36.別の選択肢を求めて
いよいよ、あの「ヴァスコ・ダ・ガマ提督」と会談を行う事になる。史実の偉人と会うのは3回目になるのかな。
とは言っても、御本人の経歴は殆ど知らない。噂では、ヨーロッパ人で初めて海路でインドに到達した事で、爵位や提督の地位を得た、位だ。
今回の会談は、二回目の航海に関する事なのか。今の所、分からない事だらけだ。こればかりは、直接本人から聞くしかないか。
海の事なら千鶴ちゃんの知識も役に立つだろう。色々アドバイスを貰うよう話をしておく。
「私が知っているのはアジア圏の話ですから、そこまで期待されても困ります」
「まあまあ。気が付いたことがあれば教えてね」
「……同じ船乗りの視点で良ければ、何とかなるかもしれません」
ともかく、エリオと千鶴ちゃんを連れて会談に向かう。何か良い話が聞ければよいのだが……。
「初めまして、商会長殿。ヴァスコ・ダ・ガマと申します。女性の身で商会長とはお聞きしたが、お若いのですな」
「この商会を取り仕切っております、アキラと申します。私共には出資者がおります。商会の立ち上げは私だけの力ではありませんので」
「これはご謙遜を。今回は急ぎの会談に応じて頂き、ありがとうございます」と言って、握手をする。海の男らしい、ゴツゴツとした手だった。
挨拶を終えて、両者が向かい合わせの席に座る。さて、どんな内容なのか?
「今回、お話したい事は二件あります。一つは……お持ちのマジックバックをお貸し頂きたいと思いまして」と、申し訳なさそうに話し始める。
「……マジックバック、ですか。それはまた唐突ですね。その理由を伺っても?」
「はい、インドには到着したのですが、イスラム商人達から我々を商人と認めない、と拒否されまして……」
なるほど、マジックバックは商人として最低限の証明だ。それを持たない彼を交易者として認めないのは、在りそうな話だ。
つまり、今度の航海は『交易』として行いたいので、マジックバックを貸してほしい、という事だろう。
「大体の理由は理解致しました。確かに商人として認められるためには、必要な物ですね」
「はい、私は探検家として、自信を持ってインドまでの航海をする事は出来ます。しかし、『交易』となると……」と、彼は言葉を濁した。
「そうですね……。マジックバックをお貸しする事は出来ます。ですが、それだけで認めて貰えるかは不確定要素ですね」
「やはり、商人の貴女からはそう見えるのでしょうか」
「推測になりますが、相手がイスラム商人であれば難しいと思います。彼らは代々商人として生活しています。インドの権益をその程度で認めるとは思えません」
私ははっきりと言い切る。半端な同情は無用だろう。提督は、あからさまに肩を落として項垂れた。
「我々の支援者だった商人が、前回の航海で支援を打ち切ると言って来たのです。航海が出来ても『交易』が出来ないのであれば、認めないと」
「……商人であればそう判断するでしょうね。他の商人の方はどのような反応ですか?」
「こちらの要望を聞く方はおりませんでした。航海に同乗して欲しいとも頼みましたが……」
「危険なのでお断りする、とか信用出来ない、と言う事ですか?」
「そうですね。それが、もう一つのお話なのですが……国王や貴族の方から支援されても、商人の支援が無ければ、航海も出来ません。ですが、商人の方からの支援を受ける方法が、我々には分からないのです」
これは困った。聞いた話であれば、マジックバックを持った商人がインドでの交渉を行わない限り、『交易』する事は難しそうだ。相手を支配下に置く、もしくは従属させるのであれば何とかなるだろう。
その方法では、後々後悔する事になるだろう。恐らく、護衛に就く船舶の費用も膨大になる。平和に『交易』をする最低条件が『商人が航海に同乗』なのだ。
「……普通の商人は、自分に利のない行動を好みません。恐らくどのような条件を付けても無理でしょうね」私は冷静に分析する。
「でしょうな。他の方も同じ事を仰っていました。それで……失礼を承知で申し上げます。此処リスボンで型破りな商売を行っている貴女ならば、と。すみません、航海の期限が迫っておるのです。此方も何か手掛かりが無いかと必死で……」
なるほど、これは悩み所だ。彼の名声は、今ヨーロッパ中に広がっている。ここで支援すれば、様々な要求も依頼する事が出来る。
だが、その代わりの条件は危険な航海に身一つで参加し、海千山千のイスラム商人と対峙しろ、という事だ。
それぞれの専門家である二人の意見が聞きたい。視線を向けると、それぞれ言いたい事がある様だ。
「提督、商人にとってのメリットが無ければ、その提案が通るとは思いません。もう少し、ご検討されては?」と、エリオの一言。純粋な商人視点だ。
「すみません。こちらの航海技術は分かりませんが、この方からは海の香りがします。こういう方は、どんな状況でも対応出来る筈です。航海についての危険性は少ないと思いますよ」と、千鶴ちゃんは海に生きる者からのアドバイスだ。
なるほど、色々な視点から見るのは良い事だ。その上で、こちらがメリットを見いだせれば、この話に乗るのも悪くないかもしれない。
「提督、前回の航海について教えて頂きたい事があります」
「何でしょうか?」
「出発時点の隻数です。何隻で出発してどの位の費用が掛かったのか。そして帰還時にどれだけの船が戻って、幾ら利益が出ましたか?」
「新造した五隻の船で出発しました。建造費は、大体五十万レアルですな。帰って来た時は二隻です。利益は……その、十万レアルです」答え難い内容だ、躊躇するのも当然だろう。
「その結果で、国王は成功と判断し、商人からは支援を拒否された、という事ですね。利益は支援した商人に全額お渡しになったのですか?」
「はい、国からは年金と爵位を頂きました。利益を全て渡しても足りませんでしたので、自腹で十万レアルを渡しております」
つまり分かる事が二つ。無事に帰還する事が出来る船は、この探検家の能力でも半分に満たない事。商人にとっては、成功時の報酬よりも赤字の可能性の方が高い事だ。
「……そもそもの問題は『交易』出来ない事と航海に必要な費用を商人から支援して貰えない事、で間違いないですね?」
「そうです。今回の航海は前回よりも、船の数を増やす必要があるのです。およそ二百万レアルは必要だと考えています」
日本円にして、およそ四十億円。一人の商人で抱えられる費用を優に超えている。こちらだって無理な金額だ。相当数の商人から支援を募らないと出来ない金額である。
そして、それを上回る額の利益を出さなければならない。成功率が半分と見積もっても、だ。
そして、マジックバックがあろうと、それだけの利益を出す事は出来ないだろうと思う。恐らくだが、船にもかなりの量の交易品を積み込まなければ、利益を出すのは難しい。
船の容量は、マジックバックに比べて物凄く大きいのだ。その分、帰還する確率が減る。商人は利に聡い。それ位は把握しているだろう。
「やはり、今のままでは無理だと判断せざるを得ません。私が『交易』に参加する、としてもその金額を集めるのは……」何だろう、あと一つ何かがあれば、その決断が出来るのに。
……考えろ。何かある筈だ。皆からの話を纏めるんだ。思い出せ。「新たな事業」「倉庫一杯の外貨」「外貨を各国に戻す方法」「お金をばらまく」「帰還率の低さ」「航海の危険性」「提督の名声」……何か、何か。うーん、今のウチの商会が出来る事……。商人が喜んで支援する条件……。ん? 今、何か思いついたような。
「エリオ、今ウチにある外貨ってどれ位?」とにかく色々と確認しなきゃ。
「そうですね。どの国も大体同じ位ですし……。各国、平均五十万レアル分はあると思いますよ」
「提督、あなたの伝手で話を持ち掛けられる商人がいる国は、どれくらいありますか?」
「そうですな。一時期あちこちから声を掛けられましたから、イスラム圏を除くほぼ全ての国におりますよ」
それだ、それしかない! これなら、両方の問題を解決出来る筈だ!
「よし、提督。決めました。こちらの条件を飲んで頂ければ、私が直接インドまでの航海に参加して『交易』の交渉を行いましょう!」
「えっ? 商会長、もう少し考えてから……」と、躊躇するエリオ。
何、たかが私の体一つで勝ちの目が出るのだ。今は、海のスペシャリストの千鶴ちゃんもいる。ここが勝負の為所と見た。もうこれしか、この商会を再開する手段はない!
「はい、こちらに出来る事ならやって見せましょう。その条件をお聞きしたい」
「簡単な事です。提督が各国の商人に薦めて貰うだけですよ。私達の商会で発行する『保険』に加入して貰う事を!」
『銀行』ではリスクが多すぎる。だが『保険』ならどうだろう。条件さえ合えば、商人達はこぞって支援するはずだ、と考えた。
だが、これはギャンブルだ……。初めての賭け事がこれとは如何なのか、と私は苦笑した。
リスボン編 シリアス回です。
クライマックスは、インド交渉になるでしょう。経済が動いている感だけは出していきたい。
主人公以外の人間が、それぞれの思惑で金策に走る様子は難しいですね。
歴史IFものとして、偉人であるヴァスコ・ダ・ガマの人生を改竄します。きっとその方が幸せになれますよ。




