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35.リスボンの商売は問題だらけ

 リスボンは相変わらず、沢山の人で賑わい活気がある。両替商に向かうのだが、どうも様子がおかしい。入り口には、「本日の業務は停止させて頂きます」と書かれ、扉も閉められている。


 何かあったのか気になって、裏口から店内に入る。いつも賑やかな両替商には誰も居ない。2階に上がると、エリオが書類の整理を行っていた。


「エリオ、店はどうしたの?」と聞くと「商会長、すみません。両替商が業務出来なくなってしまって……」と、か細い声で返事する。

「何があったの? 具体的な原因は……」

「それが……まず倉庫が一杯になってしまって。ここ最近一気に両替の仕事が増えてしまったのが原因なんです」


「その両替の仕事は、どうして増えたのかしら?」

「恐らく、ヴァスコ・ダ・ガマ提督が戻られて、インド向けの航海の投資が増えたんですよ。途中航路にある喜望峰やモザンビークへの出資のため、各国から大量のお金が流入しています」


 そこまで酷い事になっているとは知らなかった。丁度前回リスボンから遊牧民の村に行っている最中に、提督が寄港したのだろう。


 元々限界一杯になった倉庫だ。多少倉庫を借りたとしても、数倍に膨れ上がった投資額には、対応しきれなかったらしい。


「幸い、今は一段落しています。各職員は、分散して各国の両替所への交換作業を行っていますが、賄いきれない状態ですね」と、エリオは頭を抱えた。

「それで、此処を一時閉鎖して新しい倉庫を探していた、と」


「はい、ですがもう倉庫の維持費で利益が取れない所まで来ています。だから、どうやっても両替商を再開出来ないのです」

「とにかく、今までのやり方では無理という事ね。何か外貨を減らすような事業を考えないと」

「……それとヴァスコ提督から商会長に会談の申し込みがありました。彼方の方も問題を抱えているようです」


 問題が積み重なっていく様だ。もっとも、人が死ぬような事は無かろう。遊牧民の村の時よりも、少しだけ余裕は有るという事だ。


「分かったわ。私の方は、リスボンでじっくりと対策を取れるように手配済だから、色々と相談して対策を練りましょう」

「商会長、申し訳ありません。こんな事になるとは思わず……」

「もういいのよ。仕方がない事じゃない。私だって、ここ迄問題になっているとは予測していなかったし」


 過去の事より先の事、だ。エリオだけじゃなく、他の人からの情報も欲しい所である。原因がインド航路にある以上、提督との会談を先に行うべきだろう。


「商会長、そちらの美人はどなたですか?」と、こんな状態でも美人に目が行くとは、このラテン系男子め。

「こちらは私の護衛役としてウチのメンバーになった千鶴ちゃん。おかしな事をするとぶっ飛ばされるから気を付けてね」

「初めまして、『殴り巫女』の千鶴です。よろしくお願いします、エリオさん」


 うん、『殴り巫女』の説明が難しいというか、「通話の魔道具」で変換されるのがおかしいというか。ともかく、落ち着いて話をしようか。三人でソファーに腰かけ、私は台帳で過去の出入額を確認する。


「うわぁ、これ大口案件一つだけで一か月分のお金が両替されているじゃない。本当に酷い状態ね」

「これでも、まだインド航路の準備段階ですから。本格的に運用開始すれば、どの位の量になるか……」

「……お金って、あり過ぎても困るんですね。初めて知りました」と、千鶴ちゃんは素直な感想を漏らす。


 そうなのだ。レアル銀貨自体は、まだ十分に貯蓄がある。問題は、入ってくる外貨が各国での回収量を超えてしまった事だ。


 最悪、各国の通貨不足で経済が止まる可能性がある。何とかして、外貨を国内通貨と入れ替える方法を考えないといけない。


「……あまりウチの名前が前に出ては困るんですよね?」と、エリオが確認する。


 確かに、大っぴらにウチの商会の名前が出てしまえば、動きが取りづらくなるし、最悪強盗団が押し寄せるだろう。


 貴族からの金の無心が殺到して、国内通貨が減るのも論外だ。無駄に刺激するのは避けたい。とはいえ、そうも言っていられない状態ではある。


「ウチ以上に目立つ存在が出来れば、ある程度は問題ない筈よ。何かの裏方的な活動なら大丈夫ね」

「そうは言っても、人材も限られていますから。各国に両替商を作るという訳にも行きません」

「……うーん、困ったわねぇ」お金があり過ぎて仕事にならないのは、さすがに困る。


「ウチが他の航路での航海に、資金を投資するというのは?」

「ポルトガル以外だと、スペインしか投資先がありません。スペインと問題を起こさないと言い切れます?」と、エリオが言う。


 確かに、それは拙い。評判的にもスペインはライバル国である。それにスペインの通貨だけ減っても困るのだ。ヨーロッパ各国の通貨を減らす方法を考えなければ。どうにも堂々巡りである。


「エリオ、この前言っていたよね。こういう時は『ちゃんと休んで、のんびりして。日頃の行いを見直す』って。覚えてる?」

「ああ、そういえばマリアの世話の時に言っていたような……」


「今がその時よ。一度家に帰ってちゃんと休んだ方が良いわ」

「……そうですね。思えば、ここ最近ちゃんと家に帰っていません。マリアの顔を見るのも良いでしょう」

「ええ、私もお邪魔するわ。こうなったら長期戦よ。どっしりと構えて、ゆっくりと考えましょう」


 とりあえず現状は分かった。出来る事は……提督から話を聞いてみるか。もしかしたら何かヒントがあるかもしれない。


「そうね。今日は提督に会談の申し出をして、帰って休みましょう」

「そうですね。どうも、私とした事が焦っていたようです」と、少し笑顔が戻る。

「マリアちゃんと一緒に夕飯を食べながら、一家団欒をするべきね。そうしたら、きっと良い解決策も出るでしょう」とりあえず、楽観論で前向きに。そういう時も必要なのだ。


「では、使いの者を出して明日会談出来ないか、打診してみます」


 という事で、宿舎に戻ってマリアちゃんに挨拶する。


「お久しぶりね、マリアちゃん。今日はお邪魔するわね」

「マリアちゃん、初めまして。千鶴と言います。よろしくね」

「あら、アキラちゃん。お久しぶりねぇ。丁度夕飯の準備をしていたの。そちらの方はお友達?」と、奥さんのディアナさんだ。


「千鶴と言います。護衛役として一緒に旅をしています。よろしくお願いします」

「まあまあ、可愛らしいお嬢さんだこと。私がエリオの妻のディアナです。よろしくねチヅルさん」

「はじめまして、わたしマリアといいます。おねえさん、よろしくおねがいします」


 挨拶はこれ位にしておこう。千鶴ちゃんは、マリアちゃんと手を繋いでスキンシップ中だ。ほほえましい光景だ。エリオもそれを見て、ようやく暗い表情が取れたようだ。


「……アキラさん、夫の様子がおかしい事は分かっています。お仕事大変ですが、よろしくお願いしますね」と、ディアナさんが小声で話しかける。

「任せて下さい。暫くはこちらに滞在して、対策を取りますので」と、小声で返事する。


 やはりエリオには勿体ないというか、出来過ぎな奥さんと子供である。早く何とかしてやりたいものだ。



「ふぅ……」と、夕飯を食べて、落ち着いたエリオが溜息を吐く。

「どうですか、エリオ。少しは落ち着きましたか?」

「商会長、取り乱して申し訳ありません。かなり落ち着きました。……しかし、何か対策がとれるでしょうか。両替所が駄目なら、各国にある両替商に頼るしかありませんが」

「……そうね。出来れば赤字になるのは避けたかったけど。最後の手段ね、それは」


 最初に両替所のアイデアをエリオと話し合った際、問題になったのは外貨と国内通貨の交換だった。此方の手数料よりもずっと高額なのだ。


 最低で十%、国によっては酷い所だと十五%は手数料で持っていかれる。赤字が増えるだけなので、却下した。


 あの時、もう少し対策を練っておけばよかったのだろうか?あの頃は、ここまで航海による利益が出るとは思っていなかった。立ち上げ時からずっと右肩上がりで拡張を続けていた、


 この両替商の盲点だったのだ。済んでしまった事は仕方がない。環境が変わってしまったのだと、納得して対策を取るしかない。


 

 幸い、あの時よりも選択肢は多いのだ。現在は、ポルトガルとスペインの経済が突出しているため、他のアイデアもある筈だ。そう信じるしかない。


 翌日、提督との会談について返答が来ていた。午後に両替商を訪問する、という事だ。あちらも随分と切羽詰まっているようだ。


 私は、と言うとヨーロッパ内の地図を見ながら、色々と考え中だ。此処リスボンでは、現状ヨーロッパ中の半分以上の取引が行われている。上手くすれば、一気に両替商の規模を大きくする事も可能だろう。


 だが、一方通行なのが不味い。此方からヨーロッパ各国へ資金を流す必要がある。もういっその事リズさんの言うようにお金をバラまいてしまおうか、などと考える。


 現代人知識での正解は、銀行などによる資金の貸出しなのである。だが、銀行は商業圏全体に規模を拡大する必要がある。『人材が足りない』と言うのはこの事だ。


 一定の規模が無くては効果が無く、徴収する業務が必須なため、従業員の大幅雇用となる。一つ間違うとコントロールが効かなくなるのだ。小さな我が商会にとっては、デメリットしかない。


 代わりになる何か、もう少しで出てきそうなのだがそのピースが見つからない、と言った感じである。午後の提督との会談で、それが見つかるのかもしれない。


 私は、藁にも縋る気持ちで、会談が始まるのを待っているのだった。

 お金があり過ぎるって、贅沢な悩みだと思うでしょう。


 ですが、この悩みずっと昔からの問題なんです。商売ものなら一度はやりたい問題かも。


 経済とは流れる川みたいなもの。止まると死んでしまうのです。


 過ぎたるは猶及ばざるが如し、という奴です。


 いくら現代知識が優れていても、適材適所が出来なければ無意味、と言うのもありますね。

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