28.古代都市 長安を巡る
グルメ回です。
「さて、ジェームス。どうやって現金を作ればいいと思う?」と、街の入り口でとりあえずの目標を立てる。
「そうだな、まずは道具屋を探せばいいんじゃないかな。『浄水の魔道具』を換金しよう」
「まあ、それが一番か」ここで質屋を探すよりは、見つけやすいだろう。
街並みを歩きながら、色々な店を物色する。主に物価を調べるのが目的だ。基準となる商品は様々だが、一番調べやすい方法がある。
塩だ。内陸部で手に入りにくい塩は、物流の発展度が分かる。また、生きていくのに必須なので、どこに行っても売られている商品だから。
ただ、近くで岩塩を取り扱っていると言う場合もあるので、そこら辺は店員に確認しよう。
ジェームスは『通話の魔道具』にまだ慣れないのか、時々耳に手を当てる。『通話の魔道具』は『中型魔導石』で作れる魔道具の中でも、特に価格が高いイヤリングのような魔道具だ。
用途としては、聞いた言葉を自分の言語に変換し、喋った言葉を相手の言語に変換する事が出来る。
つまりは翻訳機だ。
この魔道具の需要は少ない。まず、下位互換である使い捨ての布製の魔道具で代用できる。それだって安い物ではないが、外交官や商売人など頻繁に外国人と話す事がない限り『通話の魔道具』は必要ない。
リスボンの両替商では、エリオだけが持っている。外国人と大口の契約で必要な場合があるから。
この魔道具の特徴として、耳と口に連動させないといけないため、オーダーメイドでしか作れない。こうした諸々の理由があるため、複雑ではないが高価な魔道具として扱われている。
……大体二百ポンド、日本円で六百万円である。
まあ、ジェームスの場合は自分で作って自分で調整出来るので、『魔導石』分の五十ポンドしか掛かっていない。自分の場合は、魔道具屋を立ち上げる少し前、やっとの思いで溜めた貯金を使って、作って貰った。それまでは、布製の魔道具が勿体ないため、身振り手振りで何とかしていた。
物々交換なら言葉が通じなくても何とかなるのだ。
人の出入りも激しくなり、他の世界に行く事が多くなったジェームスは、最近この魔道具を付ける事が多くなった。一見すると、ホストにしか見えない。本人には言えないが。
とりあえず市場調査という事で、見かけた雑貨屋に行ってみる。ウチの店のような、カオスなラインナップではない。普通の店だった。
塩の値段は、1kgで銅銭五十枚。千五百円ならやや高い感じがする。
「『浄水の魔道具』ありますか?」と聞くと、「今は品薄で……置いてないんですよ」との事。
「手に入る場所が知りたいんですが、分かりますか?」
「ああ、向こうの通りに問屋街があります。そこら辺の店ならあると思いますよ」
お礼を言って、その問屋街に向かう。どうやら魔道具屋もあるようだ。
「すみません、魔道具を引き取ってもらえませんか?」と聞いてみる。
「はい、いらっしゃい。魔道具の持ち込みとは珍しいね」と、店主のお爺さんがこちらを見た。
「旅の魔道具屋なんですよ。西側の『浄水の魔道具』があるんですけど」
「そりゃちょうどいい。この辺も人が増えたもんでな。在庫が足りなくて困っていたんだよ」
「じゃあ、六十個あるので買い取ってもらえますか?」と、品物を出す。
店主は、幾つか商品を手に取って眺め、飲みかけのお茶が入ったコップに魔道具を入れた。数分後、泡が出始めてお茶の色が消えた。店主はそのままそのコップの液体を飲み込んだ。
「うん、ちゃんと動作する様だ。……そうだな、六十両でどうだろうか?」
「他にも魔道具あるんですが、そちらも合わせて何とかなりませんか?」という、値切り交渉をいつものように始める。
店主は、他の生活魔道具を見て「うん、品質もよさそうだし、七十両にしてやろう」と、言ってくれた。一両分は、銅銭にして貰い、店を後にする。今回はお試しなので、次もここに持ち込むように言っておいた。
「うん、中々良い反応だったね。村の皆も喜ぶかも」
「まあ、俺の教え方が良いからな」と、ジェームスが胸を張った。
「それじゃあ、いっちょ食べ歩きと行きましょうか」
問屋街の近くには市場があって、其処にほど近い場所に食堂を見つけた。これは穴場だ。朝早くから市場で働く相手に商売をしている店に外れは無い。おまけに新鮮な食材がすぐそこにある。量も多くて安い料理があるはずだ。
「二人なんですけど、空いてますか?」と店の人に声を掛けた。「いらっしゃい、此方にどうぞ」と席を案内された。
残念ながら『通話の魔道具』にも欠点があるのだ。文字が読めない。これだけはどうにもならないのだ。メニューは漢字なので、なんとなくだが理解できる。
ジェームスの分も合わせて、麺類と小籠包を注文した。いつもなら、その辺で食べている物を指さして、個数を指で作って注文している。
少し時間がして、店員さんがうどんのような麺と小籠包を運んできた。……何故か、五人分あるが。汁無しのきしめんに、お肉と野菜が乗っているような感じ。
それぞれ、ジェームスが三つ。私が一つ食べて、残りを二人で分けた。満腹で食べ歩きにならない。
ともかく会計を済ませ、市場の様子を眺めながら歩く。
異国の市場は活気があり、商売人以外もぶらついているようだ。トマトが一個で銅銭四枚か。野菜は高めだが、羊の肉は凄く安い。こうして見ているだけでも楽しいものだ。
少しお腹が落ち着いた所で、大通りに戻る。次は衣料品の調査だ。行くぞジェームス。
つまりは、暇つぶしと冷やかしである。
民族衣装を体に当てたりして、異国情緒を味わうのも旅の醍醐味だろう。知合いがいれば「デートじゃないの?」と、言われるような行動ではある。
まあいい。本屋を見かけたので地図を探してみる。丈夫な布に描かれた、大きめの地図が銅銭五十枚。役に立ちそうなので購入しておいた。……こうして地図を見ると、今いる場所が中国の中心になる。
南方面には成都があるが道が険しく、馬で行くのは無理そうだ。南東には広州・広東がある。……広東料理が気になるが、こちらは次回に回そうか。
ここから東に向かうと、景徳鎮を経由して上海・南京方面に行けそうだ。北に向かうと北京がある。どちらも行く予定なのだが、どちらから先に行くか?
「上海から北京までは船があるだろう。馬で移動するより早い」との意見を採用し、東に向かう事にした。
上海から敦煌へ向かうよりも、北京からの方が近いので、その方が早く帰れるだろう。後は……兵馬俑の位置を『宝玉』で確認する。やはり『門』があった。
「……『門』の先の世界を確認した方が良いかな?」
「そうだな……何か問題が起こる事も考えると『門』の開く条件だけ調べて、誰かに調査して貰う方が良いと思う」
確かに、条件と場所だけ確認して、本部に丸投げした方が良さそうだ。せっかくだから、と変な場所に飛び込んでしまって、当初の目的を果たす事が出来ないのも困る。
……一人だったら『冒険狂』持ちの私が行かない筈もないのだが、二人旅ではそうもいかない。
まあ、時間に余裕があれば、少しくらい覗くのも有りだが、まだ旅は始まったばかりだ。ここはジェームスに賛成した。
兵馬俑の奥側、ちょうど皇帝の墓の傍に『門』があるようだ。兵馬俑の中じゃなくて良かった。『宝玉』を動かして、『門』の情報を表示させる。ホログラフィみたいなものだ。
「間隔は二カ月に一回。三日ほど『門』が開くみたい。条件は、っと……日没後。夜間限定らしいね」と、メモを取る。
夜中しか開かないのなら、ここでの「事故」は少ないだろう。「事故」とは、偶然に『門』に人が落ちる現象である。稀に良くある。よく「神隠し」と言われる現象も、これに該当する事が多い。
基本的に落ちた人のその後は、分からない。……自分の様に拾われて、保護して貰える場合もあるだろう。それ以外の場合を考えるのは、恐いのでやめておいた。
……きっと自分は幸運だったのだろう。
ともかく、これを本部のお婆さんに連絡しておく事にする。
仕切り直して、食べ歩きの続きだ。四川料理が食べたい、と提案してみる。
「辛い食べ物が大丈夫になったのか?」と、ジェームスに言われる。ロンドンの屋台で、チリソースで撃沈した過去がある。
「う……なんとなく、行けそうかと」と、小声で答える。
「なら止めておけ。どうせ残りを食べさせられるのは俺だ」
「なら、代案を提示しろ!」と、言うと「そうだな、水餃子を食っている奴を見かけたし、それでどうだ?」
「そうね、此処に来る道でお店を見かけたし、其処にしよう」
そう言いながら、元来た道を戻っていく。……『新たな世界』に後ろ髪をひかれる自分には、やはり「冒険者」としての側面もあるのだ。調査で詳しく分かったら、お婆さんに聞いてみる事にする。
餃子のお店を見つけて、店内へ入る。どうやら、餃子以外の点心もあるようだ。店員さんに金額を伝えて、お任せで二人分頼んだ。二十分後、机一杯の料理が並ぶ。うむ、金額が多すぎたか。こういう事もある。
「うん、皮が厚めで食いでがあるな、これ」ジェームスは満遍なく食べるタイプか。私は、気に入った料理を見つけたら一気に食う派である。まあ、それだと可哀想なので、一個だけ残してやるが。
しかし、これはご飯を頼まなくて正解かも。日本の餃子とは、随分違いがあるもんだ。
……しかし、小麦粉の使用率が高くないか、この町。別に米に困っている訳でもあるまいし。なんというか、食道楽の町『大阪』の事を考えた。
たこ焼きやお好み焼きが有名……とにかく粉もんの街として知られる。いや行った事は無いけど。
多分だが、もう少し海側に近づけばメニューも変わるのだろうが、この辺は遊牧民の村と同じような料理が多い。やはり、環境に合わせて料理が生まれるのかもしれない、などと考えた。
上海あたりなら、海鮮類が多いのだろう。その土地の料理を楽しむのも旅の醍醐味なのだ。醤油は無くとも、ナンプラー辺りは手に入らないだろうか。探してみようか。とりあえず、長安最後の夜は落ち着いた感じのまま、宿屋に戻った。
次は海を目指すぞ。太平洋を見るのは何時ぶりだろう、と考えながら私は眠りについた。
見知らぬ街を探索するのは楽しいです。




