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4.異世界への旅と新しい居場所

 宴会の翌日、塩の返礼品を貰う事になった。


「皆で話し合いの結果、村一番の馬をお渡ししたいと思う」と言う提案があったのだ。


「私の息子に渡す予定だったのだが、ぜひ受け取って欲しい。というか、受け取って下さい。お願い致します。村のメンツに関わるのです」


 族長の息子さんからの提案だった。しかし、馬かぁ……。


「馬、ですかぁ……。私、馬は苦手で。以前物凄く気持ち悪くなった事が……」

「大丈夫、特別乗りやすくて、気性も良い馬だから。試しに、乗ってみて貰えば判る!」と、太鼓判を押された。


 まあ、試してみるだけなら何とかなるか、と前向きに考えてみる。少なくとも、砂漠を徒歩で横断するよりかはましかもしれない。


「後は、村で作っている織物や絨毯など、あるだけお渡しします。他に必要な物があれば、言って下さい」

「えっと、それなら革とか毛皮ってありますか? 沢山欲しいんですけど……」

「あるにはあるが、そんな物で良いのかね? もう少し、価値のある物の方が……」こちらを心配してくれているのだろう。躊躇しているようだ。

「いや、元々それが目的でしたし。ウチの取引先に寒い地方があって、そっちでは喜んでもらえるので」


 ……族長が進み出て全員の気持ちを代弁した。


「すまんが、ありがたくお受けさせてもらおう。貴方からの恩は、一生掛けても返させて貰う。われら一族の誇りに賭けても、礼をせねばならん」と言うと、全員が頷いた。

「いえいえ、これで助けて頂いたお礼にさせてもら……」


「いや、それではこちらの気が済まん。必ず礼はする!」と族長以下、全員が威圧してくる。

「……わかりました。また今度、こちらに来ますから、その時で良いですか?」

「おお、また来て貰えるのか、ありがたい事だ。よし、皆の者。次こそは返礼出来るよう努めよ!」


 『おおっ!』と全員の気持ちが一体となり、本日の宴はなんだかんだで終了した。


 しかし次来る時には、何を言い出されるのだろうか。うーむ、困ったものだ。命の恩人に貸しを作ってしまうとは……。


 基本的に、この村には足りていない物が多い気がする。このまま、貸しが増えないといいんだけど……。



 その翌日、約束の馬を試し乗りする事になった。きれいな毛並みの子馬で、しっかりとした体格をしている。鞍や手綱も特別性だと思われる、立派な物が用意されていた。


「こちらが約束の馬となります。体格に合わせて、子馬にさせて戴きました。成長すれば、どこの馬よりも速く駆けると思います」馬を担当する男性から、自慢するような感じで説明を受けた。


 そう聞いて子馬の目を見ていたら、ぶるるーと鼻を鳴らしながら、すり寄られた。尻尾を振り回すのは、喜んでいるのか。


「この子、随分大人しい馬ですね。大丈夫なんですか?」

「もちろんです。生まれた時から人に慣れさせていますし、気性の良い馬同士で、子を産ませております」


 つまり放牧民の本気、という奴らしい。


 なら大丈夫かもと思い、跨がせて貰った。確かに以前に乗った馬に比べて、大人しく感じる。


「少しずつ歩かせますので、不安になったら教えてください」と、手綱を持ってもらった。


 馬は、カッポ、カッポと歩き始める。あれ、本当に揺れない、この馬。何が違うんだろう。


「大丈夫ですか?」

「いえ、本当に大丈夫です」本当に何も感じないので、それしか言う事が無い。


 しばらくして、自分で手綱を握らせてもらい、一人で歩かせてみる事にした。すごい緊張する。


 手綱を右、左へと、少し動かすだけで、すいっと方向を変える馬。後ろを見ると、楽しそうに尻尾を振っている。


 乗ってみて分かったが、これは楽しい。もしかしたら本当に大丈夫なのかも。


 くるっと反転させて、少し鐙を蹴って合図すると、子馬が直ぐに反応して、小走りを始めた。


 全然揺れない、まるで風に乗ったように進み、加速する。馬に乗るのがこんなに面白いとは思わなかった。


「どうですか。お受け取り頂けますか?」男性はにっこりと笑う。

「はい。この子のお世話の仕方とか、食べる物とか色々と聞きたいです」という事で帰りは、騎乗しての砂漠越えとなりそうだ。



「明日には出発するって本当?」と、いつもお母さんと呼んでいる、族長の娘さんから話しかけられた。


 随分と気に入られてしまい、身の回りの世話をしてもらっている。


 なんというか、雰囲気的に『お母さんっ……!』という、独特なオーラを放っているのだ。


「ええ。もう少しゆっくりして行きたいんですが。仕事が詰まっていまして……」


 そろそろ鉱山町の店に顔を出さないと。帳簿の確認に借金返済、税金の支払いも近いし。……あぁ、帰りたくないなぁ。


 とはいえ、仕入れも順調。馬の調子も考えて早めに出発しないと、どんなトラブルに巻き込まれるか分かったものではない。そもそも、ここに来る時には死にかけたのだ。準備は徹底しないと。


「じゃあ、あっちで女の付き合いしましょうか?」と、手を引っ張られる。


 女の付き合いって何? と聞く間もなく、まるでお人形になったかのように着せ替えタイムが始まった。


「やっぱり、若い人は白の衣が良いでしょう」と、お婆ちゃん。

「いやいや、こっちの赤い刺繍の方が映えますよ」と、お母さん。


 実際どっちも綺麗な衣装ではあるが、どっちでも良いといえる雰囲気ではないので黙っておく。どうやら、嫁入り衣装やら特産品やら、昔から伝わる物まで全部持ち寄ったらしい。


 お婆さんが「上下両方着せれば、良いではないですか?」と言ったら、皆が「それだ!」と騒ぎだした。


 大変に賑やかなのだが、あっちこっち引っ張られて、被せられて、何かアクセサリーもつけ始めて、何が何やら。


「すみません、お婆ちゃんにお母さん。そんなに着せられても動けないですから。助けて!」

「あらあら、大丈夫よ。いい子にしててね」という、お母さんの声を聴いた時。


 不意に、本当のお母さんのような気がして。長く会っていない顔を思い出して。……駄目だ、我慢できない。


「お母さん……。帰りたいの、帰りたいよぅ……」と、涙が次から次へと溢れ出てくる。


 女性陣も手を止めて、何事かと騒ぎ出した。


 今まで誰も知合いのいない場所で、ホームシックを必死に我慢していた分、思いがけない形で何かが噴き出してしまったのだ。


「お母さん……。お母さん、会いたいよぅ……」そう呟く私に、お母さんはそっと膝枕をしてくれた。そのまま小一時間、涙は止まらなかった。



「……それで、お嬢や。妻と娘から様子が変だと聞いたが、何か不手際でもあったかのぅ?」


 一通り落ち着いた後、女性陣に囲まれながらお爺ちゃんの所へ向かった。お爺さんが申し訳なさそうに、話を続ける。


「言わないようにしておったのだが……。娘はのぅ、子供を2歳くらいの時に病で亡くしておってな……。もし生きとったら、お嬢位の年齢じゃった……。その、誰かの身代わりの様に扱った事、謝らせて欲しい」と、お爺さんが頭を下げた。


 私は、その誤解を解こうとして慌てた。


「違うんです! そうじゃなくって……。本当のお母さんの事を思い出してしまって……」

「あ、ごめんなさいね……その……お母様は亡くなられたの?」と、お母さんに優しく気を使ってもらった。


「いえ、生きていると思います。ただ、この世界にはいなくて……」と、言ってから後悔した。


 異世界の事。あまりにも現実離れしている……。でも、この雰囲気では説明しないわけにもいかない。


「私がですね、こことは別の世界から来た、って言ったら信じて貰えますか?」

「その……別の国でもなく遠い場所でもなく……別の世界とは……?」と、全員が首を傾げる。


 私は、何とかイメージを伝えようと必死になった。自分でも良く分かっていないのであるが。


「それが…例えば細かい泡が集まっているみたいに此処と同じような世界が沢山あって、その世界同士が接している場所には、世界を繋ぐ『門』があって……そこを通り抜けると別の世界に行けるんです」


 いかん、自分でも上手く説明が出来ない。……こんな事をどうやって、理解してもらえば良いのか。


「ふむ、にわかには信じがたいが、その……なんだ。こことは、全く違う国や空がある……と?」と、お爺さんが頭を抱えながら、何とか意味を理解しようとしてくれた。ありがとうございます。


「はい、私は二年前に自分が元居た世界から、全く違う世界へ飛ばされました。私が居た世界には、魔法も魔道具も無かったんです……。ああ、そうだっ! あちらの世界には、太陽は一つしかありません!」


 ……全員そんな事があり得るのか、と騒ぎ出した。私にしてみれば、二つも太陽がある方が信じられないのだが。何とか信じて貰えたろうか?



 あと何か、何か説明できるものを……と考えて、前に聞いた話を思い出した。


「あの皆さん。『青い鳥』ってお話を知ってますか?」

「ああ。幸せの『青い鳥』じゃろう、子供をあやす時に聞かせる……あれの事かね?」と、お婆さんが答えた。

「それなら、大昔から伝わる話であるなぁ……」と、お爺さんは考え込む。

「それです。……そのお話って、今私の所属している組織の名前なんですよ」


「ウチの組織の名前が『青い鳥』と言うんです。……幸せを運ぶ旅人達の事です。大昔にその人達が沢山の世界に物を届けたり、何かを教えたりしていた事があって……。その事実が長い年月を経て伝わり、多くの世界ではそれがおとぎ話として残っている、と聞いています」


 これで、分かって貰えるのだろうか。


「今は、『青い鳥』という名前と、末裔の人達が集まって続いているんです。わずかに残った『門』の知識だけを代々受け継いで……。ずっと商人や旅人として、色々な世界を移動しています」私は今の組織について補足した。


「ふむ、大昔か……。我々のご先祖は偉大なる大ハーン御一人で、古代世界に覇を唱えた大帝国を作り上げた、と聞いておる。もしやその頃に何かあったのやもしれぬな」と、お爺さんは唸りながら考えている。


 そんな事があったのか。もしかしてこの世界にも、チンギス・ハーンみたいな人が居たのだろうか。


 お爺さんは話を続けた。


「……昔、わしが子供の頃にな、爺様から聞いた事がある。なんの冗談かと思っておったがな。偉大なる大ハーン様は、旅の賢者より魔道具の知識を授けてもらい、その力を以て当時強大だったローマの地を滅ぼした、と」


 うーむ……それは私にも分からない。本部に帰れば、何か知っている人が居るのだろうか。出来れば本部に帰りたい、なるべく早く。


「……まあ、ともかく。お嬢は、その……色々な世界……を移動しとる、という事で良いのかね?」


 とりあえず、何とか理解はして貰えたようだ。


「……そうですね、私がこの二年間で行った世界は、二百か、三百位になりますね。そうだ、あちこちの世界に私のお店があるんです」その後も私は、細々した事を説明し続けた。


 ……今の私の目的は、元の世界に帰る事だ。


 それが何時、本当に叶うのかは分からない。だけど、こうやって世界を移動し『門』を見つけて。さらにその先の世界へ移動して。そんな事を繰り返していけば……。


 いつの日にか、私にとっての『青い鳥』である元居た世界を見つける事が出来るのかも知れない。


 おとぎ話は言っている。幸せの『青い鳥』は自分の家にいた事を。


「……そうか、大変じゃったの。お嬢、ここを本当の家だと思って何時でも帰って来なさい。皆で待っておるぞ」


 その一言を聞いて、凄く嬉しいと思った。私の帰るべき場所が、もう一つ増えたのだから。

 既に主人公は異世界転移から結構な年数が経っています。それなりに自分の居場所を作り、生活が出来る程度に自立して。忙しいけれども楽しい毎日、そんな感じです。

 

 なので、転移した時の事は描写しません。うんざりする程よく見るでしょう、そういうの。


 出来る限り、各時代の風俗や習慣などを描写していきます。


 また、後半の方では、意外な偉人やマイナーな偉人を出演させることもあります。お願いですので、騙されたと思って後半まで見て下さい。


< 史実商人紹介 >

大黒屋 光太夫(1751―1828)

 江戸後期の伊勢商人。映画にもなっている「おろしあ国酔夢譚」の主役。遭難した船がシベリアに漂着。


 そのまま、日本に帰るためシベリアを横断し女王エカテリーナ二世に謁見する。エカテリーナ二世自身も凄い人なのだが、此処では割愛。


 様々な経緯で10年かけて日本に帰る事が許されたという人物。冒険家としての商人のイメージで、主人公のモデルの一人。


 彼の行動は、驚くほど『実直』。懸命に言葉を勉強し、現地の人とコミュニケーションを取り、必死に行動する。その旅路は克明に記録されている。


 結果的に彼らの行動の結果、イギリスに領有宣言されていた小笠原諸島を『海外で発表された書物による記載』である「三国通覧図説」が、彼らの仲間によってロシアで翻訳された事で防いだ事になります。


 廻りまわって、歴史の1ページに影響を与える話は面白いです。まあ、一説では、となっていますが。

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