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88.封印の丘にて

 ダルイムの街までの道すがら、ムラトさんは様々な世界に興味津々である。千鶴ちゃんに質問しては、うんうんと頷いている。


「あの二人、良い感じねぇ。いつ頃結婚するのかしら?」

「……まあ、何処かの誰かさんみたいに暴走する訳じゃねえしな。普通に期限ぎりぎりまで恋人気分を味わうんだろう」ジェームスは溜息を吐きながら答える。

「悪かったわね。甘い恋人生活を満喫させられなくて!」


 千鶴ちゃんが野宿する時に、星座の話や航海の思い出話など色々と語っている。確かにアラビアンナイトである。随分と魅力的なシンドバッドだ事。


「なあ、最近は人助けはするが、別の世界にはあまり積極的じゃなかったよな。……元の世界に戻る事を諦めたとか、考えているのか?」ジェームスが心配そうに呟いた。


「……もう、四年になるものねぇ。こっちで色々な人と出会って掛け替えの無いものもあるわ。正直な話、今更戻っても……と思う事はあるわね」

「そうか、諦めてはいないんだよな?」


 どうなんだろう? まだ、今なら元の世界で暮らすという望みも少なからずある。だが、その為に手放さなければならないものが増えているのだ。目の前の男性とかね。


「……ジェームス、もしもの話よ? 私が元の世界に戻ったとして、付いて来てくれる?」

「今更だな。腐れ縁ついでなんだ。何処までだって行ってやるさ!」

「ありがとうね。もしもついでに聞くけど……子供、好き?」


  ……無いとは言い切れない。いつかはそうなるかもしれないので、聞いてみたかったのだ。


「子供か……エリオさんみたいに三歳児にナンパする趣味は無いぞ?」

「そっちじゃないわよ! その……子供、出来ちゃったらどうする……って事」


 あ、予想外の質問に固まっている。


「その……あれでこうなって、妊娠する……って意味か?」

「そうよ! 恥ずかしいんだから、もう少しオブラートに包んで!」こっちも顔から耳まで真っ赤になる。


 実際の所、その辺の事は可能な限り気を付けてはいる……。万が一、という奴なのだ。


「……そうだな、グレッグを見ていると少し羨ましい事もある。マリアちゃんみたいな女の子だったら、甘やかしそうだ」

「ふふっ、そうね。ああいう子だったらいいね」

「男の子だったら、酒を飲んだり博打をしたり……」


 ジェームス、何をさせようとしているのよ。まったく……。


「子供の教育に悪そうだから、止めなさいよね。もう、真剣に考えてよ」

「……そういう事をしたいのか? その、本気で子供を作る気が……」

「だから、もしもの話って言ったじゃない。一応、無いとは言い切れないでしょう?」

「うーん。実際問題として、そういう実感は無いかなぁ。そりゃ可能性はあるが……」


 少し不安になって来た。勢いに任せてきた私だが、そろそろ年齢的にも気を付ける時期だと思う。



「……変な話になっちゃったわね。その……モーズリーさん曰く『やれば出来る!』って言ってたけど」

「そうだな……その時はその時さ。問題を目の前にするまで覚悟なんて出来ないぜ?」

「ふふっ、まったく。子育てしながら、新しい世界探しなんて出来ないからね。そうなったら、何処か一カ所に落ち着くのかも……」


 そうする、とも決めていない未来の話なんて意味が無いか。今は、こいつと一緒に歩き続けたいだけ。


 そのうち、気持ちが変わって『子供を産みたい』なんて考えるのだろうか? お母さんにでも相談しようかしらね。


「ダルイムの街でしなきゃいけない事、増えちゃったな……」小声で呟く。

「あんまり思い詰めて暴走するなよ。こっちは良い迷惑なんだから」

「分かってるって。将来の事位、少しは考えたって問題無いわよ。むしろ慌てないためにも必要なのよ!」


 しかし……こっちに来た時とは、ずいぶん変わってしまったと思う。


 こいつとの関係もそうだが、色々と人との縁が増えてしまった。性分なのだから仕方がない。


「皆で幸せになれたらいいね。あの時は大変だった、と思い出話が出来る位に……」

「そうだな、後悔だけはさせないようにしてやるさ。気持ちの問題だろ?」

「そうね、ジェームス。どうにかなるわよね」


 どうにも、千鶴ちゃん達を見ているとそんな事ばかり考えてしまう。


 ……答えの無い疑問は、置いておいて目の前の課題に集中しよう。


「お爺さんに『門』の事を聞いてみようと思うんだけど、知っていると思う?」

「恐らくだが、あの呪いの魔道具が伝えられていたんだ。昔からの言い伝えがあると思うぜ」

「……そうね、因縁があるなんてものじゃ無いものね」


 偉大なる大ハーンの帝国。古代ローマを滅ぼしたという事なら、そこへ行った筈だ。何か情報があるのが普通だろう。ただ、どうしてこちらに古代ローマ人が接触してこないか?


 そこまでは分からない。行き当たりばったりなのはいつもの事だが、調べるしかないか……。


「それで……少し肌寒いここで、子供を作りたいのか? 刹那的な享楽に耽るのか? それとも、愛情を深め合うのかな?」

「全部一緒じゃない、それ。……じゃあ、三番目でお願いします」

「まったく、突っ走ったり悩んだり忙しいな。素直にそう言えばいいのに」

「……もう少し、ロマンティックな成分が多めに欲しいのよ。ジェームスはそこら辺が駄目よね」


 とっくに『乙女心』は無くなったが、ロマンは欲しい。やはり、女性としてそういう事には憧れるものなのだ。


 私達は、千鶴ちゃん達に気付かれない様、互いの愛情を深め合うべく夜を明かしたのだった。



 ダルイムの街に着いた。あれから、清やイスタンブールの交流が深まった結果、様々な建物が入り混じって来た。随分と露店や食べ物屋が増えたものだ。


 だが、お爺さんのゲルは変わらない。むしろ回りと比べて少し貧弱な位だ。個人的には思い出の建物なので嬉しい事なのだが。


「お爺さん、お母さん。ただいまー。久しぶりだけど元気だった?」

「おお、お嬢。よく来たな。最近顔を見せとらんかったから、心配しておったぞ。イスタンブールでオスマン帝国に力を貸しておる、と聞いたが」

「ええ、そっちは一段落ね。何か変わった事あった?」


 まあ、変わってない事の方が少ない気がする。随分と人も増え、そろそろ井戸の増設が必要そうだ。魔道具工房で、自給自足しているらしいが。


「そうじゃな、ロシアから使節団が来ておる。交易をしたいそうなのだが……変な奴がおるな。長身で人懐っこい男性じゃ。魔道具工房で目をキラキラと輝かせておってな。その……ジェームスみたいな奴じゃわい」


 ……また変人か。どうにも難儀な『運命』の巡り合わせである。


「うん。その内出会いそうというか、勝手に付いて来そうね」もう、その辺は諦めている。

「まあ、気になったら魔道具工房に顔を出せばええ」

「そっちはジェームスに任せるわ。お爺さん、ちょっと込み入った話がしたいの。人払いして貰える?」


 推測ではあるが、代々のハーンしか知らないとか普通にありそうなのだ。細心の注意を払う。


「じゃあ、私達は魔道具工房に行こう」ムラトさん達とジェームスはそっちか。

「僕達は、街巡りをしてきます。前より賑やかなので、メルが行きたがって……」


「うん、夕方にここへ集合って事で。宴会するんでしょ?」

「そうじゃな、手配しておこう。息子は忙しくてな。こういう時でもないと、ゆっくり出来ん」


 お爺さんとお母さんが笑いだした。


 息子さんのハードワークを避ける為に、もう少し権力の分散が必要そうだね……。



「それで、聞きたい事とはなんじゃね?」

「恐らく、古代ローマに攻め込んだであろう『門』があったと思うの。昔の伝承とかで思い当たる事は無いですか?」

「……ふむぅ、そうじゃな。ウチの一族に伝わるおとぎ話がある。地獄に繋がる穴を偉大なる大ハーン様が埋められたと。封印の丘と呼ばれる場所が実際にあるわい」


 ああ、有りそうだわ、それ。多分『門』が出る地点を土で覆いつくしたのだろう。どれくらいのサイズかは不明だが、掘り返すのは一苦労だろう。


「『墓所』から更に馬で小一時間と言った場所に、大きな丘が残っておる。言い伝えで近寄ってはいかんと言われておった。成程、報復を恐れてそんな事をしたのじゃろうな」

「詳しい場所を後で教えて貰うわね。一部を切り崩して『門』を通ろうと思うの」

「構わんよ。もう数百年も前の話じゃ。きっとわし等の事なんぞ忘れておるわい」


 ふぉっふぉふぉ、とお爺さんは笑った。まあ、確かにそれだけ時間が経てば恨みも消えるだろうか?


 その辺りさえはっきりすれば、行ってみたい世界ではあるのだ。


 何と言っても魔法技術である。失伝したものがあるとしても、古代の技術はロマンなのである。異論は認めない。


 まずはその丘を何とかしないといけないが、人数もいるし何とかなるだろう。



「そういう訳で『門』があるらしい、その丘を何とかしましょう!」

『おう!』と、力自慢の人達を集めた。魔法で破壊するのは影響が怖い。レイ君はじめ、体力自慢で掘り進めよう。


「ムラトさん、その巨漢の人も手伝ってくれるの?」例の変人かぁ。……何だかいやな予感がするなぁ。

「ええ、友達になりました。……そのですね、ロシアの『ツァーリ』なんですけど」

「『ツァーリ』って何?」どこかで聞いたような気がしなくもない。


 魔道具工房組は、何だか妙に困っている。何なのよ、一体。


「ロシア皇帝の初代、ですね。どうも私と同じような感じで魔道具を見に来たそうです」

「へ? 皇帝って……マジで?」

「アキラ、現実を受け入れろよ。変人と出会うのはいつもの事だろ」

「そんな事言ったって……。まあ、こうなったら今更ね。よろしく」


 そろそろ、諦めが肝心だ。皇帝陛下のオンパレードだわ。まったく、『康熙帝』に『ピョートル大帝』かあ。何だか、もう皇帝の名前が軽く感じられる。


「しかしまあ、妙な出会いもあったものね。ムラトさんの憧れの人じゃない」

「私も驚きましたよ。でも、良い人です。お互い魔道具をジェームスさんから教えて貰う事になりました」

「全く……もう来ないよな? 変な皇帝はお腹一杯なんだ」


 確かに。全員会わせてみたいという欲求は抑えておこう。別に歴史が変わるとは思わないし。


「ともかく、ピョートルさんって呼ぶわよ。いちいち畏まっていられないわ」

「ああ、私もその方が嬉しい。よろしく」


 ともあれ、あれだけの巨漢なのだから今回の丘を崩すのにはぴったりだ。そんな事させていいのか? と言う疑問は放り投げる事にする。


 大体、そこのレイ君に至っては『破壊神を破壊した男』なのだ。皇帝よりもレアである。


「全く、変人共の相手ばっかりでこっちは良い迷惑だわ」


 私は、『運命』の理不尽さを感じながら、ともかく気にしない事にした。

 何の気なしに調べたら、丁度この時期に『ピョートル大帝』と戦った事になってました。


 面白いので、ふらふらと仲間にしてみようかと。


 逸話が面白い偉人ですし。変人枠、という事で。放浪する皇帝二人組と言うのも面白いでしょう。

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