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74.戦争へ向けて 軍靴の音

「エリオ、遅くなってごめんね。あちこちに顔を出していたから……」

「いえいえ、マリアが楽しめたのなら、何よりですよ」

「お父さん、ただいま。とっても楽しかったの!色んな人と仲良くなったわ」


 エリオは、うんうんと頷いている。やはり子供の喜ぶ顔を見るのは嬉しいのだろう。


「マリアが居ない間、お客さんが落ち込んでいてね。やはり看板娘として気に入られていたよ」

「えへへ、そうなの。恥ずかしいなあ……」


 マリアちゃんにも居場所があるという事だ。時々顔を見せておきたいものだ。


「じゃあ、エリオ。私達は日本に戻るから。何かあったらサンダースさんに相談してね」

「ええ、分かりました。商会長もお元気で……ジェームスさん、お願いしますね」

「おう、任せておけ!」


 ……エリオには、結婚している事バレているかも。


「じゃあね、皆。千鶴ちゃんが戻る頃には顔を出すわ」


 特に急ぐ理由は無いが、日本へと戻る。紫禁城で陛下の様子を聞くと、物凄い量の執務で手が離せない様だ。日本に行った甲斐があったという事だろう。


 横浜に戻ると、春の日差しが眩しかった。すっかり季節が変わっている。


 メルちゃんとホルス君には、それぞれ食事処のウェイトレスとホテルのベルボーイをお願いした。

 レイ君は、その力を生かして貿易会社で積み下ろしをして貰う事にした。


 暫くしてホテルでは、毎日のように通ってくるお客さんが現れた。


 『竹鶴政孝』日本におけるウイスキーの父と言われる人だ。


 ……とにかく変わっている。また変人か、とうんざりするが仕方がない。


「竹鶴さん、またウイスキーの話ですか?」

「ええ、ここが日本で一番商品が揃っています。是非とも倉庫を見せて下さい!!」


 つまり、ホテルに用事があるのではない。山のようなウイスキーに囲まれるのが大好きなのだ。


「最近、お仕事をお辞めになったそうですけど……。これから、どうされるんですか?」

「一通り、知っている事を教え終わりました。北海道はイングランドの気候に似ていますから、そちらでウイスキーを造る工場を立てていますよ!」

「それはまた大変ですねぇ……。株主の方はいらっしゃるの?」


 竹鶴さんは苦笑いする。


「日本でウイスキーなんて、と言う人ばかりですね。……最初はシードルを作って誤魔化します」

「……ねえ、良かったらだけど。私共が支援しましょうか?」

「ええ、それはまた願ったりですが……。何故そこまで?」

「私もね、国産のウイスキーが欲しいのよ。何時までも、輸出できるご時世とも限らないですし」


 そう、日本の孤立が酷くなっている。そろそろ、蒸留所を売り払ってまとめ買いをしたら、貿易は止めるつもりだ。そうなる前に手を打っておきたい。


「……成程。しかし、ウイスキーは最低八年は熟成が必要です。それまでは碌な配当も」

「良いのよ、これは私の道楽ね。利益なんか求めていないわ」私は微笑んだ。


 これから、苦難の道のりを迎えるこの人を少しでも手助け出来るなら、それで良い。


「私ね、倉庫で目を輝かせている貴方みたいな、職人気質の人が好きでね。主人も同じ目をしているわ」

「そりゃ御馳走さまです。有難く、そのお話お受けしますよ」

「……じゃあ、何時ものように倉庫に案内しますわ。主人は酒好きですから、話が合うかも」


 まあ、偶然出会った縁を結ぶのは悪い事ではない。自分の欲望に忠実な変人と言うのは、私達に良く似合う。いい加減、変人にはウンザリもするのだが。



 久しぶりに、常連の高橋さんが来店された。喪服を着て、悲しそうに座っている。


「お久しぶりです、お爺さん。ようこそいらっしゃいました。何かご不幸でも?」

「以前に連れて来た東郷が死んだ。また一人、儂を置いて死んでしまう。やり切れない思いで一杯じゃ」

「あのご老人が……そうですか」


 随分と賑やかに供養の話をしていた事を思い出す。老齢だが、元気な方だったのに……。


「……では、何かお持ちしましょうか?」

「ああ、ウイスキーを頼む。アイツはよく飲む奴じゃった。コップを二つ貰えんか?」

「では肴には、肉じゃがをお持ち致しますわ」

「はっはっは、それは良い。良いお供えになりそうじゃ」良かった。ようやく普段の雰囲気に戻ったわ。


 湿っぽいのはこのホテルには似合わない。お客様には笑顔をお届けしたいのだ。


 それから毎月、高橋さんは通って来られる。いつの間にか、随分と酒量が増えた。


「お爺さん、お元気ですか? 随分と顔色も悪いようで……」

「そうじゃな、大臣の仕事が辛いわい。もう年だ、軍隊との折衝で揉めておるよ」

「……やはり、戦争は避けられそうにないですか?」


 何とかしたいが、どうしようもない。以前にも話していた。犠牲者が出る事が分かっても、個人の力では避ける事が無理なのだ。


「ふむ、国を傾けるまで軍艦や飛行機を作る。……国民が飢えていても、国威高揚の為じゃそうだ」


 彼は重い溜息を吐く。人一倍お金に詳しい人だ。それがどのような結果になるのかも、わかるのだろう。


「正直、軍人達の派閥争いの元凶らしい。今は、外出するのも危険でな……。今日は、秋山の命日じゃ。いつものを頼む」

「はい、ただい……」



 ……気になる事がある。確かこの時期に事件が無かったか?1936年2月……。軍事クーデターである『二・二六事件』だ。今日は二月四日……。ぞわっと嫌な予感がする。この手の予感は、経験上間違いなく当たる。


「……お爺さん、すみませんがこれを見て下さい」


 私は『宝玉』を触り、ホログラフのような地図を見せた。


「何じゃ、きらきらと光って。細かい丸が沢山あるが……」

「解かりました。一緒に来て下さい!」

「何じゃね、そんなに慌てて……」


 貿易会社に向かう。ジェームスが居る。


「ジェームス、至急本部に行きたいの。この人を連れて!」

「おい、何があったんだよ。大臣なんだろ、こんな偉人を移動させたら……」

「良いから、手伝って!」焦ってしまい、口論になる。


 もう、それが問題有りなのは承知済なのだ。とにかく、目の前で知人が死ぬのだけは我慢出来ない。


 無理矢理ジェームスに手伝わせて、鎌倉に向かう。『門』を開けて引っ張り込んだ。


「女将さん、何かは知らんがそんなに急いでどうしたのかね?」

「……あなた殺されるわよ! 軍部のクーデターの計画があるの。暫く身を隠して貰うわ」

「確かにきな臭くなっているが、まさかそんな事が……」

「一カ月! その間だけ、付き合って貰うわ。それで何も無ければ良し。ただ、本当に起こった場合は……」


 恐らく、ホテルに行って行方不明と言う扱いなら、捜索願が出るだけ。


 もしも、本当に軍事クーデターが起こったら、恐らく戻る事は出来まい……。


 今まで、テキトーにメンバー選びをしていたが、今回ばかりは違う。明確な危険を回避するだけの為に、偉人を引き込んだのだ。どれだけ影響があるか……。



「おい、アキラ。本気でやるつもりか? いつものメンバーとは違うんだぞ。史実が変わるかも……」

「分かっているわよ、ジェームス。私は何時だって本気よ。史実なんて関係ないわ、目の前で殺される人を放っておけないもの」

「……分かった。団長には俺も掛け合う」

「ありがとう。ごめんなさいね、迷惑ばっかりの女で」

「それこそ今さらだ。まったく、この爆弾女め」


 ともかく、一度本部で身柄を預かって貰う。もし、駄目だと言ってもやってやる。


 お爺さんを無理矢理馬に乗せて、敦煌に向かう。帰る頃には事件が発生すると思う。


 私一人で帰って、様子を見る事にしよう。もしかしたら、物凄い影響が出るかもしれない……。今更ながらに後悔しそうになる。でも自分の気持ちに嘘は付けない。



『……アキラ、君がやった事を理解しているか?』団長からの言葉は、厳しい物だった。

「はい、この組織でやってはいけない事は承知の上です。処分なら私だけにお願いします」

「全く、お前さんはいっつもやる事が極端じゃ。まあ、えぇ。占いでは、その老人が行うべき事は、終わっておる。元の世界には戻れないじゃろうが、そこまで影響は出ん」


 お婆さんの言葉を聞いて、少し安心する。


『……私が怒っているのは、違反をしたからではない。君の行動自身にある』

「行動……ですか?」

『……そうだ、不慮の事故や、暗殺される者など、それこそ星の数ほどいるのだ』

「……はい」

『……君の傍にいた者を救う。だが、会わなかった者は救わない。酷く傲慢ではないか?』


 それは……反論出来ない。団長の言う通りだ。結局、自分の我儘を押し通しただけなのだ。


『……君は世界を自由に移動出来る。だが、その力を私的に使う、という意味を考えろ。君は神様なのか?』

「いえ、すみませんでした……。」

「団長、ここまで連れてきた俺にも責任はある。アキラだけを処分するのは……」

「アキラちゃ~ん、別に処分なんかしないわよ~」

『へっ?』ジェームスと二人、変な声が出た。


『……そうだ。史実に拘る事は無い。ただ、行動に責任を持つ必要を説いていただけだ』

「偉人と言うても、そこまで世界に影響を与える訳でも無い。この前の皇帝陛下の件と同じじゃわい」


 ああ、そうだった。『権力者に未来を見せる』のがOKなら、そういう事になるのか。


「でも~。こんな無茶は~しないでね~」リズさん、すみません。これからは気を付けます。

『……分かったら、その老人を預かろう。元の世界には戻れない。それだけは了承して貰おう』

「ふむ、詳しくは分からんが女将さんが、儂の命を助けた。そして戻れない。そういう事じゃな」

「……はい、詳しい説明も無くすみませんでした」


 このお爺さんは他人と思えない。どうにも老人を助けたいと思うのは、私がお爺ちゃんっ子だからでもある。申し訳ないが、きちんと謝ろう。


「構わんよ、アイツら軍人にくれてやる位なら、ここで老後を過ごすのも良かろう。ただ、家族にだけは無事な事を伝えてやりたい。手紙を渡して貰えんか?」

「はい、もちろん喜んで! ……ありがとうございます」


 天才的財務家である『高橋 是清』が本部付きとなる。リズさんが大喜びする事は間違いないのだ。


 私は結果オーライとはとても言えないが、自分の行動にそれだけの責任がある事を、心に固く誓うのであった。

シリアス回です。


偉人達がちらほら出てきます。一応、プロット通りに進みました。


IF歴史を考える以上、避けては通れない問題です。


神様も出来ないような力で、本当に歴史を変えていいのか。そういう事です。

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