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57.さよならは言わないで

 しっかりと営業活動を行った結果、ほぼ借金十万£分を『蒸気船』関連だけで稼ぐ事が出来た。うむ、やはりお金稼ぎは良い。心がほっこりとする。


 だが、このまま漫然と留まるというのも違う気がする。心の中で囁くのだ『新天地を目指せ』と。自分の中の『冒険者魂トラベラー』は、しっかりと私の中に宿っている。安住しようとしても、満足を得られない。


 やはり、商売も新しい所から立ち上げるのが楽しいのだ。安定した毎日に何処か空虚な物を感じる。


 ……やはり私は何かを探し続ける宿命があるのかもしれない。いい加減にそっとしておいた『門』の先。何が待ち構えているのか。どんな人達に出会えるのか?


 何より、私が元居た世界や世界の果てを探すのが『今、私がここに居る理由』なのだから。


 ロンドンは、私のホームグラウンドで帰るべき場所。だが、他の世界の誘惑には勝てない。


 だから、行くのだ。ここで出会った人々と別れる訳ではない。もちろん、一緒に旅に連れ出す訳にもいくまい。彼らにもやらなくてはならない事があるのだから。


 ……決めた。今こそ『冒険者トラベラー』に戻る時だろう。名残惜しいが、帰ってこないという話でもない。少し時間をおいて、戻ってきたら皆と思い出話や見果てぬ世界の話をするのも良い。



「……グレッグさん。相談があるんだけど」

「あぁ、何だ?そろそろ旅に出るのか?」グレッグさんが思わぬ一言を呟く。

「何で分かったの?」

「店長とも長い付き合いだ。そろそろ、未知の旅路が恋しくなると思ってな」


 成程、確かにそうだ。いつも留守番を頼んでばかりなのだ。こちらの思考パターンなど、御見通しって事か。


「それで、どうするんだ?」

「……何を?」思わず聞き返してしまう。

「ここに残すメンバーと、一緒に連れて行く相棒をどうするのか、って事さ」

「……出来れば、皆で色々な世界を廻りたいと思うわ。でもね『出会いもあれば別れもある』って、本部のお婆さんから言われたのよ。暫くしたらまたここに戻って来る。でも、皆は、それぞれ進むべき道があると思うの」


 マードックさんにモーズリーさん。フルトンも本来ここの偉人なのだ。やるべき事もある筈。ズルズルとこちらの都合で拘束してはいけない。


「まあ、そう言うと思ったさ。それ以外は?」

「ジェームスと千鶴ちゃんね……。それぞれの意思に任せようかと」

「ふうん、年寄りの忠告と思って聞いてくれ。……一度離れた心は、戻らない事が多い。気に留めておく事だ」


 グレッグさんが、妙にきちんとした大人の様に話す。もちろんいつも大人として振舞っているけど、何というか少し距離を置かれたような、そんな気分。


「その意味は、何となく分かるけど……そうね、どうしたものかしら?」

「我儘になるのも、時には必要とだけ言っておくよ」


 一瞬、いつものグレッグさんに戻ったような感じ。


「俺は、家族と一緒に此処に居る。他の連中とのやり取りや事務的な作業もあるしな。あぁ、ジェンナー博士の援助も任せておけ。気にせず旅路を楽しむと良い」

「いつもありがとう、グレッグさん」


 傍から見れば、別れの挨拶なのだろうか。あまり、実感はない。どうにも『グレッグさんは留守番』という思い込みがあるからかも知れない。


「じゃあ、私は皆の所で話をしてみるわ。色々引継ぎもあるし」

「ああ、エマやオリヴィアには話しておくから」



 『蒸気船』の生産ラインの調整で忙しい工場へと向かう。どんな反応をされるのだろうか。最近はずっとここに掛かりきりだったからなあ。


「店長、ここを出て行くのですか?」マードックさん達は驚いている。今の仕事を続けるのだと、思われていたらしい。

「うん、私の目的は別の世界を探す事なの。言ってなかったっけ?」

「……いや、すみません。お金稼ぎしか頭にないものだと思っていまして」


 酷い認識である。そんなに『守銭奴』だったろうか。……まあ、否定は出来ないか。


「ええ、楽しかったのに……」フルトンが落ち込んでいる。まさかの反応である。

「そうだな。色々と試行錯誤したり、苦労した事もあったが……」モーズリーさんも寂しそうだ。


「皆さんには、こちらの工場をお願いしたいの。もちろん、ずっと旅に出る訳でも無いし。時々戻って顔を出すわ」

「そうですね、永遠の別れという訳でも無いですし。こちらは我々に任せて、行ってらっしゃい」

「はい、お願いしますね」


「……で、俺達も行くぜ」

「はい。お姉様、護衛役は必要でしょう?」

「……残っていても良いのよ。ジェームスも魔道具屋があるんだし」

「店長から目を放すと、何処に飛んでいくのか分からないからな。一緒に居る方が安心だ」

「そうですね、いつも真っ先に飛び込んでいくんですもの」


 二人とも、そんなに私が危なっかしく見えているのだろうか。そんなに危険に身を晒した事は無い筈なのに。


「分かったわ。どうにも腐れ縁なのは変わらないのね。旅の予定だけど本部経由で、遊牧民の村から『門』を目指すわ。紫禁城に行くつもり」

「ああ、皇帝陛下に会うのも楽しみですね」

「……普通に言っているけど、結構特殊な事だからな」ジェームスが呆れている。


「二人とも準備があるでしょう。出発は二日後でどう?」

「ああ、工場への引継ぎもそれ位で大丈夫だ。元々、そんなに魔道具の技術は必要ないし、マニュアルも渡している。何時でもいけるぜ」

「私も、特にしておく事は無いですね。せっかくだから、ダニエルさんの所で送別会でもしませんか?」

「……良いわね、それ。美味しいものを食べて、皆で騒いでお別れするのは私達らしいかも」



 という事で、翌日にロンドンでお世話になった人達を招いてパーティをする事にした。旅に出かける事は、身内だけに留めておいた。


 だが、ネルソン提督にはクレームだけでも言っておかないと。勝手に工場と契約結んじゃだめですよ。


「わかっとるわい。最近は各国の発注が多くて、こちらへの船が足りないが……まあ、急ぐ訳でもない。じっくりと老朽艦との入れ替えを進めるつもりじゃ。どうせ海戦なぞ起きる気配も無いしの」

「体は大事にしてくださいね。せっかく拾った命ですから」


 ダニエル君が腕によりをかけて、ご馳走を振舞ってくれる。鰻の蒲焼も随分と手慣れたようだ。これがイギリス料理? という程に、丁寧にしっかりと下拵えを行い、様々な食材が独特の技法で調理されている。

 もう、免許皆伝だろう。むしろ、こちらが教わる側になった。


「アキラ店長。暫くお会いできなくなるのは寂しいですが、旅先で面白い食材とか調味料があったら、持って来て下さい」

「ダニエル君は勉強熱心だねえ。頑張りなさいよ」


 短い付き合いだったが、同じ女性同士で打ち解けたグレッグさん家の親子とも挨拶を交わす。新商売の方は任せっきりになってしまい、少し申し訳ない。


「店長、行っちゃうんですか? もう少し商売の事を教えて欲しかったです」

「エマちゃん、グレッグさんも立派な商人なのよ。交渉や営業回りを教えて貰いなさい」

「店長、無理はしないでね。体に気を付けて、ちゃんと戻って来るんだよ。あの店は店長の物なんだから」

「オリヴィアさん、お店を暫くお願いします。戻る予定がまだ分からないので……」


 世界初のコンビニエンスストアの開業は、目前だろう。カレー屋フランチャイズの品数もどんどん増えている。そのうち小売業で財閥になるのかもしれない。 


 何もトラブルが無ければ、長い間その世界の調査や拠点作りをする事になる。最低でも一年位は必要かもしれない。リスボンにも顔を出したいのだが、難しいかも。



「ふう、何か考える事が一杯で……何を言って良いのか分からなくなるね」

「結構ロンドンでの活動が長かったですしね」

「結局、魔道具屋は再開できず……か。まあ、研究は旅先でも続けるし、良い商品を見つけりゃ戻って再開するかな」やはり、ジェームスはロンドンに多少の未練もあるらしい。生まれた世界への愛着、かも。


 自分は……ここロンドンから始まって色々な事に巻き込まれて……いや、巻き込んだ方が多いかも。まあ暫く戻れないと思うと、少し寂しい。


「皆さん、明日三人で出発します。見送りは……なしで良いです。さよならは言いません。また戻ってきたら旅のお話を土産に、またここで騒ぎましょうね」と、最後の乾杯で締めくくった。


 荷物は準備OK。途中で本部によって、借金を纏めて返してしまおう。ちょっと報告したら、そのまま旅の始まりだ。


 ……夜、ベットで泣いたのは秘密だ。少し目の周りが腫れぼったい。別れだって今までもあったのにロンドンから離れるので、こんなに動揺すると思っていなかった。


 始まりの地、ロンドン。たくさんの思い出を胸に、新しい世界へ向かって進むのだ。


 私は、寂しさとワクワクが綯い交ぜになりながらも『ストーンヘンジ』へと向かうのだった。

シリアス回です。


 この辺でロンドン編が終了となります。とにかく主人公が突っ込み役に回ってしまい、シリアスにならなくなりました。


 もう少し描写が多くても良いのですが、どうもスピード重視で内容を削ってしまいます。


 別れの場面も食べ物やら会話やら追加しても良いのですが、何となくイマイチにも感じる。


 何時か別視点やら、番外みたいに追加するかも。


 なるほど、面白いと気になった方は、評価☆やブックマークを付けて頂けないでしょうか。また、感想などもお待ちしています。


 日本編は難航しそう。偉人や有名人をどのくらい出すか、ちょっと検討中。投稿が遅くなるかもしれません。

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