32.皇帝陛下との自由過ぎる謁見
北京へと向かって航海中である。因みにジェームスは酷い船酔いで部屋に閉じこもっている。千鶴ちゃんは、初めての異国の船に興奮中である。
時々「やべえ、この船分捕りたい」だの「あの船員と船長をぶっ飛ばして、舵を奪えば……」という独り言を呟きながら、クククと笑っている。
なんで、この子も挙動がおかしくなるのか。小一時間問いただしたい所ではある。危ないから妄想だけに留めて欲しい。船に乗ると性格が変わるのか、この戦争屋め。
航海自体は順調で三日もあれば北京に到着できるだろう。皇帝への謁見を申し出て、待っている間に街の散策と『門』の調査を進めておきたい。
問題は『門』が何処にあるかであるが……一番可能性が高いのは『紫禁城』だ。
まさか忍び込む訳にも行かず、如何した物かと思案中である。皇帝陛下に「ちょっと調べさせて」という訳にも行くまい。
何となく、あの人なら喜んで『門』の先に行ってみたい、と言い出しかねないのも逆に心配である。
「千鶴ちゃん、この船はどんな感じなのかな。船旅、楽しんでいる?」と、聞いてみた。
「あ、はい。とっても早くて思わず乗っ取……いえ、そのまま操船したいような気分です」
『乗っ取ろう』と言おうとしたと思うのだが、黙っておく。
「やっぱり、海の上だと気持ちが良いのかな?」と、さりげなく会話を変える。
「そうですね。やっぱり大きな海は良いですね。海賊時代は日本海やら南の海で船を襲っ……眺めていましたから」やはり物騒な事を言う。
「何時か思う存分に、船を操れる機会があればいいんだけどね」
さすがにそう航海する事は無いと思うが。その機会があれば、知識が役に立つだろう。
「帆や錨なんかが少し違いますが、基本的に帆船でも手漕ぎでもいけますよ」
「やっぱり『海賊魂』的な物があるんだね」
「お姉様は『商人魂』ですか? それとも『商魂』?」
なるほど、自分としてのスタンスはどちらなのだろう。『冒険者』として未知の領域に触れてみたいとの気持ちもある。一方で誰も手を付けていない市場で色々やりたい、という『商人』の気持ちもある。
「そうだね。基本的には『旅人』で『冒険者』かな? 多分『商魂』とも重なっているけど」
「そうなんですか。商人って奥が深いですね」と、千鶴ちゃんは感心している。
商売したいから冒険をするのだろう。誰も取り扱っていない商品や行った事のない国。
そこの法律や習慣なんかに触れるのも、心が躍る物だ。
もしかすると、冒険したいから商売をするのかもしれないが。
ロンドンでの生活も、リスボンでの活動も悪くはない。だけど、遥か遠くへ行ってみたい、と言う気持ちが時々湧いて来る。
今回の中国遠征もその一つ。見知らぬ人と知り合い、その土地を調べるのは実際楽しいのだ。
「世界の果てに行ってみたいと思う事はあるね。誰もたどり着いた事のない場所って、ロマンを感じるし」
「世界の果て、ですか? 随分と壮大な話ですね」
いつか、たどり着けるのだろうか。未だに世界の探索は道半ばだ。もしかすると生きている内に元の世界に戻るのは無理かもしれない。
世界の果てと元の世界のどちらに行きたいか、ふと悩むことがある。もしかすると、元の世界で両親に挨拶したら、そのまま別の世界を目指し続けるのではないか、と思う。
「多分、今の所は『冒険者魂』で一杯なんじゃないかな?」と、私は笑った。
特に嵐に巻き込まれる事もなく、無事に北京へと到着した。想像していたよりも活気に満ちている。と言うか、人の数が多い。東京のど真ん中に居るようだ。まずは出来るだけ長く泊まれそうな宿を探す。
時間制限的には十日程度と言った所だろう。リスボンのお金を何とかしないといけない。今は対処療法で凌いではいるが、そろそろ抜本的な改革が必要だ。小さな両替所程度ではもう回せない。
エリオの心労も考え、ちょっと腰を落ち着けてリスボンで対策を検討しなければ。
結構大きな旅館を定宿とする事にした。ある程度の格式が無いと、皇帝陛下の使いに失礼に当たるだろう。こういう事はやり過ぎるくらいで丁度良いのだ。
「店長、残金は大丈夫か?」とジェームスが言う。確かに帰りの宿も考えると、あまり余計な出費は出来ない。
「……織物だのカシミア生地は売ってもいいかもね」
ジェームスにはその辺の売却を指示し、私達は宮殿に謁見の申し込みをする。例の書面を見せると、部屋に通されて待つ事になった。暫くして、担当の偉い人と思われる方が入ってくる。
「それで、皇帝陛下にお会いしたいとの申し出でしたが、素性を調べさせて頂きたい」
「ダルイム族との戦争で、講和の際にお会いした『青い鳥商会』のアキラと申します」と言ってから、あの皇帝陛下に名乗るのを忘れている事に気づいた。
ものすごい勢いで去っていったから、タイミングを失ったのだ。何というか、フットワークが軽すぎると思う。暗殺されたらどうするのか。
「ああ、あの時の。私も同席しておりました。要塞を建築した『店長』殿でしたな」
「そうでしたか。今回の謁見は景徳鎮窯と魔道具工房を訪問して、色々と話がありましたので」
「ええ、魔道具工房からは報告が来ており、皇帝陛下に申し上げております。大変お喜びになられておりました。是非直接お話をして頂きたい」
「ええ、私共はそこの宿に宿泊しております。謁見の時にお呼び下さい」
「公務がありますので三日後位でしょう。実は直ぐにでも会いたいとおっしゃられているのです……」と、少し困った顔をする臣下の方。ありそうな話だ。
それまでは街の散策と『門』の捜索を行う事にしよう。『宝玉』を確認すると、直ぐ近くに『門』がある事が分かった。
「すみません、人が居なくなるという現象が起きていませんか?」
「……何処でそれを?」と、臣下の方の顔が曇る。
「いえ、その原因がある事は分かるので。噂とかを聞いた訳ではありません!」と、否定する。
恐らくではあるが、極秘に処理されているのだろう。そんな噂があったら大事である。
「……そうですか。確かに突然消えた者がおり、陛下自ら調査を指示されております。原因が分かるのであれば、ぜひ教えて頂きたい」
「その、あまり人に明かしたい内容ではないので。極秘にお伝え出来る場を設けて頂けませんか」
「分かりました。謁見の際は人払いをさせております。直接陛下に言上願います」
大事になったな。これで異世界移動の事を明かす必要が出来てしまったか。
「それでは、謁見出来る事をお待ちしております」と、挨拶をして退去した。
後は使者の方を待つだけだ。それまでは、市場調査と『門』探しだ。今日は宿に戻って、ジェームスと合流しよう。
「あの皇帝陛下に『門』の事を伝えるのか。どう考えても「入って確かめたい」と言うだろう?」と、断言するジェームス。私もそう思う。
「皇帝陛下がそんな事をすると、お二人が何故断言するんですか?」
「うん、気さくな人なんだよ、色々と。講和会議でお会いしてね……」やっぱりおかしいよあの人。
「正直に言った上で危険だからこちらで調査する、と説明するしかないな」
「……だよね」と私も同意する。流石に周りも止めるでしょ、多分。
ジェームスの方は、全部その辺の衣料店に生地や織物を売って来たらしい。三十両分になったので特に問題は無いだろう。その辺の商品は交易を続けても良いかもしれない。
翌日以降は、市場調査と言う名の観光旅行だ。魔道具や雑貨の類を店で確認している。やはり人口が多いせいで『浄水の魔道具』が不足している。その辺はジェームスに任せよう。
あれから三日後に謁見の使者がやって来た。出来るだけ早く来て欲しいとの事。そんなに急ぐとは思わなかった。
「失礼しました。陛下のご要望でしたので……」と、臣下の方が謝罪する。
「いえ、問題はありません。それで、例の人が消える件なんですが……もし、陛下が試そうとしたら止めて下さい」
「……もちろん、陛下の身に何か有るような事はさせません」
という事で皇帝陛下に謁見する。何だかこんなに切羽詰まるとは思わなかった。
「『青い鳥 ロンドン支部』店長のアキラ、参りました」
「久しぶりだね、お嬢さん。こんなに早く会えるとは思わなかった。あの書面は役に立ったかな?」
「はい、景徳鎮窯では水差しを頂きました。魔道具工房では、こちらのジェームスが技術交流を行いたいと申し出ております」と、水差しを見せる。
「あの時の青年か。久しぶりだな。報告書にあった『西洋の魔道具に詳しい青年』とは君だったのか」
「あの時は失礼いたしました。東洋の魔道具を知りたくなりまして」
「うん、良い話だ。お互いの技術が上がれば、更なる改良も可能だろう。魔道具に限らず西洋の技術を導入したいと考えている。よろしく頼む」
「はい。承りました。……ところで人が消える件についてなのですが」
「この宮殿の中庭で数名の男女が行方不明になっている。助ける事は可能だろうか?」
「異世界に飛ばされて助かった者は少なく……調査は行いますが」
「そうか。異世界か……。君達は異世界から来たのではないかな?」
「え、何故それを?」と、思わず返答してしまう。
「推察だよ。鎌を掛けさせてもらった。敦煌に要塞を建てている理由が分からなかったのだ。故にあそこに何かあると思ってな」とんでもない人だ。説明なしに異世界の事がばれてしまった。
「確かに……我々はこの世界とは別の世界から来ております。なにとぞ内密にお願い致します」
「であろうな。君達に敵意が無い事は知っておる。異世界に行く場所がこの宮殿内にあるという事か」
「はい。『門』と呼んでいますが、異世界の入り口が一定の条件で開く事があります。行き先が分からないので調査しないと危険です」
「よし、その場所に向かおう」と、皇帝陛下が立ち上がる。えっ、見に来るの?
という事で臣下の方を含め、数名で問題の場所に向かう。
「此処がその中庭になる。何があるのかな?」と、皇帝陛下は興味津々である。
仕方が無いので、見た方が早いだろうと『宝玉』を触る。何もない空間に黒い『門』が出現する。
「ほう、これがその異世界の入り口か。何処に繋がるかは分からないのかな?」
「そればかりは行ってみない事には。危険ですから我々以外が入らないようにして下さい。……条件は、三カ月に一回。一週間ほど現れます。次の出現は、二十日後ですから、そこから三カ月周期になります」と、発生条件を説明した。
「成程、分かった。……この件に関しては、お嬢さんに任せるとしよう。何時でもこちらに訪れると良い。もし、行き先が分かったら……」と、皇帝陛下は笑っている。
「駄目です。言ってしまったら、行きたくなるでしょう。ですから、お教え出来ません」
彼方此方の世界を楽しそうに移動する皇帝陛下、なんて笑えない話だ。
さてさて、この『門』は一体どこに繋がっているのか。
暫くは手を付けられそうにないが、私はその興味を必死で押し込めるのだった。
皇帝陛下が楽しそうで何よりです。中華編ももうすぐ終わり。
次はリスボン編となります。リスボン編は大航海時代メイン。大冒険になります。
出来るだけ歴史のIFをやってみたい所ではありますが。
無理のない歴史改変、ってどの程度なのか。新しい経済制度とかも必要ですし、盛り沢山です。
史実を織り交ぜながら、何とかやってみましょう。
因みに遊牧民の村の交易の元ネタは「チンギスハーン・蒼き狼と白き牝鹿IV」がベースです。交易隊を出して、都市の文化値を上げて……という奴です。




