81.千鶴ちゃんに春来たる
「前皇帝陛下の長男皇子を救い出しませんか?」と私が提案したのは、予算化に関する支払いが済んだ頃。大体半月後になる。
「私としても何とかしたいのだが、皇帝陛下の意思を曲げる事になるのは……」アーリ様は随分と慎重だ。
「……影武者と入れ替えればいいんですよ。どうせ船ばかり見て、そちらを気にする事は無いでしょう」私の口調も、自然とうんざりとしたものになる。
アーリ様は絶句している。そして、ミドハト様は面白がっている。
「是非ともこちら側に置いておきたい方だ。少し危険ではあるが、賄賂で何とでもなるだろう」
酷い話である。自分が言うのもなんだが、基本的に『オスマン帝国』は何かを間違っている気がしてならない。
「黄金の鳥籠」と言う言葉が残っている。皇帝になる予定の者以外は軟禁し、後宮内に閉じ込めておくという制度だ。要するに兄弟内の内紛防止である。
もしも、皇帝の地位が揺らぐような事があれば、軟禁した兄弟達は直ちに処刑される。……すなわち死刑執行待ちと変わりがないという事だ。精神に異常をきたす者も少なくない。
今回救出しようとしている皇子『ムラト5世』がそうだ。十数年後、即位後間もなく精神に異常をきたし、廃位されている。今回『オスマン帝国』へ来る前に、皇帝の系譜については調べておいたのだ。
「酷い話です。本来帝位を受け継ぐ筈が、軟禁され続けていると……」
「そうだ、皇子は西洋の事情に詳しく、私利私欲を好まない。我々立憲派の側に居られる。救い出す手段さえあれば……」アーリ様も、心情的には賛成と。
「……決行しましょう。私共の仲間の中に潜り込むのに長けた者がおります」
千鶴ちゃんであれば、腕っぷしもあるし時間操作も使える。女性なら後宮に入ってもバレにくい。賄賂については、入手経路が分からない様に、私達の持っている交易品から出す事にする。
そして、裏社会にはそういう事に精通する者も多い。私も随分と後ろ暗い所に、手を染めるようになったものだ。……『オスマン帝国』の未来の為だ。必要経費と諦めよう。
「アーリ様、準備は整いました。事前に関係者には、たっぷりと金銭をばら撒いています。万が一バレてもここまでは追跡出来ないでしょう」
「……本当にやるのか。やむを得ない事であるのは、理解しているが」
「やります……必要な事ですから。この件の首謀者である私が、墓穴迄秘密を持っていきます。皆様には、疑いが掛かる事が無い様にしています」
ホルス君が頭を捻り、この策を実施した。こういう闇の仕事にも慣れているのは、色々とあったのだろう。詮索はしない。
「すまんね、色々と迷惑を掛ける」ミドハト様、こっちにも事情があるのです。お互いの利益が一致しただけですよ。
「千鶴ちゃん、手筈通りにお願いね。貴方だけが頼りなの」
「はい、お姉様。こういう事もお母様から、ちゃんと教わっています。吉報をお待ち下さいね」
うーん。前にも思ったが千鶴ちゃんのお母様、アグレッシブ過ぎないかなぁ……。
ともかく、賽は投げられたのだ。ここから先は、史実とはかけ離れる筈だ。だが、史実以上の成果を出す為なのだ。躊躇っては居られない。
「アーリ様、ミドハト様。皇帝陛下を後援する派閥との関係を教えて頂けますか?」
「ああ、簡単に説明すれば『タンジマート』推進派が我々。そして、反対派が皇帝陛下の後ろ盾になる」
……本当に簡単な説明で何とかなるものだ。ジェームスとホルス君が呆れている。『オスマン帝国』は、本当に大丈夫なのか。
「その『タンジマート』で不利益を被った者、と言う認識で宜しいですか?」
「ただな、その派閥も一枚岩でもない。要するに『機を見るに敏』と言う者が多数おる訳だな」
「『タンジマート』の象徴でもある、造船所での利益はこちらの派閥を有利にする筈じゃ」アーリ様が呟く。
……今後の展開も分かり易いな。まさか、自分が関与した事で、ここまで大事になるとは思わなかった。
「アキラ、アメリカ両国の反応はどうだ?」
「ええ、そろそろ正式な回答が来るけど、どちらも泥沼から抜け出せないらしいわ。……直ぐにでも寄越してくれと、矢のような催促ね」
この時代、南北戦争から使われ始めた兵器がある。『機雷』である。機雷を作った人物は、フルトン……。お前の仕業だったのか、まったく海に関係すれば良いと思ってない? ……いや、違う世界なんだけどね、まったく。
それはともかく、この時代の海戦ではお互いの上陸地点や航路を妨害する為に『機雷』をばら撒いたり、除去する必要が出てきたのだ。
その為に小型で木製、かつ『蒸気機関』で自由に動ける能力を持つ、ウチのフリゲート艦が必須となる訳だ。
当然、お互いで取り合いになるので、物凄い価格競争となる。商人的には、もう少し引き延ばしたいんだけどなぁ……。
……なんで武器商人があんなにも儲けているのか、その理由がやっと分かった。今からそっち側に宗派を切り替えたい気持ちを、ぐっと抑える。
「アキラ。いくら何でも、金に目が眩んで人助けを忘れる事は無い……と思っているが、こっちの目をちゃんと見て、これ以上武器を扱わないと言えるか?」
「ジェームス。私だってねえ、意地とプライドがあるのよ! ……そんな事しないわよ」
「……何故、少し意味深な間があったんだ?」
大丈夫だって、私の『商魂』嘘付かない。だが正直に言って、少しだけ心が揺らぐ位の金額なのだよ、ジェームス君。
「ともかく、ちゃんとイギリスの借款の一部は、返せるだけの儲けが出るわ! 問題無いじゃないの」
「良い話だな。風向きが変われば、派閥のバランスが崩れる。こちら側に付く者も多くなるだろう」
……後は無事に皇子を連れ出して、ここで保護すると。一部の派閥には、その事実で寝返る者も出るだろう。まったく、こんな仕事はここだけにして欲しい。心落ち着くお金稼ぎがしたいのだ、私は。
皆で、応接室に詰めている。今か今かと、皇子救出の報を待っているのだ。千鶴ちゃん、大丈夫かなあ。
「大丈夫ですよ、アキラさん。あらかじめ、後宮の見張りの時間まで調べておいたんです」ホルス君、君は優秀だなぁ。正直、君がいてくれて助かるわ。
少しして、扉が開く。酷い顔をした千鶴ちゃんと顔を隠した男性が並んでいる。
「千鶴ちゃん、大丈夫だったの? どうしたの、様子が変だけど……」
「お姉様……。助けて、困るんですぅ!」
「やあ、アーリにミドハトじゃないか。そうか、お前達の手によるものだったのか。いや、安心したぞ」
「皇子、ご無事で何よりです!」
えっと、別に問題は無いようだけど……。千鶴ちゃん、何かあったの?
「お姉様、この方が私を……その、王妃にすると言って、何を言っても聞かないんです!」
「王妃……お妃様って事ですか?」いきなりだが、千鶴ちゃんは同姓の私から見ても魅力的だ。分からない話ではない。
「……良い話じゃないの? 何を困っているのかしら」
今まで、ジェームスと私をけしかけ続けた千鶴ちゃん。人を呪わば穴二つ。まあ、こちらは困る事も無いし……。
「勘弁して下さいよぅ。海賊の娘が王妃って、洒落になってません!」
「あぁ、千鶴。そんなに私の事が気に入らないのかい? こんなにも想っているというのに!」
「そういう訳じゃなくてですねぇ。……海に生きて海で死ぬ。後宮に閉じ込められた海賊なんてまっぴらです!」
何、好物件じゃないの。今なら、側室どころか正室だって狙えるわよ。なんせ、命の恩人なんだから。
「お姉様、そんな事言わないで何とかして下さい! 私にだって都合と言うものが……」
「皇子の事嫌いなの?」
「知り合ったばっかりで聞く台詞じゃないですよ。何でもしますから助けてくださーい!」
皇子はニコニコしながら、千鶴ちゃんの様子を見ている。アーリ様とミドハト様含め、全員唖然として様子を伺っている。
……少なくとも、史実の様に精神に異常をきたす事は、絶対になさそうだ。
ガードの堅い千鶴ちゃんにも、春がやってきたようだ。……うん、良いお話だよね。
私は、人の不幸は密の味とばかりに、千鶴ちゃんの醜態を生暖かく見守るのだった。
コメディー回ですね。やはり一度はやりたいネタです。
シンデレラだったり、身分の差の恋って鉄板ですよね。一目ぼれはよくある事。
本人にその気がない場合、ストーカーになりますが。
史実では、死ぬまで幽閉された皇子様。ある意味、童話のようですね。本当ならお姫様だろうけど……。
異世界恋愛ものとして、短編も投稿しています。そちらもご覧ください。
『海賊の娘ですが皇帝陛下から求婚されて困っています 私は普通の生活の中でお付き合いがしたいのですが、何とかなりませんか?』
この小説のURL : https://ncode.syosetu.com/n2082ie/
面白い、続きが気になると気になった方は、評価☆やブックマークを付けて頂けないでしょうか。励みになります。
恋愛物語の需要って多いんでしょうか?婚約破棄やざまぁ、令嬢抜きで……。テンプレにならない範囲でもう少し書いてみたいとも思います。




