【番外】商人から見たあの人は
商会長ですか? 変人ですね。
最初に出会った時は、そうは思いませんでしたけど。マリアを探して歩き回った時に、出会ったのがきっかけです。
……その時は、親切な人だとしか思いませんでした。
ただ、私の困窮を見かけて両替商をやろうと言い出した時は驚きました。確かに必要な事ですし。
けどねえ、一度決めたら目標目掛けて行動する時のまあ早い事。
「両替商を作ってみましょう! お金は私が出します。なあに、これも縁ですよ。思い切ってやってみましょう! 何とかなりますって!」
何とも聞いた時には頭がくらくらしましたよ。ちょっと散歩みたいに事業を立ち上げるんですから。そこからはあっという間です。
各国へ両替所を作って、リスボンに店舗を設置して。直ぐに困った商人達が殺到しました。
降って湧いたような話に職員一同、大慌てです。瞬く間にお金が溜まってしまって。大変でしたねぇ。
……とにかく商会長はあちこち動き回るんですよ。
ロンドンと掛け持ちで店舗を経営していると聞いて、呆れるしかなかったです。
全然休みを取らないので、無理を言って休ませたのは正解でした。マリアとの散歩が終わった後の顔は、穏やかになっていましたからね。どうにも色々な物を抱え込む人だと思いました。
順風満帆と思っていたリスボンでの両替商。思わぬ問題が起こったのは、一年程経過した頃でした。
インド航路が成功した結果、両替の業務がパンクしました。当然ですね。皆、香辛料が欲しかったんです。今までは砂糖だけで済んだのに、アフリカの補給基地やら新大陸の航路やら……。
想定していた規模を大きく超える経済活動に、耐えきる体力はありませんでした。
結局、それまで何とかやって来た業務は停止し、何か対策を考える必要が出てきました。ヴァスコ・ダ・ガマ提督が悩んでいたのもこの時期です。
毎日毎日、倉庫の維持費と国内通貨の残高に頭を悩ませる日々。商会長と一緒に色々と考えましたが、良い知恵が出る訳でも無くてね。とにかく、一旦家に戻って初心に返る事となりました。
まあ、商会長が居なければ、もう一度路頭に迷う羽目になったでしょうね。
提督との会談で色々と考える商会長。私なんて、何の役にも立ちませんでしたよ。
そして、提督との会談で商会長が頭のおかしい事を言い出しました。
航海の『保険』を事業にするんだそうです。そんな費用が何処にあるのか質問したら「外貨で支払うのよ」とは。まったく、良くそんな事が思いつくものです。
「『そちらの通貨へ両替する際の手数料は不要ですから』と言っておけば、お得感が出る」だそうです。まったく、商人の私ですら騙されそうですよ。
……あの商会長、息をするように儲け話を探します。どんな生き方をしたらあんな考えになるのやら。
損をした方が利益が出るなんておかしな話ですが、こちらとしては両替商の事業が復活するなら問題はありませんよ。不思議な物ですね、商人をやっていて『失敗して欲しい』などと祈る羽目になるとは思いませんでした。
ともかく、色々と調整した結果『保険』事業も形になりました。提督にアドバイスしながら、あちこちに声を掛けて貰うのも大変でしたよ。
目標だった二百万リアル。我先にと申し込んでくる『保険』事業の効果であっという間に集まりました。新大陸への船にも対象にするんですか? 全く、どれだけ規模を増やすのやら。従業員を増員して対応する事になりました。
それに輪を掛けてとんでもない事を言い出したのは、千鶴ちゃんですね。海賊だった事は後で知りました。とにかく、危険だが実入りの大きい『東インド諸島』に行こうという話でしたね。
もう、三人共興奮してしまって。『冒険狂』って言うんですか?ああいう人達の考える事は、正直解かりませんよ。目を輝かせて、危険な航海に挑もうとするんですから。
下手をすれば、ウチが『保険』を受け取る第一号になっているなんて、洒落にもなりません。
……全く、あの商会長含め三人共変人ですね。理解に苦しみます。
とにかく、今やれるだけの事をやるしかないと、腹を括りましたよ。航海の準備に大慌てです。各国から保存食になりそうなものを集めたり、妻と一緒に乗組員の食事を作ったりと大忙しでした。
出航した後は、マリアと一緒に教会で必死に無事を祈るしかありませんでした。
保険業務の方は順調と言うか、ヴァスコ・ダ・ガマの名声も手伝って大繁盛です。新大陸に行く船なんか山ほどあります。そう言った人達に説明してお金が入ってくるのは、商人として大喜びです。
結局、当初の予想通り成功率は三割程で倉庫に溜まった外貨はどんどん支払う事になりました。ひと心地ついたのはこの頃です。皆で考えた事業が順調に回るのは安心しました。
保険業務のおかげで、今まで行けなかった航海を行いたいという人も随分と増えました。今では、当然の様に保険金を支払って航海を行うのが当たり前になっています。
リスボンも随分と活気に満ち溢れました。両替商は相変わらずと言うより、以前にも増して取引が増えました。交易だけではなくて、そこら辺のお店も増えて景気が良いからでしょう。
商会長達が戻って来たのは半年後。大量の香辛料を一度に売り払うのは、相場が恐ろしい事になるので今まで外貨を溜めていた倉庫に保管して少しずつ売る事にしました。まったく、こんなにも儲かるなんてインド航海は凄いものですよ。
あちこちに報酬を支払いをしましたが、それでもビックリする程の利益が出る事になりました。香辛料貿易は美味しい商売ですね。今までぼったくって来た、ヴェネツィア商人やイスラム人達は大慌てです。
リスボンの市場は、安い香辛料で溢れかえっています。このままいけば、あちらの儲けも減りますし、何より独占していた筈の香辛料市場が、あっという間に役立たずになったんです。まったく、いい気味ですよ。
ともあれ提督を含め、特殊な航海技術を身に着けた乗組員をこのまま散らばらせるのは、勿体ないので貿易会社を立ち上げる事になりました。
幸いな事にこの航海で出た利益をそっちにそのまま使って貰い、普段は手軽なアフリカ貿易をして貰う事にしましょう。まったく笑いが止まりません。
千鶴ちゃんが会社の名前に、困っていましたけどね。クルシマ流ですか? 良くは分かりませんが、他の人が真似出来ない程の技術、是非宣伝にもなるので賛成です。
千鶴ちゃんは、来た頃と違って随分と提督や乗組員の方達と仲良くなり、自分の居場所が出来たようです。明るく笑うようになりました。
そういえば、マリアの成長は嬉しいと同時にちょっと心配ですよ。商会長に憧れて商人になりたいとか。同じ年頃の子供と遊ぶ事もせず、両替商で色々な仕事に興味津々ですから。
商会長の教えた算盤をあっという間に使いこなして、今では職員よりもきちんとした仕事をするようになりました。私も調子に乗って教えたりしたのも有りますが……妻には怒られています。
仕事ばかりしない様に、と親子揃って説教を食らう羽目になろうとは思いませんでした。マリア本人がやりたい事をするのが一番です。何時かロンドンに行くのだと、毎日のようにポニーに乗って練習しています。
もしかしたら、思っているよりも親離れは早いかもしれませんね。
まだ幼いのに両替商で窓口に立って、商人と営業トークを始めた時は驚きましたよ。すっかり敬語と営業スマイルが出来るようになってしまって……。何も教えていないんですけどねぇ。
気が付けばすっかり大人びてしまって……。もう少し仕事を控えなさいと言いたいのですが、本人は立派な商人になりたいと目を輝かせているので、止めるのも気が引けます。
久しぶりに商会長がやって来た時も驚いていましたよ。そりゃ七歳の子供が看板娘の両替商ってビックリするでしょう。もう、私の仕事は殆どマリアが片づけてしまって、私の仕事は無くなりそうです。
商会長も見かねたのか、ロンドンに連れて行きたいと提案されました。もちろん諸手を挙げて大賛成です。ワーカホリックな所まで、商会長の真似をするのも問題ですから。
年相応の楽しみをして欲しい親心です。娘も憧れのロンドンに行けるのが嬉しいらしく、大喜びで行く事になりました。
どうやら、商会長に連れられてあちこちの世界を廻って来たようです。仲良くなったお姉さんが居たり、色々な人と出会えて嬉しかったりと、聞いている方が楽しくなってしまいます。
……私は別の世界に行く事は出来ません。もちろん、それに不満がある訳ではないですが、マリアが自分の分も他の世界を見て楽しむ姿はとても嬉しいです。
そのうち、娘も商会長の様に商売に勤しむ事になったり、ここから離れて忙しく仕事や冒険に行く事になるのでしょうか。親としては嬉しくもあり、寂しくもあります。
将来の事は、マリア自身が決めた事なら私達は応援するつもりです。
……ただ、商会長の様に毎月命の危険に晒されたり、お金儲けに目が眩んで仕事一筋になるような、変人になる事だけは、絶対に避けなければいけませんからね。
まったく、商会長と一緒に居ると悩み事が尽きません。もう少し、安心させて貰いたいものですよ。




