45.インド洋迎撃戦
「お姉様は、王族や商人の方に対しては、色々と騙したり工作してお金を奪い取りますよね。どうしてそこ迄するんですか?」
首都からカリカットへの帰り道。千鶴ちゃんがそんな質問を投げかけてきた。ふむ、確かに何処から取って誰に使うか、と言う問題は商人のスタンスだ。説明せねばなるまい。
「うーん、私は『守銭奴』なのよ。お金の力や恐さを誰よりも知っているわ。例えば、千鶴ちゃんは一人で一万人の人を殺す事って出来る?」
「まあ、手段によっては出来ますよ」物騒な事を言うなあ。
「まあ、すごく難しいわよね。でもね、お金を使って一万人を殺そうと思ったら、物凄く簡単なの。例えば食べ物を買い占めて、飢え死にさせる事だって出来るわ。お金を持っているってそういう事なの」
権力者や商人と言うのは、それだけの力が使えるのだ。誰かに騙されて、酷い事をする場合だってあるだろう。騙される方が悪い、というだけの事である。
「私に騙されるような奴には、お金を持つ資格は無いって事。強い奴からお金を奪って、弱い人や困った人に使う。私のスタンスはそんな感じね」
「普通は逆ですよね。強い奴にお金を渡して、立場を利用して弱い人からお金を集めるのが普通ですよ」
「そういう人の方が多い事は知っているわ。弱い人や困った人に助けられたら、何があっても助ける。それが私の行動原理なの。実は、私のお爺ちゃんの受け売りなんだけどね」
私はお爺ちゃんっ子で、良く色んなお話を聞いた。商売を始めた話やちょっとしたエピソードが面白かった。お爺ちゃんは商人をやっていたのだ。
『もしも困っている、力のない人達から助けられたのなら、どんな事があっても必ずその恩を返しなさい。そうして感謝されるのが、良い商人と言うものだよ』と言うのが、お爺ちゃんの口癖だったのだ。
私にとっての商人とは、スーパーヒーローなのだ。颯爽と現れて困った人を助ける、そんな凄い人。
「成程、お姉様も私やジェームスさんみたいに、特定の何かに執着する『こちら側』の人間なんですね」
「……一緒にしないでよ。私は普通の人間なのよ。変人扱いされるのは心外だわ」
「隊長、それはお認めになった方が良いですよ。自覚が無いのは問題です」と、提督までが加勢する。
なんでさ。私は少しだけお金が大好きな、ただの女子高生だ。決して変人ではない筈。
「それはともかく、隊長。イスラム商人達の表情を見た限り、何処かで妨害をすると思いますが……」
「そうね、商人に手を回して『交易』させないようにするか、満載の積み荷を奪うために襲って来るか。どっちだと思う?」
「お姉様、海で襲ってきたら、私が倒してやりますよ。出来れば強い人が襲って来ないかなぁ」
「『交易』の妨害は困りますね。ですが国王があの様子であれば、表立っての活動は難しいと思います」
それぞれ、意見が分かれた。千鶴ちゃんは何か個人的な願望のような気もするが、まあいい。
個人的には海賊を装って積み荷を奪うか、私達を殺害するのが本命だと思っている。『交易』を妨害したら国王の名誉に傷がつく。そこまで考えて噂を広めさせたのだ。
「やはり、インド洋上での対策は必要だと思うわ。交易については、平和的な解決法があるしね」
「……積み荷を満載した船足は遅くなります。武装の少ない我らの船団では一網打尽でしょう」
「さすがに近づかないと、私の戦闘能力が発揮出来ないですね。船から船へ飛び乗るのは肉体強化のおかげで簡単です」
千鶴ちゃんが『殴り巫女』の本領を発揮するのか。ちょっと、作戦会議が必要ね。
カリカットの宿屋で、各船の責任者を集めて話し合いをする。戦闘が発生する可能性が高い事。荷物を満載した彼らの船をどうするのか。迎撃方法や人員配置など……。
白熱した議論により、とりあえずの結論に達した。
「まあ、相手の本気度と私達の脅威度次第ではあるけど、何とかなるわよ」
「皆さん、私の『殴り巫女』の力を信じて下さい!」と、千鶴ちゃんが腕を突き上げてアピールする。『海賊魂』の腕の見せ所、と言ったところだろう。
カリカットで交易品の積み込みを行う。藩王は国王からの『最大限の協力』という話を聞かされ、すっかりこちらに協力する事になった。商人として、腕の見せ所だっただけに少しだけ残念だ。
どうやら、国王の機嫌を損ねてまで妨害工作をするような事は無かった。
「いよいよ、実力行使の可能性が高まったわね……」
「でしょうな。例の作戦通り、人員配置と船団の行動を徹底させましょう」
「うわあ、楽しみだなあ。思う存分ボッコボコにしてやりまーす」
頼もしいやら、恐ろしいやら。千鶴ちゃんが大変に殺る気なのであった。
今後妨害に合わない様、徹底的に叩きのめす必要がある。幾つか思いついた策はあるが、さてどうなるやら。
そこから三日後。急ぎに急いで出航の準備をする。交易品は、旗艦とマストが折れた船以外、みっちりと香辛料を積み込んだ。積み荷のチェックはOK。迎撃の準備も万端。
強く当たって後は流れで、と言った形になる。
「じゃあ、皆全員リスボンに帰りつけるように、頑張るわよ!」と、私が掛け声をかけると乗組員全員が「おう!」と声を上げる。士気高揚は大事。戦場の鉄則である。
ここからモザンビークまでの無寄港航海だ。決して油断せず、計画通りに出航していく。我々の乗る旗艦は最後列になって、見張り要員と戦闘要員を増員して警戒を行う。
恐らく、三日以内に海賊に偽装したイスラムの艦隊がやって来る筈。そこまで無事に逃げ切れるかが、勝負となる。
出航から二日後、予想通り五隻の海賊が近づいているのを、千鶴ちゃんが感づいた。見張り員はまだ確認できない。
「ゲヘヘヘ、戦か。腕が鳴るぜぇ」と、人格が変わり切った千鶴ちゃん。
これが『海賊魂』か。怖いので近づきたくない。
「お姉様、出来るだけ敵に接近して下さいよ。私が突入して蹂躙してやりますから。この船はあの銃を使って攻撃を凌いで!」
千鶴ちゃんはそういうのだが、本当にあの距離を飛ぶ事が出来るのだろうか。少なく見積もっても船の間隔は百m位ある。肉体強化の術で何とかなるのか。
「フへへ。大丈夫ですって、お姉様。『殴り巫女』の力、思う存分お見せしますぜ」
「頼りにしてるわ。こうなったら、何としても生き残るのよ!」
『おう!』と、皆で戦闘配置に就く。例の銃は十丁ある。連射しまくれば、船員や帆にダメージを与えられると思う。後は千鶴ちゃんに任せた。
千鶴ちゃんは舳先に立って、手を合わせ神に祈りを捧げる。
暫くして、ほんのりと破邪の神々しい光を帯びた気がした。丁度『門』とは正反対の感覚だ。
見張り要員は相手の船を視認した。全部で五隻。こちらを取り囲むように向かってくる。彼方が風上だ。追いつかれるのは時間の問題だろう。
千鶴ちゃんが肉体強化の魔法を唱え始めた。「はぁっ……ふん……ごぅ『強力、招来!』」と叫ぶと、長い手足が太く力強くなったように感じる。
これが東洋の魔導師が使う『仙道』なのか。
続けて、「すぅ……はあ……やっ『超力、招来!』」と唱える。体つきが一回り大きくなったように見えた。
千鶴ちゃんの目の色は赤く充血している。かなり体力的にきつそうだ。
随分と普段の雰囲気から、強そうな風貌に変わっている、だがこれでも、千鶴ちゃんは最終形態ではないらしい。例の時間操作も使うようだ。
千鶴ちゃんが歌い始める。確か、発動時間が掛かるという奴か。
『ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず』彼女の体の輪郭がぶれ始める。
『淀みに浮かぶ泡沫は』千鶴ちゃんが歌で魔法を発動する、変わったタイプだったのか。
『かつ消えかつ結びて、久しく留まりたる試しなし』この歌は聞いた事がある。
随筆の一節だ。川の流れを時間に読み替えたという事か。確かにこれ以上無い程、時間を現した歌だ。
千鶴ちゃんの姿が薄くなってしまった。恐らく、目に見えない速さで細かく動くからだろう。
そして、一気に左端の船上に向かって、弾丸のようにジャンプした。
動きが速すぎて、その瞬間しか見えなかった。五十mはあるだろう、その距離を忽ち飛び越えて、船員達を吹き飛ばしていく。
全員を吹き飛ばして、次の船に飛び移るまでわずかに一秒。これが『殴り巫女』の本質か。相手の中に魔導師がいた。慌てて火球をまき散らすが、千鶴ちゃんの破邪の力はこれをぶち抜いた。ダメージは全くない様だ。
敵は彼女の姿を目視する間もなく、周囲の人間がぶっ飛ばされていくのを見るのだ。恐怖でしかないだろう。
確か十秒までしか、時間操作は続かない筈だ。こちらは、銃を構えて帆やマストに打ち込んでいく。
右端の船を集中して狙い撃ちする。銃撃が到着するのと、千鶴ちゃんが飛び移るのがほぼ同時になりそうだ。
「みんな、的を狙わず打ちまくりなさい。弾幕を張ってこちらに意識を向けさせるのよ!」
時間操作が切れるのが先か、敵をぶん投げるのが先か。そんな際どい期限の中、千鶴ちゃんが最後の船に飛び移る。たった八秒程で四隻を完全に無力化させる。
『海賊』の本気は恐ろしい。これが厳しい修行の果てに手に入れた最強の力なのか。
結果として、誰も死亡する事も無く戦闘が終了した。『海賊』が海上で無双した。それだけの事であった。
ともあれ、これで無事に船団が欠けることなくアフリカへ到達する目途が立った。
早く、リスボンへ。私は先程の戦闘の高揚を抑えられないまま、郷愁の念に駆られるのであった。
あの掛け声を知っているのは、かなりのマニアかと。実際、仙人っぽい気がします。
そして、方丈記のあの一節は物凄く好きなので、ここで出せて嬉しいです。
ようやく長かった冒険活劇の終了です。
後はリスボンでのリザルトを纏めて、今クールが終了します。




