表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.2章:寄る辺なき者達【新暦1192年】
131/875

過去:糧と呪い



■title:ロレンス保有艦<バッカニア>にて

■from:虐殺者・加藤睦月


「あいよっ! 海獣肉のステーキだ」


「ありがとうございますっ!」


 食堂でステーキと乾パン、それと海獣のジュースを貰う。


 それを持って、おやっさんのところに行く。


 おやっさんはお酒を飲みつつ、おつまみを摘まんでいた。俺が席につくと、優しい笑顔を浮かべて話しかけてくれた。


「ちゃんと手を合わせて、感謝してから食べるんだぞ」


「うんっ! 守要(しゅよう)の魔神様、今日もありがとうございます……!」


 魔神(かみ)への感謝の言葉を言いつつ、心の中で「俺も深人にしてください」と願う。


 深人化の事を言うと、おやっさんはあまりいい顔しないけど……心の中で祈るなら大丈夫だろう。魔神様に届くかどうかわからないけど――。


「今日のステーキもおいしいっ!」


(へぐい)をそこまで旨そうに食うのはお前ぐらいだよ……」


 おやっさんに呆れられた。


 確かに味はそこまで良くない。


 けど、これを――喫を食べていると「いいこと」があるから……。


「陸のベーコンとか合成牛のハンバーグとかあるのに、それに目もくれずに喫を食べたがるのはおかしいんだぞ。もっと普通の食事を食べろよ」


流民(おれたち)にとって、喫は『普通の食事』でしょ?」


 これがあるから流民は何とか生き延びてきた。


 あの魔神様が――守要の魔神が「神の生き物」を与えてくれたからこそ、俺達は飢えずに済んでいる。喫こそが流民の「普通の食事」のはずだ。


「まあ、確かに皆食べてるし、オレもそうだが――」


「喫を食べていれば深人になれる(・・・・・・)。オレ、おやっさんや皆みたいな深人(ふかびと)になりたいから……!」


 世の中には喫より美味しいものもある。


 けど、そういうの食べても深人にはなれない。


 <海獣>で作られた喫を食べるからこそ、俺達は混沌の海(うみ)に愛されるようになる。深人化を呪いという人もいるけどさ。


 俺は、おやっさんみたいになりたい。


 おやっさんも深人だもん。


 おやっさんは……俺に深人になってほしくないみたいだけど。


「深人になったら、(おか)で暮らすの大変になるぞ」


「いいもん。俺、流民だから一生、海で暮らすし」


「お前はまだガキだからわかってねえんだろうが――」


 おやっさんはお酒の入ったグラスを置き、いつもの「説教」を始めた。


 深人になったら、陸の人間に差別される。


 人間扱いされず、「半魚人」と呼ばれるようになる。


 そうなったらいよいよ、「流民」という立場から抜け出せなくなる。それは大変なことなんだぞ――とおやっさんは言ってきた。


 耳にタコが出来るぐらい聞いた話だ。


 実際に(タコ)が生えてきたら嬉しいけど、そうじゃないからなぁ……。


 蛸化もいいけど、どうせならおやっさんみたいな鯨の深人になりたいなぁ~。


「でもおやっさん、流民の皆が言ってるよ。深人化は『祝福』だって」


「強がりだよ。そう言うしか、なくなっちまうんだ」


「でもでも、深人になると強くなるでしょ? 海に適応するんでしょ?」


「デメリットの方がデカいんだ。今の世の中じゃな」


 おやっさんはもう何百年も生きている。


 色んなものを見てきた。色んな苦労をしてきた。


 だから、まだ深人化していないお前(ムツキ)には苦労してほしくないんだ――と、おやっさんは言う。一度なると戻れないから、と言っている。


 戻れなくてもいいんだけどなぁ……。


 俺、おやっさん達とずっと一緒にいたい。


 おやっさん達と一緒に戦って、たくさんの流民を救いたい!


 おやっさん達と一緒に海を泳いでいくなら、深人になれた方がいいんだ。


「だから、お前には――――って、聞いてるかムツキ。大事な話なんだぞ?」


「聞いてるけど、いま食事中。あんまりしゃべりながら食べるとダメだって、おやっさんが言ってたから守ってるのに~……」


「おっ……。そうだな、スマン」


 喫をいっぱい食べれば、俺もきっと深人になれる。


 けど、喫の材料になる海獣を「1日に使える回数」は大体決まってるから、俺だけいっぱい食べるわけにはいかない。皆の食料を取っちゃダメ。


 ホントは腹がはち切れるまで食べて、早く深人になりたいけど……さすがにガマンしなきゃ。俺のワガママで誰かを腹ぺこにしちゃダメだ。


「ごちそうさまでした! 今日も美味しかった!」


 ステーキ焼いてくれた食堂のオバさんに向けてお礼を言うと、笑いながら片手を上げて応じてくれた。


 おやっさんは微妙に困り顔を浮かべてる。


 そんなに俺を深人にしたくないのかなぁ……。


 ……おやっさん、俺にロレンスから出て行ってほしいのかなぁ。


 俺……そんなに、ジャマなのかな……。


「…………」


「…………? どうしたムツキ。そんな顔して。食べ足りないのか?」


「喫の残飯があるなら食べる」


「ダメだ。これでも食え」


 おやっさんはそう言い、自分が食べていたベーコンを分けてくれた。


 海獣のベーコンなら喫の一種だから喜んで食べるけど、これって陸のベーコンだ。これ食べても太るだけだよ~……。


「俺も、おやっさんみたいな鯨相の深人になりたいなぁ~」


「まったく……。止めても止めても聞きゃしねえんだから」


「あっ! おやっさん、どんな喫をよく食べてたの? おやっさんと同じものを食べてたら、オレも鯨深人になれるんじゃない?」


「さすがに覚えてねえ。オレが深人になったのは、随分昔の話だ」


 おやっさんはそう言って苦笑しつつ、俺の頭を乱暴に撫でてきた。


「昔のオレはチビでなぁ。お前よりチビだったかもしれねえ。でも、深人になってからは背が伸びて……身長3メートル。オマケにデブになっちまった」


「カッコイイ! オレも、おやっさんみたいにデッカくなる!」


「ハァ……。お前は頭悪くねえのに、たまに頭悪くなるよな」


 おやっさんの言ってることが難しくてわかんなくて、首をかしげていると、すごく重要な話を教えてくれた。


「多分、お前は簡単には深人化しないぞ」


「えっ!? そうなの!?」


「オレもそうだったからな。神器使いはある程度、耐性があるらしい。深人化の耐性は個人差あるとはいえ……神器使いは特に耐性あるっぽいからな」


「そ、そうなんだ」


 毎朝、自分の裸を見て「どこかに魚の鱗とか生えてない!?」とワクワクしながらチェックしてたんだけど……当分先ならあんまり意味ないのか……。


 ちょっとガッカリしたけど――。


「でも、いつかおやっさんみたいになれるんでしょ?」


「ならんでいい」


「むぅ……」


「おーい、首領! 糧食3655号が稚魚(ガキ)作ったよ! 新鮮な海獣のガキ! ムツキと一緒に食べるかい!? 豪快に焼こうか?」


 食堂のオバさんが――デカい目をギョロギョロさせた魚を持ってきてくれたけど、おやっさんは渋い顔で「焼かんでいい」と言った。


「贅沢な使い方するな。可食部が増えるまで混沌食わせとけ」


「はいは~い」


 食堂のオバさんがギョロ目の魚を持って行くのを見守りつつ、「新しい海獣、嬉しいね」とおやっさんに言う。


 おやっさんは少し笑って、「食い物増えるのはいいことだ」と言った。


 海獣。


 流民の強い味方。


 味は「陸の食材」と比べたら悪いけど、海獣は強力な再生能力を持っている。


 肉を削いで食べちゃっても、混沌を与えておけば再生する。1日に取れる「血肉」の量をちゃんと見極めて食べていけば、海獣1匹で食料には困らなくなる。


 質の良い海獣がたくさんいれば、たくさんの流民を養える。


 混沌の海だと農業とか酪農なんて簡単に出来ないし、飲み水にも困る。でも海獣の肉はしっかり栄養あるし、海獣の血は俺達の喉を潤してくれる。


 食べていればそのうち深人化するし……言う事無しの完璧な存在だ!


「糧食3655号は大したデカさにならなかったが……」


「さっきの子、方舟ぐらい大きくなるといいね!」


「ああ。そしたら色々と用途が増える。実際、海獣は方舟代わりに使えるしな」


 海獣は食べる以外にも、色々と使える。


 大きな海獣は外装をつけたり、身体の内側を改造してやると方舟代わりに使える。界内はともかく、混沌の海なら大型の海獣であちこちいける。


 海獣は船として使えるだけじゃなくて、「家」にもなる。


 方舟ほど素直に動いてくれないから戦闘にはやや不向きだけど……混沌の海を彷徨うしかない俺達の強い味方になってくれる。


 鱗や皮は加工したら服やアクセサリーにもなる。


 流民にとって、海獣は「衣食住」を満たし、「乗り物」にもなる強い味方なんだ。陸の人達は気持ち悪がるけど。


 海獣が流民に寄り添って生活してくれているのは、ある「神様」のおかげ。


 その神様への感謝を忘れちゃいけない。おやっさんがそう教えてくれた。


「おやっさんおやっさん!」


「ん? なんだよ」


「おやっさんは、俺達に海獣をくれた魔神(かみ)様と知り合いなんですよね?」


「……知り合いだった、だな」


 おやっさんは目を伏せつつ、言葉を続けた。


オレ達(ロレンス)は<守要(しゅよう)の魔神>との折衝も任されていたからな」


 魔神は怖い存在って、よく聞く。


 けど、守要の魔神様や夢葬の魔神様は怖くない。優しい神様だ。


 まあ……夢葬の魔神様はおやっさんよりエラい「カヴンの大首領」のはずなのに、夢の中で子供と遊んでばっかりのチャランポランな神様だけど……。


 守要の魔神様は、夢葬様よりずっと頼りになる。


「どんな魔神様だったんですか? 守要様は」


「善神だ。オレ達、流民のことも気遣ってくれていた」


 おやっさんはどこか遠い目をしつつ、守要様について教えてくれた。


 守要の魔神様は<根の国>という世界に住んでいるらしい。


 根の国は多次元世界の底にある世界で、守要様はそこを治めている魔神だった。けど、根の国以外の事も気遣ってくれていたらしい。


 皆が差別したり、殺そうとしてくる流民(おれたち)の事も哀れみ、「混沌の海でも生きていけるように」と神の獣を――海獣を遣わしてくれた。


「守要の魔神は力を持つ魔神だった。世界創造すら可能でな――」


「えっ……! 世界って、源の魔神以外も作れたの!?」


「作れたらしい。守要の魔神は『ゆくゆくは流民のための世界も作る』と言ってくれてたんだけどなぁ……」


 おやっさんは腕組みしつつ、困った顔を浮かべながら言葉を続けた。


「根の国で政変が起きなければ、今頃……」


「せいへん?」


「えーっと……。守要の魔神は殺されたっぽいんだよ。悪人共にな」


「そっ……そうなのっ……?」


 たくさんの海獣を流民に与えてくれた、すごい魔神様。


 そんな魔神様を殺すなんて……すごく悪い奴らだ!


「まあ、その悪人と取引してるんだけどな。ウチは」


「なんでぇ……?」


「新しい海獣が必要だからなぁ……。大恩のある守要様を殺した下手人だとしても、あの七光(くずども)と付き合わなきゃいけないんだよ」


 守要様の仇討ちするため、根の国に乗り込むのは不可能。


 根の国は閉じられた世界――鎖国状態の世界で、乗り込むのは不可能と言われている。そもそも根の国近海に近づく事すら難しいらしい。


 守要様が生きていた頃から根の国に近づくの難しくて、電子手紙(メール)のやりとりで何とか連絡を取り合っていたんだとか。


「根の国近海は海流だけじゃなくて、時間の流れもおかしいからな……」


「時間?」


「オレも潜ったことあるんだが、1日潜っただけのはずが1年経ってたり、半年潜っていたはずが1日しか経ってなかったって事があるんだ」


「へー……。変なの」


「そうそう、変なとこなんだよ。不老不死の神器使い(おれたち)はともかく、常人は近づくだけで死にかねないんだ。……残念ながら根の国の事は、ロレンスにはどうにもならん」


 俺が様子見てきましょうか、と言う。


 おやっさん達と離れるのは寂しいけど、俺は神器使い。時間の流れがおかしくても、多分なんとかやっていけると思う。


 守要様の仇討ちしたら、そのご褒美に深人化の秘密が手に入るかもだし……! 深人になりたいから言ってみたけど、おやっさんは「絶対にダメだ」と言った。


「根の国は危険だ。守要の魔神が討たれた以上、程々の距離感で付き合っていくしかない。余計なことは考えなくていい」


「でも……」


「お前はそんなことしてる暇ねえだろうが」


 おやっさんはギロリと俺を睨みつつ、言葉を続けた。


「カイジに出された宿題、ちゃんとやってんのか!?」


「あっ……!」


 カイジ先生。


 おやっさんがどこかから連れてきたお爺ちゃん先生。


 トボけたことも言うけど、頭はスゴくいい。俺にもわかるように色んなことを教えてくれてて、俺を含めて流民の子供達の「先生」になってくれている。


 カイジ先生の話、結構面白いけど――。


「俺……海賊なるし、勉強なんか……」


 俺の時間は、おやっさんのために使いたい


 それがおやっさんのためになるし、贖罪のためにもなる。


 俺は勉強なんかしなくていいんだ。


 難しいこと考えるのは、おやっさん達がやってくれるし――。


「勉強しろッ!!」


「ひゃっ……!?」


「流民ってだけで立場弱いんだ。学習機会があるなら貪欲に学べ! カイジは優秀な教師なんだ。アイツに教われるのは期間限定なんだから、しっかり学べ!」


「は……はぁい……」


 おやっさんのこと大好きだけど、怒られるとさすがに怖い。


 さすが、多次元世界一の海賊組織の長だ……!


 おやっさんが言うなら、ちゃんと勉強する。


 おやっさんの命令は絶対だ。


首領(オレ)の命令は絶対だからって、仕方なく勉強するのはやめろよ」


「うっ……」


「オレに叱られるから勉強するってのは、クソみたいな動機だ。……学ぶ必要性はお前自身が見つけるべきだ。わかるか?」


 怒り顔だったおやっさんの表情が、少し和らぐ。


「難しい注文つけてる自覚はある。難しいと思うが……頑張ってくれ」


「うん……」


「お前のため――って言うのは、まあ、恩着せがましいよな。お前にしっかり勉強して欲しいのは……オレのワガママだけど、頼むわ」


「うん……。首領依頼(クエスト)!」


 命令ってほどじゃないけど、大事な依頼。


 いつもの依頼だ。


 でも、これはおやっさんがオレのために考えてくれた依頼だ。


 頑張って挑まないと!


 ただ勉強するだけじゃダメ……だと思う。


 勉強する理由も見つけなきゃなのか。難しいな~……。


 そういえばカイジ先生も似たようなこと言ってたな~。真面目に考えなきゃ。


「カイジはアイランド・ベリーズに待たせてる。そこで合流予定だから、ベリーズに到着するまでに、出来るだけ宿題終わらせておけ」


「はいっ!」


「ベリーズは色々遊ぶところもある。頑張って宿題を終わらせておけば、たっぷり遊べるぞ。数日滞在予定だからな」


「遊びより、ロレンスに入りた――」


「それはダメだ! 入れてやんねえ!」


「むぅぅぅぅ……!!」


 おやっさんは良い人だ。


 おやっさんが助けてくれたから、俺はここで生きている。


 命の使い方を教えてくれたから、無駄遣いしないように生きている。


 だから……もっと役に立ちたい! 役に立って死にたい!


 ロレンス、俺も入りたいな~……!


 ……ひとりぼっちになるの、もう嫌だ……。


「まあ、とにかく頑張ってくれ」


「はいっ!」


 艦橋に行くおやっさんを見送る。


 食堂のオバさんに「食堂で宿題やっていい?」と聞いて、許可を取る。


 あとは宿題を取りに行って――。


「わっ……!?」


「…………」


「あ……。ごめんなさい!」


 船の廊下を走っていたら、ロレンスの人とブツかった。


 あれれ……。避けたつもりだったんだけど、ブツかりに来た……?


「……調子に乗るなよ」


「えっ?」


首領(オヤジ)に媚びたところで、お前の罪は消えないんだからな」


「――――」


「世界1つ滅ぼしておいて、よくもまあ……ヘラヘラ笑って生きてられるよ」


「…………ごめんなさい」


 立ち上がって、ちゃんとごめんなさいしようとしたら、「どんっ!」と押された。尻餅ついているうちに、ロレンスの人はどこか行っちゃった。


 俺なんかに優しくしてくれる人もいる。


 そうじゃない人もいる。さっきの人みたいに。


 けど、優しくしないのが普通なんだ。


 だって、俺は悪い奴なんだ。


 俺は陽一君の家族を焼――。


「――――」


 げぇ、と吐く。大事な(へぐい)を。


 吐いちゃったものをちゃんと元に戻す。


 床もキレイする。


 俺、もっとがんばらなきゃ!


 生きてちゃダメなのに、生きてるんだから。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ