【番外】変人達のティータイム
「今日は、昼休みが終わったら休業にするぞ。船に詳しい者達とのお茶会、と言う名の式典がある」
「あぁ、マードックさん達との集まりですか。……ショックを受けると思いますけど、良い人達ですよ」
千鶴が少し苦笑しながら、教えてくれる。アキラ店長からは「いつまでも、料理を作っているのも趣旨に反するでしょう。丁度、最新の技術を持つ人達と会う機会があるわ。……まあ、変人だけどね」と聞いている。
イギリス式のティーパーティをするらしい。噂では、イギリス料理の中でも特に豪華で美味しいと聞いている。そちらも楽しみなのだが、二人ともその人達を話す時は、諦めの表情を浮かべている。
「変人と言っても、一流の技術者なのだろう? 良い話を聞けると良いのだが……」
「そうねえ、ムラトさんには『世界には想像を絶する変な奴が居る』と言う経験も良い機会でしょう」
「……そうですねえ、基本的に変な言動はスルーするのをお勧めします」
何故、アキラ店長も千鶴もそんな顔をするのだろうか?そういえばジェームスもうんざりとしていた。
「アキラ店長。せっかくですし、本場のアフタヌーンティの作り方も教えて下さい」
「ムラト君も変人よねぇ。そんなに料理に拘るとは思わなかったわ」
「そうは言っても、実益もあるのだよ。毒見が必要無いというのは大事な事なのだ」
そう、立場上毒を盛られる心配は絶えない。自分で作れば問題無しという事だ。暖かい飯に勝るものなしだ。
「私としては、預かると言った手前、ちゃんと技術を教える必要があるし……。ま、悪い遊びを楽しむよりはずっと健康的ね」
ジェームスと一緒にブックメーカーにも行った。競馬にカード賭博、中々楽しい経験ではあるのだが、やはり自分には遊びよりも仕事が楽しく感じる。
「全く、ムラトは真面目だよな。アキラそっくりだぜ」ジェームスは呆れている。
「でも、カード賭博で確率の計算をするのは、才能有りますよ」ホルスも一緒に賭博を楽しんだ。かなりギャンブルには強いらしい。
個人的な興味で言えばどちらかと言うと、ディーラーとの駆け引きの方が好みである。交渉事にも相手の考えや相手を嵌める方法など、そちらで学ぶ事の方が多かった。
……自分の知らなかった一面だが、どうにも物事を楽しむよりも観察する方に興味を惹かれるのだ。
競馬だって、馬の状態や肉付きを見て良さそうな馬を選ぶ方に気が行って、ギャンブルよりもそっちに興味が沸く。
ジェームス曰く『ギャンブルはロマンなんだぜ! 一攫千金に心が躍るのさ』とは言うが、いつも無一文になるのに、ロマンがあるのだろうか。
人には向き不向きがある。ギャンブルも人生の息抜き程度なら、健康衛生上良いのだろう。国に帰ったら公営の賭博を考えてみるのもありなのだが、残念ながらイスラム教で賭博は禁止されている。
競馬自体は良い見世物だし、そう言う方向なら楽しめるかもしれない。ポーカーやバカラ、ブラックジャックと言ったカード遊びも、駆け引きを楽しむ競技として良いのかもしれない。
金を掛けなければ、イスラム教に反する事も無い。手遊び程度に楽しむのは良い事だろう。
ジェームスはチェスが上手い。男連中で集まってリーグ戦をしたが、誰もジェームスには勝てなかった。
どうやら、相手を騙すという点で思いもよらない手を打って来る。自分は、戦略が素直過ぎて弱いと言われた。
チェスのような遊戯自体は、元々イスラムの発明だ。しかし、こちらで洗練されたチェスはとにかく奥が深い。今では、その道一筋に生きる者もいるという。
「俺様にチェスで勝とうというのは、十年早い。ホルスなら良い線行きそうだがな」
「まだ慣れませんね。終盤まで温存しようとするのが悪いみたいです」二人の会話に入りづらい。
「……面白いな。このようにシンプルで、駆け引きが大きく勝敗を左右する遊戯とは」
暫く、この対戦は続けたいものだ。恐らくだが、この遊戯は戦争の指揮にも役に立ちそうである。
「全く……ムラトがイスラム教徒じゃなかったら、賭けが出来るのにな。金が掛かった勝負で負けた事は無いぜ!」
ジェームスは悔しそうに言うが、顔は笑っている。こうして同年代の男同士でワイワイやるのは、とても楽しい。皆でウイスキーを飲みながら歓談する。私が酒の肴を作って、皆でつつき合う。
「うん、美味い酒だな。出来れば勝利の美酒を……となれば良いのだが」
「まだまだ、精進が足りないぜ。暇があったら、また皆でやろう。あぁ、ムラト。お前の癖はクイーンを動かし過ぎる事、それとキングを守らせ過ぎる事だ。もう少し意識しろよ」
「成程な、良い事を聞いた。次は出来るだけ粘ってやるとしよう」
「良い返事だ」皆で笑い合う。後宮に居た時には思いもよらなかった楽しさだ。
お茶会当日、世の中は広いと感じた。選りすぐりの変人がロンドン中から集まったかと錯覚する。今日はロンドン~プリマス間の鉄道の落成記念式典の集まりだ。
「へい、スポンサー様! イカす、イカすぅ―!」
「フルトン! あんた機雷なんて変な物造って! こっちはいい迷惑よ」
「まだ、設計だけなんですけど。何か問題が?」
あの人が機雷を発明したらしい。どうにも、何を言っているか分からない変人だ。
「一般人が巻き込まれるのよ。何とかなさい!」
「じゃあ、軍用船の鉄にだけ反応するように磁石を付けるよ! イカすぅ―!」
お互い気心も知れているのだろうが、何を話しているのだろう?
「なんだ、ジェームス。まだ子供は出来ないのか? 『やれば出来る!』は合言葉だぞ」
「モーズリーさん、そうポンポン出来る訳無いだろ。忙しくて暇がねえよ」
「社長、こいつが『鉄道バカ一代』スチーブンソンです。ほら、今回の支援をして下さったスポンサーだぞ」
「ブホホホ、俺の夢だった鉄道が遂に完成しました。スポンサー様、ありがとうございます」
「良いのよ、思ったよりも随分早かったけど。大金を援助した甲斐があるわ」
そんなに大金を使える程、アキラ店長は儲けているのか。貧乏国のうちから見ると羨ましい限りだ。鉄道自体は知っている。恐らく、一般人向けにも需要はあるが、本質は商業と軍事に直結する。
大人数の兵員や軍需物資を送りだせば、あっという間に戦争が終わる。そういう事だろう。
「いえいえ、今度はエディンバラですよ! イギリス中に鉄道を張り巡らせさなきゃ!」
「……社長、援助切りますか?」
「マードック、今更だわ。こうなったら、思い切りやるのよ!」
……何か違うかもしれない。どうにもここにはまともな人間が居ない。千鶴も呆れ果てている。
「社長、我々はプロペラスクリューの開発に成功しました! これで夢の二十ノットが実現出来ます!」
「マードックさん、素敵! これで『吠える四十度』を超える船が造れるわ!」
「全く、あんた達はもう少し加減を言う物を知りなさいよ。千鶴ちゃんもそれに拘らないの!」
……千鶴も変人であったか。何と言うか、カオスである。とりあえずお茶を飲んで落ち着こう。
「アキラ店長、このポットは良い出来ですね。光沢といい、滑らかな曲線も上品です」
「ええ、それは私のとっておきよ。景徳鎮で作られた皇帝陛下への献上品なの。非売品よ!」
アキラ店長はお金の話になると饒舌になる。非売品と言う、プレミアな価値が良いのだろうが。
成程、わが国でもこういった陶磁器を造れないものか。専門家が居て、ぴったり条件に会う土探しから始まる事になるが。
今の所、その暇はない。オスマン帝国全土では『魔導石』の産出地を血眼になって探している。
ここに来て分かったが『魔導石』の有る無しで国家の力が決まる。イギリスが列強として発展しているのも、海外植民地から持ち込まれる『魔導石』市場の利益が莫大だからだ。
我が国にも産出地はある。既に最優先で『蒸気機関』を導入し、採掘効率を上げている。だが今後の近代化には、それでも供給が追い付いかないのだ。
今後の発展には『魔導石』が必須であるため、アラブ地方を中心に調査を継続している。ジェームスの造ったダウジングロッドで鉱脈を見つける為に、随分と人員を割いている。
……フランスの辿った末路を考えると、放置出来ない問題だ。技術も人員も、皇帝自身も英雄である筈のフランスは、『魔導石』が無い為に、国が揺らいでいる。弱ければ、他の列強の食い物にされる。
幸いアラブ地方は、今まで未開発である。ちょっとでも良いから自国で産出出来る様に、力を注いでいる。
皇帝ナポレオンが失脚する過程をアキラ店長から聞いている。不良品の魔道具を貿易で渡して、一方的に海でも陸でも蹂躙したそうだ。そこ迄するか、と戦慄する。
結果、ナポレオンは島流しの憂き目にあい、捲土重来を企んでいるようだ。国民は共和制となった自国の政治に歓喜しているし、独裁者が追い出せた、と喜び合っている。
まったく、生き馬の目を抜く様な凄惨な話である。
私は、自国の未来を憂いてこの変人達から、最新の技術を聞き出してやろうと心に誓った。




