38.各自の役割と仕事
ある程度の取りまとめを行った後、私とエリオ・提督と千鶴ちゃんの二組に分かれて打ち合わせを行う事になった。
こちらでは『保険』についての細かい詰め作業を話し合う。私の案ではざっくりとしていたため、この辺の金のやり取りや仕組みに関する規約など、エリオが確認している。今まであんなに落ち込んでいたのが嘘の様だ。
あちらでは、船の耐久性や帆の形状、来島流での舵などの指示方法まで、航海で行う行動について確認している。海に関わる者同士、打ち解けているようだ。
千鶴ちゃんの能力と提督の経験が噛み合っているのが分かる。
「……つまり、こう波が来ます。それに対してこちら側に舳先を向けると、波をかき分けられます」
「成程、ではこの部分に補強が必要という訳だ。お嬢さん、強い風が来た時はどうするのかね?」
「こちらの言うタイミングで、一旦帆を外します。出来ればその作業を早くしたいですね」
「うむ、マストに上る作業か……。皆も慣れてはいるが、他に方法があるかな?」
「ちょっと良いかしら?この鞭のような魔道具なら、一気に登れるんじゃない」と、私は遊牧民の村で見つけた魔道具を渡す。
「……ほほう、これは面白い。なるほど、使えそうだな」
「そうですね。魔道具を使うという発想は有りませんでした。ありがとうございます、お姉様」
お互いの話を聞きながら、準備が進んでいく。魔道具作りは遊牧民の村に行って、ジェームスに頼まなければいけない。急いで準備が必要だろう。
「マスト担当が一隻辺り五人程いる。二十隻なら百本程必要になる筈だ」
「分かりました。航海の出発予定日は何時頃になります?」
「およそ二カ月もあれば、船の改造が出来るだろう。改造の指示はお嬢さんに任せて、私は商人への説得を行う事にしよう」
「分かりました。私は船の改造案を纏めておきますので、こちらの造船所へ通います」
「提督、『保険』についての契約書と規約は、三日もあれば完成します。契約はこちらの両替商にお越し頂くよう、案内をお願いします」と、エリオが段取りを詰める。
概ね、各自の役割分担と担当が固まった所で、会談を終了して作業に移るとしよう。さあ、これから忙しくなるぞ。
提督と挨拶をして別れた後、三人で宿舎に戻る。ディアナさんとマリアちゃんが出迎えてくれた。
「ディアナ、暫く仕事に集中しないといけないから面倒を掛けるが、よろしく頼む」
「あらあら、あなた。随分とやる気が出たようですね。心配していたけど、お仕事がうまくいったのですか?」
「そうだ、これで我が商会も新事業で大忙しになる。職員の皆も呼んで、会議と契約に追われる事になるだろう」
「良かったわ、アキラちゃんありがとう。この人がこんなに元気になるとは思わなかったわ」
「いえいえ、エリオが居なければ思いつかなかったです。これで何とか商会を再開できると思います」
「立ち話が長くなって御免なさいね。さあ、夕食の支度は出来ています。みんなで食事にしましょう」
明日からは、本格的な作業が始まる。私はインドでの交渉と、マジックバックの整理も兼ねて遊牧民の村に急ごう。あぁ、ジェームスに航海の話をしたら、呆れられるだろうなぁ。今から気が重い。
「ねえねえ、おねえちゃん。きょうはいっしょのべっとでねたいのです」と、マリアちゃんが言う。うむ、可愛らしい。
「そうね、じゃあ、千鶴ちゃんと三人でサンドイッチにしましょう」
「わーい、やったあ」
「あらあら、皆仲が良いのねぇ。楽しそうね」と、ディアナさんはいつも通りだ。
賑やかなリスボンも、暫くは留守にしなければいけない。遊牧民の村にこんなに早く戻る事になろうとは。ジェームスに会うために理由を作ったと思われるのも癪だ。この事はグレッグさんには黙っておこう。
遊牧民の村について、村の情報を聞きリスボンの様子を伝える。ジェームスの反応は「ばーっかじゃねーの!」だった。
「俺は『無理するな』と言ったよな。何でよそ様の都合に合わせて、インドまで航海してイスラム商人を説得する事になるんだよ!」と、大変にお怒りである。まあ、そう言うな。これも両替商の為なのだ。
「で、あの鞭の魔道具を二カ月で百本作れ……と。あのなぁ、そんなに簡単に魔道具は作れないの!準備ってものがあるんだよ。……まあ、作るけどな」
「良かった。航海の準備は万全にしたいからね。まあ、心配しないで。千鶴ちゃんもいるし提督はベテランよ。間違っても死ぬような事は無いわ」
「当り前だ! まったく、店長はお人よし過ぎるぞ。クリルタイの時もそうだ。他人の事情に首を突っ込みすぎる」
「仕方ないじゃない。こっちが問題を起こさないようにしても、あっちから問題がやってくるんだから」
「……変わってねえなあ、店長は。ロンドンで初めて会った時からずっと」
確かに、私にとっての商売は人を助ける事だ。決まって、誰かの問題に関わる事になる。それが良い方法なら私は躊躇しない。何があっても自分の気持ちに従って、問題に立ち向かうのだ。
そこら辺はジェームスも知っている。知っているからこそ、私に無理をさせたくないのだ。こいつなりの私への気遣いなのだろう。
この点については、既にお互いを知り尽くしている。結局、私の望みを叶える為にやる事をやってくれるのだ。
「心配を掛ける事にはなるけど、これが最善だと信じているのよ。まあ、大丈夫だって、多分」
「はあ、まったく店長の傍に居るとこっちの寿命が縮みそうだ。……そうだな、今は魔道具作りで結構な人手がいる。魔道具作成の前準備で手伝って貰えば、何とかノルマは達成できると思う」
「ふぉっふぉ、お主らは本当に仲がええのぅ。若い者はそうでなくては」と、傍で聞いていたお爺さんが大笑いする。お母さんとお婆さんも一緒に笑っている。
そういえば、法律の方の進み具合はどうなんだろう?ある程度方向性は決まったかな。
「ジェームス、お爺さん。法律の進み具合の方はどうなの?」
「うむ、あれから何回か建国協議会を開いたのだがな、皆混乱しておった。まあ、今まで土地や組織に縛られず、草原を駆けていた者達じゃ。いきなり建国と言っても理解には時間が掛かるじゃろう」
「それでも、何人かは分かって貰えていると思う。一気に人が増えたからな。表には出ていないが、小さな問題で息子さんは大忙しだ。……結局、実質的に裁判官は息子さんの担当だ。今は、どれだけ役割を分散させるか、が課題だな」
「成程ね。確かに権力が一人に纏まり過ぎても、却って弊害があるからね。そこら辺の調整には時間が掛かるかもね」
実際、この辺の話は住民一人一人の意識の問題だ。もしかすると上の者だけでなく、若い連中にも参加して貰う方が良いかもしれない。クリルタイで立ち上がった、誇りある人達だ。間違っても自分の都合で動くような事は無いだろう。
「しかし、急な仕事が入ったせいで交易計画は一時中断だな。もしかしたら、誰か金の勘定に強い奴を何人か集めて、引継ぎが必要かもしれん」と、ジェームスが悩んでいる。
「そうね、最終的にはジェームスなしで交易を進める事を考えると、早めに進めた方が良いかもね」
「ふむ、そうじゃな。若い奴から希望者を募るとするかの。元々ロシアとの交易はやっておったからのう。少し教えれば、何とかなるじゃろう。……そうじゃ、ロシアとの和平交渉は問題なく完了したぞ」
「それは良かったです。どうしてもロシアとにらみ合ったままでは、交易に差し支えますしね」
色々試行錯誤しながら国を造る事になる。国を動かすのは自分達じゃない。皆が一緒になって動かなければ、あちこちから不満が出て結局禍根を残すのだ。
思い切って一気に直接民主主義に、と言う考えも浮かんだが、そこまで急に動くのも問題が出る。やはり、地道な活動でしか、こういう問題は解消出来ないのだろう。
「今は、自分達の国を造るという大目標があるからの。喜んで皆が協力してくれる。有難い事じゃ」お爺さんは、ここ最近急激にカリスマ性と知識を高めている。
いずれは本当の『偉大なる大ハーン様』として、歴史に名を遺すかもしれない。
自分が思っているよりも、世界は良い方向に向かっていくのかもしれない。私はそんな事を思いながら、この村の未来に思いを馳せるのだった。
商業回が終わり、いよいよ冒険に向けての準備となります。
航海が始まると、現状のメンバーとのやり取りが無くなるので物語が一気に動くでしょう。
ちなみに『息子さん』の名前は、お爺さんとまったく同じとしています。代々同じ名前を継ぐためです。
基本投稿は毎日2時頃です。
基本的な話の流れを頭の中で考えて、一気に2時間程で書き上げてしまうので。
誤字脱字や矛盾点、会話などを見直して投稿するとこの時間になってしまうのです。ただし休日は除く。
このスタイルが一番やりやすいので、平日はこの方法が定着しそうです。




