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【番外】ある少女への懺悔

 お嬢は変人じゃのう。


 ……ダルイムの街で聞けば、誰もが納得する事実じゃ。


 何の見返りも無く、ぶん投げる様にわし等に色々な物を寄越す。塩を貰い、井戸を作って貰った。挙句の果てに畑を作ると来た。……まったく、次から次へと良く思いつく事だ。


「『困っている人に助けられたら、何があっても恩を返すように』という、私のお爺ちゃんの受け売りです」


 そう聞いて、理解は出来る。だが、それは草原を駆ける我らとて同じ事じゃ。


 受けた恩は絶対に返す。それが一族の決まり。そんな事は知らぬとばかりに、お嬢は助けてくる。


 とうとう、清とロシアに挟まれてすわ滅亡か、という時になっても「自分の居場所を守る」と言って自ら苦しみ、この寂れた村を助けようとしてくれた。孫娘のような、か弱い少女に我々の運命を担わせてしもうた。


 儂は代々のハーンの名を継いだ。子供の頃から当然の様に言い聞かされてきたし、自分でもそうあろうとしてきた。じゃが、それは表向きの事でしかなかった。


 『墓所』で見たあの魔道具が、この草原を砂漠に変えた事を知った時も。一族の者が我慢出来ずに、別の村に出て行った時も。儂は何も出来ずに狼狽えるばかりじゃった。


 人間、追い詰められた時には本性が出るもの。何も出来ん儂に、偉大なる大ハーン様の末裔を名乗る資格など無い、そう思っておった。あの時までは……。



 『クリルタイ』の日。懸命に説得しても誰も言う事を聞かん。もう諦めるしかないと思っていたところに、お嬢は泣きながら土下座をしおった。


 この村に助けられた、というだけではあるまい。『この村を故郷と思っていつでも帰って来い』儂が言った事をそのまま受け取ったのじゃろう。


 自分が如何に卑しい人間なのか、思い知らされた。何もせず、覚悟も持たずに漫然と日々を送り、年老いて来ただけのちっぽけな人間でしかなかった……。


 このまま、黙っておって良いのか?ワシが受け継いだハーンの名は決して軽いものではない。何十代と受け継がれ、この草原全てを統べた偉大なるハーンの名誉。


 それを踏みにじって父祖の前に立つ……考えるだに恐ろしい。一族全ての名誉の為にも、このハーンの名を汚す訳にはいかん。


 そう思ったら、体が勝手に動いておった……。今まで悩んで来た事も、秘密を隠して苦しんで来た事も全てを忘れていた。まるで偉大なるハーン様が乗り移ったかのように、目の前が広がって見えた。


「我が同胞よ。偉大なるハーン様の名を知る者共よ。聞け!」


 そうだ、これは此処に居る部族長に聞かせるのではない。此処に居る全ての民に伝えねばならぬ。


「我らは異人に国を追われ、寒く貧しい土地へと追いやられた!」


 伝えねばならぬ、偉大なる大ハーン様の意思を。その偉業を、皆に知らせねばならぬのだ!


「……広き大地を駆け抜ける者達よ。お前達に名誉はあるか?」


 そう、これは儂にも聞かねばならぬことじゃ。かつての大帝国、その末裔たる者としての誇りを持っているのか? 戦いに怯え、抗う事も無く、ただ朽ちていくのみの民達にも。その誇りを伝えねばならぬ。


「父祖の前で『私はこれ迄、立派に戦った』と、胸を張る事が出来るか? 子らの目を見て『私の様に生きよ』と、誇る事が出来るか?」


 儂は出来ておらんかった。今からだ。今から儂はハーンとなるんじゃ! 偉大なる帝国を築き上げた偉大なる名を此処に取り戻すのじゃ!


「我が同胞よ、お前達は、偉大なる大ハーン様の名を、呼べるだけの生き方をしているかっ!!」


 儂の声を通して、自身に問いかける。そうだ、今からは儂が偉大なる大ハーンとして、恥じぬ行動を取らねばならぬのだ。決して滅ぼさぬよう、立ち上がらねば!


 皆が立ち上がってくれた。今まで動く事の無かった儂が、少しじゃがハーンの名を継ぐ者として、何かを残せたらしい……。


 今なら、父祖の前で立派に誇る事が出来る。……勇敢に立ち向かったと。我が子や孫にハーンとしての生き方を示す事が出来ると確信した。



 ……勢い余って建国の宣言をした事は、少し後悔しとる。お嬢にも迷惑を掛けた。今度は、儂が土下座をせねばならん。まあ、こんな白髪だらけの頭で良ければ、幾らでも下げようぞ。


 だがまあ、この年寄りに金儲けの仕方だの法律だのは、覚えきれんぞ。なんじゃ、お金とは?羊がたくさんおれば裕福だというのが、この村の価値観じゃ。金だの銀だのが、沢山あっても腹は膨れぬ。


 お嬢は、そう言うのが国を造るのには大事と言っておったが、さっぱり分からん。……最近は、魔道具も羊も同じように銭になる、つまり大事な物は銭と同じ、という事は理解した。……だが、お嬢が何故そこまで執着するかは、未だに解らん。


 ジェームスにも聞いたが、あやつにも分からんそうだ。……そんな物の為に苦労するのは大変じゃのう。


 お嬢は、最近『海』という処に行っておるそうじゃが、そんなに面白いものかのぅ?


 聞いたところによると、この草原よりも広い池があって塩が取れるそうだ。『魚』と言うものも取れると聞いたが、羊より価値があるのかのう?


 『船』を作る、と言うておったが馬よりも速いんじゃろうか……。お嬢の考える事は、何時も良く分からんもんじゃわい。


 法律と言うのも難しいのぅ。裁判がどうとか言っておったが、鞭打ちと追放と死刑以外に必要なのか?


 あと『主権』と言うのは、未だに息子と一緒に首を傾げておる。何でも、『主権』が無いと困るらしい……。何が困るのかは、よく分からんのじゃが。


 そういう感じで、どうやら『偉大なる大ハーン様』となるだけではなく、色々と覚えねばならんらしい……。国を造ると言うのは大変じゃわい。



 ジェームス達が、魔道具の作り方や交易について考えてくれるので、皆で少しずつ考えるようになった。確か、身分の低い若者達が意見を言うのは『民主主義』と、言うものに良いと聞いた。


 ……何が良いのかは判らんが、街が賑やかになって、文句を言う者が減ったのは良い事じゃな。


 交易を続けている内に、遠くから良い品物があるという噂になって、買いたいと言われた。じゃが『お金』と言うものを持っておらんので、清から来た商人に売った時に貰った、銀の塊と丸い銅銭と言うものでやり取りをする事になった。


 どうやら、魔道具とヒツジと馬。全部『お金』にする事が出来る。そして『お金』でそれらを貰う事も出来る、という事が皆に伝わったようだ。


 どうにか、我が街も少しずつ賑やかに豊かになっておるそうだ。良い話じゃな。随分と人も店も増えて、いつの間にか、知らぬ顔の住民も増えた。息子は近所の揉め事に『裁判官』と言われて、あちこちに呼ばれておる。


 ……まあ、息子も苦労しておるが、勉強になる事じゃろ。


 儂の予想ではあるが、恐らくお嬢は色々と周りに影響を与えながら、最終的に危機に見舞われると思っておる。我ら部族は全員騎馬兵として付き従う、と皆で話し合っておる。その為に、例の矢に『魔導石』を付与して軍事力を強化し続けておる。


 ……何も無ければ良いのじゃが、恐らく向こうから問題がやって来る筈じゃ。その日の為に兵士を揃え訓練を続けておる。参戦できる人数は五千名を下らない。


 我が偉大なる大ハーンの名を貶める事が無いよう、準備だけは済ませておる。お嬢の為ならば、我らは死も厭わん。それだけのものを既に受け取っている。



 そういえば、お嬢もジェームスも儂に長生きしろ、といつも言ってくる。老い先短い年寄りに無理を言うわい。


 お嬢が欲しがっておった『マジックバック』と言うのが『墓所』で見つかった。他にもジェームスが好きそうな魔道具も見つかったので、価値があると聞いた『魔導石』を集めさせて、『マジックバック』に詰めてやる事にした。


 ……儂らにとっては何の意味も無いが、お嬢が喜ぶのならくれてやろう。


 いっつもこちらに施しておるのじゃ。たまには、こちらが与えるのも良いじゃろうて。


 恐らく、受け取れないと言ってくるじゃろうし。最初に聞いたお嬢の言葉、そのまま返してやろう。爺の悪戯で済む事だろう。


「救って頂いたお礼としては、ショボいですけど」と、言ってやったら唖然としおったわい。


 ほっほっほ、そうじゃ。お嬢のこの顔が見たかったんじゃよ。皆で大笑いする事になった。


 お嬢にして貰った事は、もう返せる規模を超えてしもうた。出来る事と言えば、これ位じゃろう。


 ……小さくして死なせてしもうた孫の代わりに、このお嬢を喜ばせるのは、何時も良い気分にさせてくれるわい。


 そのうち、お嬢の子供の顔を拝みたいものじゃが、こればかりは無理かもしれん。せいぜい長生きしてジェームスに励んでもらうしかないのぅ。……アイツも苦労するじゃろうて。


 ……まったく、お嬢のせいで死ぬに死ねなくなってしもうた。もう少しこの街が大きくなるまで、頑張るとしようか。

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