61.まずは身元と拠点作り
横浜で質屋や魔道具屋を訪れて、結構な数の交易品を買い取って貰った。骨董屋で景徳鎮を鑑定して貰う時には「年代の割に綺麗過ぎる」と言われ、何とかつけて貰っていた窯の書面を見せて、真作を認めて貰った。
まあ、そりゃ二百年程前に作ったばっかりだもの。普通はそんな事にはならないのだが。
ともあれ、大体一万円程のお金に換金出来た。更に東京方面にも行って買取を続ける。お金はいくらあっても足りない。根拠地となる不動産を買いたいからだ。どうも不景気で店や旅館などの廃業が多いらしい。
外国人が出入りしても不審がられなくて、元手無しで何とかなりそうな商売として、洋風のホテルを買い取ろうと思う。合わせて貿易会社を作ろう。イギリスとの貿易で現地の商品と景徳鎮の交換を行いたい。
ここは横須賀に近い。海軍関係者にイギリス料理とウイスキーを提供するお店を作れば、需要がある筈だ。国産ウイスキーは、まだほとんど存在しないのだ。
そうと決まれば、公的手続きの為に戸籍の捏造を行う事にする。幸い、満州への移住や昭和不況での失業など人の出入りが多いので、別の人物に成りすまして戸籍謄本を作成する事で何とかした。蛇の道は蛇だ。お金の力でゴリ押した。
闇市場から裏マーケットへと話を持っていき、専門の店にたどり着く事が出来た。まあ、使った金は二千円を下らない。面倒だが、正規の身分が無い事には何も出来ない。
問題はジェームスだ。イギリス人で日本に居る理由に困る。思い切って「ジェームスと私を、夫婦扱いにしてください。彼に嫁いでロンドンに移住して、その後日本に帰化したと言えば、周囲に納得される筈です」という事にした。
まあ、何というか自分なりに考えた、恋愛の進め方である。千鶴ちゃんは、『違う、そうじゃない!』という顔をしている。……まあ、自分でも何をしているか、よく分からないのであるが。皇帝陛下は大爆笑だ。いい加減笑い過ぎである。
「無茶をするなあ、店長」
「もう店長じゃなくて、アキラって呼びなさい。怪しまれるでしょう」
「全く……考えなしだなあ、アキラは」困ったような、面白そうな不思議な反応のジェームス。
言うな、これも怪しまれない為なのだ。決して、他意はない。
という訳で、ここ日本における「結城 映」と、帰化したイギリス人「ジェームス 結城」が誕生した。千鶴ちゃんは「来島 千鶴」で戸籍を取った。まず怪しまれる事は無いだろう。
「いやあ、面白い。こんなに楽しい旅になるとは思わなかったよ」皇帝陛下、こっちは必死なんです。面白がっていないで、目立たないようにして下さい。
「しかし、仕方がないとはいえ滅茶苦茶するな、アキラ」喋りずらそうではあるが、照れてはいない。
「ジェームス、これ以上納得出来る理由思い付く?」
「ないな、従業員よりはましな理由だ」
「……お姉様、勢いに任せ過ぎですよ。どうするんですか?」
千鶴ちゃんは呆れている。まあ、何とかなるさ。
「そうね、まだ残金は一万二千円以上はあるわ。不動産屋で洋風のホテルになりそうな物件を探して、購入した後、貿易会社とホテルの起業をするわ。多分、ホテルは三人位アルバイトを雇って……。貿易会社は、誰か雇いましょう」
「じゃあ、地方の新聞紙に求人広告を出しておこう。恐らくだが、大学を出ても職が無い奴が大量にいる。応募者を厳選すれば、そう言う奴もいるだろう」その辺りはジェームスに頼むとするか。
「じゃあ、千鶴ちゃんと一緒に物件巡りをするわ。陛下は……どうします?」
「済まないが、図書館に少し訪問させてくれないか?」
「あぁ、私達も情報収集があるので、皆で行きましょう。各自の仕事はその後ね」
幸いな事に近辺に「横浜市図書館」があった。関東大震災で蔵書が焼けたらしいが、それでも結構な規模であった。まだ、この時代は情報統制されていない。
世界の歴史や出来事、著名人など様々な文献で結構な時間調べる事となった。私が書籍を読み、ジェームスがメモする。千鶴ちゃんと陛下は歴史書にかぶり付きとなっている。
どうやら、江戸時代の流れと清の歴史に衝撃を受けているようだ。
「来島家……どうも残っている可能性は無いですね。まあ、知っていましたけど」
「日清戦争に日露戦争。満州国……何という事だ、我が国が列強に侵される事になるとは……」
「まあ、百年以上も維持出来ただけでも、凄いと思いますよ」
「いや、日本との差を思い知った。内戦で国が荒れるとは……これではいかん。もっと我が国を強くせねば!」ああ、予想通りの反応だった。
当然、皇帝陛下は清の歴史を見るだろう。そしてその末路も……。史実の影響が怖い所だ。
いや、逆にこの行動が織り込まれている可能性もある。彼が名君になるために、この行動が必要だったかもしれない。どちらかは分からないが、これも『運命』の流れに沿っている気もする。
本来、遊牧民の街が滅亡する事が史実だったのだ。そうなれば『康熙帝』との出会いも無く、もしかしたら名君にはならず、普通の皇帝として過ごしていたかもしれない。そう思うと、随分と史実からズレているのではないか。
分からない。実際、亡くなった人が少なくなるのなら、多少の歴史改変も止むを得まい。
どうにも、この史実という奴は厄介だ。『未来から過去への干渉』という問題の影響に悩む。『バタフライエフェクト』という言葉がある。少しの変化が大きく影響する事もある、という話。
だが、例え清が強くなっても日本に勝つ様な変化は起きないだろう。恐らくではあるが、日本と中国の環境・状況の違いだ。日本の識字率は高く、人口はそこまで多くない。事前に大規模な蘭学が広まったため、西洋化への負担は低めだろう。
一方の中国大陸には人が多すぎる。識字率を上げる事も人口が多すぎて、ままならない。日本独自の事象である『大政奉還』などの方法が無い、中国の西洋化は無理だろうと思う。
初期条件の違い、という奴だ。幾ら清が西洋技術を導入しようと、それを全国民に行き渡らせる事は物理的に不可能なのだ。
そこまで考えて『康熙帝』を図書館に連れてきた。彼にとって、必要な情報はそれで足りる筈だ。なんだかんだと言い訳しているが、結局その目的を達成できれば、皇帝陛下は大人しく戻ると考えている。まあ、面白そうにこちらの行動を見て楽しんでいる節もあるが……。
……まあ、個人的には可哀想だと思うのだ。それでも彼が国を豊かに民の事を思って行動し、後継者に語り継ぐ事に意味はある筈だ。
「どうですか、歴史の知識を認識した感想は?」皇帝陛下に質問する。
「やはりお嬢さんには、こちらの目的を読まれていたようだね。私にとって、清は治めるべき国だ。その未来を知り、出来るだけ民を豊かにしたいという想いは止められない」
「そうだと思っていました。私だって、そういう気持ちが無い訳ではありません。困った人や弱い人を助けたい。その為なら歴史を変えても構わない、そう思う事がありますから」
『康熙帝』は、こちらを見ている。悲しそうな、寂しそうな眼。未来を知ってなお、自分の使命を果たそうとする名君。その理由は私達しか知らないのだろう。
歴史書に決して載る事のない、彼が名君になる動機。どのような歴史であっても彼は名君となるだろう。
「お互い頑張りましょう。より良い明日を目指して!」
「良い言葉だ。そうだ、明日をもっと良いものにしよう!」二人でクスクスと笑った。
それは、誰も知らない意思表明だ。歴史に抗う者達の心の叫びだ。
そのようなやり取りはあったが、1860年以降の史実から見えてきた事がある。このまま、日本が孤立して戦争に向かう流れは変えられない事。最終的に敗戦し、自分の知っているような歴史を歩みそうな事。
……そして、それまでの流れで大量の人々が亡くなる事だ。
「ねえ、少しでも戦争で亡くなった人を減らす方法はないかしら?」
「……無いな。そんな物があったとして、実施する方法が無い」ジェームスは断言した。
「そうですね、この時代に干渉しようとしたらそういう政治家や軍人に接近する事になります。却ってひどくなる可能性もありますよ?」
そうなのだ。もし、ロンドンやリスボンで行ったような活動を行ったとする。一時的に戦争に勝ち、犠牲者が減ったとしても、最終的に日本が滅亡する可能性だってある。むしろ、その可能性の方が多いのではなかろうか……。
「悔しいね。被害が出る事が分かっていて、何も出来ないなんて……」
「そう言うな、アキラ。俺達はただの人間なんだ。神様にでもならないと、そんな事は出来やしない」
「……そうですね。そんな事が出来るのなら苦労はしません」
「お嬢さん、それは皇帝である私であっても同じ事だ。どんなに権力を持っても無理なのだよ」
そうね。目の前を救う。まずはそこからだ。今までだってそうだ。困った人や苦しんでいる人との出会いで、偶然が積み重なっていただけの事。
勢いの良い事を言っても仕方がない。まずは出来る事から、だ。
「よし、皆担当の作業を始めるわよ! 陛下も私達と同行してね。」
重い気持ちを吹き飛ばすように、私は大きく手を振り上げてこの世界での居場所を作り始めるのだった。
シリアス回です。
主人公が暴走していますが、平常運転ですね。
個人的にこの皇帝陛下の行動、思い詰めてやってしまいそうな気がします。
さて、歴史のIFを扱う以上、避けては通れない話です。そう簡単に歴史を変える事は出来ません。皇帝陛下を入れる事で、物語の説得力が増した気がします。
架空戦記は心躍るものがありますが、その陰で犠牲になる人達の事を忘れてはいけません。
元ネタは「Victoria3」誰もが一度はやる、清と日本の近代化プレイです。
まあ、歴史を変えるのは大変なのです。




