自己評価が低い者同士
■title:繊三号にて
■from:死にたがりのラート
「アル……。1人でウロウロしちゃダメだって」
「ご、ごめんなさい……」
俺に怒られ、「しゅん」としているアルの頭を撫でる。
どうも、俺とヴィオラが喧嘩してないか心配で見に来たらしい。
そんな事しない……と言いたいところだが、パーティーから中座した時に口論はしちゃったもんな。心配になるのもわかる。
「…………。でも、俺達、喧嘩なんてしてなかっただろ?」
「うーん……? でも、話してる内容、聞こえなかったし……」
それとなく聞いたところ、俺とヴィオラの内緒話の内容は聞けてなかったようだ。それは良かった。
まあ、距離もあったし、大丈夫だろうとは思ったが――。
「ホントにケンカしてなかったんですか?」
「してないしてない! 俺とヴィオラは仲良しだよ」
「…………。困らせて、ごめんなさい」
「ん? 何が?」
「ラートさんとヴィオラ姉ちゃん、ボクが相談した所為で困ってますよね?」
どうやら両親の件を相談したこと、後悔しているらしい。
俺達に迷惑かけたんじゃないか――という意味で。
「困ってないよ。むしろ、相談してくれて嬉しいよ」
アルを抱き上げ、背中をポンポンと叩いてあやしてやる。
アルはちょっと恥ずかしがったが、最終的に身を委ねてくれた。
「お前は俺やヴィオラが『何とかしてくれるかも』って期待してくれたんだろ? 俺達はお前の力になりたいんだ。頼ってくれて、ホントにありがとな」
「でも……」
「相談されない方がキツかった。だから、ホントにありがとな」
しばしアルをあやした後、部屋まで連れて行く事にした。
しばらく任務らしい任務がなくて暇とはいえ、夜更かしはあまり良くない。
もう一度ベッドに連れていって、今度こそ寝かしつけないと。
「……ボク、ラートさんのこと……すごく頼りにしてます」
「そうか? 嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「ボクも、ラートさんみたいに強くて、勇敢な人になりたい……」
俺の腕の中にいるアルが、そう言って見つめてきた。
その瞳は微かに揺れているように見えた。
不安や悲しみで揺れているように見えた。
「ラートさんみたいに強かったら、お父さんやお母さんを守れたかもしれないのに……。それなのに、ボクは……」
「お前は既に強いよ」
やっぱり、アルは両親のことを引きずっている。
ずっと自分を責めている。
……アルの場合は、何も悪くないのに。
「お前やフェルグス達がいてくれなきゃ、俺達は羊飼いに勝てなかった。お前が頑張ってくれたから俺達は生き残れたんだぜ」
「でも、羊飼いと戦えたのはヴィオラ姉ちゃんが作ってくれたヤドリギのおかげで……ボク、射撃は相変わらず下手だし……」
「その理屈で言うと、機兵なきゃろくに戦えない俺もダメなのか?」
苦笑しながらそう言うと、アルは首を横に振った。ブンブンと振った。
「ラートさんは機兵なくても強いもんっ! 身体おっきくて、力持ちで……!」
瞳を潤ませていたアルが、俺の首に抱きついてきた。
そして涙声で、「ボク、ラートさんみたいになりたい」と言った。
「俺は……お前が思ってるほど強くないよ」
俺はただの交国軍人だ。
どこにでもいる普通の交国軍人だ。
機兵乗りになれるよう頑張ってきたし、機兵の操縦もそれなりに出来る。座学はともかく……それなりに戦える機兵乗りのつもりだ。
けど、俺ぐらいの実力の軍人は、いくらでもいる。
それに――。
「俺、ホントは弱いんだ。……戦場から逃げた事がある」
「ウソ。ラートさん、繊三号での戦いでも逃げなかった。危ないのに……最後までしっかり戦ってたもんっ……! ラートさんは強いもんっ」
「…………」
アルは自己評価低いのに、俺の評価は無駄に高いよなぁ。
そこまで評価してもらうと、恥ずかしいし……申し訳ない想いも抱く。
俺はホントに大したことねえのに――。
「俺は本当に強くない。ただ、勇敢でありたいだけの男なんだ」
「…………」
「虚勢を張って、『頼りになる軍人』のフリをしているだけなんだ。必死にな。お前の目にはそう映ってるってことは、上手くいってるのかもな……」
俺は本当に駄目な奴なんだ。
死ぬべき場所で死ねなかったんだ。
けど、アル達は違う。
コイツらは俺よりずっと強い。いま以上に強くなる可能性を持っている。
アルとか、特に凄いと思うけどな。まだ幼いのに1人で秘密を抱えて……不安に押しつぶされそうになりながら戦って、俺達を助けてくれたわけだし。
「でも、そういう振る舞いが出来ているだけでも……ラートさんは強いです」
「そうか? まあ、コレのおかげでもある」
そう言い、アルからもらったネックレスを見せた。
四つ葉型植毛のお守り。
「この幸運のお守りを意識すると、勇気が湧いてくるんだ」
アル達のことを意識すると、「守ってやらなきゃ」って思いが強く湧き上がってくる。俺が勇気を出せるのはアルのおかげでもあるんだぜ――と言う。
そう言うと、アルは恥ずかしそうにしながら、「ボクのお守りなんて全然……」と謙遜した。
「ボク、ホントにダメだから……ラートさんみたいに勇気ある人になりたい」
「ダメなもんか。お前、ホントに自己評価低いな」
アルのおでこに軽くデコピンをしてやる。
「アル。お前は既に強い。もっと自分に自信を持て」
「自信を……」
「常に自分を勇気づけるんだ。模擬戦の時みたいにな」
「笑って……『面白くなってきた』って言い張る?」
「そうだ! アレはマジで元気出るぞ!」
逆境の中でも、自分を騙して元気づけるんだ。
そうするしかないんだ。
俺には、それしか無い。
アルの場合は巫術の才があるけど、それに頼り切りじゃなくて、自分で自分を元気づけるのも覚えていった方がいい。武器は多い方がいい。
アルを抱っこして運びつつ、自分を元気づける練習をさせる。夜中だから迷惑にならない程度の声量で自分を鼓舞させる。
そうしているうちに、アル達の部屋に辿り着いた。
フェルグス達は相変わらず、健やかな寝息を立てている。
それを見つつ、アルにも寝るよう促したが――。
「…………」
アルは床に下りても、俺の服の裾を掴み続けてきた。
物言いたげにソワソワしているので、しゃがんで視線を合わせてやる。
「……まだ寝たくないのか?」
「…………」
アルはコクコクと頷いた。
それで、俺の服を余計にギュッと掴んできた。
「きょ……今日は、ラートさんと一緒に寝たい……。ダメ……?」
「ふむ?」
アルの表情を改めてよく見る。
不安げな顔をしたままだ。
まあ……心細いよな。両親の事もあるし。
下手したら悪夢を見て、苦しむ事になるか――。
「よし。わかった。俺の部屋に行こう」
そう言うと、アルはとても嬉しそうに表情を柔らかくしてくれた。
再びアルを抱っこし、部屋の外に出ると、アルは俺に抱きつきながら「もっとラートさんのお話、聞きたい」なんて言ってくれた。
「ラートさんに色んなこと教わって、ラートさんみたいになりたい」
「夜更かし希望か。悪い子だなぁ~」
「だ、ダメっ……?」
「ちょっとだけだぞ?」
楽しい夜になりそうだ。
考えるべきことは沢山ある。
不安材料も沢山ある。
けど、アルは俺以上に不安でたまらないだろう。
両親の安否も、まだハッキリしない。……交国に騙されている可能性すらある。
不安で押しつぶされそうになっていてもおかしくない。その不安を、少しでも軽くしてやりたい。取り除いてやりたい。
俺は死に損なったダメ軍人だ。
でも、まだやれる事がある。
アル達のために……色々、してやれる事があるはずだ。




