83.正しい国家の導き方
「お姉様! 何であの人は、海賊として酷い罵詈雑言を聞いた上で、物凄く好感度が上がっているんですか!? 全然、意味が分かりません!」
「ああ、そりゃねぇ……」私はどう説明してよいか、悩んだ。
だってさぁ、あの人が分からなかった問題の解決法を、千鶴ちゃんが自分で考えたやり方で懸命に頑張って、それで皆が働く所を見たんだよ。そりゃキラキラ輝いて見えるだろうさ。
「千鶴ちゃん、悪いけれど私には何も出来ないわ。……でもね、あの皇子様は、絶対に自分の権力を私利私欲の為に使う事はしないし、誰にも頼らずに何もかもを受け入れるのよ」
「……どういう事ですか?」
「千鶴ちゃんが海賊をやりたいって言えば頷くし、リスボンに行きたいと言えばOKするわ。……あの皇子様は何もかもを受け入れて、そして一人で抱え込むのよ、宮廷の一番奥で。誰にも相談も共有も出来ないのよ。それって、凄く可哀想だと思わない?」
「それは……」
「今すぐに好きになれ、とは言わないわ。でもね、彼は絶対に何も求めない。ただ一つ、千鶴ちゃんだけを求めたのよ。その意味、分かる?」私は小さい子供に諭すように説明した。
「……彼が幸せになる、たった一つの方法。それが千鶴ちゃんなのよ。もし拒否すれば、それも受け入れて諦めるでしょうね。そして一人で絶望するの」
口に出してみて、その状況にぞっとした。一人ぼっちの皇帝陛下。誰にも頼らず、全てを受け入れればそうなる。自らの幸せも無いまま、ただ、皇帝陛下としてその任を全うし続けるのだ。
……私だったら、どんな条件でも引き受けたくはない。
「彼は『タンジマート』を達成して、臣民の生活を守るでしょう。外国からの脅威だって跳ね返すでしょうね。……でも皇子様の心だけは、千鶴ちゃんがいないと守れないのよ。彼は、千鶴ちゃんがもし美人でなかったとしても、同じことをするわ。……少しで良いの、考えてあげて」
……全く、酷い呪いだ。名君とは孤独な者だ。『康熙帝』もそうだ。気安く話せる人も少なく、常に国を背負っている。そして、その見返りを求めない。国の為に尽くし、自らの事は省みないのだ。
「お姉様。私……私は、どうすれば良いですか?」千鶴ちゃんは、悩んでいる。
「まずは、あの皇子様と話し合いなさい。そして、ちゃんと向き合いなさい。それが彼への誠意だわ」
千鶴ちゃんも軽薄な輩から求婚された事はあるだろう。だが、これだけの想いを受けた事は無い筈だ。千鶴ちゃんは、真面目でいい子だ。長い付き合いの私達が保証する。きっと良い結末になると思う。
この皇子様は史実では何もしていない。だから、彼の未来は真っ白なのだ。それを如何に染めるかは、周りの人次第になる。皆で支えて、この酷い国を救おう。
「……分かりました。でも少し時間を下さい。心の整理が……」
「皇子様、千鶴ちゃんには伝えました。彼女は真剣に悩むでしょう。それで宜しいですか?」
「ああ、私はどのような結果になっても構わない。千鶴、ありがとう」
「その、あの……ええと。もう、どうしたらいいのぉ!」千鶴ちゃんは悩んでいる。人生初体験だろう。
混乱するよねぇ、実際。長年海賊やってて、全てを捨てて沢山の人と出会って。何も出来ない悔しさ、世界を知る喜びは、誰よりも知っているのだ。……大丈夫、この皇子様は全て理解してくれるわ。
「うーん、私としてはみんな幸せになって欲しいわ。ねえ、ジェームス」
「あぁ、一人の男として『運命』と決めた女性と共に歩む。……俺には良くわかるよ」
千鶴ちゃんはともかく、皇子様には色々と見て欲しい事や経験して欲しい事がある。造船所にも行きましょう。きっと良い発見がある筈よ。
「そうだね、叔父上は船に夢中だと聞いた。それが本当に国を守るものなのか、私は知りたい」
「……船の為に増税する方です。とてもそのような事を考えてはいないでしょう」私は溜息を吐く。
この方を皇帝にする前に、この国の問題点をすべて見せてやりたい。私達の全てを伝えたい。
この皇子様は、乾いたスポンジのようなものだ。善悪関係無く、何もかもを吸収する。……だから、正しい事を教えよう。史実では、悪意と憎悪だけを吸収して精神に異常をきたした。
今は、国を良い方向へ導く良い方法を教えてあげたい。例え史実とは異なっても、皆が幸せになれる筈だ。
「アーリ様、この後はどうしましょうか?」つまり、派閥工作と譲位だ。時間が経てば経つ程、悪化するのは避けたい。
「そうだな、最大派閥を取りまとめているのは、メフメト・フアト様なのだ。秘密裏に会談を行うのが良いだろう。あの方も皇帝陛下には見切りを付けていると思う」
ああ、今回の増税で堪忍袋の緒が切れる、と言うのは考えられる。皇子様を含め、話し合いが必要だろう。
「……上手く行くと良いですね。街角の死んだ魚のような眼をした人々。彼らを救わなければ」私は呟く。
「彼らを救えば、きっと良い未来が見える。私はそう確信した」アーリ様は強い決心を秘めた目で皇子様を見た。この国の未来を彼に託す決意をしたのだろう。
私はこの国を憂う人達と出会って、皆を幸せにしたい。その思いを強くした。
ここに来て、やった事は間違いじゃない。それだけは断言出来る。
「皇子には、これまでやってきた事を伝える必要がある。千鶴さんとの話し合いもしておきたい。若い二人だ。きっとお互いに発見があるだろう」ミドハト様が呟いた。
「そうですね、お屋敷に戻ったらみんなで話し合いをしましょうか」
造船所では、新しいフリゲート艦を急ピッチで建造中だ。皇子様は生き生きと働く工員を見て喜んでいる。
「アーリ、ミドハト。私は皇帝になりたい。彼らのような人々を導くのだ。力を貸して欲しい」
『はっ、喜んでこの身を捧げまする』
どうやら、今まで何も経験していなかった彼の心に火が付いたようだ。
この火を絶やさぬよう、私達も頑張らなくては!
「メフメト・フアト様と言うお方はどのような方なのですか?」会談の日程が決まった日、私は質問した。
「元々、この改革を推し進めたムスタファ・レシト様がおられたのだ。道半ばで倒れられたが、その方に一番初めに抜擢された方なのだ。我々改革派を束ねる宰相様でおられる」
「私が最後に会ったのは、十年は昔になる。元気にしているのだろうか?」皇子が笑顔で質問する。
「皇子、残念ですが国を支える使命と改革の間で板挟みになり、精神的に辛いと聞いています」ミドハト様が溜息を吐く。
一人で国を支え続け、頼りになる部下達から遠ざけられて苦悩している。それはもう酷い話だ。
「イギリスの外交官には、私から借款返済の意思と船舶の輸入が不要である事、そして『オスマン帝国』が自立する事を宣言しました。女王陛下には『長く友好を続ける事が出来るよう、願っております』と伝えました」
世界に名の知られた『ヴィクトリア女王』。「本物の女王」対「ロンドンの女帝」の直接対決だ。負ける訳には行かない。
「それは良い、是非とも対等に友好を結びたいものだね」皇子様は純粋にそう思っているようだ。
「……イギリスにしてみれば『寄生する筈の対象が、勝手に縁を切ろうとしている』と言う意味なのですよ」
私は皮肉で伝える。如何に取り繕っても、それがイギリスと言う国のやり方なのだ。
「そうか、いつの日にか本当の友好を結びたいものだな」本当にそう思う。相手は認めないだろうが。
ともあれ、細工は流々仕上げを御覧じろ、と言ったところだろう。
これからやるのは、合法的な国家権力の奪取だ。流れる血も少なくないだろう。だが、怯む訳には行かない。沢山の下層民を助けるために。誰もが笑い、未来を信じる国を造るために。
私は、初めてロンドンに来た時の気持ちを思い出し、これからの様々な苦難に立ち向かえるよう、心を奮い立たせるのだった。
シリアス回です。
いよいよ、国家権力の掌握になります。オスマン編、基本は謀略とか戦略メインで進みます。
徐々に人が揃ってきて、考え方や動きが纏まってきました。
出来るだけ、史実の出来事を反映しながら史実の人物を紹介しています。
テキトーに偉人の性格やら行動を決めている訳ではないのです。




