ」
この手記を嘘っぱちだと言い張るんですね。
「それを『証拠』として認めるほど、国際社会は甘くありません」
「どうせそれは拾いものでしょう? それを書いた人間が雪の眼に辿り着いたわけではない。くだらない創作物の可能性も高い」
交国は自国のオークを軍事利用していますよね?
彼らに改造を施し、戦場に投入していますよね?
「改造? 何のことですか?」
プレーローマが作ったオーク達は、味覚や痛覚をちゃんと持っていました。
交国ぐらいなんですよ。
味覚も痛覚も無いオークが、当たり前に生まれてくるのは。
「それは大ブロセリアンドの過ちですね」
「大ブロセリアンドはプレーローマの支援無しでやっていくために、自分達の身体を改造し、強化する道を選びました」
「彼らの技術は拙いものでしたが、国際社会に差別され、追い詰められていた事で1つの結果に辿り着きました」
「それが痛覚や味覚の無いオークです」
「結果といっても、失敗ですね。彼らは自分達の子孫に障害を残してしまったのです。ろくな技術もないのに無茶をするから、現代の交国に生きるオーク達に障害が残ってしまっている……」
「しかし、交国のオーク達はたくましく生きています」
「先祖の失敗を自分達の『個性』として活用し、様々な分野で活躍しています」
「交国政府は彼らを応援し、後押ししています」
「オーク達もまた、交国の臣民ですからね」
応援、後押しですか。
オークの子供達に陰惨なオーク史を教え込み、「教育」する。
交国のやっている事は全て正しいと洗脳する。
彼らの性欲すら薬でコントロールする。
本当はそんなもの、必要ないのに。
「いいえ。必要なものです」
「実際、薬物によるコントロールを導入して以降、交国軍人による性暴力事件は一気に減少しました。彼らには薬が必要不可欠だったのです」
プレーローマはオーク達の欲求もデザインしました。
ただ、交国のオーク達が交国の教育で教え込まれたほど、危険なものではないのですよ。交国政府の対応や教育は明らかに過剰なものです。
薬まで使う必要はなかったはず。
「統計的にも私達の正しさは証明できます」
「臣民の皆様も、交国政府の支援を望んでいます」
「部外者が無責任に口だししないでください」
嘘は脆いものです。
嘘はいつか、真実に敗北します。
「…………」
「ええ、その通りです。そこは認めましょう」
「だからこそ、私達は対策を用意したのです」
交国は多次元世界指折りの巨大軍事国家。
しかし、巨大ゆえに、巨体を維持するために様々なものを犠牲にしている。
交国は現状のままなら、いずれ瓦解する鉄巨人です。
ブロセリアンド帝国のように、いつか滅びてしまうでしょう。
「そうはさせません」
「交国は、ブロセリアンド帝国のような失敗作とは違う」
「交国は、大ブロセリアンドのような駄作とも違う」
「交国は、人類の傑作なのです」
「交国は、永久に不滅なのです」
…………。




