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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.4章:金の枝を探して【新暦1241年】
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過去:魔王召喚



■title:ネウロン・巫術師保護院<タッセル>にて

■from:帝の影・明智光


 玉帝(おかあさま)の声は冷たい。


 冷たいけど、それでも今日はマシな方かな――。


『光。貴女には期待しているのです。貴女なら、ネウロンで「遺産」を見つけてくれると確信しています。交国だけではなく、人類のためにも――』


「――はい。必ず、遺産を見つけてみせます」


 お母さまは冷たい御方だけど……悪い人ではない。


 人類の事を親身になって考えてくれている。私と同じ目的を持って、「人類を救う」ために身を粉にして政務に励んでくれている。


 お母さまが交国の政を取り仕切ってくれているおかげで、私のような存在が研究に集中出来ている。……政だけで手一杯なのに、母親としての役目まで求めるのは……さすがに酷だろう。


 お母さまが気にしている「遺産」の調査結果を伝える。わかっている範囲で。


 第一候補だった「ニイヤド」では興味深いものを見つけた。


 あのような術式防壁が仕掛けられていた以上、大当たりを引いた可能性もありますが……デコイの可能性も十分あります、と言っておく。


「盗掘者対策の可能性もあります。ですが、さすがに力押しでこじ開けるのは時期尚早だと思います。鍵開けのための時間をください」


『ええ、わかっています。術式に関しては貴女に一任しています』


「ありがとうございます」


『調査員の増員は順次行います。ネウロンにおけるテロ対策の名目で、捜査員に偽装した調査員を送り込む予定ですが、少し待ちなさい』


「テロ対策名目ということは、やはり――」


『事件を偽装します』


 存在しないテロリストを作る。


 そして、事件も作成する。


 交国がよく使う手。今回はあくまで「密かに調査員を送り込む」ためだけど、この偽装は実効支配のためのマッチポンプによく使う手だ。


 気乗りはしないけど……余所の横槍を防ぐためには仕方ない。


「出来れば……術式の専門家を多めに派遣していただけると~……」


『可能な限りそうします。ですが、偽装になれた者達でなければ周囲に気づかれやすくなる。貴女の希望を全て叶えてあげる事は出来ません。あしからず』


「ですよね。はい、わかりました」


 正直、交国の術式研究員全員を投入してほしいぐらい。


 ただ、そんな事をしたら周辺諸国やプレーローマに怪しまれる。交国が辺境世界(ネウロン)に大量のリソース投入しているとバレたら、絶対に横槍が入る。


 その横槍の対処のために全ての特佐を動員してもお釣りが来るぐらい、今回の案件は重要。重要だけど……プレーローマ辺りが手段選ばず対応してきた場合、特佐だけでは対応しきれなくなる。


 人と物資の流れを、怪しまれない程度に絞らなきゃ……。


 ネウロンでしくじった場合、もう打つ手がなくなる可能性がある。失敗したら世界が滅ぶぐらいの気持ちで、事に挑まないと……。


「ニイヤド以外の目星に関しても調査中です。それと、『遺産』とは別件なのですが……2点ほど気になるものが見つかりました」


 別働の調査チームから送られてきたデータを見せる。


 そこにはネウロンに「あってはいけないもの」が記録されていた。


「1つ目は、海門の発生装置です」


『……近年作られたものですね』


 直ぐに気づいてくれた玉帝に対し、頷く。


 ネウロンに海門の発生装置があること自体は、おかしくない。


 1000年ほど前にネウロンを去った「叡智神」は世界間航行技術を持っていた。だから、その当時の海門発生装置が残っているのは別にいい。


 けど、これは当時のものじゃない。


 近年になって作られたものだ。


「調査チームが見つけた時にはもう、破壊されていましたが……これは叡智神が関与していない海門と見て間違いないと思います」


『交国以外の国家、あるいは組織が、先にネウロンに来ていた証拠ですか』


「はい。おそらく、作ったのはマーレハイト亡命政府の<ピースメーカー>です」


 最近、実質的に滅んだ国家と、そこに属する犯罪組織の名前を口にする。


 彼らは交国より先にネウロンを見つけ出し、ネウロンの特定国家と密かに交流していた可能性がある。交国がネウロンに来た事で、その関係を隠蔽しようとしたようだけど……調査チームが尻尾を掴んでくれた。


 ピースメーカーの目的は、おそらく私達とは違う。


 彼らは所詮、泡沫の犯罪組織だ。


 彼ら如きがネウロンの真の価値を理解しているとは、到底思えない。


 ネウロンは一種の鉱床。


 彼の魔神の遺産が複数眠っている可能性がある。……しかも、単なる遺産ではない。世界のパワーバランスをひっくり返す重要な遺産(パーツ)があるはず。


「これが見つかったのはメリヤス王国領内です。メリヤス王国を調べていただきたいのですが……」


『直ぐに手配しましょう』


「助かります。彼らが藪をつついてしまった可能性もあるので……」


 ピースメーカー及び、それと関わりを持ってしまったメリヤス王国に関しては捜査機関に対処してもらう。


 ピースメーカーは複数の世界で活動している犯罪組織。だから、メリヤス王国が彼らと交流しているのであれば正面から調査に乗り出せる。


 彼らの親玉であるマーレハイト亡命政府は所詮、「自称亡命政府」だ。人類連盟は彼らの存在を認めていない。そんな人達がネウロンにいたから、逮捕のために動くのは至極真っ当な話だ。


 マーレハイト亡命政府もピースメーカーも、大きな脅威ではない。


 ただ、界外からネウロンに武器を輸入し、ネウロン人に渡していたりしたら……交国軍が多少、手を焼かされるかもしれない。ホントに多少の話だろうけど。


 この件に関しては、ひとまずこれでいいとして――。


『貴女が気にしている別の件は?』


「ネウロン内で所属不明の方舟を見つけました。これの照会をお願いします」


 シオン教団内を調査している際、見つけた方舟のデータを見せる。


 交国製の方舟だけど、私達が何1つ関知していない方舟。交国政府とは別種の存在が、交国製の方舟を使ってネウロンに来ていた証拠だ。


 識別コードは消されているけど、船体等のデータから正体は見えてきた。


 この方舟はどうも、以前、不穏分子が交国から奪って逃げた方舟らしい。


 お母さまはその不穏分子を「大した存在ではありません」と断じた。実際、交国領内にいた不穏分子が運良く方舟を奪えただけのようだ。


 ただ……それがネウロンに辿り着いたのは「偶然」なのだろうか?


 ネウロンは1000年以上昔から存在しているけど、プレーローマが混乱期に入った影響で、「ネウロンがどこにあるか」がわからなくなっていた。


 交国はロレンス等から得たデータを解析し、つい最近になって所在を割り出したけど……それでもかなり苦労して見つけた。


 ほんの数メートル先すら見通せない混沌の海の中から、所在不明の世界を見つけ出すのは本当に難しい。それなのに「ピースメーカー」と「交国領内にいた不穏分子」はネウロンに辿り着いてみせた。


 片方だけなら、まだ「偶然」かもしれないけど……。


『この方舟、どこで見つけたのですか?』


「シオン教団の土地です。調査員に紛れている近衛兵が探りを入れていたところ、『ヴィンスキー』という名の枢機卿の管理地に隠されているのを見つけました」


 ヴィンスキー枢機卿。


 シオン教団を実質的に牛耳っている人物。


 彼は敬虔な教徒のようだけど、やっている事はおかしい。


 交国が来る前から――まるで交国が来るのを知っていたかのように――ネウロン連邦などというものを作るため、奔走していたようだった。


 ネウロンの国家をまとめ、界外勢力に対抗している様子だった。


 彼は単なるネウロン人には思えない。


 交国の方舟を1隻、こっそりと持っていた時点で疑念は確信に変わった。それとなく探りを入れるだけでは尻尾を掴めなかったけど――。


「今回見つけた方舟に『交国の不穏分子』が乗っていたという事は、ヴィンスキー枢機卿はその者達から交国の情報を得ていたのかもしれません」


『なるほど。その男は、我々が方舟に気づいたという事は――』


「まだ何も知らないはずです」


 調べてくれた近衛兵達は、単なる兵士ではない。


 玉帝の近衛として身辺警護を行うだけではなく、時には玉帝直属のエージェントとして工作活動、諜報活動にも従事してくれている。


 相手にバレないよう調査するのもお手の物だ。


 隠されていた方舟はもう動かない。混沌機関が故障していた。


 アレを使って逃げる事も出来ないけど、あの方舟を使ってネウロンに潜り込んだ「不穏分子」がヴィンスキー枢機卿の傍にいる可能性がある。


 だから、人にも物にも見張りをつけているけど――。


『駐留軍の者に、その枢機卿(おとこ)を尋問させます』


「じ、尋問ですか……?」


『その男は交国から逃げた犯罪者を匿っている可能性が高い。尋問をする大義名分は十分に揃っています。もし仮にネウロンの者達が反発してきたところで、駐留軍だけで対応できるでしょう』


 そのやり方は最悪、死人が出る。


 相手はシオン教団の中心人物。そんな人を捕まえたら教団関係者は黙っていないだろうし、信者達がどんな反応を示すか……。


 ヴィンスキー枢機卿が大人しく捕まってくれても、尋問によって身体を痛めつけられ、死亡する可能性すらある。それは、さすがに――。


「――――」


 フェルグス君の笑顔が脳裏をよぎる。


 ネウロンをこれ以上、「酷い状態」にしないと約束した。


 彼との約束のためにも、お母さまに強権を振るわせるわけには――。


「じ、尋問はさすがに不要なのでは?」


 そう訴えたけど、お母さまの意志は固いようだった。


 それならせめて、駐留軍を見張っておかないと。尋問には私も立ち会わせてください――と求めると、お母さまは「その必要はありません」と言った。


『貴女は遺産捜索に注力しなさい。その男に関しては、捜索に邪魔だから調べるだけです。貴女が尋問に参加する必要はありません』


「ヴィンスキー枢機卿は、遺産について何か知っている可能性があります。シオン教団と遺産は、深い関わりがあるはずですから……!」


 アレコレと理由を持ち出し、何とか介入を試みる。


 出任せではない。シオン教団が『遺産』に関わっている可能性は高い。


 私達が探している『遺産』を作ったのは、<叡智神>だ。


 シオン教の信奉対象が手がけた品について、教団関係者が何かを知っている可能性は十分ある。……お母さまでも「無い」とは言い切れないはず。


『…………』


 お母さまは私の意見を黙って聞いてくれた。


 そして、最終的に「わかりました。貴女の判断を支持します」と言ってくれた。


『私は貴女を信じています。貴女が私情を持ち込まないと、信じています』


「――はい」


 お母さまは私の考えなどお見通しなのだろう。


 釘を刺してきたのがその証拠だ。


 それでも、突っぱねられなかっただけマシだと思う。


『光。私達は「交国の利益」だけを追求しているのではありません。私達の行動次第で、交国だけではなく人類全体が大きな損害を負うのです』


「は……」


『大事のためには犠牲は付きもの。その事を忘れないように』


「…………はい」


 氷柱のように冷たい釘が、私の心に打ち込まれる。


 もう何度も同じ事を言われてきた。


 このまま――お母さまのように――心の底まで凍てついてしまえば、どれだけ楽になれるだろう。そうなればもう、気を揉む必要はなくなる。


 けど……私は、そうはなれなかった。


 路傍の花々(にんげん)を、どうしても気にしてしまう。


 気にするだけで……救うことは出来ていないけど……。


『ネウロンには、(かい)も派遣します』


「お、お兄様が直接来るんですかっ……!?」


 お母さまの側近。交国特佐長官までもが、ネウロンにやってくる。


 お母さまは「あくまで極秘ですが――」と言いつつ、派遣を決めたようだった。


 それだけ今回の件は、交国にとって――人類にとって重要な話だから。


『灰は、貴女ほど甘くはありませんよ』


「――――」


『貴女の希望を通したいなら、一刻も早く遺産を見つけなさい。灰がネウロンで行動を起こす前に、貴女が見つけてしまえばいいのです』


 逆に言えば、それが出来ないとお兄様が直接仕切り始める。


 お兄様は目的のために、手段を選ばない苛烈な御方。


 ……必要なら、現地住民の虐殺さえ厭わないような人だ。


 お母さまもそれがわかっているから忠告と共に、私のお尻を叩いてきた。お母さまの言う通り、急がないと……早く遺産を見つけないと……。


「お、お母さま…………いえ、玉帝!」


 焦りつつ、お母さまに声をかける。


「計画が成就したら、人類による世界平和が実現するんですよね!?」


 私達はそのために戦っている。


 そんな「大義」があるから、お母さまもお兄様も手段を選ばずにいる。


「世界が平和になれば……子供達も……ヒスイちゃん達も、戦わなくて良くなるんですよね!? あの子達も、『普通の子供達』のように暮らせるんですよね!?」


『ええ。人類(われわれ)が勝利したら、世界に平和がもたらされます』


 お母さまはそう言った。


 私の問いに対し、意図的に「ハッキリとした答え」をくれなかった。


『太母の計画が始動してしまえば、人類の敵など一掃できます』


「…………」


『プレーローマはもちろんのこと、あの悪しきメフィストフェレスさえも駆逐出来ます。喜びなさい、光。人類勝利の日は近い』


 お母さまの言葉が、一瞬、濁った。


 メフィストフェレス。


 その名を口にした時、強い感情がにじみ出ていた。


 それは怒りの感情。


 プレーローマに向ける怒りより、一層強い怒りの感情をにじませていた。……子供達(わたしたち)に対しては何の感情も出さないくせに……。


『ネウロンには必ず、金の枝(・・・)があります。誰よりも早く確保し、必ず交国に連れ帰りなさい。いいですね?』


「はい……。必ず……」


『そのために部下を上手く使いなさい。選り好みをせず、駐留軍も使いなさい』


 私が横暴な交国軍人を嫌い、遠ざけている事はお見通しらしい。


 あの人達には出来れば頼りたくない……けど、お母さまの言う事も正しい。


 気乗りはしないけど、「わかりました」と返しておく。


 あまりネウロンの人達と関わる事のないフィールドワークなら、駐留軍の人達も……ある程度は役に立つだろうし……。そっちに投入するしかない。


『…………。最後に1つ、質問があります』


「はい……?」


『叡智神がどのような姿をしていたか、わかりましたか?』


 今回の調査の中心人物――いや、中心神物(じんぶつ)


 その容姿などという、あまり重要ではない事を問いかけられた。お母さまがそのような些細なことを気にするなど、珍しい……。


 答えてあげたいところだけど、それは私も知らない。


 ネウロンでの調査はまだ始まったばかりだし、1000年前の情報はまだ少ない。ネウロンの文明は後進のもので、表向きは大した科学技術がない。


 写真はあるけど、さすがに叡智神の姿を収めた記憶は見つかっていない。だからハッキリとした答えを返せないことを謝罪する。


 ただ――。


「叡智神は、どの文献でも『真白の衣を纏っていた』と書かれています」


『……真白、ですか』


「はい。おそらくこれは白衣です」


 叡智神の正体は、間違いなくあの魔神だ。


 ならば白衣を好んで着ていてもおかしくない。あの魔神が白衣を着ていたという記録は、ここに限らず色んな場所で見つかっている。


「それと、叡智神は貴い女――貴女(・・)と表現されていました。ネウロンにいた叡智神は男性ではなく、女性だったのでしょう」


『……そうですか』


 叡智神の容姿に関しては、続報があれば必ず伝えます――と言ったけど、お母さまは「興味本位で聞いただけです」と返してきた。


『ともかく、遺産に関する吉報を待っています。頼みましたよ』


「はい……」


 急がないと。


 急いで「遺産」を見つけ出さないと、お兄様が来る。


 お兄様はネウロンを滅茶苦茶にするかもしれない。他勢力の目を引かないために、ある程度は自制してくれると思うけど……あまり期待はできない。


 私がなんとかしなきゃ。


 私が、ネウロンの子供達を守ってあげなきゃ……。


 叡智神の遺産さえ見つかれば、全てが解決する。


 だから、絶対に見つけないと――。




■title:ネウロン・放棄基地<センソウ>近くの森にて

■from:帝の影・明智光


「は……はっ……!」


 息せき切って走る。逃げる。


 ネウロンには、交国軍に勝てる軍勢はいない。


 ネウロンには、軍隊というものが存在しない。


 仮に私1人だけで「敵」と対峙しても、十分に対処できると思っていた。


 ましてや、駐留軍の中隊までいれば何1つ問題ない。


 そう思っていたのに――。


「どこに行こうというのですかぁ」


「…………!!」


 あの男の声が聞こえる。


 フィールドワーク中の私と駐留軍の前に、突如現れた謎の男。


 サングラスをかけた胡散臭い雰囲気の男。


 彼は交国軍人に銃を向けられ、追い払われるはずだった。けど、銃を向けられてもまったく構わずに立ち向かってきて……軍人達をなぎ倒してみせた。


 彼には銃が通用しなかった。


 何百発もの弾丸が、彼を素通りした。


 いや、彼だけを避けて(・・・)飛んで行った。


 私の術式もまるで通用しなかった。だから、相手が生身だろうと構わず機兵を動かしてもらった。けど……機兵の流体装甲はガラスのように砕かれていった。


 私の護衛としてついてくれていた駐留軍の部隊。おそらく、もう誰1人として生存していない。彼らに任せて逃げる事すら――。


「巫術師共に、助けを求めますかぁ?」


「――――」


 男の言葉に、脳髄を「がつん」と叩かれた気分になった。


 私は無意識に、集落に向けて走っていた。


 この方向。数十キロ先には保護院がある。


 フェルグス君達が暮らしている平和な保護院がある。


 そこに駆け込んだところで、何も解決しない。……巻き込んでしまうだけ。


「っ…………」


 子供達を巻き込む事など出来ない。


 半端に近づいて、私が殺されたらその死でフェルグス君達を傷つけてしまうかもしれない。そう考え直し、「敵」に向き直る。


 せめて相打ちに持ち込もう。そんな考えは1分とかからず打ち砕かれる事になった。私の術式(すべて)が男に通用しなかった。


 術式を行使したはずが、不発のまま殴り倒された。


 倒れ、むせながら、術式行使失敗の原因を探る。


 間違いない。この男、何らかの術式で私の術式を乱してきた。


 知らない。交国軍人達をいとも容易く蹴散らし、機兵さえも打ち砕き、さらには術式に干渉し不発にする術式なんて、私は知らない。


「はぁい。ようやく大人しくなりましたねぇ!」


 ふらつきつつ、立ち上がろうとしていた私に男の蹴りが叩き込まれる。


 身体に鋭い痛みが走る。けど、死ぬほどのものじゃない。


 ……手加減されている?


「あ、なた…………なに、もの…………」


「申し遅れました。ボクは、【占星術師】と申します」


 胡散臭い雰囲気の男は、大げさな動作で一礼してきた。


「あなた達のような愚鈍な労働者(ノンプレイヤー)を導く、遊者(プレイヤー)ですよ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべつつ、何かを懐から取り出した。


 それは「林檎」のように見えた。


「――――」


 林檎に見えるけど、違う。


 あれは人工物。


 何者かの術式で構築されている……?


「私は、あなたを救いにきたのです!」


「ぁ……あなたはっ、交国と敵対した……! ネウロン駐留軍を殺した時点でもう手遅れよ……! 交国政府は、直ぐにあなたの存在に気づき、対処する……」


「ご心配なく。あなたが口裏を合わせてくれればいいだけです」


 ニヤニヤと笑う男が、林檎の形をした猛毒を手に近づいてくる。


 そして私を踏みつつ、その林檎を私の口に持ってきた。


「――――!」


 口を閉じる。


 けど、抵抗は無意味だった。


 林檎は、無数の蟲(・・・・)に分裂し、穴という穴から私を――――。




■title:ネウロン・放棄基地<センソウ>近くの森にて

■from:【占星術師】


「…………」


 身体に電流を流されているかのように、のたうち回っていた明智光嬢が動かなくなった。やっと動かなくなってくれた。


 草葉の上に倒れ込んだまま、全身を弛緩させている。


 断末魔が響き渡らないよう、口を押さえておいてあげる必要もなくなった。美しい唇から手を離すと、汚らしい唾液が糸を引いた。


 玉帝が信頼し、ネウロンに送り込んできた術式使い・明智光は死んだ。


 知恵の果実を――いや、毒林檎を口にし、激痛の中で死んでいった。


 ……死んでいったが、しかし……。


「――やあ、いい夜だね」


 明智光(・・・・)の瞳に、再び光が灯る。


 髪を振り乱して暴れていた女の面影など、まるでない。


 たおやかな笑みを浮かべた女が、口元のよだれを手のひらで拭いつつ、私を見上げてきた。明智光の顔を使い、私に微笑んできた。


「おはようございます、死霊術師(ネクロマンサー)


「おはよう」


「御自分が何者か、理解されていますか?」


「もちろん――と言いたいけど、記憶の欠落がある。いつもの事だけど」


 明智光の姿をした死体(べつじん)が立ち上がる。


 自分のよだれで汚れた手を「べろり」と犬のように舐めつつ、立ち上がった。


「ここはどこ? キミは誰?」


「ええ、ええ。わからない事はボクがお答えしましょう」


 歩く死体に対し、跪き、頭を垂れる。


 媚びるために。


 協力を得るために。



「歴史の闇に葬られた偉大なる死霊術師。


 ボクは、あなた様の理解者です。


 ボクを、あなた様の(しもべ)にしてください」



 全て計画通り。


 予言の書(カンニングペーパー)を上手く活用した事で、全て計画通りだ。


 いや、違うな。


 ここから始まるんだ。


 神すら歯車として利用する、俺の完璧な計画が……ようやく、始まるんだ!




■title:ネウロン・放棄基地<センソウ>近くの森にて

■from:人類の味方()・メフィストフェレス


 状況がよくわかんないなぁ。


 まあ、いいや!


 どうせいつもの事だ(・・・・・・・・・)


「短い付き合いになるだろうけど、仲良くしようね下僕クン」


「はい。どうぞよろしくお願いします」


「で? 何から始めればいい?」


「ネウロンのどこかに、とある魔神の遺産が眠っています」


 それを交国やプレーローマより先に確保したい。


 下僕クンはそう希望してきた。


「ふぅん……? 誰の遺産? 源の魔神(アイオーン)? 夢葬の魔神?」


「決まってるじゃないですか。叡智神――いえ、<真白(・・)の魔神>ですよ」




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