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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.4章:金の枝を探して【新暦1241年】
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過去:救いを求めて 光を求めて



■title:ネウロン・シオン教総本山<新宿(ニイヤド)>にて

■from:帝の影・明智光


「…………」


 書庫に入り、大きく深呼吸する。


 私の手元の灯り以外、何の光もない場所だけど……あまりかび臭くない。書庫も保管されている書物も丁寧に手入れされているみたいだ。


 案内してくれたシオン教の修道女さんにお礼を言い、去るのを見送った後に、手元の灯りを消す。暗闇と静寂の帳が辺りを包む。


「皆。おいで」


 手製のマッチをこすり、「光」を呼ぶ。


 青白い光がマッチから生じ、私の体を撫でながら周囲に拡散していく。


 蝶のように舞った光の群れが、書庫に保管された書物に触れていく。そして、より大きな光が発生し、光は書庫中に広がっていった。


 青い炎で放火したわけではない。いま舞っているのは「光」であって「炎」ではない。術式によって私が編んだ私の「手」であり「眼」達だ。


「…………」


 光達が書庫中を飛び回り、全ての文献を精査していく。


 指揮棒を振る感覚で手を振り、光の群れを前進させていく。


 さあ、どこにいる?


 私が欲しい情報は、どこに眠っている?


「これと……これは少し借りましょう」


 光が閲覧した書物の中で、めぼしいものを取り出す。


 書物を青い光で包んだ際、内容は閲覧済み。中身も頭に入っている。


 けど、この本自体が「ネウロンに隠された秘密」へ至る鍵になっている可能性がある。シオン教団の方に貸していただけるよう、交渉してみよう。


 駄目と言われたら……最悪、「強権」に頼らないといけない。


 あまり使いたくない権限だけど……。


「ん……? どうしたの?」


 青い光の一部が――私の術式の一部が、書庫の壁に反応した。


「…………」


 ここに、私以外の術式(ちから)の残滓を感じる。


 調査中の光達を集結させ、壁の調査に集中させる。


 光が染みこんでいった壁に額を当て、目をつむる。集中する。……この奥に隠された空間がある。正確にはこの下に降りる通路が存在している。


 建物を外から調べた時は気づけなかった隠し通路。光達を慎重に通路の奥へと送り込み、この先をよく調べようとしたけど――。


「いたっ……!」


 隠し通路の奥に仕掛けられていた術式防壁により、反撃を受けた。


 人差し指の爪が割れている。口に入れて舐めつつ、治癒の術式を行使する。……簡単には治せそうにない。私よりずっと格上の術式使いが仕掛けた罠がある。


 機兵に土木工事をさせて下層に行くのは……無理そう。これだけの術式を用意できる相手だ。絶対に対策をしている。


「力押しで調べるのは不可能ね」


 でも、これでわかった。


 ネウロンには、あの魔神(カミ)がいる。


 正確には「いた」と言うべきかもしれない。


 おそらく、1000年前まで滞在していたけど、ネウロン人の反乱をきっかけとし、ネウロンを去った。でも、あの魔神の遺物は未だネウロンに残っている。


 当時をよく知る魔神(ほんにん)はプレーローマの<武司天>に殺害されたから、回収もされていないはず。


 遺物の中に、私達がどうしても欲しかったモノがある。


 アレを……回収することができれば――。


「先生! 明智先生!」


「…………」


 書庫の外で見張りに立ってくれていた助手君が、慌てた様子でやってきた。


 光の群れを解き、単なる流体に戻して解散させる。


「どうかした?」


「駐留軍が来たみたいです! どうも、上で教団と揉めているようで……」


 それはマズい。ネウロンの人達と揉めるのは大変よろしくない。


 それをキチンと理解していない軍部の人達には、ため息が出そうになる。


 調査を一度打ち切り、書庫を出る。


 交国のネウロン駐留軍と、シオン教団の間に割って入る。教団の人達は温厚だから困惑顔だったけど……駐留軍の軍人達は剣呑な空気を纏っている。


 侵略者らしい顔をまったく隠さず、偉そうに振る舞っている。


 交国の威を借る狐達のくせに……。


「駐留軍の皆様。何故、ここに……?」


「明智様!」


 ネウロン駐留軍のトップが自ら、部隊を率いてやってきたらしい。


 教団の人に向けていたのとは別種の視線を――媚びるような視線を私に向けてくる。内心、それに嫌悪感を抱きつつ、応対する。


 どうやら、駐留軍のトップは私に「護衛部隊」をつけようとしているらしい。


 既に一度断っているけど、改めて丁重に断る。駐留軍トップは、周りにネウロンの人達がいるのに「現地人が何をやらかすかわかりませんからな!」などと失礼なことを口走った。


 ここはネウロンなのに、まるで交国領のような振る舞いをしている。


 その事を注意すると、傲慢な交国軍人は不思議そうな顔を浮かべた。ネウロン人に対する侮蔑を侮蔑として認識していないらしい。


 相手は後進世界(ネウロン)


 先進世界の我々の方が上。文明化してあげる(・・・)んだから有り難がれ――というよくある思想の持ち主みたい。


「とにかく、帰ってください。私程度に中隊規模の護衛など不要です」


「しかし……。貴女様には最大限の便宜を図るよう、上に……」


「では、私の言う事を聞いてください」


 余計な護衛など、調査の邪魔だ。


 交国軍人をズラズラと引き連れて歩いていたら、ネウロンの人達をビックリさせてしまう。威圧してしまうと調査が滞る可能性すらある。


 大勢でいると目立つ。


 交国はネウロンを事実上占領しているけど、「ネウロンで何かを熱心に調べている」と他国やプレーローマにバレたらマズい。今回の件は特に重要だから、横槍は絶対に避けないと……。


 それに……軍人をゾロゾロ引き連れて行動するのは、個人的に嫌。


 交国は私の母国だけど……交国軍人さん達は、どうにも苦手だ。


「皆さん、お騒がせして……本当に申し訳ありませんでした」


 教団の方々に深く謝罪する。


 交国軍人が何か問題を起こしていたら、私に言いつけてください――とお願いした後、書庫での調査に戻る。余計な仕事をしたから、ドッと疲れた。


「良かったんですか? 明智先生……。護衛は多い方がいいでしょう?」


「ネウロン人の立場になって考えてみて。強面の軍人さん達をゾロゾロと引き連れて歩いている女が『ちょっと調査させてほしいんですが……』って話しかけてきたら、怖いでしょ?」


「はあ……。でも、仮に調査を拒まれたとしても、その時は軍人をけしかけてしまえばいいじゃないですか」


 野蛮人にも程がある発言をした助手君に対し、「信じられない」と言う代わりに軽く睨む。


 助手君も私が言いたい事は伝わったのか、慌てた様子で「でも、仕方ないじゃないですか」などと弁明してきた。


「先手必勝ですよ! 相手は後進世界の遅れた野蛮人なんです。何かやられる前に銃で脅して躾けるべきですよ」


「貴方は術式研究の前に、道徳の勉強をするべきね……」


 先進国の野蛮人(にんげん)としては模範解答かもしれないけど、どうかと思う。


「ネウロンは交国領じゃない。交国と正式に国交を結んだ対等な相手なのよ? そうじゃなくても同じ人間同士、もっと敬意を持って接して」


「えっ、本気ですか? ネウロン人が、対等?」


 薄笑いを浮かべた助手君を睨むと、やっと黙ってくれた。


 けど、この子がこう言ったり、駐留軍のトップがネウロン人を「下」に見るのを隠そうとしない理由も……理解はできる。


 交国は強い。……強すぎて多くの交国人が傲慢になっている。


 先進世界の人間として後進世界を導き、「文明化させてやらなければ(・・・・・・)」などと恥ずかしげも無く言う子も多い。


 何とも恥ずかしいことだ。


 真に恥ずかしいのは……そんな考えを持ちながらも、「交国の横暴」を止められないでいる私なんでしょうけどね……。


 ため息をつきつつ、1人で書庫に戻って調査を続ける。


「……ニイヤドを調査するだけじゃ、この防壁を解除するのは無理そう……」


 書庫の一角に眠っていた隠し通路を開くには、ここだけじゃ足りない。


 余所の調査もして、鍵を探さないと。


 相手は魔神。


 私如きの力押しが通じる相手じゃない。


 そう思いつつ、次の目星をつけるために地図を開いた。




■title:ネウロン・巫術師保護院<タッセル>にて

■from:帝の影・明智光


「クソ田舎の寂れたとこですね」


「…………」


 口の悪い助手君のお尻をつねり、黙らせる。


 ニイヤド地下にある防壁解除の手がかりを探すため、目星をつけていた場所へ脚を運ぶことになった。今回は<タッセル>という名の保護院にやってきた。


 私の推測が確かなら、この保護院の近隣に<センソウ>という基地が眠っているはず。既に放棄されて久しいだろうけど、そこにニイヤドの術式防壁を突破する手がかりがあるかもしれない。


 あるいは、「本命」が眠っているかもしれない。


 シオン教団の関連施設である保護院には、センソウの位置を示す重要な証拠が眠っている可能性がある。


 近隣を手当たり次第探せるほど、私の調査術式は万能ではない。……駐留軍に頼ったら雑な仕事をされそうだから、アレに頼るのは最後の手段にしたい。


「先生。何か……見られてませんか?」


「さすがの貴方も気づくか……。巫術の眼で観られているのよ」


 保護院の奥に進めば進むほど、「視線」が増えていく。


 ここにはまだ未熟な子供とはいえ、多数の術式使いが暮らしている。


 シオン教団は――驚くべきことに――巫術師の子供達を純粋な善意で保護しているらしい。


 ここにいる子達は皆、「巫術が使えるだけの一般人」程度の力しか持っていない。悪用など考えていない純粋な子達ばかりだ。


 けど、自分達が目覚めた力の使い方はそこそこわかっているらしく、巫術の眼を使い、余所者である私達を見つめてきている。


 彼らを驚かせないよう気をつけ、巫術の眼には気づいていないフリをしつつ、保護院の職員の方と挨拶をする。


「きた」


「きた」


「だれかきた」


「おねえさん?」


「きれいなおねえさん」


「ぼくらのこと、きづいてないっ」


 巫術師(こども)達がヒソヒソ、コソコソと喋っている。


 クスクス、というイタズラっぽい声も聞こえてくる。


 可愛い小鳥さん達がさえずっているみたいで、とても愛らしい。微笑ましくて気づいていないフリをするのが難しくなっちゃう……。


「すみませーん。突然の訪問で、申し訳ないのですが~……」


 教団の方にいただいた紹介状を渡して言葉を交わし、この保護院内で調査をさせていただけるよう頼み込む。


 ネウロンの人達はとても温厚で親切で、私達のような邪悪な侵略者(にんげん)を温かく迎え入れてくれた。


 どうぞ自由に調べてください――と言われ、保護院内を案内してもらう。


「お姉さんは学者さんかい。若いのにスゴいねぇ」


「いえ、私など全然――」


「単なる学者じゃありませんよ。明智先生は玉――」


 余計なことを口走ろうとした助手君の足を「ギュッ」と踏む。


 今回の調査が終わったら、新しい助手を手配してもらおう。


 この子、荷物持ちにしかならない。それだけで十分だけど、あえて身分を隠している私についてベラベラ喋ろうとするというところが論外。


 心の中でため息をついていると、保護院の職員さんが気になる事を口走った。


「前にもねぇ、学者さんが調査に来たのよぉ」


「……それはいつの事ですか?」


「ええと……去年? いえ、一昨年だったかしら……?」


 よく覚えていないけど、「誰か」が調べに来たのは確からしい。


 それはおかしい。交国がネウロンに来たのは今年の話で、私は第一陣としてやってきたばかり。私達より前に学者が来ているのはおかしい。


 それとなく誰が来ていたのか聞いたけど、職員さん達は誰も覚えていなかった。保護院は訪問者の記録もろくにつけていないらしい。


 平和すぎるネウロンでは「人を疑う」なんて考えがないらしい。それはとても素晴らしい事だけど、今回はあまり有り難くない話だ。


「…………」


 まあ、ネウロンにだって現住の学者ぐらいいる。


 たまたま宗教学者なり、考古学者がやってきたんでしょう。


 そう思いたいところだけど……さすがに引っかかる。引っかかるけど、その学者の正体について調べる手がかりは無いらしい。


 我ながら神経質になりすぎかな……と思いつつ職員さんと話す。


 話していると、悲鳴が聞こえた。


「――――」


 空気が一気にぴりつき始めた。


 血相を変えた職員さん達についていくと、そこに怪我人がいた。


「っ…………」


「にいちゃっ! にいちゃぁんっ!?」


 子供だ。どうやら木登り中に落ちて、腕を痛めたらしい。


 その子供に対し、弟君と思しき子がすがりついている。怪我している子供はその子に「ばか、離れてろ……」と言い、自分より弟を心配している。


 無理もない。


 木から落ちた怪我が重傷だった場合、子供が1人死んでしまう。


 ここで暮らしているという事は、どちらも巫術師だろう。死を感じ取ると強烈な頭痛に襲われ、最悪死んでしまう以上、怪我人の傍にいるだけでも危ない。


 職員の人達も慌てるわけだ。


「私に診せてください。医術の心得もありますから」


 そう言い、怪我している子に近づいていく。


 その子は余所者の私を睨み付け、「あっち行け!」と言ってきたけど……さすがにそのお願いを聞いている暇はない。


「お、お前……ウワサの交国(こーこく)人だろっ! オレ様を、殺す気だなっ!?」


「そんなことしません。さあ、身体を診せて」


 術式を起動しつつ、男の子の体に触れる。


 立ち上った青い(ひかり)に対し、皆がギョッとしたけど、構わず進める。調査術式で怪我の状態を診断する。


 内臓の損傷無し。脳も無事。でも、骨にヒビが入っている。


 まあ、これぐらいなら――。


「わっ、わっ! やめ――――」


「――どう? もう痛くないでしょ?」


「へっ……?」


 怪我していた子が、呆けた顔で私を見上げてきた。


 その子にすがりついていた小さな男の子が「にいちゃんから離れて!」と怒り、私をグイグイ押してくるので、苦笑しながらされるがままになる。


 もう治療終わったから、大丈夫でしょう。


「あれっ……? い、痛くねえ……? アンタ、いま何したんだ!?」


「リセルカント式の治癒術式よ。ペパーフェスの活性術式も混ぜた亜流だけど」


 私は人より少しだけ術式に詳しい。


 貴方達のような「本物の術式使い」のように術行使は出来ないけど、ちょっとした術式程度ならアレコレと使えるの。


 種類だけは豊富だから、組み合わせ次第では「そこそこ」の効果はある。あくまで「学者」として出来る程度の猿真似術式に過ぎないけどね。


「多次元世界には、こういう人を癒やす術式もあるの。仕組みはかなり違うけど……まあ、貴方達が使っている巫術と似たようなものね」


 呆けている子供2人の頭を撫でて、「もう危ないことしちゃダメよ」と告げる。


 私はいつも貴方達の傍にいるわけじゃない。


 私は……無力な学者に過ぎないから、皆を助ける事は出来ない。


 けど、私が仕事を続ける事で、いつか全ての人類を救済される。そう信じて働き続けている。……交国の横暴から目をそらしながら。




■title:ネウロン・巫術師保護院<タッセル>にて

■from:帝の影・明智光


「…………」


 夜。保護院の一室を借り、術式の灯りを頼りに調査をまとめる。


 ここで欲しかった情報は見つからなかった。


 けど、タッセルの近場に1000年前の基地があるのは確かのはず。ロレンスのサルベージデータの内容を鑑みると、それは間違いないはず。


 その基地の正確な位置まではわかっていないけど……まあ、広く暗い混沌の海から手がかり無しでネウロンを探していた時より、ずっと探しやすいはず。


 駐留軍にはあまり頼りたくないし、お母さまにもっとまともな調査部隊を追加で送ってもらおうかな……。ついでに代わりの助手君も――。


「――誰!?」


 背後の窓に向け、術式の光を走らせる。


 窓からこっそり入ろうとしていた人影が、「わっ!」と悲鳴を上げて落ちそうになっている。その声は昼間も聞いた子供の声だった。


 ここは2階。こっそり入ろうとしたのは子供の方だけど、また高いところから落ちたら大変……! と思いつつ、窓に駆け寄って手を伸ばす。


 危ういところで窓の縁を掴んでいた子供を――男の子を引き上げ、部屋の中に入れる。やっぱり、昼間にいた子供ね。


 私が怪我を治してあげた男の子だ。


「貴方。なんでここに?」


「アンタに会いに来たんだよ。けど、助手ってヤツが邪魔するから――」


 床に座り込んだ男の子が口を尖らせている。


 どうも助手君が私への面会を断ったらしい。


 男の子は少し拗ねていたけど、「これ、お礼だ!」と言いながら何かを手渡してきた。柔らかい感触。これは……木苺かしら?


「アンタのおかげで、弟を心配させずに済んだ。ありがとなっ!」


「それでこれを持ってきてくれたの? ふふ……優しいのね」


「と、当然の礼を持ってきただけだっ! オレ様は恩知らずじゃないからな」


 恥ずかしそうに鼻をこすっている男の子の前で、木苺を口にする。


 美味しい、と伝えると、男の子はとても嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。


 こんな時間にうろついてちゃダメよ――と言うか迷ったものの、やめる。躾けは私の仕事じゃないし、この子に対して躾けなんて必要ないでしょう。


 うろついていたのは、私にお礼を言うため。ちゃんと「ありがとう」と言える良い子を躾ける必要なんてない。


 調査も行き詰まっていたので、男の子にお茶に付き合って貰う。


「そういえば、まだちゃんと自己紹介出来てなかったかな?」


「あっ、そういやそうだ。オレは――」


 お互いに名前を名乗る。


 名乗った後、お茶を用意する。男の子にはクッキーを振る舞い、私は木苺を摘まみつつ夜のお茶会をしていると――。


「なあ、アンタって交国人なんだろ? 悪いやつじゃないのか?」


 そんな問いを投げられた。


「交国の奴らは、ネウロンを『侵略』しにきたんだろ? こわい機械を使って悪さしに来たのに、何でオレを助けてくれたんだ?」


「それは……」


 この子の言う通り、交国は「悪いやつ」だ。


 交国は色んな場所を侵略している。


 ネウロンとは正式に国交を結んだけど、キチンとした関係を築けたとは言いがたい。条約会議は交国が力押しで終わらせ、明らかに不平等な条約を結んだ。


 ここはネウロンなのに、交国軍が我が物顔でうろついている。「保護」という名目を使っているけど、いまネウロンを脅かしているのは交国だけだ。


 強盗が押し入った家の人に対し、「守ってやる」などと言いながら財産を没収しているのが現状だ。しかもその強盗は警察すら黙らせる力を持っている。


 私達は侵略者として恐れられ、ツバを吐きかけられてもおかしくない存在だ。


「……貴方の言う通り、交国は悪いことをしている」


 男の子の手を取り、出来るだけ正直に言葉を紡いでいく。


「交国軍によるネウロン侵攻、一応は無血で行われたけど……それはネウロンの人達が勇気ある選択をしただけ。交国軍はズルくて悪い事しかしていない」


「…………」


「今回の侵攻……実は私にも大きな責任があるの」


「えっ? お姉さんって、そんなエラいの?」


「偉くはないけど――」


 交国がネウロン侵攻に踏み切ったのは、私が原因の一端を担っている。


 私の発言の所為で、玉帝は……ネウロンの人達を……。


「ともかく、責任があるの。だからこれ以上、悪くならないように尽力する」


 ……私にそれだけの力があるの?


 あの子(ヒスイ)がちゃんと認知されないまま、交国の工作員として使い潰されそうな現状すら変えられていないのに……私に交国の蛮行を止められるの?


 お母さまに逆らえず、縮こまっているだけの私が――。


「な……何とか、するから。私が」


 男の子の手を握る。


 私は弱い。けど、勝算はある。


 交国の違法な(・・・)軍事侵攻は今回で終わる。


 ネウロンで目的を達成してしまえば、これ以上の犠牲者を出さずに済む。それどころかネウロンから軍を撤退させる事すら、不可能ではないはず――。


「オレ、お姉さんのこと信じる」


 男の子は――フェルグス君は、ギュッと手を握り返してくれた。


「お姉さんは……先生は、すごい術が使えるんだもん。先生はフツーの人間じゃ出来ないことが出来る。だから交国軍ぐらい、追い返してくれるんだよな!?」


「ええっと……」


「昼間、ケガを治してくれた以上のことも出来るの!?」


 フェルグス君がキラキラとした瞳で見つめてくる。


 私の善意を信じてくれたというより、私の「術式(ちから)」を信じてくれた様子だけど……まあ、いいか……。


 今はこれでいい。後々、結果で示せばいい。


「……ええ、他にも色んな術式を使えるの。一番得意なのは古式黒魔術かな」


 でも、私なんて本当に大した事がない。


 長年、多次元世界の術式を研究してきた事で、術式の勘所をある程度理解しただけ。私なんてキミ達に比べたら、ただの手品師みたいなものよ。


 いくつか術式を見せてあげると、フェルグス君は一層ワクワクした様子で「すげー!」と連呼してくれた。


 その無邪気な様子に笑みがこぼれてしまう。


「私からしたら、キミ達の方が凄いよ」


「オレ達? 巫術師のこと?」


「そう。ネウロンにおいて巫術は安定して普及している」


 ある程度、偶然に頼る必要があるけど……全てのネウロン人が血筋だけで「巫術師として覚醒する可能性」を持っているのは驚くべきことだ。


 多次元世界各地にある術式を見ても、術式がここまで普及し、当たり前のものとして受け入れられているのは非常に珍しい。


 特定の血筋に頼る必要がないのも素晴らしい。限られた血筋の人間しか巫術師になれない場合、その事実が特権階級の誕生や差別に繋がりかねないからね。


 巫術に限らず、術式は人類を新たなステージに押し上げる可能性を持っている。


 誰もが当たり前に術式を使える社会を構築できれば、人類全体の力が向上し、社会も豊かになる。……強すぎる力を制御するのは大変かもしれないけど、術式は大きな可能性を秘めている。


「誰から教わるでもなく、才能に目覚めるだけで術式使いになれるって事は……本当に凄いことなのよ?」


「こんなの、大して役に立たねえよ」


 フェルグス君は少し、つまらなそうな顔を浮かべた。


 そして、「巫術(これ)の所為で、父ちゃんや母ちゃんと一緒に暮らせねえし」とこぼした。……やっぱり、家族と離ればなれは寂しいのね。


 フェルグス君をギュッと抱きしめて慰めた後、再び術式を見せていく。


 私の振るう術式は手品に過ぎない。


 でも、これで少しぐらい……楽しんでくれたらいいな。




■title:ネウロン・巫術師保護院<タッセル>にて

■from:帝の影・明智光


 フェルグス君を送り届けた後、部屋に戻る。


 タッセル近郊に基地があるのは間違いない。


 まだ稼働している場合、エネルギーラインの線から所在を割り出せるかもしれないし、明日はフィールドワークに出よう。


 そう思いながら調査結果を再確認しようとしていると、界外から通信が届いていた。端末に履歴が残っていた。


 それも、お母さまからの通信だった。


 急ぎ、龍脈通信による通信体制を構築し、応える。


「すみません、玉帝(・・)。応答が遅れてしまい――」


『謝罪は不要です。(みつる)。謝罪の暇があるなら、成果を提出なさい』


 画面に仮面をつけた女性が映し出される。


 交国の最高指導者。


 玉帝が、我が子(わたし)に対し、冷たい言葉を投げてきた。




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