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【番外】ロシアの巨人との出会い

 ダルイムの街に到着した。ここは随分と賑やかな街だ。行商人が行き来し、沢山の露店では美味しそうな食べ物がこれでもかと言う位にひしめき合っている。


「ムラト。ここがダルイムの街だぞ。昔は寂れた村だったんだがな」ジェームスが案内してくれる。

「ほほう、建国したというのはここだったのか。異国情緒のある街並みだな」


 遊牧民のゲルが多いが、中華風の建物やレンガ造りの建物も混じっている。


「ここはあちこちから人が集まって、こんな風に無秩序な街並みになってます」

「二年前くらいかしらね。ロシアや清と戦争したけど、今では平和なものよ」


 ここは東西貿易の中継基地として、イスタンブールや上海などの都市との貿易が盛んだという。


 かつてのシルクロードも斯くや、という雰囲気だ。


「それにしても料理屋が多いな。量だけじゃない、これ程の各国料理が味わえるとは」

「ムラトさん、料理となると目を輝かせますね」千鶴がクスリ、と笑う。


 そうは言っても、何故こんなにも交易所よりも多い食事処があるのか気になるのだ。


「そうねえ、交易していると食材が沢山持ち込まれるのよ。インドからの香辛料、中国からの乾物に米や調味料。遊牧民が育てた家畜とかね。色々と取り寄せているわ」

「後はお姉様の趣味、と言うのも有りますね。とにかく料理に拘りがあるんですよ」


 あちこちの調理の工程をよく観察すると、共通点がある。野菜の切り方や下拵えの方法、焼いたり蒸したりと言った作業に同じ癖が見られる。自分の調理法と同じなのだ。


「成程、アキラがレシピを教えたと見える。各国の調理方法が全く一緒の筈は無いからね」

「……ムラトさん、ロンドンで覚えた調理の技術だけで、そこまで分かるなんて凄いですね」

「千鶴、私は『和食の鉄人』なのだよ。それ位は見れば解かるさ」


 だが、店の数が多い点はちょっと分からない。まるでロンドンの屋台のような……。


「そうか! ロンドンのカレー屋の様に、宮廷料理ではなく一般人向けに増えていったのか」

「やっぱりムラトさんは観察力があるわね。日本やロンドンでは、むしろ宮廷料理よりもこういう小料理屋が多いのよね。……私の影響は否定しないわ」アキラは苦笑する。


 賑やかな街に沢山の料理屋。うむ、それだけ交易の利益で食事にお金を出せる程、豊かな人々がいるという証拠だ。これは、イスタンブールで広めたいな。料理の知識を生かせそうだ。


「じゃあ、街の見物は一旦止めて、ここのハーン様に会いに行くわ。皆ついて来なさい」

「爺さん、死んでねえだろうな。俺達の子供を見るまでは死なないと言っていたが」

「……お爺さん、なんて事考えているのよ。まったく、いっそ本気で作ろうかしら?」


 ジェームスとアキラが大笑いしている。年齢的には、焦る必要はないと思うが仲が良い事だ。


 千鶴は『倦怠期の夫婦』と言っていたが、そうでもない様だ。



「ただいま、お爺さん。元気してた? ここのゲルだけは変わらないわねぇ」

「おお、お嬢。よう来たのう。ここだけは元のまま残そうとしておってな。『帰ってくる場所』はそのままの方がええじゃろう?」


 飄々としたご老人だ。……何処か憎めない感じがする。人の好さそうな雰囲気を感じる。


「初めまして、ムラトと言います。ご老人が此処のハーン様という訳ですか」

「おお、また新しい仲間が出来たのか。良い人との出会いがあったのじゃな」

「そうね、変人が集まるのはいつもの事よ」アキラは苦笑する。


 私はそんなにも変人だろうか? いつも普通に、と振舞っているつもりだが。


「皆に変わりはない? 変な事が有ったり、揉め事とか……」

「ああ、ロシアからの使節団が来ておる。……魔道具工房に通っておる変な奴がおってな」

「どんな人なの?」

「ああ、とにかく大きな男性でな。ピョートルとか言うらしい。別に『魔導石』を調べようとしている訳ではない様だが。もう一月近くあちこちを見て回っておるわい」


 魔道具工房か。街中の魔道具屋はとにかく種類と売値が安かった。どうやったら、あんなにも安く作れるのだろうか?


「じゃあ、私はお爺さんと重要な話があるし。二手に別れましょうか」

「そうだな、俺は魔道具工房に行く。新しい魔道具を教えたいしな」

「私も同行しよう。魔道具にも興味がある。今後の為にも是非仕事場を見たい」


 オスマンでも魔道具の製造は工場で生産している。貿易品として大量に簡単な魔道具を作っているが、イギリス辺りとの価格競争で少し押され気味だ。


 是非とも、今後の発展の為に詳しく知りたいものだ。


「ジェームスさんが奇行に走ると思いますが、いつもの事ですから無視して下さい」


 ジェームスも変人である事は知っている。千鶴はああ言うが、技術者なんてそんなものだと、ロンドンでは思ったものだ。



「俺達は、暫く街中を見物します。……メル、はしゃいで迷惑を掛けるなよ」

「何よ、ホルス! いい加減、レディーとして扱って欲しいわ! いっつも子ども扱いして!!」


 仲が良い事で微笑ましいものだ。恋愛関係はまだ詳しくないが、応援したくはなる。


「ホルス君、朴念仁ですからねぇ……。メルちゃんも苦労しそうです」

「……千鶴から、何かアドバイスはしないのかね?」

「ええ、お姉様相手に散々やって『人の恋愛に首を突っ込む』のは不毛だと知りましたから」


 ああ、その顛末を聞いたが酷いものだった。確かに、変に気を揉むだけで得るところが少ないとは思う。


 ……それに、我々自身もその手の経験はあまりないからなぁ。


「ホルス君、わざとやっているんじゃないかと思う程、鈍感ですから。頭は良いのに……」

「ははは、ひょっとすると関係を壊すのが怖い、と思っているかもしれないよ」

「……十分考えられますね。ますます放置で決定です」


 どうにも、ここのメンバーの恋愛観は問題ばかりしかない。人の事を言える立場ではないのだが……。


「ま、いいさ。時間が解決してくれるだろう。我々は魔道具工房に行こう。千鶴は詳しいのかね?」

「そうですね。東洋の魔道具なら、ある程度は知っていますよ」

「じゃあ、案内を頼もうかな?」と言って手を握る。


 ……どの辺から『恋人』になるのかは未だに分からない。随分とこういう事が自然と出来る位には進展したのだが、その先が分からないのだ。


 そもそも、これだけいても誰も『恋人』になった事のある人物がいない、と言うのが問題だ。頼りになりそうなのはグレッグさん位か。まったく、普通の事と言うのは存外難しいものだ。



 魔道具工房に行くと、一目でわかる大男が居た。この人物がロシアの使節団の人か。楽しそうに工房の子供や女性と打ち解けている。体の割に人懐っこい雰囲気だ。


 ……何となく、親近感を覚える。何故かは知らないが、自分とよく似ていると思ったのだ。


「おお、お客さんかな? 私はピョートルと言う。ここには魔道具が沢山あってねぇ。実に良い」

「そちらも魔道具に興味をお持ちか。私はムラトと言います。ロシアの方なんですか?」

「ええ、ヨーロッパから魔道具を買おうとすると、ビックリする位高くてね。ここは信じられない位安いんだよ。往復の費用を込みで大儲け出来る」


 成程、何故魔道具が安いかは知らないな。大量生産、と言うだけでは説明が付かない。


「どこも同じなのですな。魔道具や『魔導石』にはいつも悩まされます」

「ああ、そちらもか。アラブの方とお見受けするが、やはりヨーロッパと比べて悩む事は多いのかね」

「……技術格差が酷いですね。最優先で学んでいますが難しい」


 何故か、話が合う。どうやら官僚なのだろう。国の運営に詳しいのも納得だ。


「ピョートルさんもお仕事で魔道具を取り扱うのですか?」

「個人的な趣味なんだよ。物を作るのは楽しいからね。船の作り方は造船所まで行って覚えた。最新技術に興味があるのさ」

「ほう、政治家なのに造船所……あれ?」


 どこかで聞いた事がある。確か……あれだ、偽名で外国の造船技術を学んだとか言う、そんな人が居たような?


「ムラトさん、どうしました?」

「ピョートルさん、貴方ただの外交官じゃないでしょう。失礼ですが、どのようなお仕事を?」

「……皇帝ツァーリだ。まさかバレるとは思わなかったよ」


 やっぱりか! 私が憧れていたロシア皇帝ツァーリと直接会えるとは! しかも、こんな異国で。


「あの……何でそんな偉い人がこんな事を?」千鶴は首を捻るのも無理はない。

「皇帝なんてどこだって一緒さ。肩書ではなく、一人の人として扱われる事に憧れるのさ」

「ムラトさん、もしかして貴方も?」


 全く、とんだ『運命』の巡り合わせだ。お互いそうとは知らずに、仲良く話をしてたという訳か。


「私も皇帝スルタンなんです。人生経験を積むため、こっそりと活動しています」

「はっはっは、まさかそんな人間が偶然出会うとは。世の中は面白いな!」


 お忍びで一般人の生活を楽しむ皇帝が二人、大笑いする。そりゃ親近感も沸くだろう。


「意味が分かりませんよ。何で二人で笑っているんですか?」

「私が憧れていた人に会えた偶然と『運命』の女神達の悪戯にビックリしているんだよ!」

「ムラト、お互いヨーロッパに負けない国を造ろう。ここの責任者に掛け合って、技術を教えて貰おう」


 それは面白そうだ。私には、料理に続いて魔道具をマスターする良い機会かもしれない。


 どうにも、世の中広いと思っていたが。実はどこかで繋がっているのかもしれない。


 私は、どうやら一風変わった友人が出来る事を、心から喜んだのだった。

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