共食い
■title:遊星隊母艦<蟒蛇>にて
■from:遊星隊隊長
「しっかし……久常中佐の判断能力はスバラシイものですねぇ」
「まったくだ! 軍事委員会に『中佐の指揮能力』について問われたら、洗いざらいぶちまけてやるよ。絶対に」
「審問まで生きてられるんですかねぇ、オレら」
「何とか生き延びてみせるさ」
ネウロンでの作戦行動は楽なもんだった。
上官が無能で、チンケな町しか無い事を除けば、楽な任地だった。タルタリカは大した相手じゃないからな。
けど、今の状況はなんだ。
たったの6部隊+実験部隊で繊三号を攻め落とせ? 解放戦線とかいうワケわからん集団を倒せ? タルタリカも倒せだと?
ほんの数日で状況変わりすぎだろう。
腹立たしいのは<時雨隊>は実質不参加な事だ。
奴ら、久常中佐に上手く取り入ったのか、機兵対応班だけ出して自分達は安全な場所で「後方警戒」をキメ込んでいやがる。
出してきた機兵も1機足りねえ。普段は時雨隊隊長のドライバが機兵を駆り、化け羊狩りに興じているらしいが……今回はドライバは出てこないらしい。
曰く、「機兵が故障した」らしいが絶対ウソだ。都合が良すぎる。
「隊長、渾天隊、ちと遅れてますぜ」
「ド新人の寄せ集め部隊か。逃げる時の邪魔にならなきゃいいが……」
今は<遊星隊>と<驟雨隊>と<渾天隊>と<青天隊>の4部隊で移動中。ただ移動するだけでもモタつくバカがいる始末。
久常中佐の無茶振りの所為で、俺達は戦わなきゃならねえ。
細かいやり方に関しては、現場に任されている。
星屑隊から提案された作戦をドライバのウンコクズが支持した所為で、星屑隊の言う通りに動かにゃならなくなったんだが――。
「とりあえず、今のところは上手くいってるようだな……」
「そうなんですか?」
「あくまで、今のところはな。失敗したって報告もない」
作戦の第一段階は上手くいったらしい。
星屑隊隊長は剛毅な男らしく、「単身で繊三号に潜入する」と言い出した。
船や機兵で繊三号に近づけば、まず間違いなく気づかれる。
ただ、歩兵1人だけなら敵の警戒網を突破できる可能性はある。
理屈はわかるんだが……実際にやるのはほぼ難しいだろう。敵もこちらを警戒し、よく見張っているはずだからな。
星屑隊の隊長は「敵の進路上で待機し、海中から近づけば乗り込める」などとのたまっていた。「さすがに失敗するだろ!」と思っていたが、どうやら上手くいったらしい。
噂以上にヤバいオークみたいだ。
サイラス・ネジという男は――。
「作戦の詳細って……どんな感じなんですか? そろそろ教えてくださいよ」
「終わったら教えてやるよ。楽しみにしとけ」
作戦の詳細は、部下達には教えていない。
各部隊の隊長連中と、主立った面々だけが知っている。
星屑隊が担う役目に比べたら、俺らはまあ楽なもんだ。比較的楽なだけで死ぬ可能性は十分あるが、戦わざるを得ない以上、仕方ないだろう。
「時雨隊は尻尾巻いて逃げたんでしょうけど、星屑隊は?」
「どっちも別行動中だ。余所は余所、ウチはウチだよ」
「奴ら、なにやらかすつもりなんですか?」
「だから言えねえって。言えるのは、星屑隊は勝つ気でいるって事だ」
実際に会って話をしてみたが、星屑隊の隊長は信頼できる。
真面目な狂人だった。信じていいだろう。
「星屑隊も逃げたんじゃねえんですかぁ?」
「逃げてねえよ。時雨隊じゃねえんだから」
「あー、やっぱ時雨隊は逃げたんだ」
「チッ……。いい加減、黙ってろ。しつけえぞ。こっちは混沌機関搭載の揚陸艦4隻、機兵も19機いるんだ」
「船も機兵も、敵の方が多いっスけどね」
そう、敵の方が数で勝っている。
向こうは何らかの方法でタルタリカも従えているらしい。
一番厄介なのは、繊三号だ。
ウチの船よりずっとイイ混沌機関を搭載している浮島だから、流体装甲でアホみたいな数の砲門を展開できる。あの馬鹿火力に晒されたら俺達全員、海の藻屑だ。
星屑隊の隊長は「羊飼い」の方を警戒していたが――。
「星屑隊は、少なくとも時雨隊より信頼できるさ」
「でも……星屑隊の隊長、オレのこと無視したんですよ」
「なんだぁ、知り合いだったのか?」
妙に食い下がってくると思ったら、ウチの副長は奴さんと知人だったらしい。
知人なのに、ろくに反応しなかったからスネてんのか。
副長曰く、同じ軍学校に通っていたらしい。特別親しかったわけではないが、何度か話す機会や組む機会もあったみたいだ。
とはいえ、向こうは優等生。
副長は落ちこぼれ。
忘れられてても、無理ないと思うがねぇ……。
「アイツ、自分は部隊任された隊長だから気取ってやがんですよ」
「俺も隊長だぞ。俺も気取った輩だと思ってんのかぁ?」
「はい」
「ハイじゃねえよ! ぶっ飛ばすぞ。テメエの軍学校時代なんて、十数年前の話だろ? そんな昔のこと、砲火の音が消し去っていくもんだよ」
ネウロンは比較的平和な戦場だったが、余所はもっと過酷だからなぁ。
学生時代のどうでもいい思い出なんざ、死の恐怖に塗りつぶされていくもんよ。
「薄情な男なんですよ。アイツは」
「俺の聞いた噂だと、そうは思わなかったが」
「噂?」
ウンコクズと飲んだ時、チラリと聞いた噂だ。
若い交国軍人達が敵地に置き去りになっちまった時、サイラス・ネジは単身で救出に向かったらしい。そいつらは自分の部下ですら無かったのに。
上官は止めたらしいが、奴は「申し訳ありません、はぐれました」などとのたまって1人きりで行動し、「撤退中に友軍を見つけたため、このまま連れて帰ります」と言って救出してきたらしい。
今回も1人で敵地に切り込んでいる事を考えると、やっぱ頭のネジが飛んでるんだろうな。一見、まともそうに見えるんだが――。
「その若い軍人とやらは助かったんですか?」
「ん……まあ、一応な。助けた奴は、今じゃ星屑隊の副長やってるらしい」
「へー。命の恩人って奴ですか」
「そうだ。サイラス・ネジは、命令違反の対価を支払う事になったけどな」
奴は人間としては正しい行いをしたかもしれない。
けど、軍人としてはマズい事をした。
上の命令に背いた。結果的に才能ある若者を1人だけは助けられたとしても、それは結果論だ。結果さえ伴えばいいなら、他の奴らも命令に従わなくなる。
「上は軍組織としての体面を保つため、サイラス・ネジをネウロンにトバした。奴さんはそれなりにエリート街道を走ってたらしいが……そこからも転げ落ちた。命令違反が奴さんの人生を破壊したんだ」
「オレを無視した奴には当然の報いですね」
「ウチの副官、クズすぎねえか……?」
「隊長はなんか無いんですか? そういう話。左遷された理由」
「オレはムスコが暴れただけだよ」
「ウチの隊長、クズすぎねえっスか?」
うるせえ副官を黙らせるために平手を振るい、副官の禿頭を「パァンッ!!」と慣らしておく。今度舐めてきたら、次の宴会で禿頭太鼓にしてやる。
「ともかく、今は星屑隊が上手くやるのを祈るしかねえ」
こっちは適当に暴れて、可能な限り敵を引きつける。
ただ、ほどほどのところで逃げる。
こんなしょうもない戦場で死んでられるか。
上の無茶な命令の所為で、どの部隊も士気が低い。あまり期待はできん。星屑隊は例外的に士気が高い様子だったが……どこまでやってくれるやら。
「ほどほどに暴れたら、さりげなく退くぞ」
「クズ判断っすね」
「ばぁか。冷静な判断って言え」
こんなクソみたいな作戦、真面目にやってられるか。
久常中佐に「がんばったけど、ムリでしたー!」って言える程度、頑張った後で撤退するしかない。……まあ、その場しのぎに過ぎないが。
「……そろそろ繊三号が撃ってきてもおかしくねえな」
「ですねぇ。ただ、今のところ繊三号には動き無いですよ」
偵察に出ているドローンは、繊三号の異常を感知していない。
星屑隊の隊長が言っていた「遠隔憑依」っていうインチキ技対策のために、雲上や陸地を盾にしながら偵察しているため、ドローンオペレーター共がボヤいているぐらいだ。必要なことらしいから、対策は守らせる。
「タルタリカ共は……そろそろとついてきてるな」
繊三号との間に陸地を挟み、盾にしているが……陸上を走るタルタリカもつかず離れずの距離でこちらを追ってきている。
今までのタルタリカなら、4隻の揚陸艦を見つけただけで海岸まで来ていたはずだ。だが、今は丘の向こうに隠れて殆ど姿を現さない。
サイラス・ネジの言う通り、敵は普通の相手じゃねえようだ。
「隊長。渾天隊が進路を外れてますよー」
「チッ……! ヘボ部隊め。陣形変えるにはまだ早え。指示通りに動かねえなら撃沈してやる、って脅してやれ!」
「ムチャ言わんでください。言うなら隊長が直接言ってくださいよー」
「渾天隊もテメエも使えねえなぁ!」
「げっ! 隊長! 渾天隊が流体装甲展開! 砲塔生成中! こっちに狙いつけてますよー!」
「おい、通信士。向こうに陰口が伝わってんじゃねえか」
「いや、そんなはずは――」
あぁ、これはちょっとヤバいな。
「総員。衝撃に備えろ。死なないよう努力しろ」
「はあ? 隊長、ありゃちょっとしたお遊びでしょ――」
船に衝撃が走り、それに蹴っ飛ばされた副長が床とキスする。
星屑隊の見立てが正しかったって事か……!
「流体装甲展開! 避雷針浮標、投下急げ! 損害調べろ! 応戦するぞ!」
副長が鼻血を垂れ流しつつ、転げるように格納庫に向かっていく。
機兵を出すために。応戦するために。
他の隊員はまだ唖然としている。檄を飛ばしつつ、対応を急がせる。
「渾天隊は敵に回ったと思え! 防御を固めつつ、羊飼いを探せ!!」
敵は巫術を使う。
巫術は人工物全般を乗っ取れるらしい。
信じがたい話だが、星屑隊の隊長が実験部隊の巫術師に実演もさせてきたから……そこは信じざるを得ない。
けど、敵の姿はまだ見えねえ。
海中への警戒も行っていた。水を克服したタルタリカが海の中から船に接触し、渾天隊の船を乗っ取ったわけじゃねえ。
だが、渾天隊は間違いなく船を乗っ取られた。
だから攻撃してきた。
こりゃ消去法で――。
「渾天隊に撃ち返す必要はねえ! 先に羊飼いを見つけろ!!」
「りょ、了解っ! 情報にあった機兵ですね!?」
「そうだ! まだ撃つなよ!?」
敵は直接触れずとも、人工物を乗っ取る技が使える。
星屑隊が遭遇した羊飼い――異形の機兵は電流と巫術の合わせ技で、離れた相手にも遠隔憑依が可能だと聞く。
それは実験部隊の巫術師でも再現できない技だったから、さすがに眉唾だったんだが……。クソッ! もっと警戒するべきだったな!?
「隊長! オレ達の船も乗っ取られるんじゃ……!?」
「星屑隊を信じろ! 敵の遠隔憑依は、避雷針付きの浮標で防げるはずだ!」
「羊飼い、発見しました!」
いた。いやがった。
タルタリカに紛れて距離を詰めてきていたのか、丘の向こう側にいた。こちらを覗き込んでいる。遠隔憑依の射線を通し、渾天隊の船を奪ったんだろう。
ウチ以上に混乱している渾天隊から、砲撃を弁解する通信が入る。自分達じゃない。船が勝手に――などと言っている。
そう言っている間にも砲撃が飛んでくる。
最初にいいの一発貰っちまったが、こっちはまだ生きている。浮標の投下は完了した。驟雨隊と青天隊も慌てて俺達に追随してきているが……遅い!
「撃て!」
船と機兵隊の準備完了次第、一斉に撃つ。
羊飼いを狙う。
斉射で確実に仕留めるつもりだったが、タルタリカの群れが割り込んできた。
肉の壁が射撃を止め、羊飼いが化け羊共の後ろに隠れてしまう。
舌打ちしたいが、舌打ちしている暇はない。
「タルタリカごと吹き飛ばせ!」
「隊長! 渾天隊がまだこっちを撃って……!」
「奴らは後回しだ! 羊飼いさえ仕留めれば、厄介な奴は仕留められ――」
「左舷よりタルタリカ接近! う、海を泳いできますっ!」
「そっちも近づけさせるな!」
遠隔憑依は封じたはずだが、憑依そのものを防げるわけじゃない。
おそらく、羊飼いは渾天隊の船を巫術で憑依し続けている。一度憑かれた以上、奴を殺すか、奴が本体に戻らない限り、向こうのコントロールは復旧できない。
近づいてくるタルタリカの中に、巫術が使える個体がいたら俺達も危うい。船を乗っ取られたら、最悪、俺達も渾天隊と同じ目に――。
「隊長! 渾天隊が……!」
「…………!」
渾天隊の船の甲板。
そこに、渾天隊の隊員共が逃げてきた。
だが、船の流体装甲が蛇のように踊り、逃げていた隊員を切り刻んだ。
巫術による流体装甲の制御。
船を乗っ取る事で、船の流体装甲を支配下に置き、船内にいる渾天隊の隊員を血祭りに上げているんだろう。船員達はもう助からねえ。
船員だけではなく、機兵も――。
「渾天隊の機兵! 早く海に逃げろ! そこにいたら死ぬぞ!?」
叫び、警告したが遅かった。
向こうの格納庫が大爆発を起こした。
かろうじて一機、飛び出してきたが――飛び出してきた先に生成された砲門に止められた。至近距離でドデカイのを一発もらい、機兵の上半身が吹き飛んだ。
渾天隊の奴らどころか、羊飼いが憑いている船もタダじゃ済まねえ攻撃だ。
だが、アレは敵の船じゃねえ。
交国軍の船だ。
いくらブッ壊したところで、敵の腹は痛まねえ……!
「おい! 驟雨隊! 青天隊! 撃つのは渾天隊じゃねえ! 羊飼い優先しろ!」
『撃ち返さねば、こちらがやられる……!』
「テメエ、事前説明で居眠りしてたのか!? 渾天隊が撃ってきてんのは、敵に操られているからだ! 敵本体を優先しろ!!」
せっかく敵の情報を貰っていたのに、俺以上に混乱している馬鹿共がいる。
渾天隊は単に乗っ取られただけなのに、「裏切った」と考えているらしい。驟雨隊と青天隊は混乱し、渾天隊に向けて砲撃を開始した。
あっという間に渾天隊は壊滅状態。
敵の思うつぼだ!
「羊飼いはどうした! まだ生きてんのか!?」
「見失いました! ドローンも、速攻で撃ち落とされて……!」
「タルタリカは――」
「何とか倒せていますが、数が……数が多すぎます!」
「泣き言を言うな!」
殺れねえなら、渾天隊の二の舞だ。
これはもう、タイミング見て逃げるのも無理だな。
「腹をくくれ! 羊飼いは、ここで仕留める!」




