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6.我らが根拠地 魔都ロンドン

 長い旅路もようやく終わり。18世紀のロンドンはすぐそこだ。


 「ストーンヘンジ」にある『門』に到着したのは、夕暮れ間際の事だった。東方面の街道に沿って馬を走らせ、ロンドン近郊から中心部へと進んでいく。


 少し進んだ所で日が落ちると、ロンドン方向が明るく光っている。


 ヨーロッパだ、ヨーロッパの灯だ! と、一人心の中で呟きながら、ゆっくりと速度を落としていく。


 今はまだ狩猟場として使われているリッチモンド公園を横目に、ブリクストン方面へ抜ける。人の往来が多くなって来たところで馬から降り、手綱を引いて歩く。


 インド系やら中華系の屋台や市場から、行き来する人にぶつからないよう慎重に馬を歩かせる。


 今は夕食時で、あちこちから混ざり合った香辛料や茹でたお鍋の匂いが漂っている。


 イギリス料理はまずい、とのもっぱらの評判だがこの辺りの屋台は『割とまし』という微妙な人気になっている。少しお腹が空いたが自炊が一番、と心に決める。


 奥まった通りの、やや地味な個人商店街の中に私のお店『青い鳥道具店 ロンドン支部』がある。


 ロンドンが本部じゃなかったら何処が本部なんだよ、というクレームは五百回ほど聞いたが、まあ気にするなって。説明が面倒なのだ。


 店の看板には、古臭くてやや塗装の禿げたような『青い鳥』が掲げられている。


 『道具屋は、古めかしい雰囲気が重要』と、主張する従業員ご自慢の逸品だ。


 まだ営業中の店内だが、どうせ客はいないだろうなと自虐しながら表の入り口から入る。


 そうして唯一の従業員及び所属メンバー数人による、トランプ賭博の現場をいつものように妨害し怒鳴る私。


「まだ営業中じゃないの。遊んでないで仕事をしなさい!」「客なんていませんよ店長」との、やり取りもいつも通りのやり取りだ。


 つまり、ここは私の経営する魔道具屋さんでもあるのだが『青い鳥』所属メンバーの待機場所というか、秘密基地でもあるのだ。……高い魔道具を欲しがる客は少ないし、基本はオーダーメイドになる。


 主な収入は生活魔道具の修繕だ。魔道具類も品揃えが良いという訳でもなく、そもそも立地が悪い。まったく、常連と大口取引が無ければ、即死だったろう。


 どちらかと言えば、『ストーンヘンジ』にある合計5カ所の『門』が現れるまでの待合所、という扱いであり、オーナーは『青い鳥 本部』となっている。


 この店を譲り渡してもらう際の資金を無利子・無担保で貸し与えるようなお人よしなど、他に居よう筈も無い。


 私は、この店の元所有者である老商人と『養子縁組』してお店とマジックバックを込みで『相続』する事で、ロンドン市民としての保証とこのお店の経営権を得た。面倒だが必要な事なのだ。


 マジックバックの所有は、商人としての証明にもなる。「この程度の物を持たずに商人を名乗ろうとは」と、いう実力を示す意味でもあるのだ。


 ちなみに、その際の契約での諸経費は、なんと驚きの五万ポンド一括払いである。


 大体1ポンド=三万円程度、と換算しても十五億円である。そして『青い鳥 本部』への返済額は、毎月五百ポンドである。ああ、無利子で良かった……。


 私が、こうした諸々のお財布事情に思いを馳せながら、店内の状況を見ると……。こいつら、まだサボろうとしてるのか。全く、この連中ときたら。


「ジェームス、店長のお戻りよ。やっとの思いで仕入れて来たんだから出迎えなさい!」と、私はその中の一人に文句を言った。


 こいつが貴重な魔道具師であり、唯一の従業員でもあるジェームスである。


 どのくらい貴重かというと、こいつが居ないとお店が常に赤字を垂れ流す事になるくらいだ。


 というのも、この時代のロンドンには『専売条例』という名の一種の特許制度が認められており、その利益があるためだ。


 このジェームスは、魔道具師としての技術と知識は他に類を見ないレベルである。それを私が見つけ出した。拾ったとも言うが。


 元々は別の魔道具屋で雇われていたのだが、この性格と素行の悪さで追い出された。こいつは、魔道具を作る事が出来れば幸せという、マッドな気質を持っているのだが、あいにくと金が無い。


 ……魔導師や魔道具には『魔導石』が欠かせないのだが、これが驚くほど高いのだ。


 戦争続きでなければ、彼も一流の魔道具師として活躍できたのだが時代が悪かった。



 そもそも魔法、および魔道具の使用というのは『魔力の変換効率』が高いほど良い。


 人間に備わっている無属性の魔力『オド』を『魔術回路もしくは呪文等』に流し込んで、自然界に溢れる魔力『マナ』から、特定の属性を持つ魔法力に変換する事を魔法と呼ぶ。


 だが、別に個人が持つ魔力『オド』の量は魔法の威力には影響しない。


 『マナ』を効率良く魔法力に変える『魔力の変換効率』だけが問題であり、これが高ければ魔法が強いと扱われる。


 個人の魔法技能に関わらず『魔力の変換効率』を向上させる唯一の方法が『魔導石』の大きさ、である。


 また、魔法適性が無い一般人でも『魔導石』さえあれば、それなりに魔法を使う事が出来る。


 さて、古代ならともかく、この18世紀で列強国家としての勢力を維持するためには、大量の『魔導石』を確保して銃などの魔道具を製造し、一般人を徴兵して武器を渡さなければ戦争自体が出来ない。


 また、この時代の主力である魔導師達にとっても、強力なバフアイテムとして『魔導石』は欠かせない。



 だが、世界広しといえども此処ロンドンにしか、その『魔導石』を取り扱う市場は存在しない。


 何故か。理由は『魔導石』の産出地の殆どを「グレートブリテン及び、アイルランド連合王国」たる、このイギリスが掌握している事である。


 新大陸やアフリカ、中央アジアなどを除き『魔導石』の主要な産出地は無いのだ。


 列強の戦争は、何時からか「植民地を手に入れて豊かになる」事から「『魔導石』の産出地を手に入れる」事に変わった。


 この時代、フランスは革命を経てナポレオンが君臨し、周辺国は革命の流れに逆らって『対仏大同盟』を結んでいる。


 困ったのはフランスである。敵国であるイギリスが居るため、どうやっても『魔導石』が入手出来ないのだ。


 史実通りに歴史が流れれば、この後はトラファルガーの海戦でフランスが敗北する事となる。だが、フランスには肝心の『魔導石』が無い。この世界で果たしてどうなるのか。


 ナポレオンが何もせずに負ける事は無いと思うが、なりふり構わぬ手段に出る可能性もある。


 とにかく、この時代は戦争と暴力そして金がモノを言う。そういう欲望を扱いきれれば、いずれは大商人や財閥になる事さえ叶う……。


 一方で、庶民はその日暮らしを送るしかないという、何ともハードな世界である。



 目の前の男が、そのあたりの事を分かっているのかどうか……。分かっていないから、私の下で働いているのだろう。


 まあ私が『魔導石』をどうにか手に入れる位に稼ぎがあるから、この男が大好きな魔道具を作れてしかも儲かる。その金で私が……という循環が出来ているのではあるが。


 だが、少し釈然としない。こちらはいつも命を張っているのだ。


 まあ、こいつと一緒に考えた『小型魔導石の組合せによる魔力変換効率化』と言う発明での儲けが、月に三百£出ている事を考えれば、トントンと言った所か。これの為に店を開いたと言って良い代物である。


 一般的には生活魔道具等にしか使えない、所謂クズ扱いされる『小型魔導石』。


 こいつはそれを五つ組み合わせて『中型魔導石』と同じ効率を出すという、この産業革命が進む世界経済の根本を揺るがすようなものを作ってしまった。


 元はと言えば、こいつと出会ってパブで馬鹿話をしていた時に私が思い付いた事を、そのまま実現しやがった。


 今も特許庁にある原理図は、その時のパブでテーブルに零れたエールのシミを使って、こいつがすらすら書いたものを清書してそのまま出してある。


 何とかと天才は紙一重というが「ほんの数分で、歴史に名を残すような発明をするな!」と、あきれて怒鳴ったっけ。


 ……間違いなく、このジェームスという男は魔道具師としては天才だ。



 だが、こいつの本質は『クズ』である。そろそろ年単位での付き合いとなった私だが、女性として一人の人間として、こいつを世間に出してはいけないと思う。


 イタリア出身の伊達男、イケメンで頭脳明晰。一見優良物件に見せかけてヒモ気質がある。というより、女癖が悪くて働かない。


 金遣いが荒くて大のギャンブル好きで、口癖が『この勝負に幾ら賭ける?』という、ロンドンにいてはいけない部類の人間である。


 こいつを故郷から、ここに連れ出した奴が居たら躊躇なくぶん殴る。マジで。


 ……私の男運が悪いのは、今に始まった事ではないが「こいつだけはなぁ」と思うのであった。


 とはいえ優秀である事は間違いなく、この店の隅々まで管理するだけの技量はあるので、この世界に放逐する訳にもいかず、惰性によりここで働かせているのだ。


 ホント、魔道具以外駄目なんだよなぁこいつ。



「それはさておき、仕入れた商品と使った経費纏めるから、台帳持ってきて」

「ほいよ店長。今回の収穫はどうだった?」

「中央アジアで遭難しかけて、ハーンの末裔から、色々と感謝された。あと馬くれた。外に繋いである」

「……ハァ。あいも変わらず、エキセントリックな仕入れ方法だなぁ」と、呆れながら台帳を持ってくる。


 今月の収支を勘定しながら「アンタの家、確か馬扱ってなかったっけ?なんか、凄い馬なんだけど分かる?」と聞く。


 私は馬の専門家ではないが、あの馬の価値はわかるつもりだ。


 やれやれ、と文句を言いながら外に出て例の子馬を見に行ったらしい。


 そして、顔面蒼白になって帰ってきた。


「中央アジアのハーンの末裔って言ったか? モンゴルだよな、それ」と妙に興奮している。

「なんか、お孫さんにあげるはずだったとか……。なんで?」


 ジェームスのマッド気質が出たらしい。早口でまくし立ててきた。


「あのなぁ、あっちの人にとっては、馬っていうのは財産というより、パートナーなんだよ。それをあげるって……。あの馬、もしかして変な歩き方とかしなかったか?」

「うん。何故かは知らないけど、揺れなくてすごく乗りやすいよ」


「……側対歩って言ってな、超希少な馬なんだよそれ。しかも、がっちり筋肉ついてて健康な子馬。多分、一千ポンドは下らない」と、顔面蒼白になりながら評価額を出してきた。


 一千ポンド、てえっと……日本円で換算したら、三千万円? 家買えるじゃん!!


「……マジですか?」「マジだよ。遊牧民の馬って貴重というか、軍事機密レベル。種牡馬や競馬用にしたら、もっと価値が上がるかも知れん」と恐ろしい事を言い始めた。


 私は、「それは却下。あの馬は私専用だから。それにお爺ちゃんに申し訳ないよ」


「まぁ、それは冗談として……。あの馬、蹄鉄付けてないから急いで手配するわ」


 まあ、真面目な話をぶち壊すような奴じゃないしね。なんだかんだで、きっちりしてるわ。

 第1話でも出したように、主人公はお金儲けよりも自分の居場所を求めています。


 このロンドンと言う街の雰囲気を自由に楽しんでいるのです。


 第一章はキャラ紹介や世界観になります。第二章からが本番。凄い勢いでインフレします。


 具体的には、取り扱うお金の桁が二つ程上がったり、大国を巻き込んだ大問題に発展したり。


 なので、そこまでは我慢して読んで下さい! きっと面白くなります。


 なお、このジェームス君はキャラが立って動かしていて楽しいです。


 こいつ、元々留守番する為のモブキャラの予定だったんですよ。


 大体の感覚では、主人公が20歳位、ジェームスが25歳位。


 ただ、精神年齢でいうと、主人公かなり高い。


 と言うより、その歳であちこちに店を持っているほど「しっかりとしていて」金儲けが何より大好きという程に「歪んでいて」命の危険を顧みない程に「荒んでいて」年上のおっさん達相手に正論ぶちかませる程に「肝が据わっている」。


 ただの女子高生だって、2年もそういう生活してれば……って感じ。


 ものすっごいアンバランスな精神状態。過去に色々とやらかしてしまったのもあるでしょう。


 だって、ボトムズのキリコだって18歳ですよ。「むせる」と、こうなってしまうという事なのです。

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