39.そして大航海への出航
遊牧民の村で、私とジェームスで今回の冒険についての相談を行う事にした。彼方にとって魔道具類は貴重だろう、という判断だ。
「ねえ、ジェームス。インドへの献上品なんだけど、良い魔道具は無いかな」
「インドは人口大国だ。『浄水の魔道具』なら、いくらでも需要があるだろう」
「そうね、此処で作った魔道具を持っていくわね。後は、目玉商品が欲しいんだけど……例の物は出来ている?」
「ああ、あれか。そうだな……手の空いた時に少しずつ作ってはいるが、かなり難しい」
「じゃあ、献上品にするのは無理かしらね?」
「いや、二十位なら用意出来るだろう。まあ、複製しようとしても無理だろうし、毎回少しづつ渡すようにすれば良いさ」
「分かった、それでいいわ。サンダースさんにリスボン迄持ってきて貰いましょう」
「ああ、『鞭の魔道具』と一緒に、二カ月後には渡せるように用意しよう」
ああ良かった。何とかインドとの交渉については目途が立った。
『保険』業務の件については、提督が各国の商人達を訪問して熱心に説得を続けた結果、予定を大きく超える支援にこぎつける事が出来た。
大口の支援もかなりあったようで、二カ月も経たないうちに商人達からの支援が合計三百万レアルを超えた。これで問題なく船の改造を進める事が出来る。
また、新大陸行きの船についても順調に契約が進んでいるようだ。その辺りの対応はエリオに全て任せ、こちらは航海に向けて活動を開始する。
後は航海に必要な準備だけだ。航海での大きな課題は『壊血病』だ。
ビタミンCの不足による出血や貧血、他の病気への抵抗低下など、長期航海で起きる病気。ヴァスコ・ダ・ガマ提督も前回の航海で柑橘系が良い、と知ってはいるようだ。
だが、それでは足りない。今回は前人未踏の『インド洋無寄港横断』になるのだ。
何がどうあっても、今回の航海で一人たりとも倒れさせる訳にはいかない。徹底して対策を取る事にしよう。具体的には、食事療法と航海中の積み荷の改善である。
ドイツ地方から、ザワークラフトとアイスバインなど、ローマからはパスタを大量に取り寄せる。外貨なら幾らでもあるのだ、思う存分購入しよう。
保存も効くし、扱いやすい品だ。食べ慣らさせておく必要もある。
リスボンに拠点を置いた際に農家と契約しており、ピーマンやジャガイモなどを大量に作らせてある。本来ならジャガイモは数十年後に伝来する。
しかし、これに関しては自重せず、別の世界から種芋を持ち込んだ。常温で長持ちし、非常に航海向きの食材なのだ。これを使わない手はない。
食事療法に関しては、乗組員全員に野菜を食わせる習慣を付けさせる。残さずに食え、もっと食うんだ。
出発の二カ月前から宿舎に全乗組員三百人を集め、野菜を使った料理を振舞う。たっぷりとビタミンCを摂取させるのだ。
幸いな事にビタミンCは、体内に三カ月程度の貯蔵をする事が出来る。事前に食事を改善してやれば、『壊血病』の発症率は大きく下がる筈だ。
なに、遊牧民の村での宴の事を思えば、三百人程度は問題ではない。ディアナさんのサポートだけで何とかなるのだ。
会談から二カ月後、船の改装が終わった。船体は他の船と同様のナオ船だが、三本のマストに付けられた帆の形が違う。
一番前のマストは一般的な横帆だ。追い風の時に風を一杯に受ける構造になっている。
そして、二本目と三本目が大きく異なる。三角形と言うか、台形の縦向きの帆になっている。こちらは向かい風や横風を受けて進む構造になる。
後は、補強用の板があちこちに付けられており、衝撃に備えて増設したようだ。
「提督さんと話し合って、風を受け流しやすい帆に変更しました。後は、波を横から受けても大丈夫なように補強しています。ただし、その分設備を減らしていますけど。後は、交易用の倉庫を多めに取ってあります」と、千鶴ちゃんが改造点を説明してくれた。
船が揃ったので一カ月掛けて慣熟運転を行う。毎日毎日、出港と寄港を繰り返すのだ。
千鶴ちゃんが「主舵一杯!」「帆を上げろ!」と叫ぶと、二十隻の艦隊が一斉に同じように行動を取り始める。時間は掛かったが、ようやく操船が形になってきたようだ。
『鞭の魔道具』も届き、帆を下す際に水夫達があちこちで飛び上がるのが日常風景となった。いつ見ても「黒ひげ危機一髪」みたいだと思う。個人的に笑いを堪えるので必死だ。
目下の悩みは、調理となる。船の上でコンロを使うのは難しいが、色々と調整して火事を起こさずに済む程度のコンロを用意した。青椒肉絲やパスタなど、料理に使う火力は、いくらあっても足りない。
とりあえず全員が、新たな航海への準備や訓練を済ます事が出来た。
最終調整として、リスボンからアフリカのヴェルデ岬まで往復する訓練を終わらせると、出航する日までは休養となる。積み荷の準備も済ませ、献上物も用意済み。
各自、積み込み物のチェックが終わったら、いよいよ出航である。
リスボンから出発した二十隻の大艦隊は、ヴェルデ岬から陸地付近ではなく南下する。出来るだけ喜望峰までの航路を最短距離になる様に進む。例の波と風のためか、船が大きく揺らぐ。
「野郎共、此処からは私の指示に従って、さっさと行動しろ! もたもたしてると海に叩き込むぞ!」と、千鶴ちゃんが人が変わったように、てきぱきと水夫達に指示を出す。
提督は、定期的に魔道具で位置を確認して、船のスピードを確認する。ひたすら帆の向きを変えたり、引き上げたり、甲板上は誰一人として立ち止まっている者は居ない。
私の役目は甲板にはない。倉庫の中をチェックして常に水と食料の減り方を確認する。日持ちする食料はなるべく使わず、傷みそうな食材から順に料理していく。
最終的に残るのは塩漬け肉とビスケットとジャガイモ。後は、大量に積み込んだザワークラフトとパスタだ。喜望峰への投資が進んでいる事により、途中の補給での問題は無い。
どちらかと言うと、私としては『壊血病』の患者が出ないか、毎日冷や冷やものだ。幸いな事に、今の所は乗組員の健康状態には問題ない。
提督は前回の航海と比べて、半分以下に短縮された喜望峰への日数に驚いているようだ。千鶴ちゃんの指示が的確なのか、波の大きさに比べて船の揺れは少ない。船長室に三人が揃って、今後の航海方針を確認する。
「さて、およそ喜望峰までは十二ノット程度のスピードで進める事が出来た。ここまでは順調だ」と、提督が地図を指し示す。
「恐らく同じスピードで進んだとしても、十五日はまともに陸地が見える事も無い筈だ」
「ここからが本番です。如何に帆を操り、波に船の向きを合わせるかで勝負が決まります。私の指示に絶対に従って下さいね」と、さすがの千鶴ちゃんも緊張を隠し切れない。良く見ると顔色が悪い様だ。
……今から向かうのは、真っ白な地図の向こう、東南アジアである。
自分の記憶では、その南にオーストラリアがある筈だが、そこら辺に到達するのは二百年後。
今から喜望峰を真直ぐ東に向かい、先程とは比べ物にならない、風と波が嵐となって渦巻く海域に突入するのだ。
背筋にうすら寒い感覚を覚える。……武者震いなのか、死の危険と向き合う『冒険狂』の本能なのか。
準備出来る事は全て済ませた。訓練もばっちりだ。物資も十分。だが、未知の海域を進むのに余裕も無ければ、油断も出来ない。
一度飛び出したら、何処かに逃げる事もままならない『インド洋無寄港横断』の冒険が始まるのだ。
「……行こう、一路『東インド諸島』へ! 大丈夫、私達なら出来る!」と、私が腕を振り上げる。冒険の始まりだ。
二十隻の船団は、大きな波を乗り越えながら引きちぎられんばかりに風を受けた帆を、何とか上げたり下げたりしながら、猛スピードで進んでいる。
提督がひっきりなしに魔道具で位置を調べるが、揺れる甲板は今までと比較にならない。立っているだけで精一杯だ。
「……次、取り舵一杯! 帆を下げろ!」と、千鶴ちゃんの叫びと同時に、船よりも大きな波と横向きにぶち当たる。
瞬間、空に飛んだ感触と同時に『ドンッ!』と言う鈍い音がする。もう、私は近くの板に捕まったまま動けない。
私は、まだこれから十五日間近く、この状態で過ごす事に耐えられるのか、不安に覚えながら船内へ戻るのだった。
いよいよ大冒険の始まりです。
大航海はロマン成分。異論は認めない。流石に気分が高揚します。
さて、この物語はいくつかのシミュレーションゲーム等を参考にしています。
今回は『大航海時代4』がベースです。『インド洋無寄港横断』も実際にやった事があります。
今ならSteamでリメイク版が楽しめます。
シェアの奪い合いに、宝物の捜索。死と隣り合わせの太平洋横断、などなど。
とにかく交易で金を稼いで、大砲で海賊共を殴る。新作出ないかなあ……。
古き良き時代のゲーム、という奴ですね。
【追記】大航海時代の新作、大航海時代 Origin 不評の模様、残念。




