52.全速前進 出来るかな?
『蒸気船』開発が軌道に乗り、本格的な製造に向けて全員が動き出した。
魔道具店と嗜好品の新商品開発は、エマちゃん主導でグレッグさん一家に任せる。既に各カレー店への連絡は終わっているので、順次商品展開を進めて貰おう。
私は、と言えば十万£分の借金を、本部にお願いしに来ている。実際問題『蒸気船』開発に参加出来る事は無い。資金面でのバックアップをするのが一番だろう。
既に『蒸気機関』の工場は契約が完了し、新型の製造ラインの準備を進めている。マードックさんとジェームス、モーズリーさんがプロジェクトを同時並行で進めている。普段の行動はあれだが、そこら辺の手抜かりは無い。
「で、勢い余ってまた借金を作ったの~。本部を~打ち出の小づちと勘違いしてな~い?」と、リズさんの天然毒舌は相変わらずだ。
「大丈夫ですよ。『蒸気船』のニーズは多いですから、直ぐに取り戻せますって」と、ギャンブルに嵌ったクズの見本のような返事をする私。
「まあ、いいわ~。今回は団長に相談してね~」と、手を振るリズさん。あ、勝手に直談判しろって事ですか。
『……どれだけ必要だ?』と、一言だけ呟く団長。怒っているのか、呆れているのか。顔を見ても判別は出来ない。
「十万£です。残りはロンドンの利益から出します」と、拝み倒すように頭を下げる。
『……アキラ、必要な物は揃えよう。だが、必ずそういう事は事前に了解を取るものだ』
正論過ぎて何も言えません。申し訳ありませんでした。
『……皆を集めてくれ。色々と説明も必要だろう』
「はい、わかりました」
いつものメンバーが集まって、ロンドンの状況を説明する。『大陸封鎖令』と対策の嗜好品開発。『ロスチャイルド家』とのやり取り。ネルソン提督の提案など盛り沢山だ。あの変人共の事を説明するのに、時間が掛かった。
「つまり、ジェームスみたいな奴が三人増えた、という事じゃな」はい、お婆さんその通りです。助けて。
「でも~。別に悪い事はしてないわね~」そうなのだ、皆が真面目に変な事をするから困る。
「『蒸気船』の発明にデメリットは有りません。少し完成が早まったり、性能が向上しそうですけど」
『……うむ、個別に開発する歴史だったのだ。ただ、一度に集まるような『運命』に変わっただけだ』
……また『運命』か。この『運命』という奴のせいで、おかしな事になっている訳だが。
「そういえば、お婆さん。千鶴ちゃんがリスボンとロンドンの問題に関わるのは、占いで分かっていたんですか?」
「うむ、お前さんとの出会いで彼女の『運命』が変わり、ドミノ倒しのように周りに広がっておるのじゃ。それ自体は悪い事ではない」
「……やはり、私が問題なんでしょうか?」あの時、面倒を見るなんて言わなければ。
「そうではない、以前にも言ったじゃろ。お前さんと出会って不幸になる者はおらんと。要するに、お前さんと一緒に居るのが楽しいから、嬉しくて変な行動を起こすのじゃろうて」
ああ、確かに。マードックさんがあんなに壊れるとは思わなかったが、実際楽しそうではある。
「じゃから『運命』と言ったのじゃ。出会いもあれば別れもある。どう関わったかが大事なんじゃよ」
そうだ、ジェンナー博士だって、私と出会って人生が変わったんだ。あの人は、一生『天然痘』と戦う事を決意した。それが私が関わった結果だ。それ自体は、悪い事ではない筈だと信じたい。
「まあ、お前さんが苦労するのは自業自得、という事じゃな」と、お婆さんが大笑いする。他人事だと思って……。
「グレッグさんも大変ね~。アキラちゃんのお守りは~」
『……サポートを付ける事は出来る。何でも一人でやろうとはするな』
団長の優しさが心に染みる……。そうなのだ。私一人じゃ、誰も助けられない事は分かっている。
「解かりました。自分の行動はしっかりと責任を持ちます。その上で皆を頼ります」
団長は満足そうに頷いた。
「そういう訳で~、ここに十万£ご用意しております~」
「え、もう用意してたんですか?」
「そりゃもう、絶対返って来るし~。信頼しているのよ~」
リズさんなりの優しさかな。良かった、本部の皆が居てくれて。
間違ったり悩んだりした時は、必ず道を指し示してくれるのだ。
「よし。という訳で、思う存分お金儲けをしてきます!」
「頑張ってね~」みんな私の宣言を聞いて、大笑いしている。そんなに変な事言ったかな。
急いでロンドンに帰る。あの変人共が何をするか分かったものではない。非常に悩ましい。本人たちに悪意が無い分、引き留めにくいのだ。
「グレッグさん、皆の様子はどう?」
「ああ、全員三日も徹夜が続いているらしいぞ。何を作っているのやら」
「三日も徹夜……一体何をしているのかしら?」全く、あの連中は。
私は、店の奥へと乗り込んだ。どんよりとした空気の中、黙々と作業をする5人。
「……あの、何をしていたの?」恐る恐る質問してみる。
「ああ、店長。ちょっと作業が大詰めでな……。もう少しで完成するぜ」何が完成するの?
「そうです、自慢できる逸品ですよ!」マードックさんも少しやつれている。
一体、何があったのか。さっぱりわからん。
「よし、行くぜ店長。俺達の成果をよく見てくれ」と、テムズ川まで連れて行かれる。
独特の匂いは相変わらずだ。どうにかならないものかな? この川の汚れは。
「ほら、これだ! 『蒸気船』の試作機さ」見れば、良くある運河用の小船に煙突が付いている。
「『高圧蒸気機関』が完成したんですよ! このサイズにするのは苦労しました」皆がうんうん、と頷く。
だが、私はそれを見て首を捻る。……うん、おかしいねぇ。
「ちょっと! どういう事よ。『蒸気船』のデモンストレーションなら、これでいいじゃない! 二万£の意味はなんだったの?」
あっ、と言う顔をして皆が俯く。どうやら全く気が付いていなかったようだ。どうせ『大西洋横断』の方に頭が切り替わっていたのだろう。私には分かる。
何故なら……私もその同類だから。たまにお金儲けの方が目的になる事もあるのだ。
「ほ、ほら。やっぱり目標は大きく持ってですね……」マードックさん、今頃胡麻化そうとしたって無駄よ。
「そうそう、これから実験を繰り返して実用化をだな」ジェームス、語るに落ちたわね。やっぱり実用化しようとしてるんじゃないの!
「もう、あんた達は目を放すと、すぐこれじゃない! ちゃんと自制してよね」
「お姉様、皆で話していたんです。やっぱり外輪の形状とか、煙突の位置だとか……実際に作らないと分からない事が多くて……」
「で、思い立ったが吉日とばかりに作っちゃった、と」全員を睨みつける。
全員、思う処はあったのか落胆する。まあ、別に間違っている訳ではない。試作機自体は私も必要だと思っていたし。
「ねえ、これってデモンストレーション前の試作機だって言ってたけど……。一般向けに販売するなら、この位のサイズがあった方が良いんじゃないの?」私の商人としての勘が働く。
河川や運河で使うなら、取り回しの良いこのサイズで良い筈だ。漁師向けでも、値段次第では需要はある筈だ。
「ああ、そうですね。確かに気が付きませんでした。このサイズなら大量生産も出来ます! 流石は店長ですね」マードックさん……その辺は気づいて欲しかったですよ。まあ結果オーライだけど。
その一言で皆が騒然とする。工場のラインや漁船メーカーとの折衝など、やる事は幾らでもあるのだ。
「スポンサー様! その辺の話は、俺に任せてくれないか? テムズ川を悠然と進む『蒸気船』を思うだけで、もう我慢出来ない。イカす、イカすぅ―!!」フルトンは、あいも変わらず絶好調だ。
「良いわよ、やる気があるんなら。ただし、ちゃんと進捗を報告する事!勝手な真似はさせないからね!」報連相は大事。商売の鉄則だ。
「私は、外輪の構造をこの試作機で試します。目指せ二十ノット!」千鶴ちゃんは何と戦っているのか。まあいいけど。
「じゃあ、俺は魔道具の生産ラインの調整と、試作機で最大火力に上げた時のテストだな」
「私も同じく『高圧蒸気機関』の性能テストですね。腕が鳴ります」マードックさん、程々にしてよね。
「……俺は?」
うわっ、ビックリした。モーズリーさん、存在感、薄っ! 薄いってば、本当に。
「モ、モーズリーさん……何時からそこに?」
「ずっと居たんだわ、俺。真正面にな……ひょっとして、忘れてない?」いや、まあ他の面々が自己主張強すぎてねぇ……。
「ま、まあそれはともかく。性能テストで作ったボルトとかの確認もあるし! 一緒にテストしましょう!」
ここは上手く他の話題に逸らさないと。まさか『そもそも存在を忘れてた』なんて言えないし。
「……まあ、良いか。俺もそこら辺は懸念しているんだ。間違いなく徹底して作った筈……なんだがなぁ」
「何か、気になる事があるの?」
「ああ、精度には問題ない。だが『鋳鉄』なんだよ、この部品は」どういう事だろう?
「ああ、素材の硬度か。確かにどれだけ締めても、それはカバー出来ないな」ジェームスは分かったらしい。
どうやら、根本的な問題なのかもしれない。鉄の事は詳しくないけど、つまり製造方法に関わるって事かな?そこら辺、私では分からないのだ。専門家に解説して貰おう。
「マードックさん、その辺詳しく教えてくれない? ……私には鉄の種類なんてわからないし」
「そうですね。結構難しい問題なんですが……。簡単に言うと『鋳鉄』はただ、鉄を溶かしただけの物。『鋼鉄』は鉄を鍛えて、硬度を持たせた物なんです。『鋼鉄』はね、加工が難しいんですよ」
「そして、『鋼鉄』を加工する為には『鋼鉄』の旋盤が必要だ……。最悪、作り直しだな」モーズリーさんは、頭を叩いて悩みだす。
成程、根本的な問題なのか。でも、全力運転をしなければいいのでは?
「うーん、我々は技術者です。壊れるかもしれない物を黙って放置する訳には……」マードックさんも悩みだした。
「とにかく、まずは試してみましょう! それで駄目なら対策を考えればいいわ」こういうのは、やってみなければ進まない。とにかく挑戦しよう!
小さな試作機には千鶴ちゃんが乗る。もちろん、神に祈って破邪の力を受けないと、爆発時の被害を受ける可能性がある。他の人では出来ない事なのだ。
私は、その後の対応の為に炊き出しを始める。……お腹が空いて倒れちゃうからね。
「じゃあ、いきまーす!」千鶴ちゃんが手を上げて、安全装置を外す。小船は少しずつ動き始めた。
皆、固唾を飲んで見守っている。徐々に『高圧蒸気機関』の出力が上がりだす。煙突から激しい煙が出始めた。外輪は勢い良く回り続ける……。
突然、凄い音を立てて火が上がる。濛々と吐き出される煙と炎。次の瞬間、勢い良く煙突が爆発し、千鶴ちゃんは川に飛び込んだ。
「科学ノ発展二犠牲ハツキモノデース……」マードックさんがカタコトで喋る。
「……やめてよ、マードックさん。その言い方、何か色々と下がりそうだわ」
私は、まだまだ色々と問題が山積みとなっている事実を考え、途方に暮れるのだった。
ロンドン編、結構長くかかるかも。ちょっとシリアスな技術問題。
そうそう、旨く行く訳がありません。トライアンドエラー、とにかく試行錯誤は続くのです。
まあ、色々勢いとノリで突っ走った結果な訳ですが。
とかく、なろう系の生産職って初めて製品を作る時、失敗する事ってないような。
技術屋的にはそりゃないだろう、って感じ。プロジェクト何とかだったら、ダイジェスト版みたいで、魅力半減ですよ。
色々と失敗するのも、一つのロマンなのだ。それも、またよし。




