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49.正しいお金の使い方

「じゃあ、まずはこっちだな。ジェンナー博士って知っているか?」と、グレッグさんが面会者の説明をする。


 その人がウチの商会への寄付希望者か。確か、どこかで聞いたような……?


「『天然痘』と言ったら解かるか? 医学者の先生だ」

「ああ、それなら知ってる。そうか、この時代の人だったんだ」

「そうだ、少し前にその『天然痘』の予防法を発表したんだ。だが、金が足りない。普及するための費用を寄付して欲しい、との事だ」


 成程、確か日本にも蘭学のおかげで広まった、と言う話を聞いた筈。予防接種の為に牛の瘡蓋かさぶたを使ったとか。迷信で牛になりたくない、と言うエピソードがあったと思う。


「成程ね、まだあまり広がっていないから本格的な活動をしたい、という事ね」

「相手は、とりあえずの金額として五千£を要求している」日本円で二億円と言ったところだ。

「……どう思う?」

「うーん、医学の話は専門外なんだ。胡散臭いし、そこまでの金を使うのも……」


 天然痘の死亡率は高い。確か発症後、かなりの確率で亡くなったと思う。歴史的人物で感染した人も多い。


「どうする? やっぱり断って……」

「いえ、お会いするわ。急いで連絡して頂戴」と、私はきっぱりと言い切った。


 人の命に係わる事だ。たかがお金で何とかなるなら、是非ともやってみよう。


 小一時間して、ジェンナー博士が凄い勢いで飛び込んできた。どうやら、かなり切羽詰まっていたらしい。


「初めまして、私はジェンナーと申します。この度は私の研究に理解を頂き、誠にありがとうございます」

「初めまして。私がこの商会のアキラと申します。先生の活動を知って素晴らしい物と思いました」

「……その言葉だけでも報われます。国を始めとして数々の資産家の方にお会いしましたが」

「断られたんですか?」


 博士は、物凄く落ち込んでいた。自分の研究が認められないだけではない。一人でも助けたい、と言う気持ちが伝わってくる。


「ええ。そんな怪しげな事に援助は出来ない、とか牛の瘡蓋かさぶたなど汚らしい……と、誰も相手にしてくれません」


 まったく酷い話だ。グレッグさんでさえ、同じような反応だった。人の命を救う素晴らしい活動なのに。


「既に国外では、論文が翻訳されて実施を検討する国もあります。ですが、発表したこの国で接種は進まずに、他の国で反対される恐れがあるのです」

「……分かりました。必要な物があるのなら、言ってください。我々が援助します」


「ありがとうございます!これで……これで、私の診察した患者達に顔向けが出来ます」

「……亡くなった方が沢山おられたのですか?」

「はい。私が研究を続けた十数年で、何十人もの患者を看取って来ました」と、涙を零す博士。


 歴史書には決して書かれない、本人の辛く苦しい思いを感じる。


「……安心して下さい。その病気がこの世から無くなるまで、我々は援助を惜しみません。全力で協力させて貰います」

「はい。……この世から無くなる、と?それは思いもしませんでした。本当に出来るのでしょうか?」


 元の世界では根絶出来たのだ。きっとこの世界でも可能な筈。いや、させてみせる!


「きっと出来ます。やってみようじゃありませんか『天然痘』をこの世から無くすんですよ!」

「ははは、良いですね。それはとても良い話だ。いや、お会いできて本当に良かった。お互い頑張りましょう!」


 ジェンナー博士と固く手を握り、将来の夢を誓い合う。


 ほんの少しだけ、私が出来るお金を使った世界を変える方法。


 ……『きっと明日はもっと良い日になる』のだろう。



「しかし、金に目が無い店長が、あそこ迄するとは思わなかったぜ」グレッグさんが呆れている。


 確かに、上限無しの支援協力である。幾ら注ぎ込もうと全く利益が出る訳でも無い、ただの寄付だ。しかし、目には見えない利益が出る。大量の病死者を救う事が出来るのだ。これ以上の利益があるものか。


「グレッグさん、本当の商人は『正しいお金の使い方』と言うものを知っているの。その為なら幾らでも出すわ」私は断言した。『守銭奴』だから解かるのだ。その使い方とタイミングを。


「成程ねえ。……じゃあ、こっちの案件はどうするのやら。『ジェームズ・ワットの蒸気機関』だ。その製造会社『ボールトン・アンド・ワット社』からの業務提携の依頼になる」と、手紙をこちらに渡す。


 『蒸気機関』の特許期間は、もう切れている。その為、あちこちの会社で既に改良研究が進んでいる筈だ。


 私達だって、出来る事なら『蒸気機関』の研究開発をしたい。だが、大規模な『機械』は、魔道具とは違うノウハウなのだ。


 その『蒸気機関』を発明した本人から受け継いだ、息子からの業務提携。要するにウチの特許を使って『蒸気機関』の改良をしたい、と言うタカリの類だ。本来なら破って捨てる、それでお終い。


 だが、それも勿体無い話だ。折角『機械』のノウハウを持つ会社からの依頼だ。どうにか良い条件を引き出すのも悪くない。


「ジェームス。この件、二人で対応しましょう。『蒸気機関』弄ってみたくない?」と、私は声を掛ける。マッド気質を持つ奴の事だ。二つ返事でOKするだろう。

「……へえ、それは面白いな。出来ればワット博士自身に会えると良いんだが」


 確かに『発明家としては』素晴らしい人である。私も是非会いたいと思う。その辺も含めて、返事をするとしよう。



 連絡が来たのは数日後。ワット博士、その息子との打ち合わせを行う事になった。相手の会社までジェームスと訪問する。


「初めまして。私がジェームズ・ワットと申します。共同開発者のボールトンは体調が悪く……」

「それはお気の毒に。私が『青い鳥魔道具店』の店長のアキラ。こちらは魔道具師のジェームスです」

「宜しくお願い致します。こちらは、現在の経営を行っている私の息子になります」

「初めまして。この度は業務提携に賛成頂き……」


「いえ、今回私共が訪れた目的は、業務提携ではありません。『買収』です」私はきっぱりと断った。


 業務提携なんてするものか。この会社の経営状態は知っている。『発明家としては』素晴らしい功績を残したワット博士。だが、事業家としての彼はどう見ても三流なのだ。


「『買収』とは、どうしてまた?」と、ワット博士が質問する。

「では、お尋ねします。……今年度の御社の利益は、どれ位ありましたか?」

「それは……」息子さんが言葉に詰まっている。つまりそういう事だ。


 彼らはもう、詰んでいるのだ。


 度重なる特許裁判にロビー活動と言う名の賄賂。博士本人が作り出した珍妙な契約の数々。子会社との複雑な雇用関係。……要するに、この会社はもう倒産寸前なのだ。


 本来であれば、業務提携を持ち出すタイミングは我々が特許を出した直後である。もちろん、その段階なら私も素直に交渉しただろう。


 だが『蒸気機関』の特許が切れてしまった現在、この会社と提携するメリットは無い。他の会社の方が良い条件を出すだろう。それが『買収』と判断した理由だ。


 『買収』つまり、現代的に言えば『M&A』会社乗っ取りである。『機械』のノウハウと、従業員の確保。こちらが要求するのはそれだけだ。


 負債しかないこの会社との話し合いは、それだけしかメリットが無い。だから詰んでいるのである。


「失礼ですが、この会社を纏めて買えるだけの資金が……」

「十万£、一括でお支払いしますよ。あと、株式については二十%分、博士にお渡しします。他の研究をするのであれば、それで十分の筈ですよ」日本円で二十億円になる。


 さすがに、本部への借金が必要になる。もちろん、利益が出るのは間違いないのだ。


「……くっ」博士とその息子は押し黙った。

「一旦、破産宣告を行ってください。全ての契約を破棄した上で、ウチの商会が吸収致しますので」


「渡さん! 渡さんぞ……。私が作った、私の会社だ。誰が貴様なんかに!」と、ワット博士の本音が出る。


 息子に譲り渡した会社を『自分の物』と言う。……それがどういう意味か解っていない。だから『発明家としては』と言うのだ。事業家として、商売人として完全に失格である。


「無理なんですよ、このまま会社を続ける事なんて。……元従業員に刺される覚悟が御有りなら別ですが」と、私が言い切る。余計な気遣いは、こういう時無意味なのだ。


「それに、そちらの息子さんは『蒸気機関』を理解していない。違いますか?」

「それは……」息子さんが言葉に詰まる。

「この会社に実質的な技師がいらっしゃると思います。その方とお話がしたい」私はそこら辺の噂を聞いている。


 『ウィリアム・マードック』この会社の技師である。ガス灯や蒸気機関車、様々な発明をした人物だ。そして、それらを全てワット博士に奪われた人でもある。


「……分かりました。そちらの条件を飲みます。今、その者をお呼びしますので」息子さんが決断する。

「何を言っている。勝手な事をするな!」

「お父さん、この会社は私が受け継ぎました……。その私が決定するんです!」


 ……終わったな、これで。無意味な会談ではあったが、収穫が無い訳でもない。


 ワット博士の発明は『蒸気機関』だけでは無い。他の研究に没頭して貰うのが最善なのだ。


「初めまして、私がマードックです。ここの技術長をやらせて貰っています」丁寧な挨拶の壮年の紳士だ。

「こんにちは、私達は『小型魔導石の効率化』の特許を持っている商人です。この会社の技術をこちらに戴きたいのです。何卒、ご協力をお願い致します」私はここに来て初めて、ちゃんと挨拶を行った。

「魔道具師のジェームスと申します。技術的な経験をご教授願いたいと思います」


「……成程、分かりました。私に出来る事であれば、やって見せましょう」


 良い返事だ。会談とはこうでなくては。初めて有益な時間を過ごす事が出来た。『蒸気機関』のノウハウの全ては彼が持っている。


 後は、工場と雇用者の契約を済ませれば、全て必要な物が揃う。それだけの事だ。するべき事を済ませ、この会社を後にする私達。


「技術者として、発明家としては……死刑宣告に近いな。立ち直るだろうか、あの博士」ジェームスが呟く。

「私も一流の発明家として彼を認めているわ。もし良い発明が出来たのなら、喜んで援助するわ。それが商人ですもの」


 私は、答えの無い問いに返事が出来ない。商人としてすべき事をして、立ち去るのだった。

商売回です。


結構、2つ目のお話で主人公の話をきつく感じるかもしれません。


商売とは綺麗な物ではありません。辛く厳しい事だってあります。


それは、商売の裏側。汚く薄汚れた一面なのです。綺麗毎だけでは済まない、そんな世界もあるのです。


そんな歴史のIF、その1ページです。


具体的には、話の最後に出た「ウィリアム・マードック」この人のウィキの記載がまあ酷い。


『マードックの名は単独の発明家としてではなく、むしろマシュー・ボールトンとジェームズ・ワットの関連人物として記憶されている。』超絶マイナー偉人。本人は物凄く有能なのに。


むしろ、ジェームズ・ワットの発明のいくつかは、彼が発明した物だ。


実際、彼が特許を取ろうとした高圧蒸気機関や蒸気機関車を妨害し、人類の発明を数十年遅らせたエピソードがある程である。


歴史に残らない裏方であり実務の人だと言える。こういう人は、日の目を見せてあげたいと思う。

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