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【番外】ロンドン 味勝負

 負けた。完敗だった。やはり、経験の差がモノを言ったのであろう。ダニエルは素晴らしい料理人だ。


「いや、こちらも僅差だったよ。まさか、和食にイギリス料理を加えるとは思いませんでしたよ」

「そっちこそ、まさかフレンチに和食とイタリアンの組合せとは。想像もつかなかった」


 『魔改造』という名の料理勝負。こちらの浅はかさに言葉も出ない。こちらが安全策を取ったのが敗因だ。まだまだ精進が足りない様だ。今回のお題は『魚』だった。


 自分が用意したのは、スターゲージパイにくさや。強い匂いを消すための香辛料の組合せに満足してしまった。ダニエルは、アンチョビやサバの燻製をムースで包みピッツァにしたものだ。隠し味に出汁と豆腐でまろやかな味に仕上げている。


「いえ、あのムラトさん。ひょっとして、元の目的を忘れていません? 料理はあくまでも手段だった筈ですよ」千鶴の一言で我に返った。

「……そうだったな。つい面白くて夢中になってしまった。屋台は暫くお休みにしよう。少し後ろ髪を引かれるがね」


 沢山の思い出が出来た。切磋琢磨する相手もいた。……料理に拘るのはこれ位で良いだろう。


「私も楽しかったです。普通の生活って感じがして」

「そうだね。楽しんでくれた皆には悪いけど、他の世界も気になる。寄り道はこれ位にしないと……」

「大丈夫ですよ。きっと、戻ってもその機会はありますから」


 そうだな、ここの経験を臣民達に振舞うというのも楽しそうだ。……ミドハトには呆れられそうだが、それ位は許して貰えるだろう。


 私にも楽しみが出来た。次は違う何かに取り組むのも良い。千鶴と一緒なら、何でも楽しい思い出になると確信出来た。


 関係は少し進展したが、まだ少しぎこちない。いずれは、正式にお付き合いを申し込みたいと思う。



「でね、新しい世界を見つけようと思うのよ」アキラ店長はそんな提案を切り出した。

「ふむ、未開の世界を切り開くという事かな。大変だろうが、良い経験になりそうだね」

「俺達も付いていきますよ。仲間外れは御免です」

「俺、頑張る!」


 それぞれ、目標が切り替わったようだ。何にせよ、こういう体験も良いだろう。ダルイムの街は、今まさに法律を試行錯誤しているという。そちらも気になるし、ジェームスが魔道具工房で色々と計画を立てているらしい。


「暫くこっちには戻ってこない。準備や手続きは済ませておけよ」

「私も丁度、料理対決で完敗してね。良い機会だ。屋台は閉めるか誰かに引き継ごう」

「ムラトさん、随分とあっさりしてるわね。ロンドンは満喫した?」


 アキラ店長は、私を見てにっこりと笑った。自由に行動出来たという点で満足している。人々の生活や悩み、激動の時代と言うものを自分で体験して本当に良かった。


「ああ。良い思い出になったし、この街のような雰囲気を目指してイスタンブールを発展させてみたい」

「そうね、きっと楽しくなるわ。あっちでもみんな頑張っているでしょう。『明日はきっといい日になる』よ、ムラトさん」

「その通りだ。もっと経験を積みたいね。他の世界にも行こう、きっと楽しくなる」


 それにしても、古代ローマか。因縁の相手になる。『オスマン帝国』にとっては因縁の宿敵ともいえる。どのような生活をしているのか、政治や暮らしを知るのにはもってこいだ。


「まずは調査が先決よ。あちこちから聞き取りをして世界の様子を観察しないと。出来れば拠点になりそうな場所を見つけたいわ」

「……俺は、魔道具の調査がしたい。進んだ技術を学びたいね」

「護衛は任せて下さい。メル、レイ。しっかりと守るんだぞ」


 それぞれ目標と役割が出来たようだ。さて、自分はどうするか。……何か興味を引きそうな事を探すのも良い。知識を生かして自立するのも面白そうだ。


「……アンタ達、どんな世界か分からないからね。争い事や目立つ事はしちゃ駄目よ!」

『あんたが言うな!』と、皆でアキラに反論する。まあ、今までの経緯を見ていればそういう反応になる。


 ともあれ、一週間後に出発となった。グレッグ一家が戻ってきたら出発だ。途中本部に寄るという。



 私の件については、サンダースさん経由で伝えている。一応、グレーゾーンだが問題は無いとの回答だった。


 史実とは、ずいぶんと異なっているようだ。その『第一次世界大戦』と言うものに影響をどれだけ与えるか、という事らしい。大勢の人が死に、列強に食い物にされて酷い事になるのを防ぎたいと思っている。


 それまでに先進国として、国を立て直す。結果的に争い事が少なくなれば、ある程度の歴史改変は許容出来るらしい。今は猶予期間であるが、経済・軍事とやらなければいけない事は山積みだ。


 イギリスからの借款は、徐々に返済出来ている。既に三分の一は返済済みとなった。


 ……元々の国力があるのだ。ちゃんと工場が働けば、財政的には余裕ができる筈だ。その為の『タンジマート』だし、技術の国産化と国民意識の向上を進めている。


 聞いた話によると、史実では西洋からの借款で破産宣告し、首が回らない程の重税と各工場や海軍の維持費で、どん底にまで突き落とされる、との事だ。……何とも酷い話である。


 タイムリミットは、直近のエジプト遠征とロシアとの対決である。現状、少々陸軍が弱い。どうにかならないかと悩むが、一人で出来る事などたかが知れている。


 とにかく、教育制度の結果が出て優秀な士官や官僚達が揃って来た。政務も順調と聞いている。何か問題が起こればとんぼ返りするところだが、出来るだけ自らの力で対応する習慣を学んでもらう、と言う方針だ。


 皇帝からのトップダウンではなく、民衆からのボトムアップという事らしい。とにかく今は教育と意識改善に全力を注ぐのが最優先だ。


 何とももどかしいが、今出来る事は色々な世界から知識を学び、近代化改革を推し進めるしかない。



 悩んでいる事を千鶴に指摘された。そんなに顔に出ているのだろうか。


「大丈夫ですよ。お姉様と出会って、後悔した人は居ません。『きっと明日はもっといい日になる』ですって」

「ははは、そうだったね。ありがとう、気に掛けてくれて」

「少しはお役に立てましたか?」


 全く、一人で抱え込む癖は皆から注意されている。中々、そう言う習慣は治せないものだ。


「私は幸せ者だね。皆に支えられていると感じるよ。もちろん千鶴にもだ」

「ええ、仲間ですもの。お互いに支え合うんですよ」


 当然の様に言われると安心出来る。やはり、自分には得難い隣人である。もっと一人の人間として成長する必要があると心に刻んだ。


 いつか、自信を持って一人の男性として千鶴に求婚するつもりだ。その為にも、自分の出来る事や知識を蓄えなくては。もう、皇帝に拘る気持ちは薄くなった。


 かつて、自分は『皇帝として生まれ、その為に生きて来た』と思い込んでいた。それが当然だと思っていた。


 だがそれは傲慢で世間知らずだった。今は、皆を頼り協力する事を学んだ。一人で出来る事など限られている事を知ったのだ。


 ロンドンの街並み、人々の生活。そして、楽しい料理屋の毎日。全て私の糧となっている。幾らでも学ぶ事はある。まったく、出来るのならば二年と言わず、延長をお願いしたい位だ。



 とはいえ、まだ時間は残っている。……世界は広い。様々な因縁と歴史の積み重ね、人々の想いが絡み合うという事は理解した。


 これからは、その解決法や対策も考えなければ。


 やる事は一杯あって、終わりも見えない。だが、やらねばならぬ事である。我が臣民の未来を背負う義務がある。それだけは忘れる事が出来ないのだ。


「……やはり、私にはまだ、経験が足りない。千鶴、一緒に付いて来てくれるかね?」

「ええ、もちろん。色々な事をしましょう。きっと楽しくなりますよ」

「……そうだな。もっと人と接して、悩み考えよう。私の義務は続くのだ」


 ほんの僅かな猶予期間。いずれは、人を導く立場として歩まねばならない。……だが、私にはもっと必要な事がある。その為には、自由に思うがままに人生を楽しむ義務があるのだ。


 ……全く、楽しくて自分の責務を忘れそうになる。まだまだ、私だけの時間は続くのだ。


 私は、未知の世界でどのような出会いがあるのか、期待と不安で喜びに震えるのだった。

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