新宿救出作戦
■title:ネウロン・シオン教総本山<新宿>にて
■from:死にたがりのラート
体長3メートルを超える羊の頭をかち割る。これで4匹目。
その先にあった扉を斧でかち割ると、中から悲鳴と発砲音が聞こえた。
弾丸が耳をかする音がした。良かった、救出対象は元気のようだ。
「俺は味方です! 早いとこズラかりましょうぜ!」
部屋の中に隠れていた救出対象達に脱出を促す。
感謝のハグぐらいもらえると思ったが、返ってきたのは「助けに来るのが遅い!」という罵倒だった。助け甲斐の無い奴らだこと!
「こちらダスト3。対象確認」
仲間に救出対象の無事を知らせていると、その対象の1人が話しかけてきた。
「おい! デカブツオーク! 助けに来たのはお前だけか!?」
180cmってそこまでデカいか?
俺達的にはまあ普通ぐらいだと思うが、それはともかく――。
「俺の仲間も来てますよ。さあついてきて!」
「どこの部隊だ!?」
「交国軍ネウロン旅団所属・星屑隊です」
そう返し、先頭に立って来た道を戻っていく。
廊下に出て、階段を降りていく途中も質問は続いた。
「おい、貴様! なんで斧なんて使っているんだ!?」
「半端な鉄砲より流体装甲で編んだ斧の方が効くんですよ、化け羊共には」
「くそっ……! なんでこんな野蛮人に頼らなきゃいけないんだ……!」
「もう終わりだぁ……!」
「信じてくださいよ! もー……!」
救出対象は弱々しい只人種が多かった。大半がメガネかけてる。
研究者だろうか? なんでこの異世界に研究者がいるんだ――という疑問は、周囲の悲鳴と、正面から来た咆哮に押し流された。
「タルタリカだ!」
「オーク! 何とかしろっ!」
「はいはい……!」
斧を構える。
二足歩行の黒い羊――タルタリカが襲いかかってくる。
黒い羊が「メエエエ」と叫びながら襲いかかってくる。濁った鳴き声と、羊に似た姿のくせに二足歩行で走ってくる姿に強い嫌悪感を覚える。
その嫌悪感も、殺せばマシになる。
「っと――!」
大振りの一撃を屈んで回避し、タルタリカのアゴを蹴り上げる。
「メげッ!」
タルタリカの口が閉じ、長い舌がちぎれ飛ぶ。
体高2メートルの身体を蹴って体勢を崩し、敵の首に斧を振り下ろす。
今度は頭がちぎれ飛んだ。普通の生物ならこれで死ぬが――。
「メエ、ェェェ……」
胴体から新しい首が生え始める。
人間みたいな歯と、長い舌が生えてくる。
ギョロリと動く目と、空っぽの頭部が黒い羊毛に覆われていく。
タルタリカは再生する。脳を破壊しない限り復活する。
俺達が使う兵器のように――。
「5匹目」
タルタリカの胸部に向け、斧を振り下ろす。
短い断末魔。それを最後に眼下の化け羊は活動を停止した。
全身がドロリと溶けていく。斧でかち割った脳に当たる部位が――歪な手足の生えた脳だけ残し、他はドロドロに溶けていった。
化け羊の死を確認していると、救助対象がおずおずと声をかけてきた。
「こ、殺せたのか?」
「コイツはね。でも次が来る。隠れてください、ここで迎撃します」
斧を再度構え、廊下の先を睨む。
新手が疾走してくる。
しかも、今度は2体。
比較的小型のタルタリカ相手とはいえ、2体同時は厳しいな。
1体叩き切っているうちに、もう1体に殺されるのがオチだろう。
「これで、ようやく楽に――」
肉が潰れる音がした。
だがそれは、俺から響いた音では無かった。
「……くそっ」
タルタリカが建物の外壁ごと潰された音だった。
崩れた外壁が作る粉塵の中、目を細めると壁とタルタリカを潰した巨大な腕が見えた。俺達が――交国軍が使っている兵器の腕だ。
『ダスト3、無事か!?』
「…………。へい! なんとか! 助かりました、副長!」
タルタリカを潰したのは、鉄の巨人の腕。
交国軍主力機兵・逆鱗。
混沌機関で稼働する全高10メートルの機械巨人。小型のタルタリカ程度なら武装を使うまでもなく、容易く粉砕する人型兵器。
人型兵器を駆る上官が通信機越しに話しかけてくる。
『お前は早く機兵に戻れ。対象はオレが連れて行く』
「了解! さあ、皆! こっちの紳士の腕に捕まって!」
「き、機兵で運ぶつもりか!?」
「私達が誰の命令で動いているのかわかって――」
「さあ急いで! 羊が来ますぜ! めぇ、めぇ!」
タルタリカの鳴き真似して脅すと、救出対象御一行は壁の穴から飛び出ていった。それが副長が操る機兵の腕に乗ったのを見届け、俺も便乗する。
星屑隊とは別部隊の回転翼機が近くの広場に降りつつある。救出対象を回転翼機に乗せ、ここから脱出させれば俺達の勝ちだ。
それを援護するためにも、俺は――。
「ダスト1! あとは投げてくだせえ!」
『10秒で合流しろ』
「了解」
副長の機兵に放り投げてもらい、近くの池に飛び込み、泳ぐ。
池の中央で待機中の機兵に乗り込む。
「待たせたな、相棒」
操縦席の壁がゾワゾワと蠢き、俺の身体を押しつぶしてくる。
痛みはない。粘っこい水の中に落とされたような感覚。
首を斬られても再生しようとしたタルタリカの肉と、よく似た感触。
そう思うと少し不気味だが、感触が同じなのは当たり前。奴らの肉体と機兵の装甲は殆ど同じ。どちらも黒い泥から――混沌から出来ている。
「さあ、こっちの番だ。化け羊共」
操縦席の壁が俺の身体をピッチリ覆い尽くす。
これは操縦服であり、操縦桿。
俺が手足を動かせば、機兵も動く。
この操作方法のおかげで、全高10メートルの鉄巨人を1人で動かせる。
動き始めた機兵に向け、タルタリカの群れが駆け寄ってくる。
数は6体。だが、どれも2メートル程度の小型種。
蹴飛ばし、踏み潰し、瞬殺しながら副長機の護衛に向かう。
「っと……まだ元気なのがいたなぁ」
建物の陰に隠れ、別方向からやってきたタルタリカ達が機兵の脚に掴みかかり、装甲に歯を立ててきた。
機兵同士の射撃戦でもそう簡単に砕けない装甲が、タルタリカに噛みつかれるとバターのように噛みちぎられる。
タルタリカなんかより、機兵の方が強い。
しかし、タルタリカの歯は機兵の装甲を――流体装甲を溶かす機能があるらしく、噛みつかれると装甲を噛みちぎられる。
機兵の腕でタルタリカ達を払い除け、踏み潰して殺す。脚の装甲がちょっぴり削れ、内部のフレームが覗きかけている。
だが、この程度なら問題ない。
「再生するからな。こっちも」
削れた装甲部が蠢き、新しい装甲が充填される。
装甲が肉のように再生する。
これが機兵の流体装甲。タルタリカの肉と近しい構造だが、あんな化け物の肉より数倍上等なものだ。
その証拠に、奴らには出来ない芸当ができる。
「銃身形成・散弾装填」
機兵の右手に散弾銃を生成。
広場に繋がる通路を爆走中のタルタリカの群れに向け、ぶっ放す。
10体のタルタリカが黒い肉片と化し、通路に撒き散らされた。周囲の建物もボロッボロになったが、それは勘弁してもらうしかない。
今回の作戦区域は1年前のタルタリカ出現以降、放棄され、廃墟になっている。ここで暮らす住人はもういない。
いなくなった人達のためにも、この世界を我が物顔で闊歩している化け羊共をブッ殺す。建物や町の復興は化け羊共を殺した後だ。
化け羊さえ殺し尽くせば、異世界にある交国本国がこの世界を――ネウロンを復興してくれるだろう。この後進世界をどこに出しても恥ずかしくない世界に発展させるだろう。
交国には、それだけの力がある。
交国軍人として全力で力を振るい、廃都市に蔓延るタルタリカを殲滅していく。救助対象は既に広場に到着し、回転翼機に乗り始めている。
作戦は概ね順調に進行中だが――。
『こちらダスト2。9時から12時方向に敵増援多数。狙撃支援じゃ大型と中型仕留めるので手一杯だ。そっちに抜けるぞ』
『ダスト4、カバーに入っています。地雷敷設済み。小型だけならしばらく通せんぼできます。ダスト1、離脱まであと何秒必要ですか?』
『最優先目標の離脱が始まった。各員、援護しろ。回転翼機が十分な高度を取るまで、タルタリカの注意を引きつけろ』
副長の指示に従い、派手に暴れる。
左手にも散弾銃を生成し、バカスカ撃ってタルタリカを殲滅していく。弾切れの心配はない。混沌さえあれば弾丸もこの場で生成できる。
二足歩行のタルタリカ達は、小癪なことに投石してくる。
重装甲の機兵相手には投石なんて意味ないが、回転翼機やドローンにとっては驚異だ。大型のタルタリカは「弾幕」と言って差し支えない投石をしてくる。
離脱中の回転翼機を狙える位置にいる大型種は、星屑隊の狙撃手が仕留めてくれている。
さらにダスト3が回転翼機の進路上の空域に煙幕を張り、地上と空の間に壁を作った。タルタリカ共は回転翼機を狙おうにも目視できず、手近な標的に――俺達に襲いかかってきた。
それを蹴散らしていると、さっき助けた救出対象が乗った回転翼機が廃墟都市の端に到達した。高度も十分取れている。このまま無事に離脱できるだろう。
「よっしゃ! じゃあ、次の救出対象のとこに行きますか!」
『あぁ、まだ逃げ遅れた馬鹿がいるんだったな……』
「ボヤくな、レンズ。俺達の助けを待ってる仲間がいるんだぜ?」
今回の救出対象は2つ。
1つはさっき助けた研究者っぽい人達。
もう1つは、その人達を護衛していた友軍。
最優先目標である「研究者っぽい人達」は助けたから、残っている友軍を援護しつつ仲良く離脱すれば任務完了だが――。
『あ~……。星屑隊総員、ルートαを通って離脱するぞ』
「は? チェーン副長、残ってる友軍の援護は?」
『村雨隊が逃げた。「最優先目標の安全な撤退を援護するため」って言い訳して、二次目標の離脱用に持ってきたはずの回転翼機をそっちに回した』
愕然としつつ、さっきの回転翼機が飛んでいった方向を見る。
見ると、二次目標救出のために安全な空域で待機していた回転翼機も、離脱していく回転翼機に合流しつつあった。
「なにやってんだ、あのアホ共! 仲間がまだ戦ってんのに……!!」
『その戦ってる仲間と――明星隊と連絡が取れないそうだ。明星隊はもう壊滅した。死人は助けられない。じゃあもう離脱していいだろ、って理論武装してる』
「生存者がいるかもしれない! 副長、俺達だけでも行きましょう!」
『リスクが高い。オレ達も帰るぞ』
「副長……!」
『ラート、聞き分けろ。生存者いたとしても、この状況じゃオレ達も危うい』
ダスト2とドローンが更新してくれている戦況図を見ると、副長の言い分もわかる。この廃都市にはタルタリカがわんさかといて、俺達は包囲されつつある。
機兵の方がタルタリカより強い。
だが、限度がある。
小型のタルタリカでも機兵の装甲は喰える。遮蔽物だらけの廃都市での戦いは、射撃で仕留める前に接近を許す可能性もある。
機兵は多少ダメージ受けたところで瞬時に装甲を再生させるが、数百……いや、ひょっとすると千体以上いるタルタリカと機兵4機でやりあうのは危険だ。
『明星隊と連絡取れないのは事実なんだ。こっちに来るタルタリカの数が多かったのも、向こうの戦線が崩壊している証拠だ。生存者がどこにいるかもわからない以上、助けに行ってたらオレ達の身が――』
『――この通――、聞こえてませんか? 誰か……!』
女の声。若い女の声が通信機から聞こえる。
ノイズが酷かったが、それも霧が晴れるように収まっていった。
「こちら、星屑隊。アンタは明星隊の人間か!?」
『そ……そうですっ! みょ、明星隊です!』
「まだ生きてるんだな!? どこにいる!?」
『直ぐに座標を送ります! まだ戦ってる子達がいるんですっ! お願いですっ! あの子達を……あの子達を助けてくださいっ!』
必死に助けを呼んでいる。
明星隊との連絡、ちゃんと取れるじゃねえか!
連絡は取れたが――。
『ダスト3、逸るな。村雨隊無しで対象連れて逃げるのは――』
「じゃあ俺だけで行きます! 副長達は先に離脱してください!」
『ばっ……! ラート!!』
機兵の脚部に流体装甲でローラーを生成し、全速力で突っ走る。
明星隊と連絡が取れたとはいえ、向こうは苦しい状況のはずだ。
1秒でも早く助けに行かないと。
俺は、今度こそ仲間を守るんだ。
■title:ネウロン・シオン教総本山<新宿>にて
■from:狙撃手のレンズ
救出対象から送られてきた座標に向け、馬鹿が向かっていく。
呆れつつ、こっちもローラー移動を始める。
『ダスト2、ダスト3の援護に入れるか?』
「現在移動中。40秒以内に到着予定」
よく知らん奴はともかく、同じ星屑隊のラートを見捨てるわけにはいかない。
アイツは馬鹿でアホで鬱陶しいが、前衛として頼りになる。補充要員がラート並みにデキる可能性は極めて低い。面倒くさいが助けた方が得だ。
「まあ、ダスト3なら問題なく辿り着くでしょう」
ラートは既に包囲されている。
敵の真っ只中に突っ込んだからな。
だが、散弾銃や斧を上手く使い、道を切り拓いている。あれだけの突破力を持つ機兵乗り、この世界にはラートしかいないだろう。
この世界の外――異世界ならラート並みの前衛は存在するが、それでも億単位で存在する交国軍兵士の中でラートの能力は上澄みと言っていい。
頭は馬鹿って要素が全部台無しにしているが――。
「そのまま突っ込め、馬鹿」
建物を蹴って飛び上がりつつ、狙撃銃から弾丸を放つ。
射線上にいた大型タルタリカの側頭部に穴が開き、倒れていく。
『悪い! レンズ!』
「さっさと助けて来い。仕事増やしやがってクソボケが」
倒れた大型タルタリカの胴体にラートが爆弾を残し、爆破して追い打ちをかけたのを見つつ、新しい狙撃地点に移動する。
索敵ドローンに周辺を見張らせ、安全確保。ラートが逃げてくるとしたらこっちに来る事になるだろう。その時に合流してズラかればいい。
「副長、ダスト3についていくつもりですか?」
ドローンの映像とマップ上の敵味方識別信号を確認していると、ラートが疾走していった道路を副長機も走っていくのが見えた。
『ダスト3だけだと、離脱は難しいだろう』
「確かに」
『オレに何かあったらお前が指揮引き継げよ』
「メンドクセ~……」
副長には聞こえないようにして呟く。
ラートなら残りの救出対象のところまで、問題なく到着するだろう。
問題はそこから。
明星隊が自分で逃げれるならいいが、ラート機が救出対象抱えて逃げなきゃいけない場合、ラートは戦力外になる。生身の人間抱えて戦闘するのは難しいし、無茶な機動もできなくなる。ラートの強みが完全に死ぬ。
『面倒くさがるのもわかるが、大事なことだから頼むぞ』
「あれっ? 聞こえてました?」
『お前らとは1年に満たない付き合いだが、このタイミングで通信ミュートにしたら何言ったかぐらい察するよ。舐めんな』
「スンマセン」
『ボヤくのも上手くやれ。狙撃と同じように』
「了解」
『お前の方で、明星隊の姿は確認できないか?』
「やってるんですが、機兵は見えませんね」
座標地点周辺は火事が発生していて、火事の煙が邪魔でよく見えん。
作戦区域上空を飛んでいるドローンの視界を借りて見ても、明星隊の機兵の姿は見えない。それ以外の兵器の姿も見えない。
「戦闘は続いてるみたいですね。タルタリカが素通りせず、何かと戦ってる」
『歩兵が抵抗しているのか?』
「不明。ですが、機兵の姿は見えませんよ」
火事が起きていようが、10メートルの巨体が暴れていたらわかる。火器をぶっ放していれば音と光でわかる。
機兵なら敵味方識別信号で位置がわかる。歩兵も同じく位置把握できるはずだが、信号は一切拾えない。だが救援要請は届いている。
「ダスト1、どうもきな臭えですよ。誰かの罠では?」
『タルタリカは獣だ。そこまで頭が回るか? 通信機を使っていたし、確かに女の声が聞こえたぞ』
「ですよねー……。でも、違和感あるんだよなぁ……。敵味方識別信号の反応無いし、タルタリカの動きが、なんか、こう……」
『具体的に言ってくれ』
「いつもより統率取れてる気がします。なんとなく、ですけど」
横目で戦況図を見つつ呟く。
今回の戦闘、タルタリカの行動が普段より狡猾に感じる。
最優先目標救出後、ラート機が噛みつかれていた。小型のタルタリカを囮とし、別のタルタリカが建物の陰から襲ってきたようだった。
まあ、大したダメージは受けてないが――。
『統率云々はともかく、識別信号が無いのは……装備が無いのかもな』
「どういう事っスか?」
『ラートを待ってるのは、おそらく、交国の正規兵じゃねえ』
■title:ネウロン・シオン教総本山<新宿>にて
■from:死にたがりのラート
炎に包まれた街区に突入する。
敵の群れの真っ只中だが、これだけ轟々と燃え盛る炎はタルタリカも本能的に恐怖を抱くらしい。襲ってくる敵の数が明らかに減った。
「タルタリカの攻撃凌ぐために、意図的に火をつけたのか?」
そうだとしたら、苦境でも冷静に手を打ったって事か。
味方生存の希望が高まってきた。どんな優秀な兵士だ? 早く会いたい。
そんなことを考えつつ進んでいると、機兵を見つけた。
ここで戦っていた味方――明星隊の機兵だが、既に破壊されている。タルタリカ共に群がられたのか、大破している。操縦席付近も原型留めてない。
「クソッ……」
間に合わなかった?
いや、まだ大破した機兵を1機見つけただけ。
他の奴はまだ生きているかもしれないし、この機兵の操縦者だって生きているかもしれない。機兵を放棄して脱出できたかもしれない。
そう考えつつ、生存者を探していると、副長から通信が来た。
『ダスト3。座標にいる奴が襲ってくる可能性がある。警戒しろ』
「どういう事ですか?」
『そこにいるのは特別行動――』
「っ……!」
燃える建物の壁を突き破り、中型のタルタリカが襲いかかってきた。
左手の散弾銃で払い除け、右手の散弾銃で仕留める。
……違う。今のは俺を襲ってきたんじゃない。
何かに追われて、やむなく炎を突っ切ってきた?
何に追われていた?
疑問の答えは出ない。左の散弾銃を修復しつつ、副長に話しかける。
「すみません副長! なんですって!?」
『そこにいるのは本当の味方じゃない! 警戒しろ!』
「本当の味方じゃない……?」
副長が何を言っているのかわからず、戸惑う。
戸惑っていると、少し先の十字路にタルタリカが2体現れた。
直ぐ射撃しようとしたが、違和感から手を止める。
敵はこっちを見ていない。
奴らは正面を――十字路の右手側を見ている。
何を見ている?
そんな疑問を抱きつつ、銃を向ける。
だが、撃つ必要はなかった。
奴らが見ている方向から来た黒い影が、タルタリカに襲いかかった。
その影はタルタリカの喉元に喰い付き、建物の壁に叩きつけた。そして素早く身を翻し、もう1体のタルタリカの攻撃を回避。
回避し、鎌の如き爪でタルタリカを真っ二つにした。頭部から尻まで切り裂き、一閃でタルタリカを仕留めた。
「同士討ちか……!?」
俺はそう思った。
その影は、明らかに人間のものじゃなかった。
タルタリカ同士で殺し合っているように見えた。
炎のように揺らめく黒い尻尾。暗い銀色の爪と牙。
爛々と光る赤い瞳。
体毛はタルタリカに似ているが、その姿はまるで狼のようだった。
化け羊とは違う。大狼。
いや、新種のタルタリカ……?
「来るか」
タルタリカ1体を仕留めた大狼がこちらを見る。
いや、1体だけじゃない。2体仕留めている。
最初にやられたタルタリカは、壁に叩きつけられただけじゃない。
壁に打ち付けられた鉄棒に貫かれ、溶け始めていた。
タルタリカは再生能力を持つ。脳を潰さない限り死なない。だがいま溶けているってことは、正確に脳を潰した? 一撃で?
どうやって脳の位置を割り出した。
脳の位置はタルタリカごとに違うのに――。
『待って! 待ってくださいっ!』
「んっ? あッ! バカ! あぶねえ……!!」
こちらに向かってくるかに思えた大狼の前に、人が飛び出していく。
その声には聞き覚えがあった。さっき聞いた明星隊の女の子の声だ。
女の子は俺が止めるのも聞かず、大狼に走り寄っていった。
そのうえ、大狼を庇う形で両手を広げた。俺と大狼の間に割って入ってきた。
大狼も怯えた様子で女の子の陰に隠れる。体長3メートルほどの大狼が、急に子犬のように見えてきた。
『この子は敵じゃないんです! タルタリカでもないんですっ!』
「どういうことだ? いや、そんなことは後でいい! 今はとにかく逃げ――」
『…………! フェルグス君っ! ダメっ!!』
「――――」
修復完了した左の散弾銃を振る。後方に向けて。
咄嗟の判断だった。見るより先に迎撃動作をした。
後方に大狼がいた。
女の子が守ろうとしていた奴とは違う。2体目の大狼。
そいつが機兵の首を狙ってきた。
俺が迎撃のために振った散弾銃を回避――いや、足場に使い、首に迫る。
食いちぎられたところで問題はないが――。
「速えな、オイッ……!」
足場にされた散弾銃で新手の大狼を追い払う。
勢い余って女の子の方に逃しちまったが、心配をする必要はなかった。
『フェルグス君やめて! その人は味方……! 助けに来てくれたんだから!』
『交国軍人は信用できねえ! オレらの世界から――ネウロンから出てけ!』
「しゃ、喋った……?」
女の子に制止された大狼が吠えた。明らかに人語で喋った。
俺を襲ってきた大狼はいきり立ち、再び俺を襲ってきそうに見えたが、女の子が大狼に掴みかかって止めてくれた。
不意打ちされなきゃ勝てる相手だと思うが、今の攻撃はゾクリとした。直感が、機兵に触れられた時点で「詰んだ」と叫んだ気がした。
何でだ……?
勝てる確信があるのに悪寒が走る。
喋る大狼。それを止める女の子。
友軍を助けに来たはずが、理解できない光景を目にする。
困惑していると、さらに理解できない光景を見ることになった。
『アル君……!?』
『アル!!』
最初に現れた大狼。
女の子の背後で怯えた様子を見せていた大狼の体が崩れる。
タルタリカが死ぬ時と同じように溶けていった。
だが、どうやらそいつは死んだわけではないらしい。
大狼の中から出てきた子供が、女の子に抱きとめられる。バケモノの中から人間の子供が出てきた。
さらに、俺を襲ってきた大狼の中からも子供が出てきた。
どっちの子供も10歳前後ぐらいの男子に見える。
どっちも頭に葉っぱをつけている。
『やっぱり、明星隊じゃ無かったか』
「副長。……この子達は?」
追いついてきてくれた副長に向け、問う。
副長は相手の正体を知っているようだった。
俺達の友軍、明星隊を名乗る子供達の正体は――。
『こいつらは特別行動兵。……要は罪人。囚人兵だ』
「特別行動兵……」
10歳くらいの子供達が?
『こいつらは正規軍の仲間じゃない。警戒してかかれ』
副長が子供達に向け、どんな視線を送っているかわからない。
だが、声色は冷たいものだった。
★TIPS等について
TIPSの記載内容は読み飛ばしても問題ありません。
【TIPS:交国軍】
■概要
総兵力1億を超える軍隊。巨大軍事国家・交国の正規軍。
交国は異世界にも軍隊を派遣し、「保護」名目で複数の世界を支配している。人類文明指折りの軍事力と経済力を持っており、その支配に抗うのは難しい。
ラート軍曹は<交国軍・ネウロン旅団所属・星屑隊>の機兵乗りとして、異世界<ネウロン>に派遣され、現地住民の<ネウロン人>を<タルタリカ>の脅威から守るために戦っている。
彼は交国軍が現地住民にどう見られているか自覚していない。自覚しないまま、人々のために戦っている。
■ネウロン旅団
ネウロンに派遣されている交国軍。200機の機兵が配備されている。
航空戦力は乏しく、ほぼ機兵だけで戦うことを求められている。現場の兵士達は「世界規模の戦闘なら、こんな戦力では足りない」という声が挙がっているが、交国本国から増援が送られてくる様子はない。
タルタリカの弱点を突けば安全に殲滅していけるが、現在のネウロン旅団長は「安全」より「速さ」を優先している。そのため旅団の被害が大きくなり、乏しい戦力がさらに減少している。