85.兵と云うは死ぬ事と見つけたり
陸軍の訓練は、苛烈を極めた。精神面で千鶴ちゃんが徹底的に屈服させ、レイ君が肉体面・戦術面の指導をする。訓練中に死亡する者も発生する状態だ。
レイ君の指導は徹底していた。とにかく走らせる。重い荷物を持って、一日に二十km以上走ったり歩かせたりする。その厳しさに耐えかねた者には、レイ君の殺気が襲い掛かる。それを浴びた者は、恐怖に震えるのだ。
そして、耐えかねた者を隊のメンバーが支えるのだ。足を挫けば負ぶってやり、体力が尽きた者を担いでとにかく走らせまくる。そうやって隊の連携は深まっていく。
戦闘もそうだ。指示は「剣を掲げたら突撃せよ!」「剣を下げたら伏せよ!」「隊長が叫んだら、発砲しろ!」以上だ。え? 側面攻撃とか撤退とか? そんなものは無い。
この時代『戦列歩兵』から『散兵』に移り変わろうかと言う時期に、レイ君がやったのは『浸透戦術』なのだ。百年近くは先取りしている。……しかも部分的ではない。全軍一斉突撃と言う、頭のおかしい戦術なのである。
しかし、この時代にはマシンガンはおろか連発出来る銃さえ無い。レイ君の叫びが周囲に響き渡ると、一万にもなろうかと言う軍団が一斉に猛烈な勢いで突撃する。
銃の発射タイミングに合わせて伏せ、そのまま銃撃する。後は、これの繰り返し。
……それの何が怖いって、津波のような軍団が押し寄せてくるのだ。そりゃもう、相手は混乱し士気を失う。戦う前から怯えるのだ。
レイ君の卓越した判断力と、敵を目の前にして怯まない胆力、そしてその生命力あっての指揮方法だ。……だが訓練を続けるうちに、士官兵達がレイ君の様に指揮をし始める。流石に、敵の目の前で仁王立ちはしない。普通は死ぬ。
とにかく、死を恐れない兵より恐ろしい者は、古今東西存在しない。オスマン陸軍の『全軍突撃ドクトリン』の完成だ。何だかよく分からないが、とにかく強い。
よくもまあ、こんなに頭のおかしい戦術を半年でマスターさせたものである。当然訓練で死亡する者も大量に発生するが、訓練を乗り越えた連中は、確実に自信を付ける。
生き残った者達は「こんなに厳しい訓練に打ち勝った我々は、最強の兵隊なのだ!」という、半ばキチガイじみた闘志を燃やし、新兵共を同じように訓練させるのだ。
「よくまあ、あんだけ無茶やって軍団が崩壊しないものね」私が呆れながら感想を漏らす。
「レイらしいですよ。流石『破壊神を破壊した男』ですねー」ホルス君が意味不明な事を言う。
「ん? 『破壊神』って何?」
「ウチの世界の『魔族』が呼び出したんですよ。レイが一人で倒しました。言ってませんでしたっけ?」
聞いてない……と思う。確か、倒せるとか何とかを何処かで聞いた覚えはある。だが、本当に倒したなんて思う訳がないじゃない。
「えっ、あの……『魔族』のボスをやっつけた、って事?」
「いえ、放たれたら最後『世界を破壊しつくす神か悪魔のような存在』です。まあ、倒したんでは無くて、押し返しただけですけど」ホルス君の言っている事が分からない。
つまり、あの世界の危機をレイ君一人で解決した、と?
「そうです。俺もメルも『オド』が切れた状態でして。レイ一人でずっと『物理特効』を繰り返してやっつけました」
「……まあ、凄いという事だけは分かったわ」正直、ぴんと来ない。そんな存在が居るとは……。
深い事は聞くまい。『外れ』世界の常識がまた壊れたわ。正直、あの世界には行きたくない、恐い。
「……ともかく、陸軍も私達の訓練が徹底されたわね。これで、例の『譲位』イベントに間に合いそうね」
「ギリギリでしたね。後三日も遅れれば、計画がとん挫する位にギリギリでしたね」
ホルス君は飄然としているが、こっちはドキドキものだ。急いで、アーリ様に伝えないと。
「レイ君、ホルス君。最終調整の会議があるのよ。早く行きましょう!」
『おう!』まあ、何にせよ問題無くて良かったわよ。五%の訓練死者率って高すぎないかしら?
「皆さん、ご苦労様。無事予定通りのスケジュールが完了出来て安心した」皇子様は平常運転である。
そして、当然の様に護衛と言う名目で千鶴ちゃんが傍らに立つ。彼女の顔は赤い。……何かしてた?
「み、皆さん……新年の儀式に、それぞれの役割に別れて活動をお願いします!」千鶴ちゃん、何でそんなに動揺しているんだろう。皇子に何かされたの?
……まあ、多くは聞くまい。『お友達』の範囲が何処までかは言っていないしね。千鶴ちゃん、受け身になると弱そうだし……。
「俺が青年改革派のリーダーと一緒に広場へ誘導します」ホルス君の役割だ。
「俺、橋と警察を囲む」レイ君が陸海軍の担当。
「宮殿周辺には、俺達がバックアップに回って周辺を警戒だな」私とジェームス、メルちゃんの担当。
「私達は、反対派の抑え込みに回ります」ミドハト様とメフメト・フアト様がそちら担当か。
「残りのメンバーで皇帝陛下との交渉を行います。『譲位』の要求は私から行います」皇子様改め、新皇帝陛下の担当。と言うか主役よね。
「各自、不測の事態が起きた時は、近くのメンバーへ確認を行ってください! 決して戦闘等は起こさないように!」千鶴ちゃんの補足を確認して、最終調整は完了。
「いよいよ、新年の式が始まる時刻ね。周辺の様子はどう、ジェームス?」
「ああ、広場と市街地に人が群がっている。どうやら軍と民衆が一緒になって騒いでいるらしい」
「……大丈夫なのかしら。一般市民に被害はありそう?」
「いや、お祭り騒ぎみたいになってるぜ。酒を飲んだり、大声張り上げて肩を組んだりしている」
何とも、気の早い新年会だ事。
……どうやら、どさくさ紛れで賑やかに騒いでいるらしい。『譲位』関係でない事に安心する。
「反対派の動きは無いわね。どうやら、派閥の切り崩しは大丈夫の様ね」
「ああ、流石にこの人数で宮殿に雪崩れ込んだら大騒ぎだ。皇帝陛下も観念すると思うが……」
「少し、心配よね。皇帝陛下には会ったこと無いけど……どんな反応になるのやら」
「ああ、アキラ。新年おめでとう。今年もよろしくな」と言いつつ、ジェームスがキスしてくる。
全く、こいつときたらこんな時に。いいわよ、もっとしろ!
「……離れろよ、アキラ。遊んでる場合じゃないだろ」あんたが始めたんじゃないのよ。
大体、私達には実質やる事が無いのだ……。だって、見張っているだけだし。ホルス君が先導してスローガンを叫び始めた。……予定通りね。広場に集まった人が大声で叫んでいる。
「くたばれ皇帝!」「玉座を降りろ!」の大合唱だ。これ、イスタンブール中に聞こえるんじゃないかしら。
よくまあ、これだけ不満を持った臣民が居るものよねぇ。税金上げたのによっぽど腹を立てたのか。
実際、気持ちは解かるわよ。丁度良い鬱憤晴らしになるでしょうし。これで皇帝陛下も覚悟を決めるでしょう。
新年の祝いの席で、「くたばれ皇帝!」「玉座を降りろ!」と言う声が聞こえたのは、皇帝陛下にとっても屈辱だったらしい。
特に抵抗もせず、玉座を降りて王冠を皇子様に渡したとの事。
「アキラ、こっちに来たぞ。新しい皇帝陛下が、民衆に顔を見せるみたいだ。千鶴ちゃんが当然の様に並んでいるんだが……」
「そうね。なんか衣装も綺麗ね……」知らない間に王妃になったとか?
『臣民の皆に告げる! 今より、皇帝の座はこの私が継ぐ事になった。皆の者は、後程出す布告を読んで欲しい。広場に居る者達よ、不服があれば声を上げよ』
これだけいるのに、誰一人として声を上げない。
『では、これより戴冠の儀を執り行う。私はここにオスマン帝国の歴史と名誉を重んじ、統治する事を誓う!』
「皇帝陛下万歳!」の声があちこちから聞こえる。大きな拍手と共に、その声は増えていった。
新たな皇帝陛下は、手を振りながらその存在を皆に披露している。
……何か、当然の様に王妃ポジションにいる千鶴ちゃんには、後で何か聞く必要があるなぁ。
「何はともあれ、仕事はこれからよ。ジェームス」
「おう、いよいよ本格的な財政再建と開発かぁ。忙しくなるなぁ」
「……今年もよろしくね、ジェームス」
私達は新年を祝いながら、この後のお仕事の多さに少しうんざりとするのだった。
皇帝戴冠式です。元ネタは色々と混ざってしまいました。
これでもやっと折り返し地点位ですね。
軍事系はテキトーにまとめてしまいました。何となく、強そうではある。
実際にはありませんが、この時代なら無双出来そうな感じにしました。




