29.海に生まれた者として
宿屋を出た私達は、一路上海方面に向かう事にした。途中『景徳鎮窯』があるので、国が保護した事で最盛期を迎える、本場の陶磁器を見ておきたい。
あの「書面」が役に立つ時が来たのだ。もちろん商人として、景徳鎮にどの程度の価値があるのかも知りたいし。
そこから東に向かうと上海・南京と言った大都市がある。
恐らく、上海には東アジアで製造される魔道具の工房があると思われるので、こちらも見ておきたい。後はまあ、風に吹かれるようにうろうろとすれば良いだろう。大きな目的がある訳でもない。そこから船で一路北京へ、と行けば効率良く回れる気がする。
北京へ行って皇帝陛下に会う、と言うのも有りだろうか。個人的に会いたい人ではある。
この辺りは平原が続いており、順調そのものである。野宿する必要が無い程に街や宿があって、今までの旅とはちょっと趣が違う。のんびり景色を眺めながらの旅と言うのも、良い物だ。どこもかしこも、水墨画のような風景が広がる。日本人としては絶景だと思う。
そうして数日後、景徳鎮市街へと到着する。
町の入り口でお役人を見かけたので、例の書面を見せたら、物凄く驚かれた。あの印だけで分かるらしい。すぐに窯の責任者の方が出迎えてくれた。
「皇帝陛下の書を拝見させて頂きました。一生忘れる事が出来ないと思います」との事だ。
あの皇帝陛下の政がこんな所まで轟いているのは、名君だからだろう。ありがたく使わせてもらう事にしよう。
「こちらが国が管理しておる窯になります」と、案内されたのは長さ五十mはあろうかと言う、巨大な窯。
良くは分からないが、物凄く手入れがされている事と、火力の強さは伝わってくる。
「こちらに品物があります。ご覧ください」と、展示室に案内される。
真っ白な器がまぶしい程滑らかな曲線を描いている。ふと、可愛らしい水差しがあったので思わず手に取ってしまった。何故か手にしっくりときた。
「これ、おいくらなんですか?」と、思わず聞いてみると「あの、値段は……無いんです」と困っている様子。
つまり、皇帝に献上する品に値段など付けていない、という事だそうだ。なるほど、それは困った。
「お気に召したのでしたら、幾らでも差し上げます。出来るだけ便宜を図る様に書かれておりましたので」
あるだけ持って帰りたい気持ちをぐっとこらえて「では、この水差しを頂きます。後は交易品にしたいので、一般の方でも買える品物を見たいのですが」
「成程、こちらの品々は遠く西洋の方からも人気があります。では、こちらに」と、丁寧に案内してくれた。
結果、およそ四十両分の陶磁器。多分かなり安くしてくれたのだろう、大量に入手できた。まあ、とにかくこれを遊牧民の村に持ち帰って、西への交易を試してみるとしよう。
何となく、商人としては張り合いが無いのだが、仕方がない。そういうものだと思っておこう。
そのまま、陶磁器はバックに入れて窯を後にする。そのまま上海に向かう事にした。上海は海に面した貿易都市だ。恐らくリスボンに匹敵する額の売り買いがある、アジア最大の港である。珍しい物もありそうなので、出来るだけ滞在日数を取る事にした。
およそ五日程で、上海近郊まで近づく。
港の方から様子を見ようと思ったが、何やら騒ぎが起こっているようだった。馬から降りて様子を見ていると、如何にも乱暴そうな男共が数人、女性一人を囲んでいる。
恐らく、酒場で絡まれたのだろう。誰も仲裁に入ろうとしないので、銃を片手に間に入る。
「女一人に大勢で襲い掛かるというのは、感心しません。同じ女性として助太刀します」と、私は男共に叫ぶ。
ジェームスは来なくても良い。却ってややこしくなるから。
「……すみません、私が悪いんです」と、小さな声で女性が呟いた。あれ?
「あの人達はお店の方で……私が一文無しなのに、ご飯を食べてしまって」と、私と同じ位の年頃の女性は言う。
「……いくら?」と、私は男達に聞く。
どうやら勘違いだったようだ。もう、こうなったら最後まで面倒を見よう。
「一両だ」食べ物位でそんなに?と聞こうとしたが。
「この女、店の売り物を食い尽くしたんだよ!」と怒っている。つまり、営業妨害という事か。
馬鹿馬鹿しい。こうなったら払ってやる、と一番前に居た男に一両分の銀を手渡す。これで文句はないだろう。
「ふん、分かった。これでいいだろう」と、お互いの問題は解決したようだ。
しかし、無銭飲食に関わるとは……。ジェームスを拾った時の事を思い出す。
女性はこちらに頭を下げて「ありがとうございます」を繰り返している。日本語で。……日本語だね、間違いなく。念のため、魔道具を止めても確かに聞こえる。
「貴方日本人なの?」と、思わず聞いてしまった。何でこんな所に、と言う前に「はい。私、海を渡って来たんです、あの船で。ただ食料が無くなってしまって……」と、指さす舟は小さい。
どのくらい小さいかと言うと、全長五mも無い。あれで海を渡ってきたって。どうやって?
「あ、私は舟を操るのが得意なんですよ。ただ、あの舟に乗せられるだけの食料と水が無くて……」
「それで無銭飲食、という訳ね」マジで数万円分を食い尽くしたという事か。
小柄な女性なのによく食べる物だ。料理家としての私が騒めく。
だがしかし、私だってリスボンで、船の事ぐらいは詳しく知っている。あんな舟で日本からたどり着ける訳が無いのだ。
「流石に……途中で別の船から降りたんだよね?」と、聞くと「いえ、あれで海を渡ってきました」と、彼女は言う。
うん、待って。無理だから、それ。絶対無理。『船』ではない。普通に川などで使う『舟』なのだ。
「私、村上水軍の一族なので、あれ位なら大丈夫です。あ、村上水軍って知ってます?」
うん、何か歴史の本で見た事がある。瀬戸内海の海賊一族。確か、物凄い昔から海賊をやっている一族だったはず。
「……こんな所をうろうろしていないで、家に帰った方が」
「いいえ、ウチの一族がもう居ないんです。皆は陸の家に住むようになってしまって……」と言う女性。少し怒っている。
「船で生まれて船で死ぬ。それが村上水軍の生き方の筈なのに。いっそ家を出て、と舟で大陸へ」と、軽く凄い事を言う。
……まあ、人生色々である。とにかく、帰る場所が無い事は分かった。
「それで、これからどうするの?」と、聞くと「私より強い人を探しに行きます」
全く意味が分からない。どうしたものかと悩む。どうせ、何処かでまた無銭飲食を繰り返すのだろう。
「……分かったわ、これも何かの縁ね。とりあえず暫く面倒を見てあげる」と、私は言った。
既に一人面倒を見ているのだ。もう一人増えたって、と言う感じだ。
「そんな、お代を払って頂いた上に面倒まで……いけません」
「いや、他に同じようにして拾った人もいるし。……じゃあ、私の護衛をしてもらうってことで良いかな?」
「はいっ、それなら出来ます。私、強いですから」と、言うのだが……。
当の本人は小柄で、そうは見えない。細くて長い手足に、日本人と思えない容姿。かなりの美人だ。女性らしい体格で大変にボリュームがあるが、きちんと引き締まっている。正直、自分と比べて悲しくなる。
「あ、そうだ。これ見えるかな?」と、言って『宝玉』を操作して、ホログラフのような地図を出す。これが見えるなら『門』を通過する事が出来る。
「はい。この沢山ある、綺麗な丸は何ですか?」
「それが一つの世界なの。丸の数だけ世界があるのよ」と、簡単に説明する。
「へえー、凄いですね。それだけ一杯あったら、私より強い人居るかしら?」と、分かっているのか、いないのか、凄い事を言う。
というか、そこは譲れないラインなんだ。……まあいい。
「で、名前は?」と、聞くと「はい、来島千鶴で……いえ、千鶴と呼んでください」
「千鶴ちゃんね。それじゃあ、我らが旅団『青い鳥』へようこそ。三人で旅をしましょうか」
人手不足のロンドンに、変わった女性を連れて行く事にしよう。何とかなるさ。多分、看板娘になってくれるだろう。
「わかりました。じゃあ、この船は要らないから……っと」というと、舟を持ち上げた。
いやまて。あの船は小さいからと言って軽々と持ちあがるはずが、と言う前に。千鶴ちゃんは、軽く振りかぶった。
……舟に拳が当たると同時に、竜骨部分が破砕した。竜骨って固いんだよ。船で一番頑丈な部分なのだ。破砕するなんて聞いた事が無い。
「え、なんで?」と聞く私に、千鶴ちゃんは言った。
「来島村上水軍、最後の一人。『殴り巫女』の千鶴です。よろしくお願いします」と、頭を下げる。
……殴り巫女って何?魔道具が壊れたかと思って、ジェームスを見る。
「殴り巫女って何ですか?あの人、舟の残骸を軽く放り投げたんですが……」
どうやら故障ではないらしい。こっちが聞きたいよ、まったく。
どうも、私は『変な奴』を拾う癖があるらしい。今度はもっと慎重にやろう。そうしよう。
『変な奴』枠、一人追加です。
船に乗れば性格が変わる、天性の戦争屋。能力の全てを白兵戦に特化させた、残念美人。
リスボン編になれば、活躍するでしょう。勝手に。
(追記)話の流れ上、超重要キャラになってしまいました。物語を進めると意外な事も起こります。




