56.変人達の後始末
私は怒っていた。ニューヨークには、恐らく何十年と破られないであろう大西洋横断日数を十二日、という記録を出して到着した。ニューヨーク市民に歓迎されて、インタビューを受けてホテルで休み、翌日の新聞を見た、という状態だ。
何に怒っているかと言えば、その新聞の一面のせいだ。確かに間違った事は書かれていない。インタビューの内容も確かにそう言った。しかし、何というかこう、言葉のチョイスと言うか……悪意の有る書き方というか……。
……うん、ぶっちゃけ言おう。ふざけるな! 新聞のタイトルはこうだ。
『「ロンドンの女帝」処女航海で偉業を達成。敏腕女商人へのインタビュー「初めてですけど、良かったです」流行に敏感なニューヨーク市民も大歓迎。台風をブチ破ってきた、凄い船の性能とは?』である。
なんというか……卑猥である。下ネタなのだ。何処が、とは言わない。私だって女性である。恥ずかしい事もあるのだ。全く、あの新聞記者めぇ!
ホテルの一室には、変人共と千鶴ちゃんが、その記事を見て震えている。笑いを堪えているのは分かっている。私は悪くない。もしここに包丁があったら、新聞社へ突入してあの記者をめった刺しにしている所だ。
ただ、それは出来ない相談である。この時代に存在する新聞社は「ニューヨーク・ポスト」のみ。そりゃアメリカ独立から日が経っていないのである。
そして、その記者兼社長である人物は『アレクサンダー・ハミルトン』アメリカ建国の一人である。彼の功績は法律・金融・産業など多岐にわたる。とてもじゃないが、危害など加える訳にはいかない大人物だ。
……そして、アメリカ合衆国における『言論の自由』を実施した人物なのである。
だが待って欲しい、幾ら『言論の自由』であろうと、東スポのような紛らわしい見出しを付けて良いものか。酷いマッチポンプだ。別に何を書いても良いって意味じゃないでしょ! と私の怒りは有頂天。
私は、その忌々しい新聞記事をくしゃくしゃに丸めて、未だ笑いを堪えきれない面々に投げつけた。
「……タダでさえ、船の名前のせいで恥ずかしかったのに、ご覧の有様よ!」
「まあ、店長。店の宣伝だと……」
「納得出来るかぁ! そう言えば、丸く収まると思わないで! 大体この記事はイギリスの『TIMES』でも掲載されるのよ。もう、ロンドンの街中を歩けないわよ!」
まるで、間接的に乙女の尊厳を奪われたようなものだ。酷い話だ。
「……間違いなく、皆で笑っているでしょうねぇ」千鶴ちゃんも他人事だと思って。
「そ、それより帰りの航海の準備と、後の処理を……」
マードックさん。今、私にその余裕があると思って? 暫く一人にして欲しい位だ。間違いなく顔から耳まで真っ赤になっている、怒りで。
一通り、呪いと罵倒を新聞社のおっさんに投げつけて、ひとまず落ち着いた。
「さて、と……一応今後のスケジュールを確認するわよ。もし次にさっきの話をした奴が居たら、ノータイムでぶっ飛ばすからね。ガチだから」皆を睨みつけて怒鳴った。
「は、はい。……スケジュールと言うと?」マードックさんが代表で、恐る恐る返事をする。
「『デチューン』よ。アンタ達の尻拭いね」
「……ああ、量産化の為ですな。今の設計だとコストと日数が釣り合いませんしね」
「それだけじゃないわよ。皆が超技術をつぎ込んだせいで、この時代のテクノロジーから逸脱しているの。史実を守るためにも必要なのよ」
ネルソン提督には悪いが、十七ノットの蒸気船なんて使わせる訳にはいかない。リバースエンジニアリングで歴史が変わる可能性が高いのだ。
進水式が終わったら、各種装置を付け直させる。大体、勝手に作った方が悪いのだ。文句なんて言わせないわ。世界ふしぎ大戦が起こってしまう前に手を打たないと。
「解かりました。まあ、我々は技術者です。出来る限り高性能な技術を追求するのが使命です。ですが商売人ではありません。販売する際の考慮に文句はありませんよ」
「そうね。この時代相当の技術にしましょうね。十ノットもあれば、十分でしょ」
十七ノットの玩具を渡されて、天にも昇る気持ちの提督には悪いが、これも我々の使命なのだ。諦めて貰うとしよう。
「小さい方もやはり見直すのですか?」フルトンはそっちが気になるのか。
「そうね。スペックが高くても、耐久性が低いんじゃ使い物にならないわ。性能を抑え目にして耐久性を上げるのよ」
「まあ、鋼鉄のリベットなんて量産向きじゃないしな。その辺の改修は店長に任せる」
全員、頷いている。千鶴ちゃんが少し未練たらたらではあるが。
「……二十ノット。二十ノットぉー!!」ええい、やかましい。千鶴ちゃんもいい加減にしなさい。
「もう、仕方ないでしょ。……本来の歴史からずれ過ぎているのよ。大西洋横断もそう。十二日なんて、塗り替えるのに最低でも百年は掛かるでしょうに」
まったく、大金と時間を盛大に使って、後始末までしないといけないなんて。
そんな感じで話を纏めて、さっさとロンドンに戻る事にする。今度は、華々しい歓迎も大掛かりなイベントも無い。淡々としたものである。
……大西洋横断の記録が十日になった事は、絶対に秘密なのである。
「はい、ただいまー」と、ロンドンのお店に到着だ。賑やかな店内と、私に向けられる好奇の目。やっぱり、知れ渡っているよねぇ。
無実だって。あの記者のせいなのよ、と言っても仕方ない事だ。黙って噂が静まるのを待つしかない。
「……お疲れさん。まあ、大変だったな」ジェームスが出迎える。てっきり指さしながらゲラゲラ笑われると思ったのに。おかしな事もあるもんだ。
「まったく、酷い目にあったわ。もう、こういう騒ぎは当分御免だわ……」
「テムズ川も随分と綺麗になったぜ。もう、悪臭がする事も無いだろう」
どうやら、市民に対して「テムズ川を汚染した者に罰則を加える」という法案が徹底されたようだ。
まあ、イギリス海軍の目の前でそんな事が出来るのか、という話だ。
「それにしても、反応が薄いわね……何かあったの?」
「そりゃ、いくら何でも日数が経ち過ぎだしな。散々笑ったら何というか、やり切った感があって……」
やっぱり笑っていたのね。まあ、知ってたけど。
「それで、今度は何をするんだ? どうせ『蒸気船』の量産化か、『蒸気機関車』を作るかだろう。賭けをしてたんだ。なあ、早く教えろよ」全く、こいつときたら変わらないわね。
「量産化のために『蒸気船のデチューン』をするわよ。まったく、あんた達が暴走しなきゃ必要が無かったのに」
「くそ、外れかよ。しゃあねえなあ、……ほらよ、グレッグ十£な」
店内で賭け事は禁止だと、あれほど言ったのに。
「そんな訳で面白くも無い、淡々とコスト削減の作業をするわよー。一£削減したらもっと儲けられるのよ。まったく良い話じゃないの!」
皆が死んだ魚のような眼をして、自分達が犯した罪を償うのだ。さっさと普通の技術を使って、工場のラインを動かすのよ! ジャンジャカ儲けて、借金を返済しなきゃ。
商人的にはウキウキで、技術者的にはウンザリなそんな作業。とはいえ、コスト削減も立派な技術革新なのだ。ちゃんとやって貰わないとねぇ。
「まあ、それは否定しません。簡略化と製造工程の短縮も必要だとは認識しています」流石マードックさん、伊達にワット博士のところで苦労はしていない。
「そうそう、良い機会なんだから、思い切ってシンプルにしなさいね」
「へいへーい」やる気のない返事が返ってくる。
まったく、いつもは良い笑顔で魔改造する癖に、こういう時は気が進まないのか、このマッド変人共め。
そんな感じで、工場のラインの見直しと部品の軽量化。『鋼鉄』から『鋳鉄』への変更などを進め、小型の船ならちょっとした稼ぎがあれば購入可能なラインまで削減できた。良い仕事だ。
「そういえば、ネルソン提督からクレームが来たぞ。『十七ノット出るって言ったじゃないですか、ヤダー!』……らしい」グレッグさんの物まねのクオリティが高い。
「誰も十七ノット出るなんて言っていないわ。あれは試作機だから。勝手に新聞記者が書いた事だし」
まったく、勝手に船を作った事を棚に上げて何言ってんだこいつ、と思う。あの爺、今度会ったら文句言ってやる。
「まあ、そう言う風に返事しておいた。……どうせ店長の事だ。まともに対応しないだろうと思ってな」
「当然じゃない。あの船は勝手に作ったんだから、メーカー保証対象外に決まってるでしょう」
全員大笑いである。ネルソン提督には悪いが、あんな魔改造を真に受ける方が悪いのだ。
私は、そろそろ海外から打診が来そうな『蒸気船』の発注でどれだけ儲けが出るか、皮算用を始めるのだった。
コメディー回である。
いや、私はAVと聞いて、アニマルビデオしか思い浮かばない、純粋な人だ。だから、私は悪くない。皆の心が汚れているだけなのだ。
と言いつつ、(R15の設定に)すり替えておいたのさ!青少年の心を守る男、スパイダーマ!!(熱い風評被害)……うむ、酷いものである。
思いついたのだから仕方ない。書いていて楽しいし。
それはともかく、ロンドンでの商売も終わり。
無理のない歴史改変はどうだったでしょうか。実際に大西洋横断が十日になったのは1860年代。五十年は先取りです。やり過ぎだ。
個人的にはマイナー過ぎる偉人を使って『蒸気船』という最新技術を作る為に大騒ぎさせる、という目的は果たせたので満足です。
やや強引かも知れませんが、こういうスタンスなので。




