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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.2章:寄る辺なき者達【新暦1192年】
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過去:「違法」と「合法」



■title:アイランド・ベリーズにて

■from:<ロレンス>首領・伯鯨ロロ


 ムツキにたっぷり食べさせ、腹を膨れさせておく。


 お腹いっぱいになれば(へぐい)も食べられねえだろ。


 航行中は贅沢できないが、アイランド寄ってる時ぐらいは喫から遠ざけないと。


 屋台通りを離れ、マーケットを見て回っていると、ムツキが立ち止まった。


 ベリーズのマーケットで「一番人気」の商品を見つめている。


 ステージに「奴隷」が並べられ、司会者が笑顔で奴隷達を1人ずつ紹介している。経歴やら使用状態、どこからさらってきたのかを紹介し、競売にかけている。


「どうしたムツキ。奴隷が欲しいのか?」


「あ、いえ……。ちょっと見ていただけです」


 オレ達は海賊。犯罪組織の人間だ。


 先進国ではあまり見かけない奴隷も商品として扱っている。襲った船や、襲った世界で人さらいを行い、売りさばいている。


 奴隷はそれなりに高価な商品だ。大事に扱えば利益を生んでくれる。オレ達と同じ人間だから、オレ達に出来る事は大抵できる。


 流民の中には陸の人間共への恨みから、買った奴隷を嬲って殺す輩もいるが……そいつは贅沢で馬鹿な使い方だ。場所によっては違法行為だ。


 陸の人間が憎いなら、もっと良い復讐方法がある。


 奴隷を大事にしてやればいい。


 喫を食わせればいい。


 喫を食わせていき、深人(ふかびと)にしちまえばもう元の世界には帰れない。


 先進国でも後進国でも、深人は差別対象だからな。奴らが言うところの「半魚人」に変貌しちまえば、奴らの家族さえ拒むようになる。


 その絶望から自殺する奴隷もいるが、自殺しないように管理して、深人化に慣れさせちまえば復讐完了。そいつらはもう、オレ達の同類(なかま)だ。


 流民の奴隷になった奴は、基本的に奴隷契約を結ぶ。


 カヴンの契約担当者の仲介を行い、奴隷と主人の間に契約を結ぶ。


 契約内容は人それぞれだが、大抵は「購入金額の2~10倍の金額を稼ぐ」ことで契約終了。奴隷から解放される。


 そのまま主人と新たに雇用契約を結ぶ奴もいれば、深人化したまま故郷に戻り、それっきりの奴もいる。


 タンブルウィード残党とも奴隷契約を結ぶべく、担当者に用意させている。ただまあ、アイツらは「一定期限が経過したら自動的に解放」って契約にするつもりだ。……カヴン内の制裁から守るための契約だからな。


「投資目的の奴隷なら買ってやるぞ。でも女の奴隷はダメだ。お前には早い」


「だ、だから見てただけですって……!」


 いやらしい想像したのか、ムツキが顔を赤らめている。


 頬を膨らませてオレから視線を逸らし、奴隷や競売参加者をまた見始めた。


「……競売に参加している人達、流民以外もいますね」


「まあな。ベリーズは外部の人間も大勢入れて、奴隷市場を解放してるから……陸の奴らが買い付けに来る事もあるのさ」


 金持ちの好事家が護衛を連れて奴隷を買いに来る事もあれば、奴隷買付人(バイヤー)がまとめて買い付けていく事もある。


 ロレンス(おれたち)にさらわれた奴隷を取り戻したいが、オレ達に喧嘩売るだけの力がない奴が金で取り戻しに来る事もある。


 金さえ出せば、どんな客でもウェルカムだ。


 主人が流民じゃない場合、奴隷契約無しで連れて行かれるから……無茶苦茶な扱いが待ってる事もあるけどなぁ……。


 まあ、「深人になるよりマシ」と言う奴らもいるけどな。


「俺も、おやっさん達に助けてもらえなかったら、あそこ立ってたのかなぁ」


「それは無い。カヴンはガキの奴隷は取り扱い厳禁だからな」


「そうなんですか?」


「大首領が嫌うんだよ、子供の売買」


 あの(ひと)、子供大好き魔神だからな。


 組織運営に興味なくて、名義だけ貸してくれているような状態だが……子供を痛めつけたり、売買することには強い不満を持っている様子がある。


 大首領として「絶対にダメ」と命令する事はまず無いが、直参幹部(おれたち)が空気を読んで「子供の売買禁止」としている。


 大首領の――夢葬の魔神の怖さをわかっていない若い連中には、ガキを取り扱う馬鹿共もいるが……それはオレ達が叱って止め、ケジメ案件にしている。


 特別な事情があれば子供を取り扱う事もあるが――。


「あれっ……? でも、おやっさんはタンブルウィードの生き残りの子供達も、奴隷にしちゃっじゃないですか」


「アレは特例を出してもらったんだよ。大首領にもお伺い立てて……。オレの所有物(どれい)にしておかないとガキ共を守れないから……」


「あっ、なるほど……」


 さすがに大首領も理解を示してくれた。


 ロロ君なら大丈夫でしょう、と言ってくれた。


 そう言ってくれると思ったが、実際に言われてホッとした。


 若い奴らの中には、夢葬の魔神を舐める奴が多い。


 夢の中でガキ共とキャッキャウフフと遊んでる御方だからな。自分達がガキの頃によく構ってくれた御方でも、大人になると舐め始める。


 大首領自身が舐められることを望んでいる節があるが、あの御方は恐れ敬うべきだ。……その気になったら、全世界の人間を府月(ユメ)に閉じ込めて殺せるからな。


 そういうことせず傍観を続け、流民(オレ)達の事も助けず見守るばかりの御方だが……気まぐれを起こし、全人類皆殺しにするんじゃないかと思うと、ゾッとする。


 お優しい御方だが、「そういう事もできる」って時点で怖いよ、オレは。


「…………。ムツキ」


「はい?」


「お前はロレンス(おれたち)が扱う奴隷を、どう思う?」


 隅っこで競売を見学しつつ、ムツキに問いかける。


 ムツキは直ぐに答えを返してくれた。


「奴隷は必要なものだと思います!」


「…………」


「奴隷を取引することで、ロレンスはお金を手に入れます。お金があれば、たくさんの家族を養えますし……。それに、ボク達みたいな流民を差別してくる人達への報復にもなりますから……」


「だから、必要って事か?」


「はいっ!」


 本気でそう思っているような、真っ直ぐした瞳だ。


 オレ達を盲信、あるいは狂信している人間の瞳だ。


「100点満点中、10点の解答だな」


「ええっ……!?」


「お前が普通の流民なら、そういう認識でもいいけどな……」


 コイツも「違法」と「合法」の間にある深い溝を、考慮できてない。


 ロレンス平構成員なら70点。


 ロレンス幹部なら20点の解答。


 オレの同類としては、甘い採点しても10点だ。


 0点と言いたいところだが、それはムツキが可哀想なので甘く見る。


「お前には、もっと広い視点を持って欲しいんだ」


「もっと、広い……?」


「例えば、奴隷制を廃している先進国の奴らから見たら、オレ達の商売はおぞましいものだろう?」


「でも、そういう国でも隠れて奴隷買ってる人いますよね?」


「そいつは金の有り余っているバカだ」


 そういう例外(バカ)は、さすがに考えなくていい。


「でも……奴隷で商売できないと、流民のシノギが減っちゃいますよ?」


「そうだ。そういう意味では必要悪だ。……だがそこで思考停止してほしくない」


「…………?」


 ムツキは流民の現状を、ある程度は理解している。


 深いところまでは理解していない。だから無邪気に深人化を望んじまう。


「……奴隷商売をやるデメリットは何だと思う?」


 奴隷商売はロレンスの大事なシノギの1つ。それをロレンス首領のオレがおおっぴらに否定する事はできないから、小声で問いかける。


「……人連とかに睨まれる?」


「そうだ」


 人連加盟国の中にも、一応、奴隷を扱っている国はある。


 ただ、大抵の加盟国が今は奴隷制を廃止している。表向きは。


 先進国では奴隷廃止の流れが出来上がっている。随分前からな。


 奴隷を「社畜」に置き換えただけだけのとこも少なくないが――。


「でも、睨まれても仕方ないことなんでしょ? 流民の俺達がなにをやったところで、人連は人間扱いしてくれないし……。俺達から仲良くなる必要ないですよ」


「逆に考えてみろ。仲良くなれたら、どういう良いことがある?」


「…………流民ってだけで、差別されなくなる?」


「他には?」


「陸を譲ってもらう……のは無理だとしても、流民が界内に出入りしても軍隊を出してくるほど怒ったりしなくなる……?」


「そうだ。それはそれで便利だろう?」


「うーん……でも、そんなの無理だよ」


「そうだなぁ、実際、今までは無理だった。これからも怪しいもんだ」


 オレは人類連盟が憎い。


 向こうも流民が目障りだろう。人間扱いもしてくれねえ。


「けど、もし仲良くやっていく折り合いがついたら、それはそれで良いことが沢山ある。そのためには仲良くやれないシノギ……奴隷商売は邪魔になる」


 ゲームの海賊版取引も同じだ。


 違法行為に手を染め続けていれば、「仲良く」やるのは難しい。


 面倒くさかろうがコストがかかろうが、合法化を見据えるのも必要なんだ。


 まあ……あんまり上手くいってないけどな。


「でも……大きなシノギをいきなり無くしたら、流民が食っていけなくなる」


「そうなんだよ。理想だけじゃ現実に押しつぶされる。でも……色々と模索していけば、理想と現実を両立し、皆が幸せになれる航路(みち)があるかもしれん」


 オレは、未だにそれを見つけられていない。


 他の奴にも探してほしい。


 神器使いのムツキなら、オレと同じかそれ以上の探求者になれるかもしれない。


 コイツには、色んな視点を持って欲しい。


 多角的に見て、どうするかを判断してほしい。


 奴隷取引は儲かるし必要悪だから続けましょうとか……奴隷取引はいけないことだから全面的に廃止しましょうとか……安易な答えで止まらないで欲しい。


 全員が救われる答えに辿り着いて欲しいんだ。


 理想と現実を両立してほしい。


 そう思いつつも、その辺を詳しく説明すると……素直すぎるムツキの事だ。オレの考えを踏襲して、オレと同じところで思考停止するだけだろう。


 それじゃあダメだ。


 オレはムツキに、オレなんかのコピー品になって欲しくない。


 もっと先に行って欲しいんだ。


「オレが何が言いたいか、今はわからないと思う。けど、色んなものを見て、学んで、お前の答えを見つけ出してくれ。オレの言いたい事がわかるか?」


「え、えっと…………。よく、わかりません……」


 ムツキが申し訳なさそうな顔を浮かべ、オレを上目遣いで見てきた。


 笑い、「今はそれでいい」「今はわからなくていい」と言う。


 コイツはまだガキだ。


 ガキだが、特別な人間――神器使いだ。


 考え、泳ぎ続けていれば、いつかきっとより良い答えを見つけてくれる。


 コイツ自身はダメでも、コイツの意志を継いだ誰かが、いつかきっと――。


「これはカイジじゃなくて、オレからの宿題だ。頼むぜ、ムツキ」


「難しいけど……。がんばりますっ!」


 完全に理解したわけではないが、心のメモ帳に書き留めてくれた様子だ。


 それに感謝しながら頭を撫でてやりつつ、「さっきの話、ロレンスの皆には話しちゃダメだぞ」と言っておく。


 そう言っていると、競売参加者達が「ワッ!」と湧いた。


 新しく舞台に出てきた奴隷。


 そいつが多くの野郎共の目当てになっているらしい。


「おやっさん、エルフの女の子だ。小さい。子供の奴隷じゃない?」


「……そう見えるな」




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