86.文明開化とアラビアンナイト
「何はともあれ、無事に計画が成功した。これからは『タンジマート』の達成を目指し、皆で協力したい」
皇帝陛下となられた『ムラト5世』からの挨拶が始まった。
そうだ、やっと商売の話が出来る。今まで慣れない謀略と政治に、ずっぽり首まではまり込んだ甲斐があったと言うものだわ。お金儲けはやはり楽しい。この規模での活動と言うものは、今まで経験が無いのだ。
「まずは『魔導石』の産出を最優先にしたいわ。工業化には必須だし、南北戦争向けに魔道具の需要は高いわ。現状の鉱山に『蒸気機関』を導入するだけでも、ある程度の自給が出来るしイギリスからの輸入を辞めれば、借款が返せるわね」
色々と手を付けてはいるが、国全体の財政的には若干黒字と言った所だ。今後の事を考えると、産出地自体も探さないと。
「ああ、アーリ様。『魔導石』の産出地、探しては居ないのか?」ジェームスが質問する。
「そうじゃな、探してはいるのだが領内は広い。砂漠で針を探すような状態だな」
「そうか。アキラ、ダルイムの街で使ったダウジングロッド。あれを使えばいいんじゃないか?」
役には立たなかったけどね。確かに、ちゃんと機能はしていた。『魔導石』専用に出来るの?
「普通は、そっちが本来の使い道さ。フランスからは矢のような催促があるが、渡さないようにしている」ジェームスは下卑た笑いをする。フランスには恨みしかないので、当然の対応だ。
「そうね、じゃあ『蒸気機関』の工場と、魔道具工房での作業はそちらを優先しましょう」
「他に良い対策はあるかね?」
「そうですね、青年改革派からの要望で仕事を斡旋して欲しいとの事です。失業者対策にもなりますので、私の方で職業安定所を作りたいのですが」ホルス君のナイスサポートである。
工場の人手は足りない。その手の情報を取りまとめて、仕事を紹介するのは臣民の性格水準向上に役立つだろう。
「憲法公布に向けて、ベルギーの憲法の調査が終わりました。我が国の法令と突き合わせて、擦り合わせが必要ですな」ミドハト様の担当は決まったようだ。
ジェームス、いっつも頭を抱えていたし。少しでも役に立てればいいのだけれど。
「俺、陸軍で訓練する! でも、馬足りない」レイ君は陸軍担当だ。
「ああ、まだ馬を操る技術が追いついていない。馬上で銃を扱うのも必要だ。まずは歩兵の強化を優先しよう」
さしあたって、全軍突撃ドクトリンは素早く動いて、側面攻撃を避ける意味もある。大軍に対抗する為には、騎馬兵も必要なのだが、今は出来る事から進めよう。
「海軍と造船所なんですが……装甲艦、作ります?」千鶴ちゃんが苦笑する。
「そうねえ、黒海や地中海の制海権は欲しいけれど……。必須じゃないのよねぇ」
「後は『機雷』対策の方が先ですね。一般艦船が巻き込まれます」
結局、金ばかり掛かって維持費が高い戦列艦や装甲艦は、優先度が低い。どちらかと言うとリストラするのが正解かも知れない。
「ロマン、ではあるんだけどね……。ここに至っては海軍縮小が先ねぇ」私と千鶴ちゃんが項垂れる。
「前皇帝陛下には悪いが……当分大型艦は作らん。財政改善が最優先だ」陛下は賢明である。借款対策の方が大事なのだ。イギリスに食い潰される前に完了しなきゃ。
「……エジプトの扱いはどうするかね? これまでの流れだと、独立を申し出てくるぞ」
「やはり、戦争……避けられないでしょうな」
「陸軍再編と『機雷』導入を検討するべきでしょう。完全に仕上がれば、問題はありません」
……この辺は自分の管轄外だ。外交回りは、アーリ様とメフメト・フアト様にお任せする事になるだろう。
『機雷』を導入するなら、造船所で今のフリゲート艦建造を増設したい。
「うむ、この辺りであろうか。皆で頑張ってこの苦難を乗り越えたい。力を貸して欲しい」
『おう!』そうと決まれば、あちこちを飛び回る忙しい仕事が始まる。
一ヵ月ばかりは、全員がデスマーチ状態である。私も千鶴ちゃんも毎日ヘロヘロになるまで、工場や造船所に通い続けている。
「千鶴ちゃん、何かロンドンの忙しさを思い出すわね」
「あの頃は酷かったですね。ネルソン提督さえ自重してくれれば、あんな事は必要なかったのに」
「……今にして思えば、あの時の経験が生きているわね。限界ギリギリまで仕事するやり方、出来れば使いたくは無かったけど」
二人で笑い合う。まったく、お金儲けは忙しいものである。
「でも、こういうのも楽しいです。賑やかで慌ただしいけど、皆が協力するのは面白いですよ」
「ええ、それは認めるわ……どうにも会う暇さえないのがもどかしいけどね」
「ジェームスさん、仕事の掛け持ちが凄いですからねぇ……」
魔道具工房に蒸気機関工場のライン構築。憲法のアドバイスに『魔導石』産出地探しの為の魔道具作りもある。一人に負担を掛けるのは避けたいのだが、どれも他の人に任せられない重要な仕事なのだ。
「夜に忍び込んでも、全く起きる気配もないし……。寂しいものね」
「相変わらず突撃しているんですか? 一緒の部屋にすればいいのに」
「……忙しすぎて放置されるだけよ。仕事を持ち帰って来てるのを、止めるので精一杯だわ」
何の気なしに女子会モードになる。この程度なら、気分転換になるだろう。
「陛下とは進展あった? 即位の時、随分慌ててたけど……」
「あ、あれはですね『私の友人として付いて来て欲しい』と強引に……既成事実を作ろうとしてるのかも」
「その辺は、お互い経験が無いものね……もう王妃になっちゃえばいいのに」
全く、自分の事になると奥手になるんだもの。困ったものだわ。
「一応、話し合いはしたんですよ。……今までの私の生活とか、ロンドンの人達の話。なんて言うか、寝物語みたいになってます」
「あら、アラビアンナイトみたいで良い雰囲気じゃないの」さしずめ女シンドバットと言った風情だ。
「……やっぱりそうなりますよね」
千鶴ちゃん、そのまま寝室で愛を語るのよ。何なら、裸で寝室に訪問するんでしょ。
「……お姉様、やっぱり根に持ってますね。そりゃ、そう言いましたけど……付き合いの長さが違いますよぅ」
「ふふ、求められてるうちが華よ。別に仕事を辞めて家庭に入れ、なんて言われていない訳だし」
リスボンのインド航海も了解されたらしい。半年近く離れ離れになっても構わないとは、器の大きい事で。
「……正直、結婚なんて想像もつかないです。王宮暮らしなんてした事も有りませんし」
「そりゃそうね。女の子の夢だとは思うけど。実際の話、気苦労は絶えないでしょうね」
基本的に皇帝陛下は、千鶴ちゃんに自分が持たないものを望んでいるのだと思う。彼女が一族のしきたりから飛び出して、外の世界を体験した事や決められた生き方を捨てた、その思い切りの良さを認めているのだろう。
「時間はあるんだから、ゆっくりと考えなさい。私みたいに思い詰めると、後悔するわよ」
私は苦笑しながら言った。別に顛末そのものは気にしていない。どうにも、皆の対応が酷いと後悔はしている。なんでさ。
「そりゃ、初手で偽装結婚からの夜中に突撃した人が何を言っているのか、とは思いますよ?」
……やっぱり、千鶴ちゃんもそう思うのね。仕方が無かったのよ、それしか思い浮かばなかったんだから。
「そうですねえ、出来ればデートとか一緒にのんびりとお仕事、なんて出来れば良いんですけど……」
千鶴ちゃんの『乙女心』は、平凡でささやかな夢という訳か。現実的だが、難しいよねぇ。相手は皇帝陛下だ。そんな事さえ見果てぬ夢なのだ。
人生ままならないものである。
私は、人それぞれではあるものの、千鶴ちゃんが幸せになってくれることを祈るのみだった。
番外として、皇帝陛下視点の物語が入ります。
時系列的には、この後の話が続きです。所謂『主人公変更』という奴です。
コンセプトである『史実偉人を織り交ぜた変人共の暇を持て余した商売やお遊び』という方針も変わりません。
是非、合わせてお楽しみください。
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