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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.2章:寄る辺なき者達【新暦1192年】
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過去:黒海の魔王



■title:ロレンス保有艦<バッカニア>にて

■from:<ロレンス>首領・伯鯨ロロ


「どうしてもダメそうだったら、せめて昔の約束は果たしてくれ」


「昔の約束?」


「オレ達、流民の『国家』を作る約束だ」


 そう言うと、カイジは少し厳しい顔つきになった。


 グラスを一度テーブルに置き、語りかけてきた。


「ロロ……。それは『無理じゃ』と言うたはずじゃ」


「…………。だが必要なモノだ。流民にとっても、人類にとっても」


 ロレンスは交国の靴を舐めてでも勝ち続けてきた。


 だが、オレ達は未だに暗い海の中にいる。


 混沌の海で暮らさざるを得ないでいる。


 穏やかな「陸」の暮らしは、未だ遠い。


「交国は、流民(おれたち)を受け入れてくれている方だ。だが、アンタ達だけじゃあ全ての流民を幸せにする事はできない」


「…………」


「オレも、ずっとアンタらにタカるつもりはない。だから、流民が自活していけるように流民達の正式な国家を作るべきなんだ。それも海ではなく、陸に!」


 陸に上がらなければ、オレ達は海獣から離れられない。


 海獣を調理し、喫を食べ続けなければいけない。


 食べ続けていれば深人(バケモノ)になり、差別されるという悪循環から抜け出せなくなる。それはダメだ。それじゃダメだったんだ。


「ロロよ。陸に国家を作ったところで、問題は解決せんよ」


「…………」


「流民が生まれ続けておるのは、プレーローマが人類を虐げておる所為じゃ。奴らがいくつもの世界を滅ぼし、多くの民が故郷を失った。それによって発生しておるのが<流民>じゃ。国を作るよりプレーローマを倒すのが先じゃ」


「お前はずっとそう言っている」


 だから、オレも待ち続けた。


 プレーローマが倒れる日を待ち続けてきた。


 待つだけではなく、交国の対プレーローマ作戦にも協力してきた。仲間の血で海が出来るほど、協力を惜しまず、努力もしてきた。


「だが、プレーローマは未だ倒れていない。交国が人類連盟に入っても、何も変わらなかった。……お前ら交国ですら、腐敗に呑まれた」


「お前がそう言いたくなる気持ちもわかる。じゃが、信じて待っておってくれ。……待ち続けるのに疲れたのもわかるが、耐えてくれ」


 カイジは頭を下げてきた。何の意味もない行動だ。


 耐えたよ。力も貸した。


 守要の魔神に頼れない以上、交国に頼らざるを得ないから、力を貸した。


 お前らに賭けた。


 けど、それでもオレ達は救われていない。


「交国が人類連盟を抑えてくれるだけでいいんだ! あとは適当な後進世界にオレが攻め入る! アンタらがいつもやってる事だろうが!?」


「交国がするのと、海賊(ロレンス)がするのとでは話が違う……。それに世界1つとっても、全ての流民を収容できまい……」


「1つで足りねえなら2つ。2つで足りなきゃ、3つ取ってやるさ」


 オレにはそれが出来る力がある。


 オレは神器使いだ。


 流民(みんな)のためなら、現住民虐殺ぐらい何度でもしてやる。根切りにしてしまえば、オレ達を追い出せる正当性を持つ者はいなくなる。


 常任理事国の力で、人類連盟を黙らせるだけでいい!


 そしたら、誰も流民国家を「違法」と言えなくなる。


「交国は、オレ達の後見人になってくれるだけでいいんだ!」


「……圏外圏国家構想、まだ諦めておらんのか……」


 カイジは苦い表情を浮かべ、オレを軽くにらみつけながら「また泥縄商事に何か吹き込まれたか?」などと言ってきた。


 違う。奴らは道具だ。単なる便利な買い物袋だ。


 オレは……全ての流民の代わりに、流民の意志を代弁しているだけだ。


「ロロ……ロミオ・ロレンス。お前が流民の全てを背負う必要はない」


「そうはいかねえ。……アンタらとの談合で、ウチの若いヤツらの命をいくつも散らせてきたんだ。散っていった奴らのためにも、オレは背負うべきなんだ」


 そうじゃなきゃ、アイツら皆、無駄死にだ。


 大義のための犠牲じゃなきゃ、可哀想だろ。


「流民の国家を作ったところで、根本の問題を解決しない限り、いつか破綻する」


「…………」


「ロミオ……。流民は未だに生まれ続けているんだぞ? 彼らを保護し続けているお前が、それを一番よくわかっているだろう?」


「プレーローマの所為と言いたいのか?」


「そうじゃ。奴らがいる限り――」


「プレーローマだけじゃねえ。強国(あんたら)の振る舞いも、流民を生んでる! 他人事のように言ってんじゃねえよッ!」


 玉帝の懐剣が嗤う。


 ギラリと、穢れた白刃を見せつけてくる。


「その通り。お前の言う通りじゃ」


 カイジがグラスを手に取り、喉を鳴らしながら中身を飲み干した。


 飲み干した後、口元を拭いながら立ち上がった。


「お前が短気を起こして『流民の国家』を建国した場合、さすがの交国でも庇い切れん。人連はお前達の存在を許さんじゃろう」


「…………」


「人連の理解を得られず、さらに流民の発生を止めない限り、お前達はいつか破綻する。お前ほどの神器使いでも、人連相手に陸の防衛戦を続けるのは不可能じゃ」


「…………」


「わかってくれ、ロロ」


 立ち上がり、握手を求められたが無視する。


 無視していると、カイジは嘆息して部屋から出て行った。


「…………交国が出来るより前から、オレ達は待ち続けているんだ」


 交国は成り上がってみせた。


 オレ達も、そのために尽力してやった。


 オレ達も「交国みたいになりたい」って思うのは、いけない事なのか?


 流民は夢を見るなって言いたいのか?


「ふざけやがって……」


 オレ達は、交国よりずっと前から待っていたんだ。


 かつて、オレ達には<守要の魔神>という希望があった。


 彼はオレ達に「海獣」と「深人化」という希望(のろい)をもたらした。


 その場しのぎではなく、その先の「救い」を用意してくれるはずだった。


 だが、根の国で政変が発生し、オレ達の希望は握りつぶされた。七光などという紛い物の光が、オレ達の希望をムチャクチャにしやがった。


「…………」


 大首領は……<夢葬の魔神>はオレ達を救ってくれない。


 ただ、子供だましの夢で慰めてくれるだけ。


 現での救いなど、彼女は与えてくれない。


 死以外の救いなど、彼女は与えてくれない。


 大首領は、ただの傍観者(カミ)だ。


「……交国も、オレ達を救ってくれないなら――」


 オレ達は、オレ達で立ち上がるしかない。


 その結果、叩き潰されようと、誰かが声をあげる必要があるんだ。


 いっそのこと、ロレンスだけでも――――。


「くそッ……!!」


 それが「不可能」なのは、カイジに言われるまでもなくわかっている。


 ロレンスが上手くやれているのは、あくまで「海賊」だからだ。「国家」としてやっていけるだけの力など、オレ達にはない。


 海賊として勝っているからこそ、皆がついてきているだけ。半端物の「海賊国家」を作ったところで、負け始め、瓦解していくだろう。


 もし仮に建国が上手くいっても、その先が問題だ。


 カイジの言う通り、流民は生まれ続けている。


 オレ達だけが幸せになったところで、それは「流民全体の救い」とは言えない。……今度はオレ達が流民を踏みにじる側に回ってしまうかもしれない。


 そんなじゃ、オレは……流民の救世主(メサイア)には――――。


「…………おやっさん」


「…………!!」


 いつの間にか、酔い潰れていた。


 傍に、心配そうな顔のムツキがいた。


「む、ムツキ……! お前、なに勝手に部屋へ入ってきて……」


「ご、ごめんなさい……! おやっさんのこと、呼んできてほしいって言われて……! 本当にごめんなさいっ!!」


 平謝りしてくるムツキに毒気を抜かれる。


 まだ酔いは抜けていない。ボンヤリした頭で端末を見ると、確かに着信が溜まっていた。ため息をつきつつ、ムツキの頭を撫でて「悪い」と言う。


 悪いついでに「海獣の水を取ってくれ」と頼む。


 少し悪酔いしすぎた。慣れ親しんだマズい水を飲んで、頭をさっぱりさせよう。


「どうぞ」


「おう。悪いな」


「…………おやっさん」


「ん? なんだぁ?」


「おやっさん、泣いてました?」


「――――」


 ムツキの問いかけにムセそうになる。


 かろうじて持ちこたえ、鼻を鳴らしてふんぞり返る。


「誰が泣いてたって!? おぉ、言ってみろ!」


「お……! 俺の見間違い、ですよねっ……?」


「そうだ」


 立ち上がり、思い切り胸板を叩く。


「オレはロミオ・ロレンスだ!」


 深人化によって膨れあがった身体から、鈍い脂肪の音が響く。


大海賊(ロレンス)の首領が泣くわけねえだろ!」


 ドスを利かせてそう言ったが、ムツキは心配そうな顔を崩さなかった。




■title:ロレンス保有艦<バッカニア>にて

■from:虐殺者・加藤睦月


 おやっさんが元気よく叫んだ。


 ……けど、これ、空元気だ。


 いつもは大きなおやっさんの身体が、いつもより小さく見える。


「――おやっさんっ!!」


「おっ、おうっ……!?」


 力強く一歩踏み出して、おやっさんに倣って胸を叩く。


 おやっさんと違って、情けない音しか出なかったけど……!


「おれ……俺っ! 強くなりますっ!」


 おやっさんは強い。とっても強い。


 けど、おやっさん1人じゃ多次元世界(せかい)を変えられない。


 だから力と知恵を貸してくれって言われた。


 でも、今の俺じゃ頼りないだろうから――。


「俺、強くなりますから! おやっさんが苦労しないで済むぐらい、すっごく強い男になってみせます! おやっさんを支えてみせますからっ!」


 それが俺の恩返しだ。


 俺は必ず、この人の役に立ってみせる。


 それが流民(みんな)のためになるんだ。


 皆の役に立って死ねば、少しは……償える。


 そうだよね? おやっさん!




■title:ロレンス保有艦<バッカニア>にて

■from:森王2号・石守回路


「その時は、そう遠くないぞ……。ロミオ・ロレンス」


 船室で1人、受け取った記憶端末を閲覧し、修復する。


 全修復は出来なかったが、有用な情報が手に入った。


 紛い物のエデンではない。


 本物のエデン(・・・・・・)の航路データが、部分的ながら手に入った。


 他のデータを組み合わせ、さらに解析を進めれば見つかるはず。


 我らの救い(ネウロン)が見つかるはずだ。


「…………」


 我々が勝てば、多くの問題が解決する。


 もう流民など生まれなくなる。全ての民が苦しみから解放される。


 あと100年……いや、50数年。


 それで我々の勝利が確定する。


「その景色を儂が見ることはなさそうだが……まあいい」


 勝ちさえすれば、それでいい。


 我らが太母(メサイア)……我らに勝利を!!






【TIPS:伯鯨ロロ】

■概要

 カヴン傘下の海賊組織<ロレンス>の首領を務めていた神器使いの異名。


 混沌の海で活動する数多の海賊達を支配下に置き、人類連盟加盟国から「安全航路の対価」として上納金を巻き上げるほどの組織を作り上げていた。


 新暦212年に<ロレンス>4代目首領に就任。新暦1233年に殺害されるまでずっと、組織の先頭に立って戦い続けていた。


 ロレンスはロロの活躍によって組織を拡大していき、上位組織であるカヴン内でも存在感を強めていった。そして、ロロが首領を務めていた代に「カヴン大首領直参幹部」の地位も手に入れている。



■死の影響

 組織の内外から一目置かれる傑物だっただけに、伯鯨ロロの死は多次元世界にも大きな影響を与えた。


 ロレンスはロロの死によって統制を失っていった。脱退する傘下組織が相次ぎ、各地で「元ロレンス」の海賊組織が暴れ回っている。


 伯鯨ロロの死を喜んでいた人類連盟関係者ですら、「伯鯨ロロに統制されていた時の方が、まだ治安が安定していた」というほど、多次元世界の海賊組織の活動が活発になってしまっている。


 伯鯨ロロの娘であり、ロレンスの首領代行を務めるジュリエッタ・ロレンスは元傘下組織に対しても「無用な騒乱を起こさないように」と自重を求めている。だが、伯鯨ロロ相手なら従っていた荒くれ者達も、「首領の娘」の命令は無視しているのが現状である。


 ジュリエッタ・ロレンスに対して忠誠を誓う組織構成員もいるが、「伯鯨ロロ」の存在によってまとまっていたロレンスは、大きく弱体化してしまった。


 カヴン内でも「伯鯨ロロ死後のロレンス」に対しては強気に出る者達が多い。今のロレンスは完全に舐められてしまっている。


 伯鯨ロロに対する忠誠心が厚い者達は、「首領(ロミオ)殺しの下手人」と呼ばれる「加藤睦月」への報復を望んでいる。


 しかし、首領代行のジュリエッタは「今はその時ではない」とし、報復より組織の立て直しを優先している。この判断に不満を持つ構成員は少なくない。


 加藤睦月はロロの遺体と神器を手土産に交国に取り入っているため、その事実が一層、ロロの忠臣達を苛立たせている。



■鯨の相を持つ深人

 伯鯨ロロは3メートルの巨体を持つ大男で、鯨の相を持つ深人。深人と化す前は周囲に「チビ」と言われるほど小柄な男だった。



■交国との関係

 交国とロレンスは表向き敵対し続けていたが、新暦795年に密約を結び、長年に渡って密かに手を組んでいた。


 この協力関係に関しては両陣営の限られた人間しか知らない。ロレンスが交国の汚れ仕事(オーダー)を請け負い、その報酬として交国側が物資の横流し等を行っていた。玉帝も夢葬の魔神も、この関係を黙認していた。


 石守回路発案で始まった「交国とロレンス」の協力関係は、石守回路死後も続いていた。だが、石守回路の死によって関係にヒビが入り、現在は破綻している。



■本名

 伯鯨ロロはロレンス首領就任時、姓を「ロレンス」と改め、「ロミオ・ロレンス」と名乗り始めた。そして「ロロ」という愛称で呼ばれる事が増えていった。


 元々の姓は、本人すら忘れてしまっている。長い時と組織運営の苦労、そして流民達の未来を憂う日々が、本来の名すら海に沈めてしまった。


 ロミオ・ロレンスはその忘却を後悔していない。


 ただ、娘と喧嘩別れしてしまった事は悔やんでいた。


 悔やんだ時にはもう、全てが手遅れになっていた。





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