過去:アイランド・ベリーズ
■title:アイランド・ベリーズにて
■from:<ロレンス>首領・伯鯨ロロ
「到着到着。おつかれさん! さあ、オレはちと娼館にでも――」
「オヤジ。イェルトの奴らが出迎えに来てます」
「だよなぁ! 仕事しますかぁ」
「お願いします」
予定より1日遅れで目的地に到着した。
水先案内人へのチップを忘れないよう指示しつつ、アイランドに降り立つ。
アイランドは、混沌の海に点在する「海中拠点」だ。
多くの世界から拒まれている流民が暮らす場所は、基本的に混沌の海しかない。けど、光が差さない暗い海で暮らし続けるのは難しい。
そこで廃材や輸送船を合体させて拠点を作り、生活している。全ての流民を収容できるだけの方舟は無いし、ずっと方舟暮らしじゃ肩が凝る。
アイランド・ベリーズは方舟5隻を連結し、そこを基幹部として増築を行って大きくした拠点だ。
おおよそ5000人の流民が定住し、<ロレンス>傘下組織の<イェルト>が縄張りとして管理している。
交易港として解放しているため、組織外の人間も利用している。主にカヴン関係者が来るが、それ以外の流民も来る。
流民以外も旅人として訪れる事もある。流民じゃない奴らは基本、歓迎されないし……下手したら生きて出られないけどな。
こういうアイランドが、混沌の海には沢山ある。
それだけ需要がある。
港としてだけではなく、流民の家として必要な場所だ。
「ロロ首領。お久しぶりです」
「おう! ちぃと世話になるぜ。あまり長居しないようにするからよ!」
「そんなこと仰らず。1ヶ月でも1年でも滞在してください」
「オレが長居してると、人連関係の軍隊が来るぞ」
「それは良くないですね……」
苦笑いを浮かべるイェルト構成員の肩を叩きつつ、笑う。
ベリーズは「違法なアイランド」だ。
世の中には人類連盟加盟国が作ったアイランドもある。そういうのは公に存在が許されているが、流民達が作ったアイランドはよく人連に滅ぼされる。
理由はいくつかある。
1つ。人連未認可のアイランドは犯罪者やテロリストの温床になる。
2つ。人連の商売や軍事行動の邪魔になる。
3つ。とにかく流民が気に入らねえから潰す。
流民にとっては理不尽でクソ迷惑な理由で、オレ達みたいな犯罪組織の息がかかったアイランドは何度もブッ潰されている。
何も悪い事せず、細々と暮らしている流民のアイランドも潰されている。
人連加盟国がよく使っている航路を避け、水先案内人による案内システムを構築して場所を隠蔽し、可能な限り場所を隠しても何度も壊されている。
ベリーズの名を冠するアイランドだけでも、もう10度は破壊されている。中に住んでいた流民ごと海の藻屑にされる事もある。
オレ達は人連の都合に従い、混沌の海で細々と生きているのに……酷いもんだぜ。まあ、犯罪の温床になってるのは事実だけどな!!
アイランドは、流民にとって最後の砦だ。
だが、安住の地じゃない。
敵対組織、国家以外の脅威もあるからな。
高濃度の混沌はちょっとした刺激に反応し、大きく荒れる。混沌の海では小さな爆弾が爆発しただけで、方舟すら押しつぶしかねない時化が発生する。
アイランドは無敵の砦じゃない。
時化で圧壊し、数千、数万の住民が一気に消える事もある。
ここは人間の住む場所じゃない。
人間扱いされないオレ達は、こういうとこに住まざるを得ないが――。
「ベリーズの上納金、最近はちゃんと納めてくれてるなぁ。無理してないか?」
「大丈夫です。前回の襲撃で全壊して、もう立て直せないと思っていたのですが……首領のお心遣いで何とかなりました」
「いや、お前らの努力の賜物だよ。しかし、オレの予想より早く立て直したなぁ。なんかいい収入源を見つけたのか?」
「ええ、ゲーム販売に手を出し始めまして……。32の世界への販路構築に成功しています。これからまだ手広くやっていくつもりです。あ、もちろん他のシマの許可も取り付けてますから……」
「へぇ~。ゲームなんて、どっから仕入れてんだよ」
「海賊版です」
「なるほど」
ベリーズは交易港として解放し、マーケットも存在する。そこの場所代で稼いでいたんだが……最近は他にも手広くやっているらしい。
海賊版ゲームの商売なんて違法行為だが、シノギとはそんなもんだ。
だが――。
「合法化は考えていないのか?」
「え? はあ……? 合法化、といいますと……?」
「海賊版の販路構築ノウハウを活かすんだよ」
多次元世界には色んな娯楽がある。しかも、世界ごとに色々とある。
ゲームもその1つだ。
こいつらは「A世界」のゲームを無断複製し、それを「B世界」「C世界」「D世界」……複数の世界に売りつけているんだろう。
異世界間の渡航技術は、全ての世界が持っているわけじゃない。
A世界で流行っているゲームは、他の世界でまったく流通していない事もある。だが、どこかの世界でウケた以上、余所でもウケる可能性は十分ある。
「単に無断複製して流すだけじゃなくて、ある程度はローカライズもやってんだろ? オリジナルの権利を正式に買って、正規ルートで売る考えは無いのか?」
「ええっと……。でもそれって、手間かかりますよね? 権利なんて買ってたらウチが丸儲けできませんし……」
遠回しに「無駄では?」と言いたいらしい。
その考えもわかる。犯罪組織なりのコスト計算が出来ている。
合法化に舵を取るのはメチャクチャ面倒な話だ。
オレ達は「流民」だから、より一層難しくなる。
真っ当にやったところで、海賊版より稼げなくなる可能性も高い。
だが、「違法」と「合法」の間にある深い溝を考慮してねえな。
「…………」
ちょいと質問ぶつけた感じ、こいつは海賊版シノギの担当者じゃねえ。
どうやら組織の若い奴らの発案で立ち上げたシノギらしい。そいつらと話をした方が良さそうだな……。色んな意味で。
担当者を交えた見学の約束を取り付ける。心配そうな目つきでオレを見てくるので、「別にお前らのシノギを取ったりしねーよ」と言っておく。
「オレが子分の縄張りを食い荒らす腹ぺこクジラだと思ってんのか? ン?」
「そっ、そんな事ありませんよっ! あぁっ、ところで……!!」
イェルト構成員が、露骨に話題を変えてきた。
「そちらの少年は、ひょっとして例の――」
「例の、ってなんだよ」
傍にいたムツキの頭をワシワシと撫でつつ、問う。
するとイェルトの奴は愛想笑いを浮かべつつ、「首領が、次期首領候補の神器使いを紹介して回っていると聞きまして……」なんて言ってきた。
んなこと誰にも一言も言ってねえのに、変な噂が流れてやがる。しっかり否定しておく。次期首領候補どころか、ロレンスに入れるつもりもねえのに!
「まったく……。おい、ムツキ! オレはコイツらのシノギを見学してくる。お前はカイジのとこに宿題出しにいって、あとは好きに遊んできな」
違法なアイランドは流民の領域であり、深人の巣窟でもある。
だから、深人じゃないムツキには、深人のフリが出来るよう衣装を渡してある。それを忘れない着て歩き回りな、と言ったんだが――。
「俺、おやっさんの仕事見学したいです!」
「えぇっ……? 遊んで来いよ、ガキらしく」
「荷物持ちやります!」
荷物なんかねえんだが、張り切ってるムツキを見て、周りの奴らが笑う。
やっぱり次期首領候補なんじゃ――なんて言う馬鹿がいるので、軽く締めた後にイェルトのシノギの視察をさせてもらった。
海賊の傘下組織が海賊版を扱っているとは、妙な光景だ。面白い。オレは面白いが、クリエイター側からすると面白くない光景だろうな。
視察しつつ、最近の情勢やベリーズの仕切りについても探りを入れておく。
何か問題があるか、と真っ正直に聞いても言わない奴もいる。自分で自分のケツが拭けてません、と言うようなもんだからな……。
何百年も生きてきたオレと比べたら、子分共は赤ん坊みたいなもんだ。ずっとケツを拭いてやらなきゃいけないと思っている。
全身クソ塗れになってからやっと、「パパァ~」と泣きついてくるより、ちょっぴり「ブリッ!」と漏らした時点で泣きついてきてほしい。
まあ……オレ以外への体面とか、色んなしがらみがあるから難しいよな……。
幸い、ここは上手くやっているようだ。
パッと見は上手くいっているし、流民基準では治安も良い。交易港として解放すると稼げる一方で余所者の所為で治安乱れる可能性高いんだが……ここは上手く仕切っているみたいだ。
オレに言えないこともやっているだろうが、多少はな。
ガチガチに締め付けていたら不満だらけになっちまう。
儲かっているなら多少は結構。
儲けてくれれば組織で守れる流民が増える。組織をデカくできる。デカくなればなるほど小回りが利かなくなるし、問題も増えるが……そこは仕方ない。
上手く対処していくしかない。
「えっ! マレニアの軍船をほぼ無傷で鹵獲したんですか……?」
「おう。ムツキの活躍でな」
鹵獲した軍船の話に触れられ、「是非、イェルトのルートで扱わせてください」と言われたが先約があるので断る。
アレはここじゃなくて、別のアイランドに運び込む予定だ。ロレンスの人間しか知らない造船所もあるアイランド。あそこで整備し、売り物にしたりロレンス内で再利用する予定だ。
軍船は譲れないが、タンブルウィード残党の方舟を2隻譲ってやる。残党の一部は軍船の方に移し、運ぶつもりだ。
急な補給で迷惑かけたし、イェルトにも少しは甘い蜜を与えなきゃな。
「さて視察終わりっと。ムツキ、マーケットに行くぞ」
「はい!」
ついて来ようとするイェルト構成員と別れ、ベリーズのマーケットに行く。
海賊版販売でそれなりに稼げているとはいえ、ベリーズで開かれているマーケットもまだまだシノギとして使える。
あちこちの犯罪者共が違法な品を持ち寄ったマーケットには、真っ当な国に所属している奴らも買い付けに来る。普通じゃ手に入らないものも取り扱うからな。
「アァ、眩し……」
「ここも賑やかですね!」
「照明やスピーカーのエネルギーは、周りの海に腐るほどあるからなぁ」
マーケットのあるフロアに入ると、ギラギラした照明が目を刺してきた。
ガンガン鳴ってる無秩序で退廃的な音楽もうるさい。
市場なのに、ナイトクラブのような雰囲気だ。
違法なアイランドだと、ありふれた光景だ。品がなくて、流民達の空元気のような場でオレは少し苦手だが……皆がこういうの好きだから仕方が無い。
今の流行りはこれだ。まあ、何年かしたらまた変わるだろうが――。
「あっ……! ロロ首領……!?」
「えっ、ウソ! なんでベリーズに?」
「アレがロレンスのリーダーか……」
「デケエな……」
「ロロ様ーーーーっ!」
「おうっ! テメエら、しっかり稼げよ! しっかり場所代納めろよ!」
「抱いてーーーーっ!」
「おう! 娼館で待ってろ!!」
サイケデリックな照明と共に、色んな視線が突き刺さってくる。
好奇。興奮。恐怖や嫌悪。品定めするような視線も混ざっている。
それらを受けつつ、堂々と風を切って歩く。
面倒くさい視線だが、ロレンス首領として注目されるのも悪くねえ。人混み共がオレに注目し、避けていってくれるので、人とブツからずに済む。
アイランドも方舟も窮屈な場所だから、オレみたいに図体デカいと歩くのも一苦労なんだよな。退いてくれるのは非常に助かる。
「ムツキ。何か欲しいものがあったら言えよ」
後ろを歩かせ、守りつつ話しかける。
マレニアの鹵獲品で大儲けさせてもらったから、ムツキにはジャリンジャリンと金を使っていい。それ以外にもかなり鹵獲してくれてるからなぁ。
何でも買ってやるんだが、ムツキは特に何も欲しがらない。
視察中に何度も見た海賊版のゲームも、そんなに興味なさそうだった。コイツはガキだが、ガキらしい遊び……全然しないんだよなぁ。
ワンコみたいにオレの後ろについてくるばかり。
まったく……オレといて、何が楽しいのやら。
「おやっさん! おやっさん! あれ欲しいですっ!」
「おっ! たまには欲しがってくれるじゃねえか」
珍しいこともあるもんだ――と思いながら笑う。
満面の笑みを浮かべ、ムツキが指さしている方向を見て、気持ちが冷えた。
ムツキが欲しがっているのは喫だった。
コイツ、深人になるために食べたがってるな?
「あんなもんより、もっと旨いもんがある」
「でも――」
「こっち来い! ベリーズの名物を食わせてやる!」
喫を食いたがるムツキの手を引き、ベリーズ名物の粉物を食わせる。
海獣由来のモノなんて一切使っていないソースを「これでもか!」とかけまくった粉物だ。一般的な流民的にはなかなかの贅沢品だ。
ムツキは……喫の屋台を物欲しそうに見ているが、アレはダメだ。
お前は深人なんかになっちゃダメなんだ。
海獣は流民にとって欠かせないもの。海獣という「神の獣」を与えてくれた守要の魔神も有り難い存在だ。悪い魔神じゃねえ。
けど、深人化なんて副作用あるなんて知らなかった。
守要の魔神も悪気はなかったのは、わかる。海獣がなけりゃ流民はバタバタと飢え死んでいってただろう。副作用あっても海獣は必要だった。
深人化による差別があっても、オレ達は食わざるを得なかった。
小さなガキ共が……ろくに食事もできなくて、痩せ細って……骨と皮だけになっていくのを見るよりマシだったはずだ。
カサカサに乾いた唇から、ヒューヒューと息を吐くたび、命という空気が抜けていくのより……マシだったはずだ。
オレ達は間違ってなかった。
間違っていたけど、間違っていなかったはずだ。
深人化は祝福なんだ……。
『必ず治す。そして、キミ達のための世界も作る』
守要の魔神はそう約束してくれた。
けど、根の国の政変で全てがパァになった。
守要の魔神にはもう頼れない。
暗い海の中で、唯一の希望だったのに――。
「……ムツキ! もっと何か美味しいもの食べたくねえか?」
「俺、食べるなら喫が――」
「おっ! かき氷あるじゃねえか! 珍しい……!!」
ムツキを連れ、かき氷の屋台に行く。
混沌の海じゃ、氷も水も貴重品だ。
海獣の血で喉を潤し、深人になっていくしかない。
深人化しない食べ物はいいものだ。ムツキにもシャリシャリで舌触りの良いかき氷を……シロップで甘~く味付けされたかき氷を食わせてやりたい。
そう思ってかき氷屋台に近づいたが、ちと海獣くさかった。
看板には「純水! 純氷!」と書いてるくせに、混ぜ物してやがる。嘘つきクソ店主をイェルトの奴らに連れていかせ、ケジメをさせる。
クソが! 期待だけさせてやがって……!
「えー……。この喫、食べちゃダメなんですか?」
「よく嗅いでみろ。魚臭えかき氷なんてイヤだろ」
「いや、喫なら俺は何でも――」
「おい! カラメル焼きくれ!」
偽かき氷から引き剥がし、別のものを食べさせる。
ムツキはやや不満そうにしていたが、甘い菓子に少し笑顔になってくれた。
それでいい。そういうの食べてりゃいいんだ、お前は。
深人なんかになるな。
お前は、あの野郎と一緒に陸に行くべきなんだ。
あの国のトップはクソ堅物だが……暗い海よりマシのはずだ。




