過去:糧と呪い
■title:ロレンス保有艦<バッカニア>にて
■from:虐殺者・加藤睦月
「あいよっ! 海獣肉のステーキだ」
「ありがとうございますっ!」
食堂でステーキと乾パン、それと海獣のジュースを貰う。
それを持って、おやっさんのところに行く。
おやっさんはお酒を飲みつつ、おつまみを摘まんでいた。俺が席につくと、優しい笑顔を浮かべて話しかけてくれた。
「ちゃんと手を合わせて、感謝してから食べるんだぞ」
「うんっ! 守要の魔神様、今日もありがとうございます……!」
魔神への感謝の言葉を言いつつ、心の中で「俺も深人にしてください」と願う。
深人化の事を言うと、おやっさんはあまりいい顔しないけど……心の中で祈るなら大丈夫だろう。魔神様に届くかどうかわからないけど――。
「今日のステーキもおいしいっ!」
「喫をそこまで旨そうに食うのはお前ぐらいだよ……」
おやっさんに呆れられた。
確かに味はそこまで良くない。
けど、これを――喫を食べていると「いいこと」があるから……。
「陸のベーコンとか合成牛のハンバーグとかあるのに、それに目もくれずに喫を食べたがるのはおかしいんだぞ。もっと普通の食事を食べろよ」
「流民にとって、喫は『普通の食事』でしょ?」
これがあるから流民は何とか生き延びてきた。
あの魔神様が――守要の魔神が「神の生き物」を与えてくれたからこそ、俺達は飢えずに済んでいる。喫こそが流民の「普通の食事」のはずだ。
「まあ、確かに皆食べてるし、オレもそうだが――」
「喫を食べていれば深人になれる。オレ、おやっさんや皆みたいな深人になりたいから……!」
世の中には喫より美味しいものもある。
けど、そういうの食べても深人にはなれない。
<海獣>で作られた喫を食べるからこそ、俺達は混沌の海に愛されるようになる。深人化を呪いという人もいるけどさ。
俺は、おやっさんみたいになりたい。
おやっさんも深人だもん。
おやっさんは……俺に深人になってほしくないみたいだけど。
「深人になったら、陸で暮らすの大変になるぞ」
「いいもん。俺、流民だから一生、海で暮らすし」
「お前はまだガキだからわかってねえんだろうが――」
おやっさんはお酒の入ったグラスを置き、いつもの「説教」を始めた。
深人になったら、陸の人間に差別される。
人間扱いされず、「半魚人」と呼ばれるようになる。
そうなったらいよいよ、「流民」という立場から抜け出せなくなる。それは大変なことなんだぞ――とおやっさんは言ってきた。
耳にタコが出来るぐらい聞いた話だ。
実際に蛸が生えてきたら嬉しいけど、そうじゃないからなぁ……。
蛸化もいいけど、どうせならおやっさんみたいな鯨の深人になりたいなぁ~。
「でもおやっさん、流民の皆が言ってるよ。深人化は『祝福』だって」
「強がりだよ。そう言うしか、なくなっちまうんだ」
「でもでも、深人になると強くなるでしょ? 海に適応するんでしょ?」
「デメリットの方がデカいんだ。今の世の中じゃな」
おやっさんはもう何百年も生きている。
色んなものを見てきた。色んな苦労をしてきた。
だから、まだ深人化していないお前には苦労してほしくないんだ――と、おやっさんは言う。一度なると戻れないから、と言っている。
戻れなくてもいいんだけどなぁ……。
俺、おやっさん達とずっと一緒にいたい。
おやっさん達と一緒に戦って、たくさんの流民を救いたい!
おやっさん達と一緒に海を泳いでいくなら、深人になれた方がいいんだ。
「だから、お前には――――って、聞いてるかムツキ。大事な話なんだぞ?」
「聞いてるけど、いま食事中。あんまりしゃべりながら食べるとダメだって、おやっさんが言ってたから守ってるのに~……」
「おっ……。そうだな、スマン」
喫をいっぱい食べれば、俺もきっと深人になれる。
けど、喫の材料になる海獣を「1日に使える回数」は大体決まってるから、俺だけいっぱい食べるわけにはいかない。皆の食料を取っちゃダメ。
ホントは腹がはち切れるまで食べて、早く深人になりたいけど……さすがにガマンしなきゃ。俺のワガママで誰かを腹ぺこにしちゃダメだ。
「ごちそうさまでした! 今日も美味しかった!」
ステーキ焼いてくれた食堂のオバさんに向けてお礼を言うと、笑いながら片手を上げて応じてくれた。
おやっさんは微妙に困り顔を浮かべてる。
そんなに俺を深人にしたくないのかなぁ……。
……おやっさん、俺にロレンスから出て行ってほしいのかなぁ。
俺……そんなに、ジャマなのかな……。
「…………」
「…………? どうしたムツキ。そんな顔して。食べ足りないのか?」
「喫の残飯があるなら食べる」
「ダメだ。これでも食え」
おやっさんはそう言い、自分が食べていたベーコンを分けてくれた。
海獣のベーコンなら喫の一種だから喜んで食べるけど、これって陸のベーコンだ。これ食べても太るだけだよ~……。
「俺も、おやっさんみたいな鯨相の深人になりたいなぁ~」
「まったく……。止めても止めても聞きゃしねえんだから」
「あっ! おやっさん、どんな喫をよく食べてたの? おやっさんと同じものを食べてたら、オレも鯨深人になれるんじゃない?」
「さすがに覚えてねえ。オレが深人になったのは、随分昔の話だ」
おやっさんはそう言って苦笑しつつ、俺の頭を乱暴に撫でてきた。
「昔のオレはチビでなぁ。お前よりチビだったかもしれねえ。でも、深人になってからは背が伸びて……身長3メートル。オマケにデブになっちまった」
「カッコイイ! オレも、おやっさんみたいにデッカくなる!」
「ハァ……。お前は頭悪くねえのに、たまに頭悪くなるよな」
おやっさんの言ってることが難しくてわかんなくて、首をかしげていると、すごく重要な話を教えてくれた。
「多分、お前は簡単には深人化しないぞ」
「えっ!? そうなの!?」
「オレもそうだったからな。神器使いはある程度、耐性があるらしい。深人化の耐性は個人差あるとはいえ……神器使いは特に耐性あるっぽいからな」
「そ、そうなんだ」
毎朝、自分の裸を見て「どこかに魚の鱗とか生えてない!?」とワクワクしながらチェックしてたんだけど……当分先ならあんまり意味ないのか……。
ちょっとガッカリしたけど――。
「でも、いつかおやっさんみたいになれるんでしょ?」
「ならんでいい」
「むぅ……」
「おーい、首領! 糧食3655号が稚魚作ったよ! 新鮮な海獣のガキ! ムツキと一緒に食べるかい!? 豪快に焼こうか?」
食堂のオバさんが――デカい目をギョロギョロさせた魚を持ってきてくれたけど、おやっさんは渋い顔で「焼かんでいい」と言った。
「贅沢な使い方するな。可食部が増えるまで混沌食わせとけ」
「はいは~い」
食堂のオバさんがギョロ目の魚を持って行くのを見守りつつ、「新しい海獣、嬉しいね」とおやっさんに言う。
おやっさんは少し笑って、「食い物増えるのはいいことだ」と言った。
海獣。
流民の強い味方。
味は「陸の食材」と比べたら悪いけど、海獣は強力な再生能力を持っている。
肉を削いで食べちゃっても、混沌を与えておけば再生する。1日に取れる「血肉」の量をちゃんと見極めて食べていけば、海獣1匹で食料には困らなくなる。
質の良い海獣がたくさんいれば、たくさんの流民を養える。
混沌の海だと農業とか酪農なんて簡単に出来ないし、飲み水にも困る。でも海獣の肉はしっかり栄養あるし、海獣の血は俺達の喉を潤してくれる。
食べていればそのうち深人化するし……言う事無しの完璧な存在だ!
「糧食3655号は大したデカさにならなかったが……」
「さっきの子、方舟ぐらい大きくなるといいね!」
「ああ。そしたら色々と用途が増える。実際、海獣は方舟代わりに使えるしな」
海獣は食べる以外にも、色々と使える。
大きな海獣は外装をつけたり、身体の内側を改造してやると方舟代わりに使える。界内はともかく、混沌の海なら大型の海獣であちこちいける。
海獣は船として使えるだけじゃなくて、「家」にもなる。
方舟ほど素直に動いてくれないから戦闘にはやや不向きだけど……混沌の海を彷徨うしかない俺達の強い味方になってくれる。
鱗や皮は加工したら服やアクセサリーにもなる。
流民にとって、海獣は「衣食住」を満たし、「乗り物」にもなる強い味方なんだ。陸の人達は気持ち悪がるけど。
海獣が流民に寄り添って生活してくれているのは、ある「神様」のおかげ。
その神様への感謝を忘れちゃいけない。おやっさんがそう教えてくれた。
「おやっさんおやっさん!」
「ん? なんだよ」
「おやっさんは、俺達に海獣をくれた魔神様と知り合いなんですよね?」
「……知り合いだった、だな」
おやっさんは目を伏せつつ、言葉を続けた。
「オレ達は<守要の魔神>との折衝も任されていたからな」
魔神は怖い存在って、よく聞く。
けど、守要の魔神様や夢葬の魔神様は怖くない。優しい神様だ。
まあ……夢葬の魔神様はおやっさんよりエラい「カヴンの大首領」のはずなのに、夢の中で子供と遊んでばっかりのチャランポランな神様だけど……。
守要の魔神様は、夢葬様よりずっと頼りになる。
「どんな魔神様だったんですか? 守要様は」
「善神だ。オレ達、流民のことも気遣ってくれていた」
おやっさんはどこか遠い目をしつつ、守要様について教えてくれた。
守要の魔神様は<根の国>という世界に住んでいるらしい。
根の国は多次元世界の底にある世界で、守要様はそこを治めている魔神だった。けど、根の国以外の事も気遣ってくれていたらしい。
皆が差別したり、殺そうとしてくる流民の事も哀れみ、「混沌の海でも生きていけるように」と神の獣を――海獣を遣わしてくれた。
「守要の魔神は力を持つ魔神だった。世界創造すら可能でな――」
「えっ……! 世界って、源の魔神以外も作れたの!?」
「作れたらしい。守要の魔神は『ゆくゆくは流民のための世界も作る』と言ってくれてたんだけどなぁ……」
おやっさんは腕組みしつつ、困った顔を浮かべながら言葉を続けた。
「根の国で政変が起きなければ、今頃……」
「せいへん?」
「えーっと……。守要の魔神は殺されたっぽいんだよ。悪人共にな」
「そっ……そうなのっ……?」
たくさんの海獣を流民に与えてくれた、すごい魔神様。
そんな魔神様を殺すなんて……すごく悪い奴らだ!
「まあ、その悪人と取引してるんだけどな。ウチは」
「なんでぇ……?」
「新しい海獣が必要だからなぁ……。大恩のある守要様を殺した下手人だとしても、あの七光と付き合わなきゃいけないんだよ」
守要様の仇討ちするため、根の国に乗り込むのは不可能。
根の国は閉じられた世界――鎖国状態の世界で、乗り込むのは不可能と言われている。そもそも根の国近海に近づく事すら難しいらしい。
守要様が生きていた頃から根の国に近づくの難しくて、電子手紙のやりとりで何とか連絡を取り合っていたんだとか。
「根の国近海は海流だけじゃなくて、時間の流れもおかしいからな……」
「時間?」
「オレも潜ったことあるんだが、1日潜っただけのはずが1年経ってたり、半年潜っていたはずが1日しか経ってなかったって事があるんだ」
「へー……。変なの」
「そうそう、変なとこなんだよ。不老不死の神器使いはともかく、常人は近づくだけで死にかねないんだ。……残念ながら根の国の事は、ロレンスにはどうにもならん」
俺が様子見てきましょうか、と言う。
おやっさん達と離れるのは寂しいけど、俺は神器使い。時間の流れがおかしくても、多分なんとかやっていけると思う。
守要様の仇討ちしたら、そのご褒美に深人化の秘密が手に入るかもだし……! 深人になりたいから言ってみたけど、おやっさんは「絶対にダメだ」と言った。
「根の国は危険だ。守要の魔神が討たれた以上、程々の距離感で付き合っていくしかない。余計なことは考えなくていい」
「でも……」
「お前はそんなことしてる暇ねえだろうが」
おやっさんはギロリと俺を睨みつつ、言葉を続けた。
「カイジに出された宿題、ちゃんとやってんのか!?」
「あっ……!」
カイジ先生。
おやっさんがどこかから連れてきたお爺ちゃん先生。
トボけたことも言うけど、頭はスゴくいい。俺にもわかるように色んなことを教えてくれてて、俺を含めて流民の子供達の「先生」になってくれている。
カイジ先生の話、結構面白いけど――。
「俺……海賊なるし、勉強なんか……」
俺の時間は、おやっさんのために使いたい
それがおやっさんのためになるし、贖罪のためにもなる。
俺は勉強なんかしなくていいんだ。
難しいこと考えるのは、おやっさん達がやってくれるし――。
「勉強しろッ!!」
「ひゃっ……!?」
「流民ってだけで立場弱いんだ。学習機会があるなら貪欲に学べ! カイジは優秀な教師なんだ。アイツに教われるのは期間限定なんだから、しっかり学べ!」
「は……はぁい……」
おやっさんのこと大好きだけど、怒られるとさすがに怖い。
さすが、多次元世界一の海賊組織の長だ……!
おやっさんが言うなら、ちゃんと勉強する。
おやっさんの命令は絶対だ。
「首領の命令は絶対だからって、仕方なく勉強するのはやめろよ」
「うっ……」
「オレに叱られるから勉強するってのは、クソみたいな動機だ。……学ぶ必要性はお前自身が見つけるべきだ。わかるか?」
怒り顔だったおやっさんの表情が、少し和らぐ。
「難しい注文つけてる自覚はある。難しいと思うが……頑張ってくれ」
「うん……」
「お前のため――って言うのは、まあ、恩着せがましいよな。お前にしっかり勉強して欲しいのは……オレのワガママだけど、頼むわ」
「うん……。首領依頼!」
命令ってほどじゃないけど、大事な依頼。
いつもの依頼だ。
でも、これはおやっさんがオレのために考えてくれた依頼だ。
頑張って挑まないと!
ただ勉強するだけじゃダメ……だと思う。
勉強する理由も見つけなきゃなのか。難しいな~……。
そういえばカイジ先生も似たようなこと言ってたな~。真面目に考えなきゃ。
「カイジはアイランド・ベリーズに待たせてる。そこで合流予定だから、ベリーズに到着するまでに、出来るだけ宿題終わらせておけ」
「はいっ!」
「ベリーズは色々遊ぶところもある。頑張って宿題を終わらせておけば、たっぷり遊べるぞ。数日滞在予定だからな」
「遊びより、ロレンスに入りた――」
「それはダメだ! 入れてやんねえ!」
「むぅぅぅぅ……!!」
おやっさんは良い人だ。
おやっさんが助けてくれたから、俺はここで生きている。
命の使い方を教えてくれたから、無駄遣いしないように生きている。
だから……もっと役に立ちたい! 役に立って死にたい!
ロレンス、俺も入りたいな~……!
……ひとりぼっちになるの、もう嫌だ……。
「まあ、とにかく頑張ってくれ」
「はいっ!」
艦橋に行くおやっさんを見送る。
食堂のオバさんに「食堂で宿題やっていい?」と聞いて、許可を取る。
あとは宿題を取りに行って――。
「わっ……!?」
「…………」
「あ……。ごめんなさい!」
船の廊下を走っていたら、ロレンスの人とブツかった。
あれれ……。避けたつもりだったんだけど、ブツかりに来た……?
「……調子に乗るなよ」
「えっ?」
「首領に媚びたところで、お前の罪は消えないんだからな」
「――――」
「世界1つ滅ぼしておいて、よくもまあ……ヘラヘラ笑って生きてられるよ」
「…………ごめんなさい」
立ち上がって、ちゃんとごめんなさいしようとしたら、「どんっ!」と押された。尻餅ついているうちに、ロレンスの人はどこか行っちゃった。
俺なんかに優しくしてくれる人もいる。
そうじゃない人もいる。さっきの人みたいに。
けど、優しくしないのが普通なんだ。
だって、俺は悪い奴なんだ。
俺は陽一君の家族を焼――。
「――――」
げぇ、と吐く。大事な喫を。
吐いちゃったものをちゃんと元に戻す。
床もキレイする。
俺、もっとがんばらなきゃ!
生きてちゃダメなのに、生きてるんだから。




