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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.3章:殺神計画【新暦1240年】
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過去:殺神計画 後編



■title:ネウロン・放棄基地<センソウ>にて

■from:ロイ・マクロイヒ


 遺跡の奥深くへと進んでいく。


 隠し扉を開き、下層へと潜っていくと――。


「ここが、叡智神の遺跡……」


「正確には放棄された地下基地ですね。表層の遺跡は偽装です」


 かつて、ネウロンにはいくつもの軍事施設が存在していた。


 殆どが「ネウロン人の反乱」後に潰されたが、中には現在もほぼ無人の状態で残っている場所もある。


 ここ、<浅草(センソウ)>もその1つだ。入り口は巧妙に隠され、内部への侵入も容易ではないが……そこに枢機卿だけを案内し、立ち入っていく。


 この基地は放棄されているが、基地機能はまだ生きている。


 基地内部には今も稼働中の自動人形がおり、基地を整備し続けている。自動人形の整備を行う設備も生きており、時折、自動人形(きかい)達とすれ違う。


 彼らは警備の役割も与えられているため、僕らを襲ってきてもおかしくないのだが……そうならないよう、彼らの設定は変更してもらっている。


 ここで殺される事はないだろう。


「ここはまだ基地の入り口です。こちらへ」


 この階層の最奥にあった部屋に、枢機卿を導く。


 部屋の中に――エレベータールームの中にあった端末を操作し、地下に向けて移動させていく。


 移動に伴い、僅かに揺れた部屋に枢機卿が僅かに驚いたが、直ぐに辺りを見回す余裕を取り戻していった。


 ただ、辺りではなく「下」を見始める事になったが――。


「――――」


「やはり、貴方には観えますか」


「あ、あぁ……! ロイ、まさか、もう彼が目覚めているのか!?」


「いえ。ずっと眠っています」


 枢機卿は巫術師だ。


 巫術の眼で、我々が向かっている場所にある魂魄(もの)に気づいている。


 ただ、観えるのはあくまで魂だけ。


 その魂の持ち主がいま、どのような状態にあるかはわからない。


「…………」


「…………」


 黙したまま、地下の一点を見つめ続けている枢機卿を乗せたエレベーターが止まる。枢機卿の視線は、いつの間にか「下」から「正面」へと変わっていた。


 この階にいる。


 枢機卿が探し求めていた存在が、ここにいる。


「――――」


 エレベーターから降りた枢機卿が、地下の一角を見て息を飲んだ。


 そこに石像があった。


 その石像は人に近い姿をしていたが、「異形」の人だった。


 巨大な体躯と、山羊の如き頭を持つ異形の石像が立っている。


 枢機卿の眼には、その石像の中に「魂」が観えているだろう。


「ロイ。まさかこの方が……!」


「叡智神の使徒。バフォメットです」


 かつて、ネウロン人は「神」に逆らった。


 神を弑逆する計画を立てた。


 そんな反抗者達を裁いた雷。


 雷と共に現れる使者の名を口にすると、枢機卿は僅かに震えた。


 目を見開き震えた。その震えは、直ぐには止まなかった。


 無理もない。ネウロン人は雷に――雷の化身(バフォメット)に対し、強い恐怖心を抱き続けている。バフォメットが行った「反乱鎮圧」の記憶は試作型ドミナント・プロセッサーによって彼らの脳を焼き続けている。


 当事者はもういなくなっていても関係ない。


 遺伝子に刻まれた罪の記憶は、子孫達にも受け継がれている。


 その効力は年々薄まっているとはいえ……ヴィンスキー枢機卿は老齢の巫術師だ。若者と違って、バフォメットに対する恐怖は殊更強いはずだ。


 ふらつきかけた枢機卿の背に手を添え、石像と化しているバフォメットから視線を逸らすように勧める。


 だが、枢機卿は頭を振り、逆に石像へ近づいていった。


 そしてその足下で跪き、祈りの言葉をつぶやき始めた。


 シオン教の祈り――謝罪の聖句だ。


 ひとしきりそれを唱えた後、枢機卿はようやく石像から視線を逸らしてくれた。


 顔面蒼白で、下手したら心停止して死んでいてもおかしく無かったのだが……大した御仁だ。自分達の「罪」と、こうして向き合うとは……。


「使徒様は、まだ生きておられるのだな……?」


 額の汗を拭いつつ、問いかけてきた枢機卿に頷く。


 この石像は生きている。


 今は休眠状態に入っているだけだ。


「下手に刺激しなければ、このまま目覚める事はありません」


「どうすれば、この御方に目覚めていただける?」


 使徒・バフォメットの目覚め。


 それはネウロン人にとって「破滅」に繋がりかねない事だが、ヴィンスキー枢機卿はそれでもなお、バフォメットの覚醒を考えてくれている。


 ネウロンには、バフォメット以上の脅威が迫っている。


 多次元世界屈指の巨大軍事国家の脅威が迫っている。


 それを正しく認識してくれている。説明した甲斐があったね。


「覚醒手段に関しても、既に調べは済んでいます」


 それについて説明する。


 叡智神だけではなく、バフォメット自身がそれを用意してくれている。


 しかも、普通では有り得ない「条件」までつけて。


「使徒・バフォメットは『私を目覚めさせた者を契約者として定義し、その者を一等権限者(マスター)に次ぐ二等権限者として付き従う』と残しています」


「それは……どういう……?」


「使徒・バフォメットを起こせば、彼は彼を起こした者の『奴隷』になるのです」


「ドレイ……?」


「あぁ、使用人と考えてください。バフォメットを起こしたものは『主』となり、バフォメットはその主の『使用人』になるのです」


 ネウロン人であっても、使徒・バフォメットの主になれる。


 彼はネウロン人を憎んでいるはずだ。


 その怒りは1000年のうちに風化する可能性もある。


 だが、彼にとってネウロン人は敵のはずだ。


 それでもなお、彼は「ネウロン人を主とする可能性」まで残し、眠りについた。自分自身を「人殺しの道具」にする形で、眠りについてしまっている。


「枢機卿。貴方が契約者となれば、彼はネウロンの守護者になってくれるでしょう。……貴方の魂魄を認証させ、使徒・バフォメットを起こしますか?」


「…………」


 枢機卿は僅かに石像を見たが、直ぐに頭を振った。


「私の手には……余る。恐れ多い……」


「そうですか。では……ひとまず、このまま眠らせておきますか」


「そうさせてくれ……。……申し訳ありません、使徒様……」


 使徒・バフォメットにはもう、全盛期の力はない。


 彼は大事な神器(もの)を失っている。


 だが、それでもなお、「最初の巫術師」である彼は強力な存在だ。方舟や機兵を主力としている軍勢にとって、最悪の相手と言っていいだろう。


 彼は現代の巫術師が持つ「弱点」がない。


 ほぼノーリスクで巫術を使う事ができる。


 彼にとって、巫術は余技に過ぎないが――。


「この件、ステー達には……」


「今は、言うべきではない……。<赤の雷光>の手にも余る」


「同感です。では、使徒・バフォメットは切り札として残すという事で」


「ああ……。私は、出来れば、話し合いで解決したい」


「…………」


「我々は弱い。長きに渡る平和は、ネウロン人の牙を抜いた。私は……それを誇らしい事と思っているが、しかし……多次元世界(せかい)は私達の弱さを許容してくれないだろう。……武力(ちから)は必要だ」


 だが、枢機卿は「起こさない」道を選んだ。


 少なくとも、今は起こさない。


 ネウロン内にいる「過激派」にバフォメットを託さない理性も持っている。


 少なくとも、現段階では……そうしてくれた。


「バフォメットの存在は、祝福にも呪いにもなります」


「……ステー達は、この御方をどうすると思う? 存在を知ったら――」


「どうでしょうね。彼ら、赤の雷光には赤の雷光の『正義』がありますが……彼らには使徒の力は強すぎる。おそらく、扱いきれないでしょう」


同胞(・・)を信じないのだな、キミは」


 脂汗を流していた枢機卿が苦笑している。


 僕も笑みを返す。


 彼らの事も信じたいけど、そう簡単には信じられない。


 それにそもそも、僕はもう彼らの「同胞」とは思って貰えないだろう。


「さて……起こさないにしても、どうしましょうか? 枢機卿のご自宅まで運びましょうか? 巫術師以外には『ただの石像』にしか見えないはずです」


「運べるのかっ……!? いや、駄目駄目だ! この方は使徒様だぞ!? 失礼以前に、ステー達に隠すためにも連れ出すのは――」


「ですよねぇ」


 運び出せばさすがに気づかれる。


 彼ら、赤の雷光に不審がられる。


 だから、今はこのままここに安置し続ける事になった。


「では、外に出ましょうか」


「あぁ……」


 ヴィンスキー枢機卿は部屋を出る前に、使徒に向けて深々と礼をした。


 シオン教団を実質的に牛耳りながら、それでいて清貧な聖職者のまま、ネウロン全体への奉仕を続けている御方。


 そんな枢機卿の背中は、今日ばかりはとても小さなものに見えた。


「…………」


 僕も石像に対し、軽く黙礼しておく。


 向こうはまだ眠っている。僕らに気づいていないだろう。


 だが、それでも黙礼ぐらいはしておく。


 これからよろしく。


 頼むから、ウチの息子達を殺さないでね。


 まあ、キミにはできっこないだろうけど。


「あぁ、そうだ……」


 エレベーターに乗り込んでいった枢機卿に聞こえないよう、呟きつつ、やはりしっかりと頭を下げておく。


 石像ではなく、その後方に向けて。


 そちらには(・・・・・)石像以上にお世話になるだろうからね。


 ……ウチの息子達を、よろしくお願いします。




■title:宿屋にて

■from:ロイ・マクロイヒ


 ヴィンスキー枢機卿達と共に町へ戻り、今後のことを話す予定だったが、会議も食事会も取りやめにした。


 枢機卿の顔色が悪い。


 長旅の疲れだけではなく、使徒・バフォメットとの対面がさすがに堪えた様子だった。相手は石像と化して眠っているが、老いたネウロン人にとって彼との対面は酷く消耗するものだっただろう。


 枢機卿は「問題ない」と言っていたが、従者の方々と協力し、休んでもらう事にした。諸々の話し合いは明日以降にしましょう――と告げて。


 家族のためにも、枢機卿との用事は今日のうちに終わらせてしまいたかったが……仕方ない。いま枢機卿に死なれると大変な事になる。


 枢機卿が泊まっている宿屋に僕も泊めてもらい、1人で食事を取った後、部屋にこもってペンを手に取る。


「さて……ズワルトピート氏への手紙を書いておこう」


 別件のための手紙を書くべく、ペンを急ぎ走らせる。


 文面はもう考えている。


 私は貴方が自分の死を偽装し、新しい人生を歩んでいることを知っています。


 その事実を公にするつもりはありませんが、1つ、仕事を依頼させてください。依頼料は別途支払いますが、口止め料と思っていただいても結構です。


 そのような事を書き、標的と仕事の決行日時についても記す。


 簡単な仕事だ。


 時と場所を選んで車を走らせ、「交通事故」で殺すだけだからね。


「これでよし、と」


 手紙に封をし、燭台に顔を向け、火を吹き消す。


 微かな焦げ臭い匂いと共に、灰色の煙が「ゆらり」と舞う。


 蝋燭の残り香を嗅ぎつつ、暗室で待っていると――。


「……来たね」


「ああ。約束通り、来てやったぞ」


 部屋の中に、1人の男性がやってきた。


 正確には「1人」ではなく、「1体」と言うべきだろうけど――。


 やってきた男性に対し、「悪いね」と言いつつ手紙を渡す。


「こんな辺境の世界に呼びつけてしまって、ごめんね」


「問題ない。お前には借りがある」


 暗闇の中、淡々とした声が返ってきた。


 それと共に白い指が伸びてきた。中性的な手がこちらの手紙を受け取り、一瞬だけ手紙を眺めた後、それを懐へとしまった。


「しかし、手紙(これ)を投函するだけでいいのか?」


「ああ。直接渡すと、話がこじれるだろうし……。キミに迷惑をかけてしまう」


 送り先の人間も迷惑するだろう。


 彼は、僕が手紙を託した存在と会いたくないだろうし。


 仕事を請け負ってもらえないと僕が困ってしまう。


 手紙を預けた男性は「そんなことでいいのか」と言ってくれたが、これの受け取りのためだけにネウロンに来るのも大変だったはずだ。


 その事を重ねて謝ったが、彼は首を横に振った。


「ネウロンに来るのは初めてではないし、今は休暇中だ。気にするな」


「休暇……? 珍しいな。キミのことだから源の魔神(あるじ)を探して彷徨い続けていると思っていたんだけど……」


「救世神捜索をやめたわけではない。ただ、ワタシにも色々と事情があってな」


「へぇー……。今はどんな仕事を?」


護衛業(・・・)だ。情報を対価に、要人の護衛をしている」


 正直、向いていないな――と思ったが言わないでおく。


 向こうも余計なお世話だろう。


「要件は以上だな? 預かった以上、必ず投函すると約束しよう」


「うん。よろしくね」


 その手紙が効力を発揮するのは、まだ先の話。


 今はまだ、未来への布石に過ぎない。


 効力を発揮したところで、当事者以外、誰も気づかずに終わるだろう。


 でも、それでいい。それがいい。


「おそらく、キミと会うのはこれが最後だ」


 最後だからキミに明るい未来が待っているよう、祈らせてほしい。


 そう言うと、手紙を託した彼は、少し不思議そうに小首をかしげた。


「最後という事は、いま預かった手紙は遺書なのか?」


「いやいや。単なる殺神依頼書(てがみ)だよ」


「ふむ……」


 彼は再び懐から手紙を取り出したが、軽く見るだけだった。


 中身は絶対に見ないだろう。真面目な子だからね。


「ではさらばだ、放浪者」


「うん。さよなら、死司天(サリエル)


 部屋の中に、蝋燭とは別種の灯りが灯る。


 目の前の存在が頭上に光輪、背中に光翼を生やした後、一瞬で姿を消した。


「……さあ、もう後戻りはできないぞ」


 暗闇の中、椅子に座り、独りごちる。


 既に彼らの計画は始まっている。


 このまま行けば、きっと誰かの計画が成就してしまう。


 それはダメだ。


 どれが成功しても、ろくでもない結果に行き着く可能性が高い。


 だから一石(イレギュラー)を投じる事にした。


 こっそりと。


 投じた一石が運命の分水嶺(きゅうしょ)に届くことを祈りつつ。


「僕の選択は間違っているのかもしれない。……でも、」


 僕にはもう、この方法しか残っていない。





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