46.貿易会社の設立を
何とか、敵の艦隊を撃退した我々に最大の危機が訪れていた。やむを得ずマストの折れた船を放棄する事としたのだ。原因は食料の損失である。
千鶴ちゃんが使えるだけ強化の魔法と神への祈りを捧げた結果、一隻分の食料が消える事態となった。この結果は予想外。
「お姉様すみません。お腹が空いてどうにもならなくて……」
「……いいのよ、無事戦闘自体は勝ったんだし、その代償だと思えば」自分に言い聞かせるがかなり厳しい。
「幸い、風の向きは順調です。一気にモザンビークまで移動すれば、問題無い筈です」
提督が必死にフォローするが、まさかあの量の食料が瞬時に消えるとは思わなかったろう。私も千鶴ちゃんのエンゲル係数を考慮するのを忘れていた。
どうやって、あの量が体内で消化されるのかは不明だ。お供え的な何かかも知れないが、あまり考えたくない。
「そうね、今は残りの船をリスボン迄帰還させる事だけを考えましょう」
「はい、私も出来る限り風を読んで、早く移動出来るように努力します」
「頑張りましょうね、千鶴ちゃん」私は、過去を振り返らない。
「途中の休息を削れば、航海期間を短縮出来ます。総員、もう一息だ。気合を入れろ!」
ともあれ、問題になりそうな食糧関係を除けば、すべて順調である。リスボンを出航してから六カ月になろうとしている。一刻も早く帰還したいものだ。
モザンビーク、喜望峰と無事に航海は進む。総員一心に帆を操り、少しでも風を捕まえようと必死である。千鶴ちゃんには、モザンビークで大量に食料を補給させた。これで大丈夫な筈だ。
喜望峰からは、海岸沿いではなく直線的にヴェルデ岬に向かう。予定を数日短縮して、リスボンへ到着する。
二十隻中、十九隻帰還の大成功である。香辛料をはじめ、大量の交易品を積んだ十八隻の船から荷物を降ろし始める。
「商会長、千鶴さん。提督も無事に戻りましたか。良かった、本当に良かった」と、お出迎えのエリオが大泣きしている。マリアちゃんとディアナさんも含め、両替商全員が揃って手を振っている。
「皆、ただいまー。交易は大成功だよ! 今すぐ倉庫を用意してー」
挨拶を済ませ、交易品の取り扱いを相談する。どうやら金庫として使っていた倉庫はかなり開いたらしい。新大陸方面で大船団が沈没したり、天候不良で戻ってきた事で大量の払戻金を支払った。
交易品を一気にヨーロッパの市場に流すと、相場が急落するのでリスボンで保管しておき、少しづつ売却する事にしよう。ポルトガル王への謁見は、提督に任せた。
さて、成功率を半分程度に見込んでいたから思いがけぬ臨時収入になった。これからの事を考えなければならない。支援者への配当を支払っても、1千万レアル以上の利益が出るだろう。
提督や乗組員への報酬も払う事にしよう。一人二万レアル位だろうか。次回の航海を考えると、このまま雇うというのも良い。会社を立ち上げる必要があるかも。
「何はともあれ、両替商と保険業務は順調です。今回の航海成功で、更なる利益が出るでしょう」エリオは喜びを隠せない様だ。まるで時代劇の悪代官のような笑いだ。マリアちゃんの教育に悪いから、その顔は見せない方が良い。
「マリアちゃん、ただいま。ずいぶん大きくなったわね」と、私はディアナさんとマリアちゃんを見かけて声を掛けた。
「アキラお姉ちゃん、お帰りなさい。マリアは今、りょうがえしょうのお仕事を手伝っているの」
「良かったわ、皆さんが無事に帰って来て。マリアもすっかり大きくなって、夫の手伝いをしているんです」
「マリアちゃんがお手伝いを! 凄いね、そんなに勉強したんだ」
「うん、お姉ちゃんに貰ったソロバンが役に立っているの。計算ならまちがえないよ」マリアちゃんはどやぁ、と威張っている。うむ、大きくなっても可愛いなあ。
しかし、六歳で両替商の仕事かぁ。英才教育の賜物だろうか。あの算盤がそこまで役に立つとは思わなかった。
「商会長。マリアはもう、書類の計算で誰よりも早く正確なんです。あの算盤を従業員全員に覚えさせたいのですが……」と、エリオが真顔で言う。
「分かった。直ぐにでも用意出来る筈だから、それまでは使い方の勉強をさせておいて」
「はい、多分マリアが教える事になりそうですね」と、皆で笑い合う。
リスボンを出て半年。いつの間にかあちこちで変化が起こっているのだろう。こちらの業務がひと段落したら、各世界を廻らないといけないかな。
「よう、アキラ。随分元気そうだな。無事に航海が終わって安心したぞ。ジェームスが随分心配していたんでな。早めに顔を見せてやってくれ」と、サンダースさんからの一言。
「そうですね。リスボンで指示をしたら、ロンドンと遊牧民の街に行こうと思います」
「そうしてくれ。ああ、そうそう。グレッグの奴は、気落ちしているだろうが気にしないでくれ」
「何かあったんですか?」
「いや、本部のサポートの件。やって来たのはアイツの嫁さんと娘だったんだよ。今は女に囲まれて、うんざりしているらしい」
そりゃいいや。グレッグさんは日頃の生活が悪いので、良い薬になったろう。私はその光景を思い浮かべて大笑いした。
「グレッグさん、一人暮らしを満喫してましたからね。可愛そうだとは思いませんが」
「まあ、そういう訳でな。とにかく大きな問題は何処も起こっていない。『兵馬俑』の方も、まだ調査結果は出ていなかった」
「そうでしたか、ありがとうございます。じゃあ、ロンドンはそっとしておいて、遊牧民の街に行きますね」
「ああ『リスボン天国 ロンドン地獄』って奴だ。ついでで良いから本部にも顔を出しておいて欲しい」
「分かりました。リスボンの状況が落ち着いたら報告しに行きますので、伝えておいてください」と、サンダースさんと挨拶して別れる。
まずは一安心だ。一通りエリオから今の状況を聞いて、今後の活動方針を決めなきゃね。
「エリオ、まずはお互いの情報交換をしましょう。後でお家にお邪魔するわ」
「ええ、何時でもお待ちしています。今日は腕によりをかけて、御馳走を用意するわ」と、ディアナさんが腕をぐっと持ち上げた。
「ええ、楽しみにしています。千鶴ちゃんが居るので、多めに用意しておいてください」と、笑い合って別れる。
「商会長。両替商については、無事に倉庫の空きが半分以上になりましたので、再開しております。恐らく今回の航海成功で、保険業務にも契約者が殺到するでしょう」
「こちらも、十八隻分の香辛料よ。インドや『東インド諸島』との交渉も上手くいったし、残った利益で会社を興したいわね」
「貿易会社として、提督と今の乗組員を雇い入れる訳ですか。良いと思います。定期的に交易して貰えば、利益も上がるでしょう」
「お姉様。私はどうしましょうか。出来れば航海には参加した方が良いと思いますが、護衛の方は?」
「そうねえ。参加しなくても無事に航海は出来そうだけど……。護衛よりも航海優先かしらね」
航海自体は二年毎に一回、四カ月程度だろう。今の利益があれば、そこまで焦る必要も無い。少しづつ実績を積み重ねるのだ。
「分かりました。じゃあ、その時はお姉様と離れ離れですね」
「少し寂しいけどね。その判断は、千鶴ちゃんの好きにしていいわよ」別に航海を強制する訳でも無い。
あれは、個人的に結構きついと感じている。流石にもう一度、という訳にも行くまい。
「そうですね。せっかく来島流の操船術を乗組員の人に伝える良い機会ですから、航海を優先しますね」
「そうね……。ねえ、貿易会社の名前『クルシマ東インド会社』って言うのはどう?」と、私は微笑みながら言った。
せっかくの機会だ。来島家の歴史を何処かに残すのも悪くない。
「そんな……いいんですか、会社の名前に付けるなんて」と、千鶴ちゃんは照れている。
「実際、乗組員達にも名乗らせる良い機会じゃない。皆に自慢して貰いましょうよ」
「はいっ。名前に負けない様、頑張ります!」
「それで、提督が戻ったら社長をお願いして……」
「商会長、何を言っているんですか。それこそ、商会長がやらないと」
「そうですよ。『隊長』が社長じゃないと、皆が納得しませんよ」二人して、私を社長に就けようとする。
これでも、あちこちに商会を持っているのだ。これ以上増えると……と言う、私の言い訳は通用しなかった。提督は国王陛下の謁見の際に、既に民間会社に移る旨を報告したという。いつの間にそんな事を。
「『隊長』が会社を運営しないでどうするのですか」と、提督も加わり三対一となった。自動的に社長就任である。理不尽だ。横暴だ。
「『クルシマ東インド会社』ですか。良い名前ですね、我々の操船技術を宣伝する事にもなります」と、提督も気に入ったようだ。
提督については、問答無用で副社長に任命した。一蓮托生である。
しかし、史実上の偉人が私の部下か……。何か歴史が変わったりしないか不安である。本部で相談するか。
リスボンの会議は、なかなか終わりそうにない。私は早く遊牧民の村に行きたいのに、と心ここにあらずと言った感じで焦るのだった。
ほのぼのコメディー回です。
グレッグさん受難の巻。ほら、常識人は被害担当になる運命なんですよ。
奥さんと娘さんはずっと別任務で顔を合わさずにいたので、良い機会なのです。
主人公とも親睦を深めて、ロンドン編に絡んでもらいましょう。
リスボン編が終わったら、ロンドン編です。大量に偉人・変人を集めて、産業革命をモリモリ進めるのだ!




