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80.憲法は誰の為のものなのか?

 人肌恋しい季節、と言ってもイスタンブールは温暖なので、単なる言い訳になるが。思い立ったが吉日とばかり、ジェームスの部屋に転がり込んだ。しっかり隣の部屋が空いている事は確認済。


 同じ失敗は繰り返さないのが、商人の基本だ。


「で、相変わらず突然だな……まあ、少し目が冴えて眠れなかった。こっちに来いよ」


 ジェームスの同意も取れた事だし、存分に『仲良く』する事にしよう。


「……アキラ、どこまで介入するつもりなんだ?」


 一通り満足するまで『仲良く』した後、腕枕されながら質問を受ける。


「どこまで、と言っても色々あるわね。みんな仲良くじゃ駄目なの?」

「……真面目に答えろよ。当たっているぞ、色々と」

「あててんのよ。少しくらい良いじゃない」

「……そう言うのはもう少しスタイルの良い奴が……ごぼっ」


 ふん。千鶴ちゃんみたいに、スタイル良くなくて悪かったわね。その割に随分と熱心に触っていたくせに。


「鳩尾を叩くなよ、死ぬかと思った。……スキンシップしたいなら、大人しくしろよ」

「はいはい、それで……『オスマン帝国』の話しよね。まず最低条件はイギリスとの手切れね。その上で、国内の反対派はどうにかしたいわ。後はエジプトねぇ……」

「あぁ、今巡幸している奴な。皇帝陛下があからさまに賄賂を受け取っているって奴か」


 そうなのだ、エジプトも重要な収入源なのに……賄賂欲しさに色々と優遇しようとしている。そんな事をしている暇は『オスマン帝国』には無いのだ。


「流石に皇帝陛下を引きずり落とす訳にも行かないわよねぇ……」

「それはアーリ様はじめ、それぞれの派閥の反応が怖いな」

「……まずは出来る事から始めなきゃ。先の事なんてわからないわよ」

「そう言いながら、あちこちを触るなよ。……まったく、何を始めるつもりだ?」


 そう言うのも良いでしょ、久しぶりなんだし……そういう日だってあるわよ。


「無茶だけはするなよ」ジェームスはされるがままだ。今度は、こっちが主導権を握るのだ。


 ……どっちについてのコメントなのかは、聞かない事にした。



 今日はアーリ様邸宅で、ミドハト様との話し合い。皇帝陛下が戻られるのは来週との事だ。やはり、ヨーロッパ視察について、法律面の良い案を聞ければという事らしい。


「本日は、時間を取って頂きありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ良い助言を頂けると良いのだが」


 お互い挨拶を済ます。こちらのメンバーは、ジェームスとホルス君。書記役をメルちゃんにお願いしている。すっかりアラビア語に馴染んでしまったメルちゃん。基本スペック高いわよね、この子も。


「さて、こちらで話した際に西洋化する事が一番では無いと聞いた。具体的に教えて欲しいのだが」

「そうですね。過去に小さな村で人を集めて建国した事があります。そちらのお話で宜しいでしょうか?」

「……随分と、変わった経歴ですな」ミドハト様が驚いている。


 そりゃ確かに、そうそう建国する人が居るとは思えない。こちらだって、状況に流されただけだし。


「具体的には、個人的なトラブルまで考慮する必要はありません。問題は財産や土地、相続と言ったところになります。地位や金の絡む話は、幾らでもあります」ジェームスも経験談だから、詳しいわね。

「成程、権力や相続の仕組みは、国によって異なる……。それなら理解出来る。ベルギーの憲法を参考にしようと思っていたが……」


 多分無理でしょうね。イスラムとベルギーの法や政治形態の違いは、嚙み合わない筈だ。その結果として、改革派の反動が怖い所だ。


「一番問題になるのは、議会制と国王に対する制限です。憲法とは、権力を制限するための物ですから」

「皇帝陛下自身が一番の問題になると?」

「断言しても良いですが、王権に関わる特別な条文を組み入れられて、空文化されるのは目に見えています」


 ミドハト様は深い溜息を吐いた。流石に生え抜きで抜擢される官僚の方だ。まるで見てきたように、その意味を理解したのだろう。


「まったく、その通りだと思う……。西洋化は望まれても、憲法については否定的なのだ」

「ミドハト殿、青年改革派の反発も激しかろう。無理な法文化は避けるべきだ」アーリ様からも一言。


 青年改革派にはホルス君が直接接触したらしい。危険だが生の声を聴いておきたい、という判断は間違いない。流石は、ウチの頭脳担当である。


「彼らが溜まり場にする食事処に入り込んで、噂話を聞きまわっています。皇帝陛下の専横と賄賂について、良い評判は一つも有りません。下層民の生活は酷く、いつ抗議運動に走ってもおかしくないと思います」


 その報告に、全員が頭を抱えた。こんな状態で先進的な憲法を公布すれば、逆に過剰な反応を生みかねない。慎重に進めるべきだろう。


「……知ってはいた。しかし、そこまでとは思わなかったよ。貴重な意見、ありがとう」


ミドハト様が口を開いた。……皇帝陛下への対応はどうするのだろうか?


「……今更、無理とも言えん。西洋の法律ならば受け入れるだろうが、臣民の反発は免れない。その辺の事情はぼかしつつ『細かい部分に手を入れるしかない』と答えよう」


 何とも玉虫色の回答だが、こういうのはしっかりと時間をかけるしかない。


「もう少しで青年改革派のリーダーに接触できるかもしれません。引き続き活動を行います」

「こちらは、持ち帰ったベルギーの憲法を徹底的に調べ上げるしかないな」

「私からもお願いする。決して国を割るような事は起こさせてはならん」アーリ様が発言し、全員が頷いた。


 まったく、皇帝陛下に振り回され過ぎだ。ストッパーが居ない権力者なんてそんなものか。


「長い滞在になりそうねぇ……」私がそう呟くと、皆が笑いだした。


 本当に笑い話で済めばどんなに良い事か。頭が痛いわよ、まったく。



 それから数日後。皇帝陛下と宰相様がエジプトから戻られ、ミドハト様がヨーロッパ視察の成果とフリゲート艦の改造について報告したらしい。


 話に聞く所によると、フリゲート艦の改造について大喜びになり、憲法の事は頭からすっ飛んだらしい。まったく、とんだ暗君じゃないのよ。どうしましょうかね?


 その日のうちに観艦式を行う事になり、皆で大騒ぎとなった。何処の国でも、皇帝陛下のフットワークが軽いと、色々と苦労するのだ。


「まあ、希望通り予算が下りたのは良い事だ。想定よりも随分と多いのだが……」アーリ様も困り顔だ。

「つまり、西洋に負けない装甲艦を造れ、って事でしょ。どんだけ無茶するのよ。このお金の出所は?」

「……どうやら増税らしい。先にアメリカへの輸出の打診をしよう。装甲艦を作っている暇など無いわい!」アーリ様もお怒りだ。


 こんなに酷いとは思わなかった。まさか税金を増やしてまで、お船が好きとは……。これは最悪の事態も考えておかねばいけないのか、と思った。


 皇帝陛下の『廃位』となると、クーデターがセットになる。とてもじゃないが、諸外国の様子を鑑みてもいらぬ介入を受けるだけとなるので、却下である。


 だが、『譲位』ならどうだろうか?前皇帝陛下には、三人の皇太子が居る。長男は既に二十歳を超えている。本来の皇位継承権で問題は無いだろう。前皇帝陛下は病気で亡くなられたので、現皇帝陛下は、中継ぎ的な存在だ。


 幸いな事に『オスマン帝国』では、前例があるのだ。まあ、四百年程前の話ではあるが。


 詰まるところ現皇帝陛下が即位したのは、その派閥の影響があったという事だ。利害調整をして、幾つかの派閥を取り込む事が出来れば、無血譲位も可能だと思われる。あくまで推測ではあるが。


 皇太子は、西洋の事情に詳しく立憲派である。スムーズな憲法公布にはもってこいの人物である。現皇帝陛下に警戒される前に、何らかの対策を打ちたい。


 私は、ドロドロとした宮廷内の派閥争いなんて向いていないとは思いつつも、取れる手段は全てやっておくべきと考え、悩むのだった。

 シリアス回です。随分ときな臭くなっています。


 史実では、その皇太子は皇帝陛下に警戒され、長い期間幽閉されていました。


 即位後、精神に異常をきたしていますが、本来は優秀そうな感じだったようです。


 ここは歴史のIFをやってみるのも一興でしょう。そういう物語なので。

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