過去:殺神計画 前編
■title:ネウロン・巫術師保護院<タッセル>にて
■from:ロイ・マクロイヒ
山奥へ歩みを進めるたび、靴が「しゃりしゃり」と音を鳴らす。
降り積もった落ち葉の感触が心地よい。それを楽しみつつ、この先に待っている子達のことを想いながら歩いていると、落ち葉の音がしなくなった。
今度は「こつこつ」と音が鳴り始めた。
箒で掃き清められた石畳を歩きつつ、隣にいる女性に対し、「視線を感じるね」と小声で話しかける。
すると彼女は微笑し、「ここには100人も巫術師がいるのよ」と言い、辺りを見渡しつつ、教えてくれた。
「まだ未熟とはいえ、巫術師の子達の『眼』を欺いて、こっそり保護院に入る事なんて出来ない。ほら、そこら中から子供達が見ている」
「ふぅむ……?」
「ちょうど隠れんぼ中だったみたい。貴方に見つけられる?」
楽しげで、微笑ましそうな声で問われた。
彼女は完璧に把握している様子だが、僕は直ぐに理解できなかった。
巫術師の子供達があちこちに隠れているようだが、降り積もった落ち葉と立ち並ぶ木々が見える程度だった。
このままだと、あの子達も見つけられないかもなぁ……と少し焦っていたが、杞憂だった。向こうから姿を現してくれた。
「おとうさーん! おかあさぁ~んっ!」
隠れんぼに参加していた子の1人が、森の中からテクテクとやってきた。
落ち葉を被って隠れていたのか、歩くたびに葉がこぼれ落ちている。
「スアルタウ、みっけ!」
探し役に声をかけられた子は、「しまった」と言いたげに頭を抱えた。けど、僕達を見て、ニコニコ微笑みながらまたこちらにやってきた。
その後方から、同じように落ち葉を身体中につけた子がやってきて、その子も「フェルグス、みっけ!」と言われてたけど……その子は発見報告などまるで気にしていない様子だった。
僕らの方に突進してきて、アルの頭についた落ち葉をとってあげながら、「何でここにいるの!?」と驚いた様子で声をかけてきた。
「父ちゃんと母ちゃん、今日来るって教えてくれなかったじゃん!」
「キミ達を驚かせたかったんだよ」
顔をよく見せておくれ、と言いながら跪き、可愛い我が子2人の頬を触る。
その後、抱きしめつつ、背中についていた落ち葉を払い落としてあげた後、一度離れた。すると、今度は妻が子供達を抱きしめた。
アルはとても嬉しそうにはしゃぎ、僕達を抱きしめ返してくれた。
フェルグスも嬉しそうだったけど、直ぐに探るような視線を向けてきた。
「今日は迎えに来てくれたの? オレ達、家に帰っていい?」
「いや、今日は2人の様子を見に来たのと……教団への寄付にね」
運んできた荷物の中身を、フェルグス達に軽く見せる。
保護院を運営しているシオン教団は、お金に困っていない。だから寄付など必要としていないけど、僕達の可愛い子供を預かって守ってくれている以上、少しぐらいは寄付をしたいと思っていた。
だから玩具や本を持ってきたんだけど、フェルグスもアルもガッカリした様子だ。家に帰りたいんだろうね……ごめんね。
「んだよ、様子を見に来ただけかよ~」
「ごめんね」
「どれぐらいここにいるの? 1年ぐらい?」
「1週間ぐらいかな。ただ、父さんは少し人と会う約束があってね」
ここには可愛い息子達の顔を少しでも見るために来た。
荷物を預けたら直ぐに行くつもりだ。
「遅くとも明後日には戻るから。そしたら一緒に遊ぼう!」
「ふーん…………。オレやアルより大事な人に会いに行くんだぁ」
「そんな事ないよ! キミ達の方が大事だよっ」
言い訳してみたが、フェルグスは唇をとがらせてしまっている。
妻が「お父さんはお仕事があるの。許してあげて」と弁護してくれたが、フェルグスの視線から厳しさが消えることはなかった。
「父ちゃんっていつもそうだよな。オレらなんかより、考古学ってやつが大事だもんな。家からもしょっちゅういなくなってたし……」
「ご、ごめん。でも、今回の仕事が終われば、しばらくまとまった時間が――」
「でも、オレとアルは保護院にブチこんだままなんだろ」
そうなる。
ただ、必要なことだ。
巫術の力は素晴らしいものだが、巫術師達は大きな弱点を持っている。
人間の死を感じ取ると、酷い頭痛を感じる――という大きな弱点を持っている。
その弱点と上手く付き合えるぐらい慣れないと、町で暮らすのは難しい。保護院がある場所のように、人口密集地から離れた場所で暮らさざるを得ない。
「つらいと思うけど、教えを守っていれば――」
「もういいっ! 父ちゃんなんて、仕事と浮気してろっ!」
フェルグスは怒り、保護院の森に向けて駆けていった。
オロオロしていたスアルタウもその後を追っていった。「にいちゃ~……!」と鳴きながら兄の後を追っていたけど、躓いて転んでしまった。
フェルグスは弟が転んだことに直ぐ気づき、慌てて駆け戻ってきた。そしてアルを助け起こし、僕に向けて舌を見せて威嚇し、2人でどこかに行ってしまった。
ウチの息子達は相変わらず可愛いけど、可愛い2人を悲しませてしまっているのは……困ったなぁ、と思いながら頭を掻く。
掻きつつ、物言いたげにしている妻に「あの子達をよろしく」と頼む。
「近所に引っ越してくる件、キミから伝えてあげてくれ」
あの子達は当分、家に帰してあげられない。
けど、僕達が近くの町に引っ越すことは出来る。そしたらもっと頻繁に会えるようになる。フェルグスもアルも、少しは喜んでくれるだろう。
2人が大好きだったあの子のお墓も移すし、きっと喜んでくれるはず――。
「貴方の口からそれを言えば、フェルグスもあそこまで怒らなかったのに……」
器用に立ち回りなさいよ、と言いたげな妻に後を任せ、保護院に向かう。
保護院の方々に挨拶をし、持ってきた寄付品を預ける。
どれも大したものではないが、保護院にいる子供達の役に立つはずだ。
ここにはフェルグス達のように、家に帰れず寂しがっている子も多いから……今回持ってきた玩具で、少しは心を慰めてくれるといいな。
「あ……」
「…………? どうかなさいましたか?」
「ああ、いえ。捨てたと思ったものを見つけたので」
寄付品の中に、「虹の勇者」の絵本があった。
自分でもどこにやったか、わからなくなっていた品だ。
「すみません、これ、捨てておいてください」
そう言ったが、教団の修道士さんが「もったいない! 立派な本じゃないですかっ」と言い、ここで引き取ってくれることになった。
ネウロンでは嫌われそうな内容な絵本なんだけど……まあ、いいか。読んでみて気に入らなかったら焼いて処分してくれるだろう。
「…………」
この絵本程度、あっても大きな問題はないだろう。
所詮は絵本だ。
「お願いします」
寄付品を預け、署名をした後、保護院の庭に行く。
そこにはアルとフェルグス、そして妻のマウの姿があった。
3人でベンチに座り、何やら話をしている。どうやら保護院でのことを妻に対し、色々と話しているらしい。楽しげな雰囲気だ。
3人を邪魔しないようそっと離れ、保護院から出る。
馬に乗って近場の町まで戻り、町の教会に向かう。
約束をしていた相手がちょうどやって来たところだった。小走りで駆け寄り、失礼のないよう挨拶をしておく。
「申し訳ありません、ヴィンスキー枢機卿。ここまでご足労いただいて……」
「それはこちらの台詞だ。ロイ」
従者の手を借り、馬車から降りてきた人物がそう言った。
白髪をオールバックにした老人が、強い意志を宿した目で僕を見ている。見つつ、僕に向けて手を差し伸べてくれた。
その手を取り、握手する。
「キミの考古学者としての力を頼り、依頼していたのは私だ。キミは見事に仕事を果たし、見つけてくれただけだろう」
枢機卿は笑顔こそ浮かべなかったが、真面目な表情のまま僕の両手を取り、強く握りしめてくれた。
早速、目的の場所に行くことになり、枢機卿が乗ってきた馬車に乗せてもらう。途中から徒歩になるが、近くまでは馬車で行けるだろう。
揺れる馬車の中で、枢機卿は「マウは息災か?」と聞いてきたので、頷く。
「元気です。元気すぎて僕は尻に敷かれっぱなしですよ」
「そうなのか……?」
どれほど尻に敷かれているか、正直に話す。
彼女がアレコレと叱ってくれるおかげで、ダラダラせずに済んで助かってる。
ただ、枢機卿にとってのマウは別のイメージがあったようだ。
「私が知る彼女は、もっと大人しい子だったのだが」
「枢機卿ほどの御方の前だと、さすがの彼女も猫を被るのですよ」
本人がいたら尻をつねられそうだが、今はいないから言っていいだろう。
興味深そうにしている枢機卿に、最近のマウについて――妻について話す。
良い暮らしはさせてやれてないし、子供達が巫術師として覚醒してからは寂しそうな毎日だが……それでも元気に生きてくれている。
色々と苦労はかけているけど――。
「彼女もヴィンスキー枢機卿に会いたがっていました。使用人としてお世話になっていましたし、僕らが結婚する時もお世話になりっぱなしでしたからね……」
「彼女がウチの使用人として勤めていたのは、ごく短い期間だったがな」
僕が枢機卿と出会って間もなかった時、彼女もまた枢機卿のところにフラリと現れて「雇ってほしい」と言ったらしい。
シオン教団の大物であるヴィンスキー枢機卿相手に、何とも恐れ知らずな振る舞いだ。……正体を知らせているわけでもないのに……。
「後任までキッチリ連れてくるほど、優秀な使用人だったがね。彼女自身が働き続けてくれたら、もっと言う事がなかったが……キミに取られてしまった」
「ははは……。すみません……」
苦笑い浮かべつつ謝ると、枢機卿は微笑して「責めているわけではない」と言ってくれた。とても優しい声色だった。
「マウは昔から不思議な子だった。使用人として雇っても、直ぐにどこかに行ってしまう予感はあった。まさか、結婚するとは思わなかったが……」
「枢機卿、彼女のことを昔からご存知だったのですか?」
「マウから聞いていないのか? 昔のことを」
「ええ、あまり……。孤児院にいた事は聞いているのですが……」
マウ・マクロイヒの経歴を聞いたところで、大した意味はない。
彼女が「彼女」である事実さえ知っていれば十分だったから、細かい事は気にしていなかった。
実際にその細かい事――マウの過去について聞くと、どうやらマウを孤児院に連れて行ったのが枢機卿だったらしい。
まだ幼い彼女が教会に捨てられているのを見つけた枢機卿は、手厚く保護し、シオン教団管理下の孤児院にマウを預けたらしい。
預けた後も、ちょくちょく様子を見に行ってくれていたそうだ。
「会いに行くたび、議論を交わしていた。マウは幼い頃から聡明でな。彼女より遙かに年上の私でも、たびたびハッとする意見を投げてくれていたのだ」
「へぇ……」
そういう設定にしてたのか。
幼い彼女の姿なんて、あまり想像できないな。
「あの子がキミと結婚すると言いだした時は、本当に驚いた。今になって思えば、あの時のマウの判断は間違っていなかったのだな」
枢機卿はそこまで言った後、自分の発言を「失言」と思ったようだ。
少し申し訳なさそうな顔で「誤解してほしくないのだが――」と言いつつ、弁解の言葉を投げかけてきた。
「キミとマウの結婚に反対だったわけではない。ただ――」
「さすがに心配ですよね。素性もよくわからない人間と結婚すると言いだしたら。枢機卿のお考えは正しいですよ」
僕とマウの結婚について、周囲の人間は難色を示していた。
そんな僕達の結婚を心配しつつ、後押ししてくれたのが枢機卿だった。心配していたが、それでも枢機卿は応援してくれた。
その事に関し、改めてお礼を言う。
最悪、駆け落ち的に出て行っても良かったけど、そこまでやらなくて済んで良かった。そうなった方が色々と面倒だしね。
枢機卿との繋がりは維持した方が、何かと都合がいい。
マウも枢機卿に感謝している。だから、本当は今日この場にも連れてきたかったが……家庭の事情でそれが出来なかった。
その事を枢機卿に話すと、枢機卿は笑顔で「賢明な判断だ」と言ってくれた。
「私のような老いぼれの所為で、父親の時間を奪っているのだ。さらに母親との時間まで奪ってしまっては申し訳ない」
枢機卿はそう言った後、自分の腕を撫でつつ、子供達の心配もしてくれた。
保護院で不自由なく暮らせているか、と心配してくれた。
もちろん不自由なんてない。
シオン教団は親切心で巫術師を保護してくれている。「実は保護院で巫術の実験をしています」なんて事もない。少なくとも今はそんなこと起きていない。
そんな事が起きていたら、<神の耳>が動くだろう。
「枢機卿やシオン教団の皆様のおかげで、息子達は何も不自由していません」
「だが、人間関係では寂しい思いをしているのではないか?」
「はは……。まあ、そこは仕方ないですよ」
巫術師として覚醒すると、以前のような暮らしは出来ない。
生まれ育った故郷から離れて暮らさないと、巫術師の弱点によって死んでしまう可能性もある。覚醒したての巫術師は本当にか弱い存在だからね。
故郷から離れると、家族どころか友人達とも離ればなれになる。……フェルグス達もその事で寂しい思いをしているだろうけど、そこは仕方ない。
死ぬよりマシだ。
なんて大人の理屈、あの子達に押しつけるのは酷だよな……。
酷だろうと、あの子達を死なせたくない。
「キミは……自分の息子達が巫術師になったことを……どう思っている?」
「驚愕しています。僕の子供に植毛が生えてくるどころか、巫術師になるとは……。しかも2人とも」
本当に驚いているように振る舞いつつ、そう言う。
妻の血が濃かったのでしょうね、とも言っておく。
「驚愕と共に、嬉しく思っています。あの子達が巫術師になったのは祝福です」
「祝福……?」
「余所者である僕が、ネウロンに受け入れられたように感じましたから」
枢機卿が頷き、「キミもネウロンの一員だ」と言ってくれた。
僕の意見も認めてくれている。ただ、枢機卿は別の考えを持っているようだ。
「キミは、巫術を祝福と考えているのか……」
「……枢機卿は違うのですか?」
「私は『呪い』のように感じている。巫術という力は」
呪い。
よりにもよって、呪いか。
シオン教の枢機卿ともあろう御方が、そう語った事にギョッとした。
そもそも、ヴィンスキー枢機卿自身が巫術師なのに。
いや、御自身が巫術師だからこそ、そのような考えに至ったのか?
「教団の教義において、巫術の力は<叡智神>がネウロン人に授けてくださった祝福だ。そう言われているが……」
「…………」
「多くの巫術師が、『巫術』の力に振り回されている。力の所為で死んでしまったものさえいる。巫術は死を感じ取るだけで、強烈な痛みをもたらすからな」
実際、そこは非常に不便だろう。
物体への憑依や魂の感知は、便利な力だ。
特別な訓練など無しに、ネウロン人なら巫術師として覚醒するのは<術式>としては破格のものだ。弱点さえなければ多くの国が欲しがるだろう。
「呪いと言うのは言い過ぎかもしれないが、巫術は枷だ。巫術師は巫術の存在に振り回され、人生を大きくねじ曲げられるからな」
「それは……確かにそうかもしれません」
「巫術の影響で、巫術師は親しい者が逝くのを看取るのすら自重せねばならん事もある。寄り添いすぎるからこそ、遠ざかざるを得なくなる」
「…………」
「それに……考古学者が出した結論が確かなら、巫術は我々に対する『罰』なのだろう? 本来、このような枷は無かったはずなのだから」
「はい……」
本来、巫術には弱点らしい弱点は無かった。
それも当然。だって巫術は対プレーローマ用に造られたものだ。
ネウロンの巫術師達は、改造手術によって生み出された者達だった。巫術という術式で強くなり、軍事教練によって磨かれた一種のエリート兵だった。
エリート兵になるはずだった。
だが、ネウロンで組織された巫術師軍団は、対プレーローマ戦線に正式投入される事はなかった。<最初の巫術師>はともかく――。
「巫術の力そのものが、巫術師を救ってくれたことなど一度もない。だからこそ私は巫術を『呪い』だと感じるのだ」
枢機卿はしっかりとした様子だった。
疲れ果てた様子はない。ただ淡々と事実をかみしめているように見える。
実際、枢機卿の意見は間違っていない。
今の巫術は、叡智神がネウロンに遺した呪いだ。
かつては祝福だったが、呪いに転じたものだ。
いや……かつてですら、祝福では無かったかもしれない。
「枢機卿がそのような考えを持っているとは……」
「あまり言いふらしてくれるなよ。キミ相手だからこそ言っているのだ。キミの見つけたモノが確かなら、巫術は軍事用の技術なのだろう?」
「ええ……」
巫術は力だ。
戦うための力だ。
大きな弱点を持っているが、これは所詮、後付けの枷に過ぎない。
今のネウロン人の「弱さ」は、<ドミナント・プロセッサー>という枷によって作られた後付けのものだ。枷から解き放たれた彼らは恐ろしい獣になってしまう。
いや、兵器と言うべきだろうか。
古のネウロン人は、軍事利用されるはずの改造人間だった。今のネウロン人はその末裔。巫術の力も息づき続けているが……弱点によって大きく弱体化している。
その弱点も、いつか消えるだろうが――。
「巫術は戦争のために生まれた。そういう意味では『悪しき力』ですが……僕は使い方次第だと思っています」
呪いだろうが、祝福だろうが、使い方次第。
生かすも殺すも使い手次第だ。
「僕は息子達が巫術を『善きこと』に活用してくれると、信じています。ヴィンスキー枢機卿、もちろん、貴方も」
「老いぼれの私には、大した力はないよ」
枢機卿がフッと笑う。
その笑みが合図になったように、馬車が止まる。
目的地近くまで辿り着いたらしい。
ここから先は、馬車も立ち入れない道だ。徒歩で移動する事になる。
老体のヴィンスキー枢機卿が山道に耐えられるか不安だったが――僕の懸念を余所に、枢機卿はスタスタと山道を歩き始めた。
見た目よりずっと健康な身体らしい。
僕が先導し、枢機卿と従者の方々を連れて歩いていると、枢機卿は「先程の話だが――」と会話を続けてきた。
「私が先程のような考えを持つに至ったのは、マウの影響も強いのだ」
「そうなのですか?」
妻に関する初耳の話が増えていくな。
一応、不仲のつもりはない。
夫婦として仲良しとは、口が裂けても言えないけどね。
言ったら彼女は「ハァ……?」と機嫌悪そうに言いつつ、ジト目を向けてくるだろう。最悪、僕の耳を引っ張ってくるだろう。ああ、恐ろしい……。
「マウのいた孤児院でも、子供が巫術師に覚醒した事があってな――」
まだ彼女が孤児院で暮らしていた時のこと。
その時の事を、ヴィンスキー枢機卿は山道を歩きつつ教えてくれた。
ある日、ヴィンスキー枢機卿はマウと議論を交わすため、孤児院にやってきた。その時、孤児院の子供が巫術師として覚醒した。
巫術師に成った以上、今までのような暮らしは送れない。
その子は保護院に送られる事になった。
孤児院も同じシオン教団系列の施設だったとはいえ、人口密集地にある孤児院だった。……巫術師をそんな場所で育てるのは危険だ。
「私は直ぐ、保護院の手配をさせた」
だが、その子供は保護院行きを嫌がった。
孤児院の大人や、友人達と離れるのを嫌がった。
枢機卿は丁寧に説いた。巫術師に成ったことは『喜ばしいこと』で『祝福』なのだと子供に説いた。本心では疑問を抱きつつも、そう言わざるを得なかった。
正しい判断だろう。
子供相手に「巫術は呪いだ」などと言っても、何の慰めにもならない。
「しかし、その子は……納得しなかった。馬車に乗せられ、保護院に連れて行かれる間、ずっと泣いていたらしい。後に脱走すら企てたそうだ」
「…………」
「最終的には……その子は保護院に馴染んでくれた。そこで新しい友達を作った。だが、孤児院の子達とは疎遠になってしまった」
保護院と孤児院の距離は遠かった。
子供が気軽に行き来できるものじゃない。
孤児院に残された子達も、連れていかれた友達の存在を惜しんで泣いた。だが、やがて悲しみは風化し、「いないこと」に慣れていった。
「私は未だに子供達の泣き声が忘れられない。同じような状況は何度も経験してきたが……どれも悲しい記憶だ」
「…………」
「皆が悲しむ理由が理解できる。それなのに私は教義を並べて、彼らを大人の事情で遠ざけた。『これが祝福なのだ』などとのたまいながら」
「永久の別れというわけではありません。必要な措置ですよ」
「ああ、今でも保護院制度は必要だと思っている。しかし、教義に書き記された『巫術は祝福』という考えには疑問を抱かざるを得なくてね」
マウも疑問の言葉を口にしたらしい。
同じ孤児院の仲間が連れていかれた後、ヴィンスキー枢機卿に対し、「巫術は本当に『祝福』なのでしょうか」と真っ向から問いかけてきたらしい。
元々、そこに疑問を抱いていた枢機卿は、幼いマウに対して反論できなかった。マウに対しては「それっぽい言葉」を吐けなかった。
そして一層、彼女に一目置くようになっていったそうだ。
そんな話をしていると、山中にある目的地に辿り着いた。
生い茂る雑草と木々に覆い隠された場所に辿り着くと、ヴィンスキー枢機卿は従者の皆さんには「外で待て」と言った。
そして、僕と共に目的地の中へ――古い遺跡の中へと踏み入っていった。
「表層部分は単なる石造りの遺跡に偽装されていますが――」
奥に進んでいけば、この遺跡は全く別の姿を現す。
ここはまだ、生きている。




