51.ネルソン提督も駄目でした
すっかり変人の巣窟となった我が魔道具屋。どいつもこいつも、こっちの苦労を知らずに好き勝手に『蒸気船』に夢中なのだ。
「だから! 最低限にしなさい! そんなに大きな船作ってどうするのよ」
「ですから、技術的にはこれ位のサイズが必要なんです!」
「ちゃんと、性能を示しなさい! 大西洋横断なんて、必要ないでしょ」
「後々、その成果で利益が上がるんです! ここは投資と割り切って下さい!」
ずっと、こんな調子でマードックさん始め、全員との意見のすり合わせ、と言うか激突している。まったくロマン成分が必要なのはわかるけど、お金が無いのよ!
……切実な問題である。会社買収の費用が、思ったより響いている。売り言葉に買い言葉、って奴だ。
十万£一括、なんて言わなければ良かった、と後悔しているのだ。
「分かったわ。船本体で二万£。これ以上は絶対に譲れない!」
「……仕方ありませんね。上手くいけば、イギリス海軍にも買って貰えるのですが」
マードックさんも考えてはいるのだ。だが、そう言うのは、まず最初の船を完成させてからの話なのだ。
「ところで、何処の造船所に依頼するのさ」フルトンが言った。こういう件はこいつが詳しいのだが。
「……うーん、流石に大きさ的にも限られるわね。プリマスの軍港以外に当ては有る?」
「そこしか無いねえ、やっぱり」フルトンの意見も同じようだ。
少なくとも五十mサイズとなれば、軍艦クラスになる。自然とそういう処しかない。海外に頼むのは論外だし、そもそもイギリス以外に『蒸気船』なんて作れないだろう。
「……つまり、イギリス海軍。ネルソン提督のコネを使うべきでしょうね」
「ああ、それがあったな。そろそろ返事が来る頃だし、その件も合わせて話した方が良いだろうな」グレッグさんが賛同する。まあ、多少の無理は聞いてもらえる筈。
全く、大きな話になってしまったと、私は頭を抱える。
「いっそ、此処にネルソン提督を呼んで、『蒸気船』について説明してみる?」海の専門家の意見は貴重だ。
「それも有りですね。むしろ、喜んで話を聞きに来そうですが」マードックさんも賛成と。
「技術的な漏洩は、考えなくて良いのか?」ジェームスの懸念ももっともだ。
だが、この時代に『蒸気船』なんて物を作ろうという馬鹿野郎は、ここにしか居ないのだ。何の不幸か、全員がここに集まっている。
むしろ、ここ以外でやろう、という奴自体が居ないのだ。
「馬鹿馬鹿しい。こんな大金掛けて『蒸気船』を作る奴の顔が見たいわ」と、私は面々の顔を睨みつける。
「ははは、そりゃそうだ。ここに居るのは、変人共の集まりだ。まともな奴なんて居ないさ」全員、大爆笑だ。
まったく、仕方のない奴らである。
「グレッグさん、その辺の話をネルソン提督に相談して貰えないかしら。こっちの連中との話し合いも必要だろうし」
「分かった、打診してみるよ」
これで良し、と思って全員を作業に戻らせた。
フルトンと千鶴ちゃんが船体の設計。ジェームスとマードックさんが『高圧蒸気機関』の製造。モーズリーさんは、必要なネジやボルトなんかを作り続けている。
千鶴ちゃんとフルトンが、船のバランスで熱心に議論中だ。
「ですから、船の重心的に後ろだと安定しないと思います。横に外輪を付けてはどうですか?」と、千鶴ちゃんが海賊のノウハウを出している。
「イカすー! それで行こう。場所はどの辺に?」
「大体、重心に揃えてこの辺かと。出来れば左右別の『蒸気機関』で動かせればいいんですが……」
「イカすぅー!!」
その「イカすー!」は、「YES」と言う意味なのか? ここでは、ちゃんと人間の言葉で話せ。
「片方を止めれば、舵の効きが良くなりますよ。船体の強度とサイズが問題ですねぇ」
「むう……」
「じゃあ、もう少し全長を長く取って、安定と速度を向上させましょう」
「イカす、イカすぅー!!」
なぜあれで、コミュニケーションが取れるのだろうか。船繫がりで仲が良いみたいだが、理解は出来ない。
「おお、ここの部分は薄くして『蒸気機関』のサイズを縮めたいんだが……」
「うーん、高圧時の強度が問題です。きっちりとボルトやリベットで補強しないと」
ジェームスとマードックさんの会話には、正直付いていけない。天才同士の会話って、まったく分からない。とにかく順調ではあるようだ。
その話に合わせてモーズリーさんが部品を作成し、組み立てるという流れになっている。そろそろ、何処か場所を移す必要があるかもしれない。
「おい、泥棒野郎! 俺様の儲け話を盗みやがったな!」と、整った服装の男性が汚い言葉で店に飛び込んできた。また変人かぁ。
「貴方、ここに何の御用? 私はここの店長よ。おかしな事を言うとつまみ出すわよ」
「お前が『ロンドンの女帝』か。この女狐が! フランスの貿易商を紹介せずに買占めをしたのは貴様だろうが!」
「……グレッグさん、誰、こいつ?」
「ああ、そいつが『ロスチャイルド家』のお坊ちゃん、ネイサン氏だよ」
「そうなの、随分と甘ったれねえ。商売の種を簡単に明かすな、ってお父さんに教わらなかったの?」と、私はクスリと笑う。まったく、これだから成金のお坊ちゃまは。
ネイサン氏は、顔を真っ赤にして怒っている。儲け話に目が眩み、周りが見えていない証拠だ。
「アンタの都合はどうでも良いわ。私が考えてお金を出したの。悔しかったら、私から買い戻しなさいな」
コーヒーやら煙草の類は、オリヴィアさんとエマちゃんで粗方買い尽くした。今なら200%で売ってあげる事にしよう。うん、優しいなあ、私は。
そう伝えると、ますます顔を赤くして怒りだした。おお、恐い怖い。
「ふざけるな! あれは、俺の物だ。さっさと返せ! 俺の親父に話をする前に寄越すんだ! 後悔するぞ」
「ばーっかじゃないの? あんたの親父さんなんか知らないわ。商人ならお金で抵抗しなさい。それが出来ないアンタは、所詮三流の商人なのよ」
それを聞いたネイサン氏は、怒って店から飛んで帰っていった。
「何よあれ。あれが、あの『ロスチャイルド家』の御曹司なの?」と、私がグレッグさんに問いかける。
「……ああ、あれがそうだ。どうだ、俺の苦労が分かっただろう?」
「全く、これだからボンボンは嫌よねぇ。親父に告げ口、だなんて子供じみているわね」
「『ロンドンの女帝』に掛かっちゃ、新進気鋭の金融家も形無しだな」と、グレッグさんがにやりと笑う。オリヴィアさんとエマちゃんは大笑いしている。
……つまらない奴だ。せっかく商売のイロハを教えてやろうと思ったのに。まあ、もう会う事も無いだろう。
さてと、皆の進捗を見て、ネルソン提督との話し合いを検討する事にしますか。
ネルソン提督が店に訪れたのは、翌日の午後。店は一時閉店にしてある。と言うか、そもそも『蒸気船』騒ぎのせいで、暫く店を営業出来ていないのだが。
「ふむ、お嬢さん。儂がイギリス海軍所属のネルソン提督じゃ。済まんが非公式と言う形で、お礼を言いたい」
「初めまして。私が当商会の商会長のアキラと申します。こんな散らかった店内で申し訳ありません」
「いやいや、例の『蒸気船』という奴を作っている事はお聞きしておりますぞ。実は儂も興味があってのぅ」
随分とイメージとはかけ離れた第一印象だ。イギリス最強の大提督がこんな人のよさそうなお爺さんだとは思わなかった。
確かに千鶴ちゃんやヴァスコ・ダ・ガマ提督のような、『海』の香りのする人ではある。
「ふむ……これが船の設計図かの。随分と大きな物じゃないか。てっきり小船に『蒸気機関』を積むとばかり思っておったわい。お嬢さん、この船の最大速度はどの位かの?」
「そうですね。一応十ノット、という事になっています」千鶴ちゃんが申し訳なさそうに答える。
「そうか、やはりそこまで速度は出ないのか……」
「あ、いえ。逆なんです。本当は十八ノット出る設計なんですが、公開すると問題がありそうなので遅い、という事にしています」
「はっはっは、そりゃあ豪気だ。世界一周も夢ではないのぅ。これは是非欲しいなあ。お嬢さん、これを儂にくれんかね? ちょっと、フランスを滅ぼしてくるわい」
物騒な事を言う爺さんだ。セーヌ川を遡って、パリに攻め込む気だろうか。
そして、いい加減「パリは燃えているか。パリは燃えているか?」とか、言い出さないで欲しいのだ。
……それは百四十年位先の話だし、イギリスが言って良い台詞じゃないのよ、全く。
燃やされそうなナポレオンが、少し可哀想である。
やはり、海の男は何処かネジの三本位は抜けているんじゃないかしら。いや、千鶴ちゃんもいるか。
……と言うか、何で「パリは燃えているか」を知っているのよ。この爺は。
やっぱり、ネルソン提督も変人だったか。まったく、本当に駄目だなあ。
「提督。冗談はそれ位にして下さい。本題をお願いします」と、私は千鶴ちゃんに粉を掛けている老人に言ってやった。
『ネルソン・タッチ』とか言いながら、体に触ろうとしている。違う、そうじゃない。それは、ただのセクハラだ。
「おう、すまん。この船については、ウチの海軍も一枚嚙ませて貰えんかのう。本当なら、国の予算を掛けて作ってしまいたい位じゃ」
「まあ、いずれはそういうのも有りでしょう。船体の製造をお願いしてもよろしいでしょうか」
「うむ、設計図を頂ければ、担当者に渡そう。あと一万£はこちらで出そう。何、儂のポケットマネーじゃ。気にする必要は無い」
人の良いお爺さんと思いきや、食えない奴だ。そうやって、財務大臣に実績を渡すのだろう。まあ、良いお客さんでもあるし、実際問題、資金提供は助かるのだ。
「ありがとうございます。店の宣伝にもなりますし、是非お願いします」ウチでしか作れない蒸気船だ。注文が殺到するだろう。
「ふむ、やはり『ロンドンの女帝』は一筋縄ではいかない様じゃな」お爺さんと二人、笑いだす。この狸め。
「それで、こちらの要求としては例の魔道具を陸軍にも販売して欲しい。お主が何をしたのかは聞かん。……じゃが、おかげで助かったぞ」
「ふふふ、『何故か』フランス側だけ、暴発したらしいですねぇ。おお、怖い怖い」
この位は、お互いジャブ程度のやり取りだ。挨拶みたいなものである。エマちゃんは目を白黒させているが、良い経験だろう。
「もちろん、格安で提供させて頂きますよ。見返りを楽しみにしておきますね」私がにやり、と笑う。
偶然が積み重なったが、イギリスにこれ以上無い程の恩を売る事が出来た。イギリス海軍が『蒸気船』を導入すれば、当然他の国も導入しなければ、制海権を奪われるのだ。
ナポレオンが私を罵倒する姿が目に見えるようだ、と思いながらネルソン提督と握手を交わすのだった。
引き続きコメディー回です。なかなかにカオスな感じですね。
シリアスな回の後にコメディーを入れたくなるのは、個人的な好み。
ネルソンの爺さんが、面白キャラです。何処から電波を拾っているんだか。本来死んだ筈なので好きに動かしています。こいつも勝手に動くキャラになりました。
元ネタはドリフターズのハンニバルだったり、ヒットラーだったり。
また、どこかで出番があるでしょう。女狐と狸親父ですし、主人公と絡ませるのが楽しいです。
ネイサン氏は、もう出てきません。だって、儲け話をフイにして親父達に説教を食らうし。
エマちゃんの元ネタはずばりマンガ『エマ』ですね。と言っても黒髪眼鏡だけですが。
ああ、十八ノットの蒸気船と言うのは、ずばり化け物です。黒船である「サスケハナ号」で十ノット。
変人と言っても全員、正真正銘の偉人なので。完全にオーバースペックです。




