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62.海軍ホテル開業します

 

 図書館での情報収集が終わって、物件を見て回った。三日かけて選んだのは、横浜市郊外の洋館。かつては大使の別荘として使われていたらしい。金額的にも問題なし。宿泊の為の部屋数が少ないので、多少増築しよう。後は隣の空き地に、貿易会社兼倉庫の建て増しをする。


「よし、最低限の手続きは終わったわ。ホテルの方は改築が終わるまでの間に、必要な品物を調達しましょう。貿易会社の募集はどう?」

「ああ、五十人程募集があったぞ。一応、まともな経歴の奴を十人ほど選んである」

「じゃあ、早速面接しましょう」


 全員での面談だ。何故か皇帝陛下迄居るのだが、何でそこに当然のように座っているのですか? まあいいけど。何人かと面談をしたが、ロンドンとの往復という条件で尻込みする人ばかり。


「うん、どうにも条件が合わないね」

「ほぼ船の上で往復ですし、買い付けが出来る交渉力を考えると……」

「まあ、通訳兼ウイスキーの買い付けは、俺がやればいい。事務の得意な奴が良いんだが……」

「この人で最後ね。えーっと、安藤さんか」


「宜しくお願いします。安藤と申します」

「以前は、会社を経営されていたんですか?」

「はい、台湾との貿易会社を開いたのは良いのですが、保証人に巻き込まれて……」


 ……何時の時代も同じ事だ。エリオの所も同じ理由で職を失っていた。


「では、私共の仕事は陶磁器をロンドンに運び、帰路で買い付けを行ったイギリスの商品を運んでもらおうと思います。家族の住む場所は提供致します。給与は三千円でどうでしょうか?」

「えっ、そんなに貰えるのですか?しかし、往復で二ヵ月以上か……分かりました。その条件で構いません。よろしくお願いします」

「ええ、では契約書をお持ちします。細かいお話はまた後で」何とか、ちょうど希望の人材が見つかった。


 ジェームスも問題ないと判断したようだ。何故か皇帝陛下も満足げだ。なんで?


「それでは、私も帰る事としよう。そちらも忙しくなるのだろう?」

「そうですね。千鶴ちゃん、安藤さん一家のお世話と契約をお願いね。ジェームスはそのまま、一緒にロンドンへ向かって貰うわ」


 私と皇帝陛下で一旦戻り、本部で経過報告を行おう。恐らく往復一ヵ月と言ったところだ。


「OK、アキラ。無理はするなよ」ジェームスからの名前呼びも馴染んだ感じ。

「お互いちゃんと仕事しましょうね」

「はい、お姉様。こちらは任せて下さい」


 皆と別れて、鎌倉に向かう。『門』はもうすぐそこだ。皇帝陛下は名残惜しそうに富士山を眺めている。


「どうしました? もう少し残りたい、とかですか?」

「いや、この地に来られて良かったと。思い出にこの風景を心に留めていたのさ」

「まあ、たまに来られても良いですよ。近いですし、ホテルに宿泊するだけなら……」

「ありがとう。しかし、私にはしなければならない事が出来た。恐らく厳しい道のりになる。寄り道をしている暇など無いのだ」


 そうか、清王朝の末路を見て心を動かされたのか。もしかすると、大きく歴史を変える事になるかもしれない。本部への報告は必要だろうな。


「お仕事頑張って下さいね」

「ああ、お互いやるべき事がある。この度は迷惑を掛けてしまったな。また、宮殿に顔を出してほしい」

「はい、そうですね。時々お邪魔しますよ。今度は影武者無しでお願いします」二人で大笑いする。


 恐らく、この後私達と交わる事のないお互いの道。そう思うと、三日間が貴重なものに思えた。


 

 宮殿に戻ると、心配した臣下の方達が集まっていた。


「大丈夫ですよ、皆さん。もう皇帝陛下は十分に異世界を楽しまれました。もうこんな無茶はしないでしょう」というと、皆さんが安堵の表情を見せた。

「皆、済まなかった。これより執務に戻る。やらなければいけない事は山積みだ。力を貸してほしい」


 皇帝陛下は戻られた。これより、国を富ませて民の為に脇目も振らずに突き進むのだろう。その姿を見ながら宮殿を後にする。


 本部までの道のりを急ぐ。挨拶もそこそこに団長の部屋に集まった。


「1933年の日本に繋がっていました。色々と手続きを済ませて、横浜郊外の洋館でホテルと貿易会社を設立する予定です。あと『康熙帝』に乱入されて、そのまま歴史を教える事になってしまいました」


 隠し立てする訳にも行くまい。正直に経緯と内容を伝える。恐らく二度と起こらないだろう、と一言付け加えた。


「まあ、特に変化があるような占いの結果は出ておらん。一人の人間に出来る事には限界がある。それは皇帝だろうと変わりはせぬ」

『……一通り注意は必要だが、諜報部隊を何人か参加させることにする。サンダースには伝令を頼む事にしよう』

「アキラちゃ~ん、私もお邪魔していい?」

「リズさんはお仕事をしてください。直ぐに書類を貯めるんですから……」


 リズさんはブーブー文句を言うが、聞かなかった事にしよう。これ以上、あの世界をカオスにしたくない。


「まあ、戦争も近づいておるようだし、出来れば介入は少なくしたいがの」お婆さんが悩んでいる。


 恐らく、軍事スパイと間違われる可能性を心配しているようだ。


「ホテルには宿泊施設とメンバーの待機場所を用意しています。必要であれば、従業員として扱う事も出来ます」

「……そうじゃな、まずはその辺から始めようかの」


 とにかく、本部への説明とすり合わせは完了した。後はホテルの開業だけだ。ロンドンの往復は3カ月弱かかると思うので、それまでは普通のホテルとして営業を始めよう。


 なんだかやる事が一杯だが、それもまたよし。誰か、戦闘に強そうな人を見つけられないだろうか?


 ともあれ、そのまま横浜に戻る事にする。一旦、遊牧民の街で交易品を補充しよう。


「あ、お姉様。おかえりなさい」横浜に戻ると、ジェームスと安藤さんが既に2週間前に出発したと千鶴ちゃんから聞く。安藤さんのご家族も一緒に暮らしている。

「お疲れさま、千鶴ちゃん。こっちは本部に連絡を取ったわ。皇帝陛下は……もう、自分のやる事を決めたみたい。もうこっちには来ないみたいよ」

「……少し寂しいですね。今度、皆で謁見に行きましょう」


 やはり、なんだかんだで一緒に居て楽しかったらしい。気持ちは分かる。あの人面白いしね。


「さて、ホテル開業に必要なアルバイトとリネン類は、揃っている?」

「あの、安藤さんの奥さんがホテルを手伝いたいらしいです」

「あぁ、じゃあ給料と別に時給を渡すわね。あと二人位いればいいかな?」

「そうですね。後はホテルの広告も新聞に出してあります。名物は『イギリス料理』です、って書きました」


 流石に、冗談と思われるかもしれない。『マズイと評判のイギリス料理』を売り文句にするホテルはあるまい。二人でクスリ、と笑う。


「そうね、後は何かサービスを出そうと思うわ。『夜鳴きそば』とかどうかしら?」

「お蕎麦ですか? なんかホテルっぽくないですけど」

「あぁ、違う違う。ラーメンの無料サービスを出そうと思って」


 この時代、ラーメン屋さんはかなり少ない。世間に広まるのは第二次世界大戦後の満州からの引揚者が店を出したもの。当然、そんな物を出す店も限られている。そして、海軍関係者が集まるなら会議の続きを、という事もあるだろう。夜食があれば人気が出ると思う。


「それと横浜のパン屋さんから毎日パンを届けて貰って……。食材の買い出しも考えなきゃ。色々と忙しくなるわよ」

「はい、頑張りましょう。こういうお店って初めての体験です」千鶴ちゃんも楽しそうで良かった。


 当然、海軍鎮守府のある横須賀にも広告は済ませている。ああ、ちょうどいいから『海軍カレー』も作っておこう。あれは、私の得意料理である。ノウハウは全てマスターしているし、人気メニューになるかもしれない。


 やらなければならない事も多いが、こういう準備が楽しいのだ。まるで文化祭の前日のような忙しさに皆で駆け回る。ああ、ホテルの名前は当然『ホテル横浜ブルーバード』である。


 私は、このお店が繁盛してくれればいいな、と思いながら荷物の整理を進めるのだった。

 シリアス回です。ホテルの開業までになります。


 このホテルで色々な人と出会う、というのが日本編の流れですね。サクッと更新していますが、結構悩んでいるのです。


 恐らく、軍人や政治家を出演させる、という流れなのですが殆どの人がメジャーなんですよね。


 この時代の人でマイナーな人というのが少ない。また、横須賀に居ないという人も居る。悩み所ですね。


 そしてやっぱりカレーだった。狙ってないのにカレーの方からやって来る。怖い。

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