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75.全く技術者という奴は

 高橋さんを本部に連行してから、一ヵ月後。予想通り軍事クーデターが起こり、大量の死傷者が出る事になった。とはいえ、残った者達で軍事拡張路線を継続しない事には、と言う話である。


 どうやら陸軍内の派閥争いには、決着がついたらしく中国方面がきな臭い。海軍はと言えば、新技術の導入やら、現行戦力の更新やら問題が山積みであると聞く。


 このホテルもすっかり、海軍関係者の定宿となり、呉や佐世保と言った鎮守府からのお客様で連日大賑わいである。利益が出ている事は問題無い。


 良くある話なのだろう。会議が終了した後の反省会や愚痴を、このホテルで集まった方々で行うのが習慣となったらしい。小腹が空いた頃に『夜鳴きそば』を持っていくのも私の日常となった。


「お邪魔します。『夜鳴きそば』六人前お持ち致しました」

「ああ、女将さんありがとう。皆さん、この方が例の『横浜七不思議』の女将さんですよ」


 あちこちから、『ほう』とか、『思ったよりも若いですな』と言う感想が聞こえてくる。……お客様相手に怒る事は出来ないが、好き勝手言いたい放題である。


「その、噂は耳にしておりますが私はただの商人で、そんな怪しい者では御座いませんわ」


 あちこちから『わははは』と、笑い声が聞こえる。まったく、適当な噂を流さないで欲しい。いや、その『横浜七不思議』の殆どがウチ絡みなのは認めよう。


 腹の底が見えないウェイトレスに、いつの間にか背後に忍び寄るベルボーイ。夜中に荷物を運ぶ巨漢……。いやまあ、殆どが事実だったりするのだが。



「そうだ、女将さんに見て貰おう。こう見えて問題の本質をずばりと見抜く、と噂なのでな」


 随分な話だが、商売柄経験だけは積んでいる。古今東西、兵器や商売の事なんて良くある話なのだ。


「ええ、私は素人ですがお金に関してだけは、一家言ありますから。そういう事で良いのでしたら」

「ほう、頼もしいねえ。実は空母に配備する、新型の戦闘機でな」

「空母……ですか?」


 一応、そう言う物がある事は知っている。海軍関係者で良く聞く話だ。『航空主兵論』とか言う奴だ。


 ……いつも、このような感じで声を掛けられる。その結果、ますます噂が広まるという訳だ。まったく、無責任な話だ。


「そうですねえ、以前に拝見した飛行機よりも随分と性能が高いようですけど……。作れるんですか、これ?」


 そうなのだ。スポンサーが高性能を求め、技術者が悩む。何時の時代も同じ事の繰り返し。ロンドンでも随分と手を焼いた物だ。


「無理ですね、こんな飛行機を性能通りに作ったら全部墜落します」若そうな感じの男性が呟く。


 一人、場違いな程にきっちりとしたスーツを羽織り、如何にも天才肌の技術者、と言う感じの方だ。


「……今も昔も、試作機には無茶な性能を詰め込んで、最後に量産で苦労するのは現場、という事ですわね」


 ロンドンの連中の暴走のせいで、デチューンには死ぬほど苦労させられた……心構えが違うのだ。


「あっはっは、そりゃ傑作だ。成程、噂の女将さんと言うのは本当のようだ」

「確かに、以前に作った試作機も無難な性能に落ち着いてしまいました。美しい飛行機だったのですが……」


 面白い人だなぁ。飛行機が美しいのがそんなに大事なのか。



「……やはり、この計画では無理があります。何処か性能を削らないと完成しません!」

「とは言っても他国の飛行機に追い付く為には、これ位の無茶は……」

「性能だけで勝てるのなら、苦労は無いという事ですね。……戦いは数ですもの」


 私がぼそっと呟くと、皆が項垂れる。そうなのだ。こんな素人に言われるまでも無く、全員その矛盾には気付いている。ただ、認めたくないのだろう。自分達の国が劣っている事を。


 良くある話である。……私でなくとも解かる。それが出来たら苦労はない、という奴である。


「技術は出来ても工業力は、と言うお話ですね。お金が無ければ、戦争なんて出来ませんもの」


 恐らく一番この中で偉い方が、私の言葉を聞いて溜息を吐いた。


「全く、その通りだ。貧乏が全て悪いんだ……。女将さんが一番よく分かっているではないか!」

「それはともかく、飛行機を作るのなら妥協点が必要です!」

「堀越! 貴様は、軍からの受けが悪いんだ、理路整然と話していて通じると思うな!」


 ……成程。エリートの技術者と、現場一筋の軍人の意見の食い違いか。これまた良くある話である。


「……現場の意見も、制作者の都合も等しく大事ですわね。困ったものですねぇ―」

「成程、これが『横浜七不思議』の女将という訳か。……この中で、一番理解しているというのが恐ろしい」


 エリートの技術者の方が呟いた。驚かれても困るのだが。


「まあまあ、皆さん。まだ計画は始まったばかりです。蕎麦が伸びてしまう。一旦休憩と行きましょう」

「そうだな。少し腹が空いた。……『腹が減っては戦は出来ぬ』か」

「おほほ、うちのお蕎麦は美味しいですよ。皆様、どうぞ」



 全員に配り終えると、私はここから退出した。……部外者の意見なんてこんなものよね。


 それにしても、変わった集まりだわ。技術者と軍人さん。何処まで行っても平行線なのだから。


 もう、戦争が近い、という事なのだろう。


 ……ゆっくりと国力増強と技術革新、などと言うのんびりとした事は言っていられないのだ。


「そろそろ、ここも誰かに任せるのも視野に入れないと……」


 今の所、貿易会社とウイスキーに関しては安藤さんに、ホテルは奥さんを支配人にしておきたい。


 特に問題も無いし、アルバイトも増やした。景気は悪いが、軍人相手の仕事なら困る事は無い。


「如何したものかしらねー」と呟きながら、ジェームスと千鶴ちゃんの所へ行く。


 千鶴ちゃんは無事にインド航海を終えた。やはりイスラム商人とインドとの関係は冷え切っているそうだ。また、東南アジアへ向かう他国の船は遭難続きで、誰も『吠える四十度』を超えられないらしい。


 想定通りである。リスボンもロンドンも落ち着いたものだ。そろそろ、行っていない『門』を捜索したい。


 第一候補は『1860年のデリー』である。ホルス君達の世界は、実際選択外だ。何が出るか分からないし。1860年は、アメリカ南北戦争に、クリミア戦争など戦争続きである。


 産業革命による格差、列強とそれ以外が振り落とされる時代だ。アヘン戦争も含め、多くの国が植民地化される事になる。



 デリー自体はイギリスの物で、どうにも手を出す必要は無い。むしろ、その余地があるのは『オスマン帝国』だろう。『ヨーロッパの瀕死の病人』と言う、不名誉な二つ名を持っている。


 西洋技術の導入による近代化、と言う問題を抱え『タンジマート』と呼ばれる政策を推し進めている。だが、外国からの借金漬けで上手く行く筈も無く、各国の餌となる前の時代。


 積極的に介入するのは多少問題もあるが、何よりそれなりの国力とイスタンブールと言う要地を持っている。あと少し、何かがあれば大国として君臨出来るのではないか。


 個人的な方針としては、そんな感じになる。これまで培ってきた『蒸気機関』の技術もある。産業革命なら既にやった事があるので、二度目は簡単であろう。


 普通に、産業革命を何回も……と言うのもおかしな話ではある。そう言うのは、人生を掛けてやるものだしね。ともあれ、国力とお金が少し足りないというのは、我々にとって丁度良い規模なのだ。


「全く、また産業革命か。アキラはそういう富国強兵が好きみたいだな」


 ずらっとメンバーが集まる中、ジェームスは愚痴を吐く。


「仕方無いじゃない。大体、ジェームスも『蒸気機関』作れるでしょう?」 

「あぁ、そこら辺はマードックさん達からノウハウを受けているし、間違いなく出来るぜ!」

「私の海賊経験も生かせると良いですねぇ」千鶴ちゃんにもその辺の役割をお願いしたいものだ。

「俺達は……護衛とかかな?」


 三人組にも手伝いはお願いしたい。特にホルス君の機転の良さは、お墨付きである。


 いつの間にか背後を取るベルボーイ、と言う噂付きだが……。


「あれは、気が付いたらそう呼ばれてました。一応師匠の修行で、相手の動きを読むというのがありまして」

「そういう技術は凄いのに。師匠さんは……何であんな感じに?」

『さあ?』三人とも良く分からないらしい。


 ともあれ、ここも順調に業務をしている以上、新しい世界の開拓は必要と言う意見で一致した。


「しかしまあ、一つ所に安住出来ない呪いでもかかっているのか、アキラは」諦めろ、ジェームス。そういう物なのだ。


「引継ぎも必要無いですし、直ぐにでも出発できますね」

「そうね、事前準備を入れたとしても、今月中には出発したいわね」

『了解!』


 全会一致で、オスマン帝国に向かう事になった。どんな問題があって、誰と出会うのか。この瞬間だけは、ワクワクするのだ。


 私は、随分と増えたメンバーを見ながら、新しい世界に胸を膨らませるのだった。

日本編は終了です。結構寄り道もしましたが、やりたい事は全部完了しました。


……普通に、堀越二郎が出ています。この時期にゼロ戦の開発計画が出ていたのです。


商人から見た軍事、と言うネタですね。米軍相手に貧乏人が出来る事なんて、という奴です。


元ネタは、『ハーツオブアイアン』系ですね。軍事研究的な奴。


兵器開発に絶対必要な国力と無難な量産化、と言うネタはゼロ戦にぴったりです。


オスマン帝国の方は『Victoria3』ですね。時代もぴったり。

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