59.突然の同行者
遊牧民の街は、随分と変わっていた。街を訪れる旅人にあちこちに立つお店。行きかう人々の様子は不安に怯える事も無く、賑やかになっていた。
「うわあ、本当に街だねぇ。話には聞いていたけど、ここまで変わるなんて」
「やっぱり税金が安くて、珍しい物の売買が多いというのが要因でしょうね」
「ああ、魔道具の需要は高いからな。珍しい物があれば、遠くから足を運ぶ切っ掛けになる」
その辺り、建国や交易が上手く回っているようだ。イスタンブールまでの輸送での交易はむしろ利益よりも宣伝の役割が大きそうだ。まさにシルクロード復活というロマン溢れる異国情緒である。
「ああ。残念、国が出来上がって行く所をリアルで見られなかったなんて……。悔しいわね、お爺ちゃんに文句言ってくる」
「お姉様は、リアル大航海時代とリアル産業革命に関与して、まだロマン成分が足りないんですか?」
「確かに……そんな奴普通は居ない。贅沢な悩みだな」
そう言うものか。何となくこの場所は思い入れがあるのだ。何もない所から作った国だし、勿体ないというのは理解して貰え得ないだろうか。
「確かに、クリルタイも含めて関わった事が多いから、物凄く身内感はあるな」ジェームスも魔道具工房の成長に嬉しさが隠し切れない様だ。
「でしょ、マール君を貰った時からの『運命』なんだと思う。お婆さんが言っていたもの」
「……私にとってのリスボンみたいな感じなんですね」千鶴ちゃんにとってのホームグラウンドは、クルシマの名前がある、あの貿易会社なのだろう。分かる気がする。
「少し街を廻りながら、面白そうな物を探してからお爺ちゃんの所に行きましょう」
清との貿易が多いので、結果的に通貨は両と銅貨になったようだ。多少の持ち合わせはあるから、適当に店を廻るのも良い。
そういえば、街の真ん中が、あの時作った池と井戸になっているのか。あの時の拡張が今に繋がったという事だ。そう思うと感慨深い。
「やっぱり、賑やかな街っていいよね。ジェームス初めてここに来た時の事、覚えてる?」
「そういえば、寂れた所だとか言っていたなあ」
此処には、かつての面影はない。僅かに私が転がった岩山がある位だ。ゲルとレンガ造りの建物が同居し、異国情緒を引き立てている。
「ただいま、お爺さん、お母さん。久しぶりに戻ってきました」このゲルは相変わらず変わらない。
「おお、お嬢。元気にしておったか。何でもまた『海』に行っていたと聞いたが。そんなに面白い物かのぅ」
「そうね、その内世界一周するんじゃない?」
インド洋と大西洋は制覇したので、後は太平洋だけか。そういう問題ではないのだが、ロマンなので仕方がない。そう言うものなのだ。
「こっちは随分変わったね。皆は元気?」
「うむ、皆が畑や交易で忙しくてのう。息子はあちこちに駆り出されておるよ。そろそろハーンの座を譲ろうかと思っておる」
結局、流れで息子さんが色々と掛け持ちする事になったのか。まあ、問題が無ければ良し。
「今度は中国から別の世界に行くつもりよ。ちょっと交易品を貰っても良い?」
「ああ、好きにしなさい。魔道具も陶磁器も定期的に運び込まれておる」
「アキラちゃん、こっちにいらっしゃい。飾り物も増えたの。気に入ったらあげますよ」
お母さんと思い出話に花を咲かせる。
「ジェームス君とは仲良くやっている?もうそろそろ、身を固めた方が良いんじゃない?」
「それが……忙しかったり、変人とつるんだりで。何というか『倦怠期の夫婦』って言われました」
お母さんが大笑いする。そんなに笑うこと無いのに。
「やっぱりアキラちゃんは変わらないわね。もう少し大人になって『身を焦がす恋』をした方が良いわね」
「何か、そう言うのが苦手で……」
「お姉様は、大胆なのかいい加減なのか、奥手なのかよく分からない所がありますね」千鶴ちゃんも呆れ顔だ。
そうは言っても、今まで男性と付き合った事は無いし、どちらかというとおっさんや爺さんに好かれたりと、イマイチ男性関連でピンと来ないのだ。通っていたのが女子高だったのも問題かも。
「それは良い訳よ。思い切って自分に正直になった方が良いわよ。好きなんでしょ?」
「……はい。それは認めます」
なんだか、また女子会の雰囲気だ。どうにも周りから見てもどかしい、というのは理解出来る。
「まあ、ジェームスさん側にも非があります。お姉様、魔道具に嫉妬してますし」
「……ああ、それはあるかもしれないわ」
酷い言い様である。まあ、当たらずとも遠からず、と言ったところか。何処が良いのか、と聞かれれば魔道具に夢中な事。怯む理由が魔道具の方に興味があるのでは、という事。
「何かきっかけが無いのよ。良い案は無いかしらね?」私は首を捻って悩む。
「……裸で寝室に忍び込めば、進展しますよ」千鶴ちゃんも呆れてそんな事を言う。
それを聞いて、お母さんが笑った。
「私がやった方法ね、それ。この辺りじゃ通い婚が普通だし、女性が告白する事も無いから。自然とそうなるのよ」
アグレッシブだなあ。やはり遊牧民族は肉食系だなあ、としか感想が出ない。流石にそれはドン引きである。
「まあ、それはともかく。思い切ってみたら?」
「……まあ、善処します」
そんな感じで、色々と心にもやもやと感じながら遊牧民の街を出る。そういえば、この街なんて呼んでいるのだろう?
「ああ、ダルイムの街で通じるな。部族以外の奴が増えたが、元々の呼び名は変わっていない」ジェームスも随分この村に馴染んだなあ。
そうして、そのまま北京への道を進む。私はと言えば、進展しない関係を如何したものか、寝ながら悩むのが日課になっている。
「まさか、本当に裸で突撃する、訳にも行かないよねぇ……」そろそろ千鶴ちゃんもその案で良し!というようになっている。アドバイスが全く参考にならない。
『乙女心』は経験値が足りないのか、お仕事してくれる気配もない。
「呼び方を変える……も、違うか。いっそ物理的にすり寄って」
まあ、毎日グルグル悩んでも、そんなにいい考えが出る訳でも無い。それに、関係が壊れるのも怖い。こういう事は『高度な柔軟性で臨機応変に』が出来ない自分が嫌になる。
「もう、悩まなきゃいけない事、他にもある筈なのに」
……もういい。精神衛生上よろしくないので、とりあえず寝る事にする。
予定よりも早く北京に着く。前回の宿屋に泊まり、陛下への謁見を依頼する。勝手に入って良い、とは言われているが、行ったら行ったで文句を言われそうだ。何で皇帝陛下が拗ねない様に、ご機嫌を取る必要があるのか、とは思う。
まあ、色々と便宜を図って貰っているのだ。仕方がない事なのだろう。
翌日呼び出される。何だか随分と早い。だが、皇帝陛下は遠くから「ご苦労」とだけ言って、絡んでこない。……何だかおかしいが、気にせず『門』へと向かう。
「何か……皇帝陛下の様子、おかしくなかった?」
「私もそう思います、何か隠しているような」
「知らんが、さっさと『門』を通って彼方の世界の確認をしよう」
まあ、そうね。『門』の周りは随分と人が居る。立ち入り禁止にしても、好奇心には勝てないらしい。構わず『門』を開けた。
気が付くと、誰かが横を通り過ぎて『門』へと入る。随分と強引だ、追わないとどうなるか分からない。出口が安全とは限らないのだ。馬に乗っていたので、通り過ぎる人に対応が出来なかった。馬に乗ったまま『門』に突入した。
「皆、行くよ。さっきの人影を追うわ」
「はい、お姉様。気を付けて下さい。こちらを待ち構えているかもしれません」
急いで追いかける。どうやら、その人はこちらを待っていたようだ。どういうつもりかは知らないが、とにかく無事で安心した。
「誰なの、あなた。理由によっては、倒さないといけません」千鶴ちゃんが攻撃態勢に入る。
「ふふふ、バレてはいなかったか」その人はどうもこちらとやりあうつもりは無いらしい。顔を隠す上着を取った姿を見て全員で驚いた。
「こ、皇帝陛下じゃないですか!何しているんですか、あなた!」
「……やっぱりこうなったか」ジェームスは諦めている。まあ、正直この展開は予想していた。
「どうも様子がおかしいと思ったら、あの陛下は偽物ですね」
「ああ、三日程度は影武者を務めてくれるだろう。臣下を説得するのに苦労はしたが」
「戻れ、と言っても聞いてくれませんよね。ちゃんと説明して下さい」
「ああ、どうしても他の世界が見たくてね。大丈夫だ、三日程様子を見たら帰るつもりだ」
「どうする、店長。無理矢理戻しても……」
「どうせ、『門』が開いたタイミングで、勝手にウロチョロされるだけよ。満足するまで付き合ってあげれば、もうしないでしょう」
「ああ、お嬢さんならわかってくれると思っていたよ」
「納得した訳ではありません! ここ迄するのが計画的だから、一番マシな選択肢を選んだだけです!」
まったく、この皇帝陛下が名君だなんて信じられない。自分の立場を分かっていて、ここまで計画を進めるなんて。まあ、ある意味能力は高いと言えるが。
「私だって、ずっと宮殿に居るのは苦痛なのさ。『冒険者』のお嬢さんには分かって貰えると思う」
「今回だけだからですからね! 破ったら、もう二度と会いませんから!」
「……それは困る。お嬢さん達には嫌われたくないしね。私を一人の人間として見てくれる、数少ない人達だ」
私は大きな溜息をついて、頭を抱えた。全く、この人ときたらフットワークが軽すぎる!
仕方がない、一番穏当な方法で満足して貰おう。もしも危険があると分かったら、何があっても戻す。
「ジェームス、千鶴ちゃん。仕方がないけど、皇帝陛下を守ってね。間違っても危害を加えられない事!」
「済まない、この埋め合わせは幾らでもしよう。許して貰えるとは思っていないが」
仕方のない人だ。ここまでされても嫌いになる事は出来ない。何故なら同類だからだ。
それが『冒険者』だ。例えどんなに名君だって、それに抗える人は居ないだろう。未知なる世界があって、そこに行けない悔しさは理解出来る。
「陛下。貴方を陛下としては扱いません。私の指示には決して従って下さいね」
「もちろん。それは絶対に約束するよ」皇帝陛下はご機嫌だ。
私は、突然の同行者に戸惑いながらも、諦めに近い形で納得するしかなかったのだ。
いよいよ新クールに突入です。皇帝陛下が楽しそうで何よりです。
主人公は、いい加減に(男の)ロマン主義なのを何とかしろと思います。
今回の元ネタは、「チンギスハーン・蒼き狼と白き牝鹿IV」です。今はもう、プレミアソフトになっています。あのゲーム、人種が入り混じって面白い街になるんですよね。
皇帝陛下の乱入は、突発的に入れました。物語的に面白いですし。まあ、心情的には理解できます。まあ、今クールの変人枠となります。思う存分ふらふらして貰いましょう。
目の前に未知なる世界があって、宮殿から出して貰えないならそうなるだろうね、という事で。
いたずらっ子に手を焼くような主人公も良いかと思います。実際、大人し過ぎて感情が動きにくくなってますし。
恋愛成分は、思いついた時に適当に入れます。
そろそろ何とかしろよ、という人も居るかもしれませんが、もどかしいものでしょ他人の恋愛って、と思っています。普通かどうかはさておき。




