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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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叡智神の死者蘇生



■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


 第8と星屑隊のパーティーは大盛り上がりで夜遅くまで続いた。


 俺とヴィオラ、そしてアルはさすがに楽しんでばかりではいられない。3人で重大な秘密を共有し、それについて調べていく事になった。


 重大過ぎて、正直、戸惑うが……アルはこの話をずっと1人で抱えてきたんだ。大人の俺が不安になってるとこなんて、見せるわけにはいかない。


「ほれ、アルも今日は大人しく寝な?」


「ん……」


 パーティーで無邪気にはしゃいでいたフェルグスとグローニャは、はしゃぎつかれてグースカと眠っている。


 2人ほどじゃないが、楽しそうにはしゃいでいたロッカも静かに寝息を立てている。あとはアルが眠れば4人共就寝だ。


 不安そうなアルに毛布をかぶせ、「おやすみ」と言って部屋を出る。


 ヴィオラも俺について部屋から出てきた。まだ少し話があるらしい。


「「…………」」


 俺もアル抜きで話したい事があったし……2人で視線を交わし、人気のないところまで歩いて行く。


 色々相談しようと思っていると、ヴィオラの方が先に話題を切り出してきた。


「ラートさん。本当に……ありがとうございます」


 ヴィオラは俺に対して頭を下げてきた。


 アルが今回の件を相談してくれたのは、俺のおかげだと言ってきた。


「私だけじゃ……無理でした。ラートさんのような頼りになる軍人さんがいてくれたから、アル君は抱えていたものを話してくれたんです」


「俺だけでも無理だったよ」


 星の微かな灯りの下、首を横に振る。


 アルが打ち明けてくれたのは、ヴィオラの存在も大きいはずだ。


 ヴィオラはずっとアル達の傍にいたからな。


「それに……ヴィオラがいてくれなきゃ、俺は狼狽えるばっかりでアホやらかしてたかもしれねえ。俺だけだったら、いきなり軍事委員会に相談してたかもしれねえ。ヴィオラの冷静な視点が無いと……やっぱダメだなぁ~……」


「いや、その……それは私が交国を疑いすぎというか……」


「俺が交国を信じすぎ、って事もある」


 ヴィオラに向け、手を差し出す。


「逆の意見を持つ者同士、意見をぶつけて良い方向を探っていこうぜ。……まあ、今のところヴィオラの意見が全面的に正しい気がするが……」


 ヴィオラは苦笑しながら俺の手を取り、握手してくれた。


「私だけじゃきっと行き詰まるので、ラートさんの知恵も貸してください。2人で……いえ、3人で協力していきましょう」


「おう。頼りにしてるぜ」


 握手した後、軽く拳を突き出す。


 ヴィオラは一瞬戸惑ったが、直ぐに微笑しながら拳を作った。そして、俺の拳に向け、遠慮気味に「コツン」と拳をブツけてくれた。


「それで……早速、相談なんだが……」


「はい。……ロイさんとマウさんの生死とか、ですね?」


「うん……」


 そこについては、改めて話し合っておきたかった。


 ただ、これはかなりデリケートな話だ。


 アル抜きで話しておきたい。


「俺は『生きている』と思う」


「私は……『生きていてほしい』と思います」


 ヴィオラはそう言った後、小声で「でも、難しいと思います」と付け加えた。


 つまり、「既に亡くなっている」と思っているのか。


「アル君が見間違えた可能性もあります。けど……交国軍との銃撃戦に発展していた状況で生き残るのは、さすがに……」


「生きて捕まっている可能性もあるだろ」


「交国にとって、生かす必要ありますか……? ロイさんとマウさんは一般人ですよ? 虐殺の目撃者を、あえて生かす理由ってありますか……?」


「それは……」


 無いかもしれない。


 何とか逃げたアルは、現場を目撃したと思われなかったんだろう。


 ただ、アル達の両親が現場から逃げ切れてないとすると――。


「私も2人に生きていて欲しいです。ただ、交国軍がネウロン人に対して発砲してきたのは事実。それが現場の暴走だとしても……」


「でもとりあえず、生きている方向で考えるべきだ」


 アルも両親の生存を望んでいる。


 俺達がその望みを断つべきじゃない。どんな現実が待ち受けていようが、今は希望を見いだすべきだ。


 ヴィオラもそこは同意してくれた。頷き、「この件に関しては、どっちにしろ今は結論出ませんもんね」とこぼした。


「ただ……アルは本心じゃどう思っているのかな」


「どういう事ですか?」


「アイツは、自分自身の巫術の眼で観たんだろ? 両親の魂が消える瞬間を」


 それが見間違いだった可能性もある。


 けど、アルは自分の観たものを重く受け止めているはずだ。


「アル君もとても不安だと思います。だからこそ……元気づけてあげましょう。2人はきっと生きているって励ましましょう」


「ああ。そうしてやらないと、つらすぎるもんな……」


 アルの立場になって考える。


 俺が同じ立場だったら……耐えられないかもしれない。


 両親が死んだかもしれない。


 それも、自分の目の届くところで。


 アルだって相当つらいはずだ。つらいうえに、自分を責めている。アイツは悪くないのに「両親を見捨てた」なんて思い込んでしまい、自罰的になっている。


「あっ…………。つまり、そういう事か?」


「え?」


「これは俺の推測なんだが――」


 アルは自己評価が低く、自分自身を軽んじている。


 だから模擬戦前に「自分が生身で囮になる」なんて無茶な作戦を口にした。


 羊飼いと初めて戦った時、自分の命を平気で捨てようとした。


「アイツが自分の命を軽んじているのは、『家族に対する負い目』の所為なのかもしれない。そう思ったんだ」


「な、なるほど……。アル君、さっきも自分のこと責めてましたもんね……」


「でも、つらかったはずだ。つらかったからこそ、すがったんだ(・・・・・・)


 アルの反応を思い出しつつ、推測を口にし続ける。


「以前、アルはシオン教の神、エッチ神について話していたんだが――」


「えっ……。あっ、叡智(えいち)神ですからね……!? エッチじゃなくて……!」


「あ。う、スマン。ええっと、叡智神な」


 お互い赤面しつつ、咳払いもしつつ、話を進める。


「アルは叡智神について、熱っぽく語っていた」


「アル君は真面目な信徒さんですからね」


「それだけじゃねえかも。叡智神って、『死者蘇生伝説』があるんだろ?」


 アルはそんな事を言っていた。


 叡智神は死者蘇生が出来るほどスゴいって。


「アルは『叡智神の死者蘇生』にもすがっていたんじゃないのか? その……もし、両親が死んでいたとしても、叡智神の力で救ってもらえるんじゃないか、と」


「なるほど……? そう言われてみれば……」


 ヴィオラも思い当たる節があったらしい。


 ヴィオラに対しても、叡智神の死者蘇生に関して熱っぽく言っていたらしい。


 叡智神さえネウロンに戻ってくれば、皆が救われると言っていたそうだ。


「アル君にとって、叡智神が最後の希望なんですね」


「叡智神は実在するかもしれない。けど、もう何年もネウロンに戻ってきてねえんだ。正直、そこまで頼れないだろ」


 神にすがるしかないなんて、不健全だ。


 祈ろうが、貢ごうが、振り向いてくれるとは限らない。神なんてそんなもんだ。


 しかも、叡智神はもう何年も不在のまま。


 ネウロンが大変な状況になってなお、何のアクションも起こしていない。


「遠くの神より、近くにいる俺達を頼ってもらおう。俺達なら、知らんぷりの神と違ってキチンとアルを見ているからな」


「…………。そうですね」


 ヴィオラは海風で揺れた髪を抑えつつ、空を見上げた。


「私もラートさんを頼らせてください」


「もちろん! どんどん頼ってくれ」


「でも、本当にいいんですか……? 真実が明らかになっても、交国軍人のラートさんにとっては……知りたくもなかった真実(はなし)かもしれませんよ?」


「けど、このまま知らんぷりは出来ないよ」


 俺は神ほど凄い存在じゃない。


 だが、弱者を守る意志は持っている……つもりだ。


「交国が『何か』やっているのは確かだ。けど、全身真っ黒とも限らない。一部の腐った林檎(にんげん)が暴走しているだけかもしれない」


「…………」


「真実を明らかにしたら、そこに潜んでいた悪事を裁く機会も手に入るかもな。俺は、交国全体が腐っているとは思えないし、腐っているなら正す好機だ」


 事件の闇に、強い意志で切り込んでいく。


 その結果、交国の腐敗を目にするかもしれない。


 けど、早期発見出来れば間に合う可能性もある。


 腐敗が一部だけなら、それを取り除けば交国を綺麗な状態に戻せる。腐った林檎が混ざっていたとしても、それを取り除けばいい話だ。


「そこは……多分、手遅れだと思いますが……」


「そうかぁ? 随分と悲観的だな」


「私は……ラートさんは既に『交国の被害者』だと思っていますから」


 話がわからない。


 ただ、ここでカッとなってヴィオラとケンカするのも馬鹿らしい。


 しゃがみ、ヴィオラと同じ視線に合わせ、どういう事か聞いてみる。


「ラートさんのようなオークの皆さんは、交国の都合よく使われてます」


「…………? どこが?」


「5歳で親元を離れて軍人としての訓練を始めて、戦場に投入されていくところがおかしいんですよ。そもそも」


 ヴィオラは何故か少しもどかしそうにしている。


 何でこの異常さ(・・・)を理解していないの――と言いたげにしている。


「おかしいかな……?」


「明らかにおかしいですよ。交国って職業選択の自由、無いんですか?」


「うーん、場所による。でも、俺は自分で選んだぞ?」


 厳しく管理されているところもある。


 けど、それは治安や経済状況改善のためだ。交国が保護した後進世界の中には、そうやって管理しないといけない場所もあるからな。


 でも、俺は自分の意志で選んだ。


 軍人になって、皆を守るって。


「俺達は家族と国と人類を守るために、自分達で志願したんだ。誰かが戦わなきゃ、人類の敵(プレーローマ)に何もかもムチャクチャにされちゃうからな」


 交国に生まれた事は幸いだった。


 多次元世界には、もっと切迫した状況に置かれた国もある。俺達がこうして話している間に、どこかの国や世界が滅んでいてもおかしくない。


 それぐらい、プレーローマは世界をメチャクチャにしているんだ。


「俺は、この道を自分で選んだ」


「5歳の子供が、そこまでの決意を持って選べたとは思えません。……ラートさん達は洗脳教育(・・・・)を施されているのでは……?」


 ヴィオラの言葉に対し、怒りを通り越して笑いそうになっちまった。


 心配性すぎて、陰謀論を語り始めてないか?


「ヴィオラ、その意見はさすがに漫画やドラマの見過ぎだと思うぞ?」


「どっちもろくに見た事ありません。記憶喪失ですし」


「そういやそうか……」


「よく思い出してください。ラートさん、本当に自分の意志で選んだんですか? 兵士以外の道なんて、選べなかったのでは?」


「そんな事は――」


 無い。


 ……無かったはずだ。


 チビの時の話だから、よく覚えてねえけど。


 でも、俺は交国軍人に憧れていた。


 軍人として皆を守る生き様に憧れていた。


 その憧れは、今もこの胸に残っている。


 この気持ちは嘘じゃない。


「他の道も選べた……はずだ。実際、そういう奴もいるもん」


「ホントですか? 交国のオークの皆さん、身体が兵士向きだから……自動的に兵士にされているのでは……?」


「あ、それは絶対に無い。ウチの弟もオークだが、軍人目指してないし」


「ホントですか……?」


 すごく疑わしそうな目つきだ。


 俺は……望んで軍人になったつもりだ(・・・・)


 ただ、弟は同じ道に来なかった。俺と同じオークだけど、軍人にはならないつもりだ。……正直、弟の選択にはホッとしている。


 当たり前の話だが、戦場は危ないからな。


「ウチの弟は研究者志望だよ。俺と違って頭のデキが良くってさぁ……! 毎日一生懸命勉強してて、将来は兄貴(オレ)を助けられるぐらいスゴい兵器を作ってみせるって言ってくれてんだ」


 弟は俺の誇りだ。


 弟から送られてきた通信簿やテストの結果、それに学校での様子の写真を端末で見せてやる。ヴィオラの疑わしげな表情が少し解けてきた。


「全てのオークさんが、軍人になるわけじゃないんですね……?」


「当たり前だろ。確かにオークは軍人向けの身体だけど、特別バカってわけじゃない。研究者にだって芸術家にだってなれるさ!」


 交国には職業選択の自由があるよ。


 選べない地域の人間もいる。その地域の――世界の治安が悪いから、交国政府が決めた職業しか選べない人間もいる。


 ネウロンなんかもその1つだ。


 けど、それは情勢的に仕方ない事だ。


 地域ごとに計画的に事業を運営しないといけないのに、皆が好き勝手に職業を選んでいたら政府事業が成り立たなくなっちまう。


 そういう事業を真面目に取り込んでいれば、その地域の状況も改善していく。現代の大人達が頑張っていけば、子供の世代では職業を選べるぐらいには社会情勢が回復していくはずだ。


 ネウロンも、いずれ回復していくはずだ。


「職業のことは……まあ、一応、わかりました」


「まだ不審げな顔してんなぁ」


「だって……ラートさん達、食事に()まで盛られてるんですよ?」


「あー……そりゃ、軍人だからなぁ」


 その辺、知られてたのか。


 正直……あまり触れたくない話題だ。


「俺達は軍人だ。身体が大事だから、薬で体調管理するのが当たり前だ」


「性欲まで薬でコントロールしているのは、おかしいでしょう」


「……キャスター先生に聞いたのか? 俺達(オーク)の事情」


 そう思ったが、どうやら違うらしい。


 ヴィオラ自身が感づいたらしい。コイツ、薬の知識まであるのか。凄いな……。


「それも仕方ない事だ。というか……絶対に必要なんだよ」


「欲求をコントロールする事が……?」


 ヴィオラは「信じられない」と言いたげだが、この件に関しては信じすぎ(・・・・)だ。ヴィオラはもっと俺達(オーク)を疑うべきだ。


「オークは元々、プレーローマが人類を虐げるために作った種族なんだ。それで……男しか生まれないうえに、性欲も他種族より……強い」


 俺達は結構、ろくでもない種族なんだ。


 大昔、オークはプレーローマの悪事に荷担しちまっていた。


 人類の文明圏に解き放たれ、そこを荒らし回っていた。


 当時のオークは本当に好き勝手暴れ回っていた。プレーローマはそれが目的だったから、オークをろくにコントロールしなかった。


 その結果、オーク達は各地で様々な性暴力事件や戦争を起こした。争いと不幸を作り、人類の文明圏を荒らすよう設計されていたんだ。オークは……。


「俺達は、正直、欠陥を抱えた種族なんだ。他種族とキチンと付き合っていくうえで薬で性欲をコントロールしなきゃ……事件起こす奴も出てくるんだ」


「そんな馬鹿な話――」


「有り得るんだよ。実際、統計学的にもオークは危険なんだぜ?」


 恥ずかしい話だ。同胞が酷い事件を起こしたって事は。


 いや、俺自身もホントは恥ずかしいよ!


 薬に頼らないといけない情けない身体だってこと……。


「お……俺はっ……お前達、『普通に』付き合いたいんだ。人類の味方でいたいんだよ……! 俺達自身も、人間だからさぁ……」


 オークは、本当に酷いことをしてきた。


 プレーローマの手先として、やっちゃダメなこと沢山してきた。


 今でも酷いことをしている「恥さらし」もいる。


 けど、俺達だって人間なんだ。


 人間社会に安全に溶け込むためには、薬ぐらい飲んでやるさ。薬を飲んでいないと差別される可能性すらあるんだ。自分と種族全体のために必要な薬なんだ。


 交国軍人なら、軍部がタダで薬を提供してくれる。


 交国という後ろ盾が俺達(オーク)を守ってくれる。交国はオークの人権を守るための活動までしてくれている。おかげで俺達は『普通に』暮らせているんだ。


 監視もしてくれる。俺達が悪事に走らないように見張ってくれている。


 薬も監視も必要なんだ。


「正直、軽蔑しただろ。薬に頼らないとケダモノになる薄汚え奴らだって――」


「そんなわけありませんっ! ラートさん達は、汚くなんてありませんっ!」


 ヴィオラは真面目な表情で俺の手を持ち、ギュッと握ってくれた。


 ……柔らかい手だ。女の子の手だ。


 この手だって、薬飲んでない身で触るのは……怖い。


 ヴィオラに嫌われるのは怖い。


 薬を飲んでいない素の自分なんて耐えられない。俺達は「オークの欲求は薬でコントロールしなきゃいけない」って教えられてきた。過去の映像とか……オークがやった「酷いこと」の資料を見て、オークが危険な存在だと教えられてきた。


 薬は必要なんだ。


 お世辞でも「汚くない」って言ってくれるのは、嬉しい。


 ヴィオラに「ありがとよ」と言いつつ、微笑んで手を解く。……今の俺の笑み、ぎこちなくなってないよな? さすがに笑顔は薬でコントロールできねえ……。


「ラートさんは薬なんか無くたって――」


「無いと不安なんだ。穢れた血が何やらかすかわかんねえ」


「穢れた血って、そんな……」


「ヴィオラは、オークの怖さをわかってねえんだ。……俺はわかってる。オークは怖い存在なんだ。でも、薬さえあれば……普通に暮らせる」


 薬は心の安定剤でもあるんだ。


 欲求をコントロールしているだけじゃないんだ。


「けど、薬に頼り過ぎて、夫婦関係とかに支障は出ないんですか? オークさん達の中にも家庭を持っている方はいるでしょうし――」


「支障なんてない。そんな話、聞いた事がない」


「でも――」


「この話は、さすがに……勘弁してくれ。俺、こういう話は正直、嫌いなんだ」


 オークの本性と真面目に向き合うべきなのは、わかってる。


 わかっているけど、薬を飲んで自分を律するしかねえんだ。自分自身のためにも周囲のためにも真面目に薬を飲んでいるから……勘弁してくれ……。


 ヴィオラは納得していない様子だが、この話、俺は嫌いなんだ。


 何とか話題を変えないと――。


「あっ……! そ、そうだ、夫婦といえばさ……」


 強引に話題を絞り出す。


 ただ、この話はこの話で気になっていた。


 アルにも関係ある話だからな。


「前にお前が、記憶喪失って打ち明けてくれただろ?」


「えっ? あ、はい……。模擬戦の祝勝会の後ですね?」


「うん。お前、その時にこう言ってただろ、確か」


 その時の記憶を思い出しつつ、言葉を紡いでいく。


「アル達のお母さん……マウさんって、意外と子供に甘い人だったんだよな? 子供のワガママ、殆ど聞いてやってたんだよな?」


「そうみたいです。魔物事件が起きる前は、フェルグス君達のワガママを結構聞いてしまっていたみたいで――」


 それがどうかしましたか、と小首を傾げられる。


「お前、アル達のお母さんがこう言ったのを聞いたんだよな? 『もっといっぱい、子供のワガママを聞いてあげたかった』って感じの言葉を聞いたんだよな?」


「え、ええ……。聞きました。それがどうかしましたか?」


「マウさんの言葉、何かおかしくないか?」


 初めてその話を聞いた時、ちょっと引っかかったんだ。


 あの時はヴィオラの記憶喪失の件もあったから、話を逸らしても悪いと思って言わずにいたんだが……正直、疑問に思っていた。


「ワガママを聞いてあげたかったって言葉、なんか……まるで『それが無理になる』のがわかっていたような物言いじゃないか?」


「あっ……。えっ……? た、確かに……」


「アル達のお母さんは、自分達がヤバイってこと、わかってたんじゃねえのか?」


 それこそ未来を知っていたみたいに。


 自分達の身を襲う不幸を、予知していたみたいに。


 ヴィオラも「確かに」と呟いてくれたが――。


「……いや、でも、そういう事も言いたくなる状況では?」


「そうか?」


「だって、当時からタルタリカが暴れていたんですよ? タルタリカから逃げ切れるかわからない以上、マウさんだって不安になって、あんなことをこぼすのは自然のことだと思いますよ?」


「あー……。それは確かに……そっか」


 これはさすがに、俺の考え過ぎか。


 でも、なんか……引っかかったんだよな。


「マウさんは一般人です。未来を見通したりなんか出来ません」


「だよなぁ……」


「そもそも、未来が見える人間なんていませんよ~」


「いや、スマン。これはマジで俺の考え過ぎだな」


 ちょっと、頭が回っていないのかもしれない。


 ヴィオラに心配そうな顔で見つめられる。疲れているつもりは無いが……ここ最近、色々ありすぎて、脳は意外と疲れているのかもしれない。


 今日はお開き。


 お互い、身体と頭を休めて明日以降に備えよう。


 そう言ったんだが――。


「あ、私はもうちょっと仕事してから寝ます」


「えっ? 仕事? なんかあったっけ?」


 手伝うぞ、と言ったが、ヴィオラは苦笑して「技術少尉から振られたお仕事なので」と言って断ってきた。


 どうも、繊三号での戦闘のレポートをまとめるよう言われているらしい。


「そんなの明日でいいじゃねえか」


「いや、直ぐ終わる内容ですから。子供達が寝ているうちに仕上げたいんです」


 直ぐに終わらせて寝ますー、と言い、ヴィオラは夜闇に消えていった。


 まったく、ちょっと真面目すぎだろ。


 何か手伝ってやりたいところだが……その前に……。


 ごほんごほん、と咳払いしつつ、少し離れた柱の陰に向けて歩いて行く。


 そこに潜んでいた子供が慌てて逃げようとしたが、名前を呼んで呼び止めた。


「スアルタウ~~~~? な~に、夜更かししてんだぁ?」


「うっ……!」


 柱の陰に隠れ、俺達の様子をうかがっていたアルに声をかける。


 アルはバツが悪そうな顔を浮かべつつ、ゆっくり振り返った。




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