41.リスボンの思い出
多分スマトラ島の西岸にあると思われる、小さな村に二十隻の艦隊が停泊する事になった。最低限の見張のみを残して、乗組員一行は上陸した。
幸い村長はイスラム教徒ではあるものの、特にこちらを警戒する事も無く受け入れてくれた。
「……よくまあ、そんな遠くから大勢で来なさったものだ」と、呆れられたが。
我々の食事や部屋の世話をしてもらう代わりに、リスボンから運んだ織物等を贈る事にした。
「交易がしたいとの事だが、この辺り一帯はマラッカ王国が治めている。そちらに行けば市場もあるし、謁見も叶うと思うがな」
「分かりました。数日間で構いません。食料と水を分けて貰い休息させて欲しいのですが」と、私が交渉役になる。『通話の魔道具』を持っている関係上、仕方のない事ではある。
ともかく、我々乗組員の体力は限界を迎え、船酔いと時差ボケのような状態なので身動きが取れない。ここで暫く休息しながら補給物資を入手して、マラッカへと向かうしかないだろう。
部屋とは言っても、この村の集会所を貸して貰っただけだ。全員マグロの様に横になり、眠ったりぼーっと考え事をしたり、軽く村を見て回る者もいる。
私は食べれるだけ食べ眠れるだけ眠った後、目が覚めてしまいゴロゴロしているだけだ。
ふとリスボンの事が気になった。エリオに丸投げしてしまったが『保険』業務は大丈夫なのか、両替商は再開出来たのか、などと考える。
無事にたどり着いた事を知らせたくとも、ここは地球の反対側だ。そもそも何も出来る事など無い。
自分は何でこんな所でフラフラになっているのか。両替商の件もあったとはいえ、ノリと勢いに任せ過ぎたかもしれない。
ふと、エリオやマリアちゃんに出会った頃の事を思い出す。その切っ掛けはマリアちゃんだった。
あれは一年ほど前、ロンドンでマジックバックを入手したのは良いが、借金返済の目途が立たない状態だった。行商では、それ程儲けられる訳でも無く時間も掛かる。
安定した収入源を求めて、私は様々な世界を放浪していた。
『1498年のセビリア』にある『門』を出た私にとって、辛うじて知っている『大航海時代』ならリスボンは栄えているだろう、と思い込んで行ってみる事にしたのだ。
だが、そこリスボンでは栽培が盛んになった『マデイラ諸島』と『アゾレス諸島』から届く砂糖を求めて、ヨーロッパ中から買い付けに来た商人や菓子職人達が押し寄せていた。
元々ここは小さな港町だったようだ。
当然こんな所にまともな店や銀行などなく、各国の貨幣の扱いなど知らない人々が価格交渉で喧嘩を始める、と言った風景が当たり前だった。
街を行きかう人々は言葉も通じず習慣の違いもあり、至る所で揉め事を起こしていた。
両替所は、と言うとやたら高い手数料を取られるせいで放置され、店主と買い付け人が直接交渉を行う状態だ。
一方的に砂糖を買いに来る外国人のせいで国内通貨が足りなくなり、外貨はダブついて価値が下がるので、更なる悪循環である。店主からしてみれば、高い手数料を払いたくないし、そもそも使えない通貨など受け取りたくない。
私の思いと裏腹に、騒がしいというか治安の悪い街と言う印象しかなかった。あちこちを巡ってみた結果、その原因が『為替』の制度が全く機能していないという事だけは分かる。
あちこちに並ぶ露店は、個人が勝手に出店しており、商売の事も分からないので揉め事が絶えない。
そんな騒がしい街中を泣きながら歩く子供を見かけた。それがマリアちゃんだった。
迷子になったのだろうが、誰も子供の事なんて気にしていない。私は放っても置けず、その女の子に声を掛けた。
「お嬢ちゃん、どうしたの。お母さんは何処?」と聞くと、さらに激しく泣き出した。
「大丈夫よ、お姉ちゃんが一緒に探してあげるから」と、私はその女の子の頭を撫でながら宥める。
段々人が集まってくるが、野次馬ばかりでこの子の関係者は居ないらしい。
「お嬢ちゃん、お名前は?」と、頭を撫でながら聞くと「……マリア」とだけ言った。
「マリアちゃん、お家の場所は分かる?」
「……こっち」と、女の子が指さした。どうやら郊外の方からやってきたようだ。
手を繋ぎながらマリアちゃんと一緒に自宅を探す。迷子なのかはぐれたのか、ともかくお母さんを探そう。
小一時間うろうろとしていると、一組の男女が「マリア!」と言いながらこっちに向かってくる。どうやら両親に会う事が出来たようだ。
「マリア、勝手に出て行っちゃ駄目だろう!」と、お父さんが咎める。
「無事で良かったわ。街の方に出てしまったのね」と、お母さんはマリアちゃんを抱えて泣き止ませる。
「すみません、何処のどなたかは知りませんが、おかげで助かりました」
「いえいえ、私は家の場所を聞きながら、一緒に歩いていただけです」
「何もありませんが、私の家においで下さい」と言うので、とりあえずお邪魔する事にした。
マリアちゃんの家は、小さなアパートのようだが様子がおかしい。家具やら荷物が部屋に全くと言っていい程何も無い。生活感が全くないのだ。
「あの……何かあったんですか?」と、私は思い切って聞いてみる事にした。
「ああ、すみません。私の勤めている銀行が潰れまして……借金を返すために色々と売ってしまったんです」
「銀行が潰れた……。何があったんですか?」
「いえ、普通の事なんです。融資をしていた貿易商の船が沈没しました。それが元で経営が出来なくなり、社員が路頭に迷っただけです」
「ああ、すみません。自己紹介もまだでしたね。私はマリアの父親のエリオと言います。こちらが妻のディアナです。お嬢さんは、この辺りでは見かけない服装ですが……」
「ええ。私はアキラと言います。旅の商人、と言った所ですね。商売の種になる話を探して、あちこちを旅しています」
「成程、それは大変ですね。こちらは、もう勤め先も無くなって手持ちの金も無いので実家に帰るか、妻と揉めておりまして。目を放した隙にマリアが……と言った状態でした」
なるほど、良くある話と言えばそれまでだが……。ここで知り合ったのも何かの縁だ。せっかくなので聞いてみよう。
「エリオさんは銀行勤めだったんですよね。どうしてこの街がこんなに……『カオス』なのか、教えて貰えませんか?」と、私は思ったままの質問をする。
「『カオス』とは……。確かに言い得て妙と言う感じですね。この街は元々小さな漁村で、国王の海外貿易推進のために貿易港として街を拡張したのですが……まだ『出来上がっていない』状態なのです」
「『出来上がっていない』とは、どういう事ですか?」
「ここ数年の経済政策で、貴重な砂糖がこの港に大量に運ばれる様になりました。その取引の為に外国から商売人が殺到しているのです。私の銀行の件も、その砂糖を運ぶ船が原因だったのです……」
つまり、この街と言うか『元漁村』はまだ何の設備も整っていないのに、貿易港として人が集まり過ぎた。
その結果、お金の需給バランスが崩れてしまったのだ。街の取引規模に対して、本来あるべき銀行や両替商の設立が追いついていない。つまりはそういう事だ。
「成程、それであんなに行きかう人達が困っていたんですね。それで、国は何も動かないんですか?」
「いえ、計画は進んでいるとの事ですが、それが何時になるのか……それまでに大きな事件でも起これば、この街は終わります」と、エリオさんは項垂れる。
本来は銀行員として、その役割を担うはずだったのだ。……何とか出来ないものか、と私は考える。
「エリオさん。銀行に勤めていた他の方達も、お仕事が無いんですか?」
「ええ、元部下達も行き先が無くて困っています。良い勤め先があれば良いのですが……」
「エリオさん。良かったらですけど、お仕事を始めてみませんか? 私は商人で、マジックバックも持っています。多分出来ると思うんです」と、そもそも借金の元でもあるマジックバックを取り出して見せる。
「はい?」
まあ、普通はそう言う反応になるのだろう。私はこの街の状態を勿体無い、と感じていた。きっとこの街に店を作れば困った人が助かるし、お金を稼ぐのも可能だろうと判断したのだ。
「両替商を作ってみましょう! お金は私が出します。エリオさんは元部下の方に声を掛けて下さい」
「両替商ですか? 確かに、この街の両替所は手数料も酷いし、規模も小さい。成功しそうではありますが……」
「なあに、これも縁ですよ。思い切ってやってみましょう! 何とかなりますって!」と、私は背中を押すように言った。
これがエリオと商売をする事になった切っ掛けだった。二十人程の同僚に声を掛け、私が資金提供をする。両替商の店舗を構えて、少しづつ各国に両替所を設置していった。
毎月私がロンドンから資金を持ち出し、マジックバックで両替所とリスボンを往復する作業を、ただひたすらに繰り返した。船に乗り続けた事で、船酔いに強くなったのもこの頃だ。
事業が軌道に乗るまでには数カ月掛かった。リスボンの市場に溢れる外貨は、既にコントロール限界の所まで来ていた。両替商には連日人が行列を作り、お金を保管する倉庫はすぐに埋まってしまった。
結局、私があの時にした事といえば、市場から外貨を一カ所に集めただけで、根本的な対策にはならなかったのは仕方がない。
だからと言って、地球を半周する必要は無い筈だと思いながら、私はあの忙しいリスボンでの日々を思い出すのだった。
回想シーン回ですね。両替商が簡単に出来る訳も無く、色々とあったんだよ、という事で。
人との出会いはそれぞれ。何処で誰と、どう繋がるのか。
人はそれを『縁』と言います。物語を進めるのは、人との『縁』がきっかけです。
そうして、思わぬ出会いと別れから、色々な問題が起こっていくのです。




