【番外】ロンドンの女帝は
社長は、私達が言うのもなんですが、変人だと思います。
初めて会ったのはワット博士の元に居る頃でした。当時、倒産寸前の会社に来て、いきなり「マードックさん、この会社の技術をこちらに戴きたいのです。何卒、ご協力をお願い致します」と言われました。
それだけで何となく察しました。この人の強引さと、それでも人が付いて来るカリスマ性ですね。
「ロンドンの女帝」と呼ばれている事は、その後知りました。お似合いですね、まったく。
私が研究を妨害された事、ワット博士での仕事や特許を取りたいという夢を語った時、自分の事の様に怒って下さいました。ああ、良い人なんだと思いましたよ。
……その時ですね。この人の為に何かしてやりたいと思ったのは。
何故か、やろうとした事を駄目出しされるのですが。思う存分自分の技術を振るうのが楽しくて、つい暴走してしまいますのでね。何かと社長には苦労を掛けたと思います。
それでも、社長は商機には人一倍敏感でいきなり鋭い一言を放ちます。ああいう人物が大成するんですね。
私が蒸気船を作りたいと言った時は、驚いていました。まあ、どちらかと言うと、集めた人材が問題だったかもしれません。アイツらは変人ですからね。
社長は、いつもお金の事を考えています。我々技術者は、とにかく新しい物や先進的な物を目指してしまいます。予算が足りなくて苦労するのは社長、という事になってしまいました。
そういえばジェームス君は、長い付き合いのようです。そんな反応はいつもの事だと軽く流していました。随分と詳しいと思ったものです。
我々も変人だ、と言う自覚はありますよ。誰も作った事のない『蒸気船』を実現させようなんて、まともな人間の考える事じゃありません。
フルトンも社長には呆れられていました。まあ、まともな奴でない事は確かです。画家が突然船が造りたいというんですから。しかも、給料も要らないと言ってましたし。
モーズリーは、よく社長に忘れられます。何故かは知らないですが、いつも気が付かないらしいです。他のメンバーの存在感が濃すぎるからだ、と言うのですがそんな物でしょうか。
千鶴さんは海賊だったと聞きました。とにかく海と船が好きで破天荒な人です。二十ノットの船に拘り過ぎて、社長からは呆れられていましたね。どうも、船の事になると人格が変わるという話です。
五人揃った時点でどんどん試作機が大きくなっていく事に、社長は頭を抱えていました。良いじゃないですか、大きい事は良い事です。目標は大きく持ちましょうよ。
とにかく社長はお金に対して異常な執着心を持っていました。普通ではないと思います。その癖、慈善事業に大金を払ったり、買占めをしたり大金を一括で払ったりと、どうにもお金が欲しいのか使いたいのか分からくなります。
小型の『蒸気船』を見た時もそうでした。これでデモンストレーションすれば良いと言っていましたが、「こんな小さな船なんて」と噂されると恥ずかしいじゃないですか。我々が苦労して作ったのに、お構いなしです。
結果的に小型の船を商品化する事になったので、問題はありませんでした。確かにそう言われれば、そっちの方が需要有りますよね。いや、社長は目の付け所が違う。
新技術は試行錯誤の連続です。『高圧蒸気機関』が爆発した時もそうです。千鶴さんには悪いですが、テムズ川の汚さには参りました。そのおかげで浄化プロジェクトが進んだので、結果オーライですが。
ジェームス君はそのプロジェクトのせいで、拘束される事になってしまいました。夢の高圧蒸気の段階調整機能は、もう少し進めたかったですね。あと、逆推進機関の研究も完成しませんでした。
……何時か実現させるつもりではあります。我々は技術者ですから、決して諦めないのです。
一応、妥協の産物として大西洋横断の為の試作機が完成しました。『吠える四十度』への挑戦は、また今度にしましょうか。千鶴さんも喜ぶでしょう。
そういえば、変人と言えばネルソン提督ですね。何がとは言いませんが、本当にトラファルガー海戦の立役者なのか? と思う事があります。時々おかしな事を口走ったり、明らかにボケたりします。
いきなり式典用の艦船を作った時は驚きましたよ。設計書を渡したので作れるのは確かですが、本当にやるとは思いませんでした。社長の怒りは凄かったです。スケジュールが全部狂ってしまいましたからね、当然ですが。
「だって、こんなに凄い船欲しかったんじゃもの。ちょっとフランスを滅ぼすだけじゃよ」とか言っていました。もう戦争終わったじゃないですか、何で滅ぼす必要があるんですか。
ともかく、我々にとっては悪夢の日々でした。……毎日毎日会議と作業の指示とを繰り返して、碌に寝る暇も有りませんでした。流石に何でこんな事に、と思うしかありません。
トラブル続きでしたが、船が完成した時は嬉しかったですよ。長年の夢である、大西洋横断の最短記録を目指すのです。長年と言っても一ヵ月ですが。ああ、特許も取れましたね。良かったです。
船に乗り込んだのは良いのですが、名前を決めていませんでした。……そんなこと考える暇も有りませんでしたよ。まったく、あの爺ときたら碌な事をしませんね。
結局、船長のあだ名である「ロンドンの女帝」で決まりました。良い名前ですね。……その時はあんなことになるとは思いませんでしたが、まあ社長だし良いかと。
暫くして千鶴さんが「ハリケーンの詰め合わせ、おひとつどうぞ―」とでも言わんばかりに、嬉しそうに雲を指さしました。まさか嵐に巻き込まれるなんて、聞いていませんよ。どうするんですか?
もう、覚悟を決めて突っ切るしかありません。社長も我々の技術を信用すると言ってくれました。こうなったらやるしかありません。
『蒸気機関』をフル出力にして突っ切ります。いつ爆発するか心配しましたが、何とかなったようです。これも日頃の行いが良いせいでしょう。
ニューヨークに到着した我々を歓迎してくれました。新聞記者がインタビューをしています。社長もこういう事は初めてらしく、慌てていました。
……結果的に、社長の事は面白おかしく書かれてしまいました。こういうのがアメリカ式なんでしょうか? 社長も怒りで震えています。良いじゃないですか、店の宣伝にもなりますよと言ったら怒られました。……理不尽ですね。
恥ずかしくてロンドンを歩けないそうです。まあ、良いじゃありませんか。人気者になれたんですし、とは思っていても言いません。そのままにしておくと、あの新聞社に雪崩れ込みそうだったので、適当に誤魔化しました。
やっぱり社長は変人ですよ。
ジェームス君と結婚した顛末だってそうです。何で、交際の一番初めにやる事が偽装結婚なんですかねぇ? もっとやる事、他にあるでしょう、色々と。……口に出しては言えないですけど、英国紳士ですから。
その後は、裸で部屋に飛び込んだらしいですね。なるほど納得、流石は社長ですね。強引に辻褄を合わせるのは得意技ですよね。どうにも順序がおかしい気がしますが。
最後に我々に報告して披露宴ですよ。あの社長、失礼ですが『恋人』って知っていますか?『変人』じゃないですよ。ええ、普通は結婚前にそういう関係になるものです。
何時も我々が振り回される事になっていますが、社長曰く『変人に振り回されるこっちの身にもなってみろ!』だそうです。お互い様ですね。
まあ、社長が幸せそうで、我々も安心していますよ。どうせ、他の世界に行っても周りを振り回すんでしょう。その内、すました顔して子供を連れて来そうな気がしますが……その時は、また宴会をしましょうか。
ともかく、あの社長の笑顔を見るのは悪い気がしません。ずっとそうしていて貰いたいと思います。




